第6話 脱出

 この世界で目が覚めて体感的には二日が経過した。


 さすがに6歳児の体と言うべきか二日連続徹夜はきついらしく、今日はだいぶぐっすり眠ってしまった。


 まぁ、そのおかげか、昨日感じていただるさや眠気がなくなり、体調もだいぶ良くなった。


「クロエル、おはよう」


 そう言って眠そうに声をかけてくるフレア。

 なぜか、今日のフレアはだるそうで、熱っぽい感じがした。


 ‥‥‥熱?


 俺はすぐにフレアの額と自分の額に手を当て熱を測る。


 フレアは完全に熱を出していた。

 それも、高熱だ。

 体感的には39℃ぐらいあった。


「フレア、お前、風邪引いてないか?」


「風邪ぇ? 風邪なんて引いてないよぉ」


 絶対風邪か何かの病気だ。


 俺はフレアを地面に寝転がらせ、ボロボロの布で作られた服の一部を破き、ペットボトルの中に入っている水を破った服にかけ、フレアの額の上に置いてやる。


「今日はもうこのまま寝なよ」


「えぇ、なんでぇ? 今日もお話ししようよぉ」


 なんか泥酔いしたおっさんみたいになってる。


「だめ、少なくとも熱が下がるまではだめ。早くお喋りしたいんだったらちゃんと休んで体調を回復させないと」


 日本にいた頃も、衣天が熱を出した時にこんなことしたなと思いながらフレアの看病をする。


「クロエル、ありがとう」


 フレアはそう言って眠りにつく。


「全く、貴族が平民にお礼なんて、そんな簡単に言うもんじゃないだろ」


 俺はフレアの頭を起こさないよう持ち上げ、膝の上に乗せる。


 それから、今日一日はずっとフレアの看病をした。

 もちろん食べ物と水を持ってきた男に薬がないか尋ねた。

 だけど、ろくに聞いてももらえず男はまたどこかに歩いて行った。


 そうこうしているうちに、眠ってしまったらしく目がさめる。

 多分、すでにフレアが熱を出してから一日が経過しているだろう。


 俺は一日経てば、勝手にフレアの症状は良くなるだろうと思っていた。


 だが、世界はそんなに甘くはなかった。


「おいフレア、大丈夫か?!」


 目がさめると、息を荒くして咳き込んでいるフレアの姿が目にはいった。

 フレアの熱は昨日より上がっていて、目は充血し、体のいたるところにに蕁麻疹のようなものができていた。


 多分、そこそこ生きている人間なら、誰が見てもヤバイ状態だとわかるだろう。


「み、水が欲しい」


 フレアはかすれる声でそう言う。

 俺はすぐにペットボトルを手に取るが、昨日からずっとフレアの額に乗せた濡れ布に水を吸わせ続けていたせいでもう空だった。


「誰か! 水を持ってきてくれ! 大変なんだ!」


 鉄格子の奥に向かってとにかく大きな声で叫んだ。

 だが、人が来るどころか返事も返ってこない。


「くそ、ダメ元だけどやるしかない」


 フレアから一応、飲める水を特定位置に生み出す魔法を教わっていたので、それを駄目元だが、詠唱する。


 直後、ペットボトルの口の部分に小さな魔法陣が出現し、そこから水が出て、ペットボトルいっぱいに澄んだ水が溜まる。


「ほら、これ飲んで」


 すぐにペットボトルをフレアの口元に持って行く。

 フレアはそれを少しずつだが飲んで行く。

 

 フレアは水を飲むと少し落ち着いたのか、また眠る。


 なんとか水は確保できたけど、このままだとフレアの容態が悪くなるかもしれない。

 かと言って、回復魔法は怪我を治すだけで病気は治せない。


「くそ、何か手はないか」


 何かフレアを助けられる方法を考える。

 だが、いくら考えても思いつかない。


 ‥‥‥いや、一つだけ方法はあった。

 だがそれは、このアジトにいる男たち全員と戦わなければいけない。


 普通は三日前に出会った人にそこまではしないだろう。

 だけど俺は、フレア=エルーフィアという子はどんな子かを知ってしまった。

 今更見て見ぬ振りをするなんていうことは俺にはできない。


 人を大量に殺してしまうかもしれない。

 俺はまた死んでしまうかもしれない


 だが、そんなことはもう今更だ。

 もうどんなに頑張っても、この手で人を殺したという事実が変わることはない。

 それに、もう一度死んでいるんだ。

 今更死ぬのなんて怖くない。


 自分の中で覚悟を決める。

 正直、フレアに教わったのは人を傷つけるための魔法ではない。

 だから、あの大男には勝てないだろう。

 でも、だからと言ってここで何もしないよりかは可能性にかけたほうがいいだろう。


 フレア背負い、鉄格子に手を当てる。

 使えるかどうかはわからないが、風魔法を詠唱する。


「おい、お前は何をしようとしている?」


 鉄格子に手を当て、木属性魔法に含まれる風魔法を詠唱しようと目を閉じ、集中しようとした直後、頭から血を流している大男がいきなり現れ、話しかけて来る。


 大男は体のいたるところに切り傷があり、息も上がっていた。


 詠唱を一旦打ち切り、鉄格子から少し離れる。


「まぁ、いい。それよりその娘を渡せ。そいつを人質にして王国騎士団から身を守る」


 大男は騎士団と言った。

 どうやら、フレアを助けにここに騎士団が来たらしい。

 その騎士団にフレアを渡せば、助かる可能性がさらに高くなるかもしれない。

 だったら、ここでこんな男に渡すわけにはいかない。


「断る」


「ならいい、力づくで連れて行くまでだ」


 大男は懐から鍵を取り出し、鉄格子に刺し込む。

 そして、鉄格子は扉のように開く。


 大男は牢屋の中に入り、俺めがけて拳を打ち出す。


「強風よ吹き飛ばせ、ウィンド」


 大男の拳が当たるよりも先に俺の詠唱の方が先に終わり、大男の目の前に緑色の魔法陣が出現し、そこから風が放出され、大男を強風が後ろへと吹き飛ばす。


 だが、大男は奥にある別の鉄格子を足場にして、強風を耐える。


「回復魔法以外にも風魔法も使えるとはな。だが、そんなんで俺には勝てないぞ」


 大男は鉄格子を蹴り、俺めがけて飛んで来る。

 だが、まっすぐ飛んで来るからか、動きが単純になりすぎていてフレアを背負っていても簡単に避けることができた。


「じゃあな、今はお前に構っている暇はないんだよ」


 俺はそのままフレアを背負ったままいつも大男が帰って行く方向へ向かって走る。

 走ったらすぐに曲がり角があり、その先には梯子があった。


 薄々感づいてはいたが、ここ地下だったようだ。


 さすがに片手では梯子は登れないので、風魔法で暴風を地面から俺に吹くよう詠唱し、そのまま上へ飛ぶ。


 地下から上がると、上半身と下半身を切り離された死体や、顔が転がっていたりと、なんとも言えない光景が広がっていた。


 どうやら俺とフレアが監禁されていたのは草原にポツンと建てられた一軒家の地下だったらしい。


 血で染まった窓ガラスから周りの光景が見えた。


 草原の中に立つこの家を中心に鎧を着た騎士達が包囲していた。

 その中で唯一、軽装な鎧を着て窓の外から俺を見ている女騎士がいた。

 ぱっと見は偵察組に見えるだろう。


 だが、死ぬ前ではそこそこ武術に覚えがあった俺は、瞬時に女騎士がこの家を包囲している騎士達とは別格の存在だということを直感的に理解する。

 多分、この騎士団のリーダーだろう。


 あの人にフレアを渡せば助かるかもしれない。


 俺はフレアを背負ったままドアに向かって走る。

 だが、ドアに手がもう少しで届くと思った直後、後ろから追いかけて来ていた大男に捕まる。


「捕まえたぜぇ」


 大男の目は血走っていて、今にも俺を殺しそうな目で俺を見ている。

 もう一度風魔法を詠唱する。


「強風よ吹き飛ばせ、ウィンド」


 大男と俺の間に緑色の魔法陣が出現し、大男を吹き飛ばす。

 はずだった。

 大男は俺の腕を強く握りしめ、俺の両腕の骨を握力だけで握りつぶし、暴風を耐えてしまう。


「もうそれはきかねぇんだよ」


 大男は自慢げにいう。

 このまま勝負を続けたら、間違いなく両腕を折られている俺は負けるだろう。


 だが、この戦いは俺の勝ちだ。


「魔法組、全弾発射!」


 その声と同時に家のいたるところから光の矢が大量に大男と俺めがけて放たれる。

 だが、不思議なことに矢は全て俺とフレアを避け、大男にだけ刺さる。


「な、こんなところ、で」


 俺の腕を握っていた手から力が抜け、大男はそのまま地面に倒れる。


 これで、やっとフレアを助けてくれる可能性がある人のところに行ける。

 腕が痛むのを我慢し、力を振り絞ってドアノブを回す。

 だが、ドアを開けた直後、俺の意識は途切れた。



 ___________________________________

 


 クロエルがフレアを背負い、牢を脱出した少し後。


「フレア様が中で捕まっているというのに、攻め込めないなんて」


 王国騎士団副団長ユーフラ=メラルダは草原の中に建っている家を歯がゆい思いで睨む。


「フレア様の安否がわかれば攻め込めるものを」


 ユーフラは赤い血で染まった窓から、家の中で動く小柄な影を見つける。


 ユーフラは不思議に思った。


 この家の中にいた男たちは、ただ一人を除いては魔法組の魔法によって殺されているはずだったからだ。


「なんだ?」


 ユーフラは気配を殺し、窓に近づいて家の中を見る。


 家の中にはフレアを背負ったままドアに向かって走るクロエルの姿があった。


「あの少年は、一体何者だ?」


 だがそんなユーフラの疑問も、次の瞬間には消え去っていた。


 クロエルはユーフラに手で何かを伝える。

 ユーフラはなんとなくだが、今のサインを直感で読み取ることができた。


「魔法組、砲撃用意! 目標はドアの周りにある170センチメートのもの全てだ!」


 ユーフラは杖を前に構えている魔法組に指示を飛ばす。


「魔法組、全弾発射!」


 直後、大量の光の矢が放たれ、家の壁を貫通しクロエルの腕を握っていた男のみに刺さる。


 そして、数秒後。


 クロエルがドアを開け、フレアを背負ったまま倒れる。


「フレア様がいたぞ! どうやら何か具合が悪いようだ。ついでにフレア様を背負っている少年も保護してやれ」


 女騎士の命令に従い、家の周りを包囲していた騎士たちが動き始める。


 フレアは騎士達が数人がかりで運ぶが、クロエルは騎士の一人に担がれ、ユーフラの後ろに控えている馬車に運ばれていく。


「魔法組はここに残って調査をしろ。私たちは急ぎ王都へ戻りフレア様の病態を確認するぞ」


 ユーフラは命令だけ伝え、自身も後ろに控えている馬車に戻る。


(あの少年は誰なんだろう?‥‥‥帰ったら仕事が増えそうだ)


 ユーフラは、ハァとため息をつく。

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