第4話 魔法授業

 フレアはまず最初に各属性の代表的な魔法を見せてくれた。


「赤く燃える炎、ファイヤ」


 フレアがそう詠唱した直後、鉄格子の向こうの通路に魔法陣が出現し、そこから赤い炎が燃え上がる。


 正直言って、代表的なものと言ったから手の平からちょっと火を出すぐらいかと思っていた。


 そして一つ疑問ができた。


「詠唱式でも魔法陣は出るのか?」


「その説明がまだでしたね。詠唱式は魔法陣を書く必要がない代わりに、魔法陣式より魔法を使うときに魔力を使い、代わりに、発動までの時間が短縮できます。


 魔法陣式は魔力消費量が少ない代わりに、発動までに少し時間がかかって、さらに魔法陣を手書きで書くところから始めないといけないという点から、使う人はほとんどいないです。


 ただ、魔法研究者達は別です。

 魔法を研究するにあたって、魔法陣が読めないと新しい魔法なんて作れませんし、そもそも魔法陣がなければ魔法は発動しないので魔法研究者たちは魔法陣式も使えないといけません」


 やはり、フレアは何かを説明するときは学校の先生みたいな喋り方をする。

 まぁ、でもわかりやすくていいんだが。


「親方こっちです。こっちから炎がいきなり出現しました」


 フレアの話を聞いていると、鉄格子の外から声が聞こえる。

 鉄格子の方を振り向くと、そこには筋肉むきむきの大男と、その横にひょろっとしたいかにも下っ端っぽい人が立っていた。


 そして大男はフレアを睨みつけると。


「おい、そこの貴族のガキ。もしかして魔法を使ってここから抜け出そうとか思ってないだろうな?

 お前も見ただろ? お前の護衛二人が俺たちに殺されるのをな。死にたくなきゃ大人しくしていろ」


 フレアの顔から血の気が失せていた。

 足がガタガタと震えている。

 表情からはフレアがどれだけ怖がっているかを読み取ることができた。


 自己紹介ではフレアは貴族なんて一言も言わなかったが、大男は確かにフレアのことを貴族のガキと言った。

 多分、護衛を連れてどこかにいたら、いきなりこいつらが現れて、護衛をフレアの目の前で殺し、フレアを誘拐したのだろう。


 そして、フレアは6歳にして人が殺される血なまぐさい光景を見せつけられたのだろう。


「ねぇ、あんた。どうあってもこいつは殺せないだろ?」


 気がつくと大男を挑発するようなことを喋っていた。


「なんだ、このクソガキは。俺がこの貴族の娘を殺せないと思っているのか?」


「ああ、だってそうだろ? 貴族の娘を誘拐するということは、貴族に身代金か何かを要求するつもり、あるいはしている途中のはずだ。


 それ以外だったら雇い主か何かがいて、その雇い主に生きて捕らえろと命令されているぐらいかな。


 もし、仮に殺せと言われていたら、わざわざこんな牢に入れなくても殺して死体でも見せれば依頼成功になるのにそうしないのは、殺せと命令されていない証拠だ。


 それに騎士団か何かがこのアジトに入ってきたときに、こいつを人質にでもしないとお前ら一瞬で殺されちまうぜ」


 ‥‥‥やばい、やりすぎた。


 横で俺の話を聞いて感心しているフレアや、少し驚いている男二人組の顔を見てたらつい楽しくなって普通に説明すればいいものを挑発しているみたいになってしまった。


「そうだな、お前のいう通りだよ。その年でそこまで考えられるなんて凄いな。


 ‥‥‥でもな、別にお前はたまたま焼いた家で倒れていたのを見つけて、この貴族のガキと同い年ぐらいだったから同じ牢にぶち込んだだけであって、お前はこの貴族のガキが自殺しないようにするための抑制剤のような物なんだよ。


 それに、お前の代わりなんてそのへんの家を襲えば簡単に手に入るんだよ」


 確かに男の言う通りだった。


「おい、お前。もうあいつは仕末しておけ。あの年でここまで頭がキレるやつは生かしておいても危険なだけだ」


「わかりやした」


 男の横に立っていたひょろっとした男が懐から鍵のようなものを取り出し、鉄格子に刺す。

 そして鍵を右に回しガチャと言う音と同時に鉄格子の一部が扉のように開き、そこから男が入ってくる。


多分、鉄格子を開けるのに使った鍵は魔道具か何かだろう。


「さて、こちらも仕事なんでね、恨まないでくだせえよ」


 ひょろっとした男は腰からナイフを抜くと、俺に近づいてくる。

 そして、俺の肩に手を置き、ナイフを持っている手を振り下ろす。


 ああ、まだ目覚めて1日も立ってないのにまた死ぬのか。

 体感的には1日で2回死ぬことになるんだな。


 避けて反撃することは可能だけど、この体ではひょろっとした男を倒すことができても向こうにいる大男は倒せそうにないしなぁ。


「ガシッ」


 ナイフは俺には刺さらなかった。


 代わりに、フレアの肩に深く差し込まれていた。


「な、な、な、ななななな! やばい、やばい、やばい、殺しちゃう殺しちゃう。

 そして殺されるぅ!」


 ひょろっとしたいきなりブツブツ言い始める。

 だが、そんなことは今の俺にはどうでもいい。


「おい、フレア。なんで俺のことをかばってそこまで。今日出会ったばかりの人になんでそこまでできるんだよ」


「出会ったのがいつなんて関係ないよ。ただ私は友達を守ろうとしただけだもん」


 嗚呼、やっぱりこの娘はものすごいいい子なんだな。


 直後、頭の中に俺が日本で死ぬ原因となった出来事の映像が流れる。

 それは、衣天が拳銃を持った男に肩を撃ち抜かれた時の映像だった。


「駄目元でもやって見るか。我が魔力を使いフレアの傷を癒せ、ヒール」


 喋っていてものすごい恥ずかしかった。

 セリフはクラスメイトだった厨二病の坂本が叫んでいた台詞の一つを借りた。


 だが、効果は絶大だった。

 フレアの肩からナイフが抜け落ち、肩の傷口が緑色の光に包まれ、一瞬で治してしまう。

 やっぱり魔法ってすげぇ。


「な、こいつも魔法を使えるのか?!」


 ひょろっとした男は驚きながらも、助かったような顔をする。


 助かったような顔をするのはいいけど、フレアが受けた傷分は返さないとな。


 地面に落ちたナイフを拾い、ナイフを突き立て、油断している男の肩に向かって思いっきり振る。


「おいお前、前を見ろ!」


 鉄格子の奥の男がひょろっとした男に注意を促すが、もう遅い。

 ナイフはひょろっとした男の肩に深く刺さり、男は悲鳴をあげる。

 そして数秒後、男は地面に倒れる。


 俺はすぐに男の脈を測る。

 だが、男はすでに死んでいた。


 こんなに早く出血で死ぬことはないはずだから、多分ショック死か何かだろう。


「はは、お前を殺そうとしたやつが逆に殺されるなんてな。それになんだ? お前、その年で人を傷つけることになんの躊躇もなかったな。

 しかも人を殺したってのになんでそんなに冷静なんだ? もしかして初めてじゃないとかか?」


 男は仲間が死んだのにもかかわらず、笑いながら俺に質問してくる。


 だが、俺にもよくわからなかった。

 武器で人を傷つけることに関しては、死ぬ前に衣天を助けるために拳銃を持った男たちを気絶させた時にすでに経験済みだし、その前にも何回か武器を持って人を傷つけたことはあった。


 だけど、人を殺したのは今回が初めてだった。

 なのに、罪悪感や背徳感などは全く感じられない。


「まぁ、なんでもいいか。お前はまだ利用価値がありそうだから殺さないでいてやるよ。

 それと、これはお前らの今日の食事だ、せいぜい死ぬまで仲良くするんだな」


 ひょろっとした男の死体の下に魔法陣が出現し、地面に飲み込まれていく。

 そして、男はそれを確認すると一本の細長いフランスパンぽい食べ物を鉄格子の中に放り込み、どこかへ歩いていく。


「人を殺したんですね」


 俺がさっていく男を睨んでいると、フレアが口を開く。


「人殺しとはもう友達になれないか?」


 この世界ではどうかわからないが、日本だったら人殺しは避けられ、恐怖され、時には死刑の対象になる。

 だから、フレアは俺から離れていくかもしれない。


 少し寂しいなとは思う。

 だが、そうなってもそれは仕方がなことだと自分に言い聞かせる。


「いえ、そんなことはないですよ。ただ、クロエルが刺した所が、私が刺されたところと同じだったから、私のためにやり返してくれて、その結果、クロエルが手を汚すことになったなら私はクロエルに、謝って済むことじゃないけど謝らないといけないなって思って」


 本当にいい娘だ。

 一体どういう教育をしたらここまでいい娘になるんだろう。

 日本で住んでいた時の近所の子供たちなんて、公園の横にある家の窓ガラスを割って責任の押し付け合いをしていたというのに。


「別にフレアのためじゃないからそんなに考え込まないでいいよ。

 俺がフレアを刺したやつが許せなかっただけだから。まぁ、まさか死ぬとは思わなかったけどね。


 ‥‥‥こんなこと言える立場じゃないと思うけど。これからも友達、魔法の先生として関わってくれますか?」


「はい、喜んで」


 フレアは最高の笑顔で微笑む。


「そういえば、なんで回復魔法が使えたんですか? しかも詠唱が若干違うのに」


 フレアに聞こうと思ったことを、先に聞かれる。


「わからないけど、なんかできた」


 そう、そう答えるしかない。

 なんで発動できたのか自分でも全くわからない。


「そんなんで魔法を習得できたら誰も苦労しないんですけどね。まぁ、それが魔力値想定不可能と出る人の才能なのかもしれませんけど」


 フレアがそう言った直後、フレアのお腹がグゥーとなる。


「ち、違いますよ。これはお腹が減って鳴ったとかそんなんじゃないですからね!」


 フレアは必死に抗議するが、後半はお腹が鳴りましたと言っているようなものだった。

 だけど、顔を赤くしながらも必死に抗議するフレアも可愛い。


 ‥‥‥俺ってロリコンだったのかな?


 そんな考えが脳裏をよぎったが、考えないことにする。


「そういえばさっき男がパンを鉄格子の中に入れてたけど食べる? 貴族だから落ちたものを口に含むことには抵抗あるかもしれないけど食べたほうがいいと思う」


 俺は鉄格子の近くに落ちているパンを拾い、手で軽くはらってフレアに差し出す。


「クロエルは食べなくていいの?」


「いいんだよ、俺はあんまりお腹空いてないから」


 本当は結構腹は空いている。

 でも、こんな小さくていい子に我慢させるわけにもいかない。


「じゃあ、もらうけど‥‥‥本当にいいの?」


「だからいいって」


 そう言った俺だが、その後すぐにお腹がなる。


「やっぱりお腹空いてるんじゃん。半分こしよ」


 フレアはそう言ってパンを半分にちぎり、俺に渡してくる。


「じゃあもらうね」


 俺はこうして、この世界で初めての食事をとる。




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