第3話

イレギュラーなことが起こりはしたが無事保健室に着いた。控えめに2回ノックをしてから入室する。清潔感のある空気と消毒液の独特な匂い。この部屋は学校で唯一人から隔離された場所であり落ち着く。


「先生。ベッドをお借りしても良いですか?」


「ああ。体調不良者が来たら退いてもらうけどそれまではいいよ」


「ありがとうございます」


僕は、気だるげに頬杖つきながら書類を眺めている養護教諭に会釈してからベッドへ向かう。ついでに先生の隣に座っているちんまい女生徒にも軽くおじぎしておく。


「よっこいしょ」


最近起居動作の際によく声が出てしまう。そういえば外国語で「どっこいしょ」ってどう言うのだろうか。調べる情熱はないが気にはなる。

靴を脱いで横になる。右側臥位は消化を促すらしいので右半身を下にして寝る。ちなみにこの体勢は胃酸が逆流しやすいから食後30分位は起きていた方が無難らしい。


うっかり寝過ごすといけないのでスマホでアラームをセットしイヤホンをつけて目を閉じる。どっこいしょ。


身体も精神も休ませることはすごく重要だ。特に精神の疲弊には気を使う。人間は肉体疲労で壊れることはそうそう無いけれど、心が折れると割合簡単に死ねる。思考に余裕がなくなると人は思いがけない行動を取ってしまうものだ。

僕は学校が好きじゃない。周りの人達と同調するのが苦手だからだ。小、中の学校で自分なりに努力をして周囲と良好な関係を築こうとしたが失敗ばかりだった。友達と呼べる存在はとうとう作ることが出来なかった。およそ9年間励み続けたが無理だった。自分は多くの人と“よき隣人”になることは不可能だった。

認めるのはとても悔しいし屈辱的ではあるが、僕は社交性が絶望的に乏しいようだ。

人より社交性が劣る。だから集団であり、社会の縮図である学校に滞在するのは辟易する。必要なものが見えず、不必要なものがよく見えるから精神衛生的に厳しい。休める時に休んでおかないと心のバランスが保てない。


頭の中で無心になろうと努める。脳は数分でも休ませる時間を作ると良いという。

張り詰めたものは美しいが壊れやすい。少し緩く遊びを作る方が大半のものは長持ちするらしい。十数年間しか僕は生きていないがその意見に同意する。


アラームが鳴る前に耳障りな男の声がして目を覚ます。カーテンを閉めているので目視は出来ないが、どうやら男生徒が向こうにいるらしい。先生の隣にいた小柄な女生徒に声をかけちょっかいを出しているようだ。まぁ見目は可愛らしく小動物のような佇まいは保護欲をそそり男が近づきたくなってしまうのは解る。

先生があからさまに退室しろオーラを出して男生徒に塩対応しているが、少年は意に返さない。お兄さん、空気は吸うだけじゃダメなんだよ? 読むことも必要だよ。特に対峙しているその先生は色々と根に持つよ。

つーか早よ帰れ。この空気じゃカーテン開け辛いじゃないか。


「いい加減静かにしろ。体調不良で寝ている生徒だっているんだ」


「え? ここに誰かいる系?」


ずかずかと品のない足音が近ずいてくる。

!? 本気かチャラ男(たぶん)。病人が安静にしているかもしれない隔離スペースを覗く気か?!


「黒田。表へ出ろ。お前は保健室出禁だ」


幸いカーテンが開けられることはなかった。 先生が黒田と呼んだ生徒の首根っこを掴んで廊下に叩き出した。布で遮られるから見えていないけどね。音で察するにこの対応で間違いなかろう。

少し強めに扉が閉まり、先生は深くため息を吐いた。僕はシャッとカーテンを開ける。


「あー、ビックリした」


「なんだ君、起きていたのか」


「あれだけ騒音立てられたら起きますよ」


「なら助けてくれても良かったじゃないか。乙女のピンチだぞ?」


乙女ってそこで怯えてる女生徒のことだよね? 先生、自身のことを言っている訳じゃないよね?


「いや僕みたいな底辺庶民が士族ちっくな男生徒に戦い挑んでも勝てっこないです。校内カーストは絶対なんです」


「冷めているねえ。もっと熱くなれよ!」


「え、修造? なんで急に熱血キャラ演じ始めるんですか」


「こういう部分もあるよってところを出してみようかと」


「えー。でも先生死んだ魚みたいな目をしているのに」


「あんな闘魂入った目をしていたら保健室に誰も寄り付かなくなるだろう。ここは生徒を癒す場所だ」


「おー。先生が普通にもっともなことを言う」


「君は私をなんだと思っている。あと乙女に目が死んでいるとか失礼だぞ」


「え!? えー……おー。ですね。すみません。先生は優しいからついつい軽口を吐いてしまって」


「ふふ。溢れる母性というやつだな。ま、私まだ20代だけどね20代!」


後半だけどね。あと2回言うな。うん、なんか話長くなりそうだからもう教室戻ろうかな。


「先生、ベッド貸していただきありがとうございました。雑務があれば放課後にでも手伝いますよ」


「うむ。今のところは大丈夫だ。まったく君はらしくない高校生だなあ」


「なんスかそれ。では、どうもでした」


教室へ戻る途中、成人並みの体格がある高校生を引っ張って摘まみ出すとか相当腕力強くない? あの先生を怒らせない方が絶対いい。そんなことを考えていた。

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