第15話「4000ゴールドになります」

 私とアルエルは、食い入るようにスクリーンを見ていた。


 キョーコの正面に冒険者たちが現れる。何か言っているようだ。音量を上げてみる。


「あれ? ここのエリア、モンスター1匹しかいねーの? しかも女だよ。弱そうだし」

「いや、もしかしたら魔法を使うヤツかもしれない。油断は駄目だよ」

「魔法使うったって、4対1だぜ。楽勝だろ?」

「だな。とっととクリアして、次行こうぜ」


 ちょっと冒険者の方々? そんなに挑発しないでくれる? 魔導器を操作して、キョーコの様子を伺う。ズームにして表情を確認すると、荒い画像のためはっきりとは分からないが、どうやらご立腹の様子。あー、これはヤバイ……。


 救護班を待機させるべきだろうか? いや、先程送ったばかりだ。まだボンとロックを搬送中だろう。仕方ない。担架を用意するか。あぁ面倒だな。この冒険者、ちゃんと追加料金払ってくれるだろうか? またゴネられたりするのだろうか? 困るんだよなぁ。お家の方に連絡取って、引取に来てもらおうか? うーん、でも連絡先が分かるとは限らないし……。


 今後のことが、色々と脳裏をよぎる中、戦闘は開始された。まず1人目の剣士が雄叫びを上げながらキョーコに斬りかかる。「死ねぇぇぇ!」って、それ死亡フラグだよ。あっさりかわされて、代わりに腹部へ強烈なパンチを食らい、その場に倒れ込む。


 すかさず死角から2人目が真横に剣を払う。が、難なく肘でそれをガード。同時に剣が甲高い音を立てて折れた。それをうろたえながら見てるところを顔面に一撃。ノックアウトだ。


 3人目はそれを見て躊躇していた。逃げるべきか、立ち向かうべきか悩んでいるのだろう。逃げろ、逃げてしまえ。それが正解だ。そう心に念じるが、やがて「うわぁぁぁ」と叫び声を上げながら突進する。あぁ……。顔面を掴まれて苦悶の声を上げている。痛いんだよなぁ、あれ。気を失って崩れるように倒れた。


 4人目。悲鳴を上げながら逃げていた。そうだ、それでいい。ちょっと遅かったけど。しかし、その瞬間スクリーンからキョーコの姿が消える。あれっ? っと思う間もなく、逃げる冒険者の前方に現れた。怖ぇぇぇ。手刀で剣を叩き落とされ、立ち尽くしているところを、首を掴まれ持ち上げられる。そのまま気を失ってしまった。


 目の前で繰り広げられた惨劇も、随分落ち着いて見ることができるようになったことに、今更気づく。あぁ、慣れって怖いもんだな。アルエルは「すごーい。キョーコちゃん、すごーい」と大興奮だが、いや、君もあそこまでとは言わないが、もうちょっと頑張らないとね、と心の中でそっと思う。


 それにしても。スクリーンで見る限り、冒険者たちはボコボコにされていたものの、命に別状はないようだ。うーん? これでどうやって稼ぐって言うの? 私てっきり、冒険者を亡き者にして、蘇生代で稼ぐのかと思っていたのに。


 倒れた冒険者を一瞥すると、キョーコは壁に近づきコンコンと叩く。壁の一部が光り、扉が出現。従業員用通路だ。キョーコは体内に魔力を使える代わりに、外への放出はできないらしい。アルエルでさえできる、通路の開閉ができないのだ。


 ん? と言うことは誰が通路を開けたんだ? そう思っていると、キョーコが開いた通路へと消えていった。代わりに薄月さんが現れる。へ? 何やら手にカゴのようなものを持っている。


 そうしたとき、ようやく冒険者がうめき声を上げながら起き上がり始めた。そこへ薄月さんが向かう。


「お疲れ様です。薬草、いかがですか? すり傷、打撲、骨折。何にでもよく効く薬草ですよ」


 あー、そう言うこと。冒険者をボコボコにする。そこに薬草など回復薬を売りに行く。それで収益を上げる、と。いや、でもさ。薬草って安いんだよ? うちでも一時期、セクション1やダンジョン内に売店を設置してみたりしたことはあるけど、むしろ人件費の方が高くて止めたほどだよ? それに……。


 冒険者はやっと立ち上がれるほどになった。そして薄月さんに気づいたようだ。


「薬草? そんなの当然持ってるし」まぁ、そうだよねぇ。

「あら~。そうなんですか?」薄月さんは、ウフフと笑いながら答える。


「じゃ、その薬草でササッと回復しちゃって下さいね」

「んなこと、言われなくてもやるっての」

「キョーコさーん。第2ラウンドの準備、お願いしまーす」


 冒険者がギョッとした表情になる。私も慌ててスクリーンを動かした。開きっ放しになっていた従業員通路の影になっている部分で、キラッと目が光っていた。


「ヒィ」冒険者と私が同時に同じような悲鳴を上げた。これは怖い。


「よっしゃ。じゃ、やるか」


 完全に通路から出てきたキョーコが屈伸運動をしている。


「あ、あのっ!」冒険者のひとりが声を上げた。

「はい? 何でしょう?」

「僕ら……その……もうそろそろ」

「んー? よく聞こえませーん」

「いや……あの……そうっ! 薬草! それ下さい」

「えー。でも、さっき持ってるって」

「いえいえいえ。勘違いでした。すみません。薬草、売って下さい!」

「しょうがないですねぇ。キョーコさん、もういいそうですよ」


 チッと舌打ちしながらも、キョーコが通路へと下がる。冒険者がホッとしていた。私もホッとした。


「じゃ、薬草4つで4000ゴールドになります」

「はっ?」

「4000ゴールド」


 いや、それボッタクリじゃないの! 薬草ってさ、高い所で買ってもせいぜい20ゴールド程度だよ? 量販店なら10ゴールドくらいで買えちゃうよ? ひとつ1000ゴールドって。ボッタクリどころじゃないよ?


 冒険者たちもそう思ったらしく、口々に「高すぎる」「酷い」と声を上げていた。そりゃそうだよ。ところが薄月さんは「ここはダンジョンですからね。ダンジョン価格っていうのがあるんですよ」と、ちょっと困った顔をしながらもそう言った。あぁ、これキョーコが言わせているんだな、とそこで察した。


「いや、そんな金額は払えません! 冗談じゃない」

「あぁ、そうですか……。キョーコさーん」再び通路からキョーコがひょこっと顔を出す。

「あっ、ちょ、ちょっと待って!」

「はい?」

「あー……買います! 買えばいいんでしょう!」


 冒険者たちがブツブツと文句を言いながらも財布を取り出している辺りで、ようやく私も我に返る。駄目っ! こんなの駄目だってば! ダンジョンの評判が落ちちゃう! ボッタクリダンジョンって噂が広まっちゃうよ?


 大慌てでキョーコたちの元へと走っていった。

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