きみとぼくのダンジョン再建記
しろもじ
第一章
第1話「魔王さま、侵入者です!」
薄暗い部屋。冷たい空気が充満し、吐く息がわずかに白く霞みを帯びる。私は部屋の中央に置かれた椅子に腰掛け、じっと宙を睨んでいた。
壁に設置している魔晶石がぼんやりと赤く輝き出す。来たか……。随分と待たされたものだが、ようやくこのときが来たのだ。
「魔王さま、我がダンジョンに侵入者です!」
部下が息を切らしながら部屋へ駆け込んできた。私の前にひざまずき、小さく震えている。恐怖による支配。世の中では忌み嫌われる言葉でも、ここでは例外だ。恐怖は魔王を魔王たらしめるものだからだ。
私は椅子から立ち上がると、部下に命じた。
「ルート5を残し、後は全て閉鎖。セクション2から6に、レベル3から8のモンスターを設置せよ」
部下は私の命令を復唱すると、そそくさと退散した。満足げにうなずき、再び椅子に腰を下ろした。小さな声で魔法を詠唱すると、目の前に複数のスクリーンが現れる。ダンジョンのあらゆるところに設置してある魔導器を通して、こうして私は動かずとも侵入者の様子を伺えるというわけだ。
ルート5。それは、我がダンジョンでも中級程度の難易度。ルートは1から10まで用意しており、数字が上の方がより上級者向けのルートになっている。他のルートは閉鎖したので、侵入者――冒険者――どもは、ここを進むしかない。
セクションはルート内を区分けしたものだ。セクション1がダンジョン入り口。以降、ダンジョンを進むにつれセクション2,3と区切ってある。このようにダンジョンを区切ることで、部下であるモンスターへの素早い指示が可能となり、冒険者の始末に役立つというわけだ。
先程、部下に命じた通り、セクション6まではさほど強力なモンスターは配置していない。レベル8のモンスター程度は、中級レベルの冒険者なら、なんとか倒せるだろう。
しかし、お遊びはそこまでだ。
私はスクリーンをタッチし、セクション7を選択する。そこへレベル30のモンスター『ミノタウロス』を配置するよう魔法で書き込んだ。
ダンジョンに入った冒険者どもは、序盤のモンスターに気分良く歩を進める。そこへ、段違いの力を持ったモンスターが突然現れる。恐れおののくに違いない。悲鳴を上げ、命乞いをするやもしれぬ。
しかし、ダンジョンとはそういうものだ。
無慈悲で不条理。彼らの願望など一切無視し、突然の終末を迎えることもある。それこそがダンジョン。それこそが冒険ではないか。彼らがそれを認知しているかどうかは知らぬが、それは私の知ったことではない。
「どれ……」
冒険者の様子を見ようとスクリーンを切り替える。そろそろセクション2は突破しただろうか? 腕のいい冒険者どもなら、4くらいに進んでいる可能性もあるだろう。クククッと笑いをこらえながらスクリーンを見る。しかし、そこに冒険者の姿はない。設置したモンスターが3体、ヨロヨロとうごめいているのが目に入った。
もしやセクション2を突っ切って、そのまま3へと突入したのか? スクリーンを切り替える。が、やはり、そこにもモンスターしかいない。
まれに設置したモンスターを無視し、とにかく先へと進んでしまう冒険者たちがいる。こやつらもその類か。セクション4、セクション5。スクリーンを切り替えるが、どこにも冒険者たちの姿は見えなかった。
どういう……ことだ……。
「大変です、魔王さま!」
再び部下が、部屋へ転がり込むように入ってきた。
「冒険者どもが……引き返しています!」
その言葉に、慌ててスクリーンを切り替える。セクション1、ダンジョンの入り口。そこに彼らはいた。何やら集まって話しているが聞こえない。スクリーンの右にある不気味なアイコンを移動し、音量を上げると、冒険者たちの話し声が聞こえてきた。
「なに、このダンジョン。どうなっているの?」
「なんか古臭いよねぇ。10年前のダンジョンって感じ」
「そもそもルートがひとつしかないって、どうなのよ?」
「他は工事中です、って感じじゃねーの。あはは」
「それに、入って一番最初の部屋。スケルトンだよ」
「まー、今どきスケルトンはねーよ」
「それにあいつら、ヨロヨロしてただろ。動きも鈍いし、緊張感0だわ」
「やっぱ、この前言ってたダンジョン……あれ、なんだっけ?」
「『End of the World』?」
「あぁ、それそれ。あっちにしとけばよかったかなぁ」
「だって、EoWって超人気ダンジョンじゃない。当日券じゃ入ダンできないって言ってたし、予約は予約で半年先までいっぱいだって言ってたし」
「だねぇ。それで、飛び込みでも入れるココにしたんだったっけ」
「まぁ、混んでいるところは混んでるなりの、空いているところは空いてるなりの理由があるってことか」
「俺たち以外、冒険者いなさそうだしね」
「ね、早く出ようよ。じゃないと『途中退場はマナー違反』とかって、管理の人が出てくるかも」
「だな。今日はダンジョンは諦めて、町の外れで狩りでもすっか」
「だねー」
……はぁ? ルートがひとつなのは、迷わなくてもいいようにという配慮じゃないか! 確かに工事中のところもあるっちゃあるけど、適切なルートを状況に応じてサジェストする、そういう心遣いっていうのが分からない?
それに何だ……そう、スケルトン! ヨロヨロしてたって? そりゃそーだろっ! スケルトンはヨロヨロしているもんだろ!! シャキッとして、シャカシャカ動くスケルトンなんて、気持ち悪いだろ、普通。
End of the World? あぁ、知ってる知ってる。最近できた外資系のダンジョンだよな。私も見たよ。パンフレットだけだけど。そりゃさ、凄いと思ったよ。最新の魔導器を駆使して、冒険者に幻影を見せたり、ダンジョン内がグルグル~って回ったりするやつもあるんだろ。
でもさ。ああ言うのって、高いんだよ。外資系のように、資金がジャブジャブあるところならできるかもしれないけど、私たちみたいに、国内でコツコツやってるダンジョンに、そんな設備を導入する余裕なんてないんだよ!!
一気にまくしたてたので、少し頭がクラクラしてきた。あくまでもひとりごとのつもりだったのだが、部下のアルエルは少し悲しそうな顔になってきている。それを見た私は、流石に申し訳ない気持ちになり、ねぎらいの言葉をかけてやった。
アルエルはやや表情を明るくしたが、すぐに顔を引き締めると、再び深く頭を垂れ、私の命令を待った。私と部下の、この関係は難しい。優しい言葉をかけ過ぎれば、私に対する恐怖心がなくなり、それは忠誠心にも影響を与える。かと言って、傍若無人な態度が過ぎれば、それはそれで問題だ。
アルエルは跪きながらも、まだ全身が震えている。その様子なら、今回の対応は間違っていなかったということだろう。
少しホッとしたところで、壁の魔晶石が再び赤く点滅し始めた。再び、冒険者がやって来たらしい。
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