第7章 貴女のことだけを見ていた私
第20話 助けてなんて言えないけれど
寝室は居間の隣。廊下を出てすぐのところにあるらしい。
らしいと言うのも、私たちがまだ入り口にいるので、そこが寝室なのかが分からないからだ。
「鍵空けるから、ちょっと待っててね」
入り口に鍵がかかっているらしく、涼子さんは私を一度廊下に座らせると、ごそごそとポケットを探している。
逃げなきゃ、とまた思った。
でも、やっぱり体は動かなくて、とてもじゃないけど逃げられる気がしない。
それでも、私は這って、逃げようとした。
「私は待っててって言ったんだよ? あんまり言うこと聞かないなら、少しお仕置きしちゃおうかなぁ。痛いこと、されたくないでしょ? 良い子にしてなさい」
涼子さんの言葉で、体が固まった。
振り返るのも大変だったけど、後ろの涼子さんを見れば、ものすごいニコニコしてるのが分かった。
でも、だからこそ怖かった。
「それにしても傑作だったなぁ、昨日のキー子ちゃん」
涼子さんがドアの鍵を開ける。
ガチャリと言う音。
「私の演技にすっかり騙されちゃって。だってね、そもそも、最初に家に入ろうとしてたのも私だし。『誰かいる』って、追いかけるふりして外に出ててたらすっかり信じちゃって。可愛くてどうしようかと思ったよ」
私はまた涼子さんに抱えあげられた。
私なんて本当に軽くて何でもないみたいに、簡単に。
やっぱり、逃げることなんて出来そうもない。
「はい! 私のお城にようこそ!」
寝室。
床に脱ぎ捨てられた黒い服と、パジャマが落ちていた。
「昨日は早着替え大変だったんだよ? キー子ちゃんから電話が来て、走って家まで帰った後、パジャマに着替えてね」
ウフフフフと笑う涼子さん。
でも、私はそれどころじゃなかった。
部屋の壁。そこら中に、私の写真が貼ってあったのだ。
大きくプリントアウトしたものがほとんどで、どれも撮られた覚えのない写真ばかり。
中には、私が小学生の運動会の時の写真だとか、中学校の文化祭でコスプレさせられた時の写真だったりとか。
そしてもちろんと言うべきか、私が着替えてる途中の、裸の写真も。
「な、こん、な」
「素敵でしょ?」
涼子さんが優しく笑う。
「ずっと貴女を愛してたの。ずっと見てた。子供の頃から」
涼子さんが、私のほっぺをペロッと舐めた。
「キー子ちゃんのほっぺは美味しいね。柔らかくてすべすべ。あ、そうだ。良いもの聴かせてあげるね」
涼子さんはそのまま、部屋の隅にあるパソコンを触った。
ブンと画面が付いて、スピーカーから音声が流れる。
『そっかー。エリ、荒井が好きなんだね。応援、するよ』
私の声だった。
これ、私の電話だ。内容も覚えてる。
エリに、荒井が好きだってことを教えてもらった時の通話。
「盗聴器のデータ、良いのはちゃんと残してるんだ。でね。編集して……」
スピーカーから、次の音声が流れた。
なんだか不自然な、切り貼りしたというのが丸分かりの声だった。
それでも流れたのは私の声で。
『私_リョ_ウ_こ_さん_好き_だよ_ダイ_好き_ア_い_してる』
涼子さんはうっとりしながら、それをもう一度流した。
『私_リョ_ウ_コ_さん_好き_だよ_ダイ_好き_ア_い_してる』
や、やめてよ。それ。
涼子さん? なに、それ?
なんで、そんなの作って、聞いてるの?
「ふふふっ良いでしょ、これ。聞いてると、とっても幸せになるの。ねぇ、貴女に、本当の声で言ってもらうからね。これから、言いたくなるくらいの事をしてあげるから」
「や、やめへ、くだ、は」
「だめだめ。ほら、服なんて脱ぎ脱ぎしちゃおう。可愛い服だよね、これ。もしかして、どこか期待してたんじゃない? 本当は私のことが好きで、誘ってたんだよね? 私もう、玄関で一目見たときから興奮しちゃって! ああ! ほら、脱がしてあげる」
涼子さんが私のワンピースのボタンを外していく。
一つ、二つ。三つ。
「な、なんへ、こんな、こほ」
「んー? なんでこんなこと? 言ったでしょ? 貴女のことが好きだからって」
違う。そうじゃない。
あんなにやさしかったのに、何で?
「ぜんぶ、涼子さん、が」
「何? ああ、もしかして弟君のこと言ってるの? ……そうよ。死ななかったのが残念だったなぁ」
涼子さんはニコニコしてる顔を崩して、怒ったように言った。
「あの子、むかつくじゃない。女同士が気持ち悪いとか言ってくれて。キー子ちゃんが女の子に興味失っちゃったら、大変じゃない」
やっぱりそうだった。正志を突き落としたのも涼子さんだったんだ。
じゃあ、穂波ちゃんは何も知らなかった?
私、なんてことを。
「ふぅーう、うー」
「抵抗しない方が良いよ、キー子ちゃん。無駄だから」
「ほ、ほなひちゃん、は」
「ほなみちゃん? ああ、あの子ね。キー子ちゃんほどじゃないけど、可愛い子だよね。春先だったかな。どこで調べたんだか、時々キー子ちゃんの家に近くをうろうろしててね。だから声かけたの。近所の者ですけどって。そしたら、キー子ちゃんの後輩だって言うじゃない? だったら私の知らないキー子ちゃんのこと知ってるかもって思って、仲良くなることにしたの。簡単だったなぁ。私、どうも仲良くなりたいと思った女の子とは、すぐ仲良くなれるんだよね。信頼されて、相談事とかもされるし。まぁ、そんなわけで、高田公子さんのこと好きなんですって打ち明けられちゃってね」
だから利用することにしたの、と、涼子さんは続けた。
「あの子、キー子ちゃんのことをいろいろ知ってたでしょ。教えてあげたのは私。キー子ちゃんの好きな食べ物とか、嫌いな食べ物。スリーサイズ。血液型から、誕生日。でね、最後にこう言ってあげたの」
にんまりと涼子さんは笑う。
「『穂波ちゃん、キー子ちゃん、もうすぐ生理だよ。先月は十三日からだったから、今月はもうすぐ。え? 何でそんなの知ってるかって、あの子、私には何でも教えてくれるからさ。ずぼらだから用意してないだろうし、買ってきてあげるって言えば素直に喜ばれるよ』って。そしたらそれ信じて自爆してんの! 普通、本当に言う? ねぇ、キー子ちゃんもドン引きだったでしょ? 私、
「う、う、うぁ」
酷いって言いたいのに、声が上手く出ない。
何でそんなひどいこと出来るんだろ。
穂波ちゃんは、ただただ素直で、涼子さんを信じて、私を好きだっただけだったのに。
全部、涼子さんの仕業だったんだ。
「まぁ、あの子を使って正解だったよ。キー子ちゃんが女の子に興味持つきっかけになったみたいだし。それにしてもキー子ちゃんが穂波ちゃんに突きつけた最後通告。現場想像してゾクゾクしちゃった。可愛そうにねぇ、穂波ちゃん。大好きなキー子ちゃんに嫌われて、どんな気持ちだっただろうねぇ!」
私は、もう、あたまがボーっとしすぎていて良く分からなくて、目から涙が出て。
「あらあら、泣いちゃダメよ。あ、ついでにネタバレしちゃうとね。私、何年も前から仕事してないんだ。だから、空いてる時間は全部、キー子ちゃんのために使ってたんだよ」
ギョッとした。
スーツを着て出勤してたのは嘘だったってこと?
「お金はたっぷりあるからね。女の子しか好きになれないってカミングアウトした私を病院に連れて行こうとしたクソみたいな親だったけど、あの二人、死ぬ前にけっこうなお金残しておいてくれてたんだ。で、神様も私を憐れんでくれてたんだよね。だって、なんとなく買わなきゃって思った宝くじ、ものすごい金額が当たったんだもん。だからね、キー子ちゃんの学校の近くで、ずっと聞いてたんだ。キー子ちゃんのカバンに仕掛けてた盗聴器で」
涼子さんが、私のワンピースのスカート部分を持ち上げると、一気に脱がしにかかった。
一瞬だけ視界が遮られて、それからまたすぐに残酷な顔の、楽しそうな涼子さんが視界に現れる。
「あん、ブラジャー可愛い。いいなー、これもちょうだいよ。盗んだの全部返してあげるから。洗ってない下着、久しぶり」
涼子さんが私のブラジャーに鼻をこすりつけている。
盗んだって、じゃあ、時々、私のパンツとか無くなってたのも涼子さんが?
「キー子ちゃん、あんまり家に鍵かけないよね? まぁ、かけても隠し場所知ってるから入り放題なんだけど。キー子ちゃんのパパとママが共働きで本当に助かったわぁ」
涼子さんが、私の脇をぺろぺろ舐めている。
い、嫌だ。
やだよ、なに、これ、何してるの?
「んー、良い匂い。あの後、ちゃんとシャワー浴びてきてくれたんだね。でも、私はキー子ちゃんの汗の匂いは嫌いじゃないよ。むしろ大好き。ね、昨日は我慢するのに大変だったんだから。あんな、お風呂に入ってない匂いとか直接嗅がされたら、さ」
涼子さんが私のブラジャーを外す。
「素敵」
涼子さんがうっとりとしながら私の胸を見ていた。
隠したくて手を動かしたけど、涼子さんがガシッと掴んで、それを許してくれない。
「隠さないの。こんなに可愛いおっぱいなのに」
「や、やめ、てぇ」
「やめるわけないでしょ? ふふふ」
涼子さんが私の小さな胸を撫でた。
それからムニムニって弄んで、胸にキスして来た。
まるで赤ちゃんみたいに、ちゅっ、ちゅっって。
「ッ!」
私は完全にパニックになった。
だって、息が吸えないんだ。
息が吸えないのに、言葉にもならないような声が勝手に出て来て、でも、上手く出せないから喉が痛くて。
「……ゃ! ……ぁ!」
「美味しい。美味しいよ、キー子ちゃん」
今分かった。
私、涼子さんに食べられてるんだ。
「もっと素敵な声聞かせてよ。我慢しないで良いから」
「ひっ、ひぐっ」
もう嫌だ。
家に帰りたい。
私、こんなの嫌だよ。
「しかし、荒井君だっけ? これ、あのクソ男が見たら悔しくて死ぬんじゃないかな。あんな高いところから落としたのに死ななかったけど」
「あ、あらい、も、りょうこさん、が」
「当然でしょ? 学校の近くで
涼子さんが、私の両足の付け根に指を這わしていた。
そしてクチッて、気持ちの悪い音が聞こえてた瞬間、私は気を失った。
な、なに、これ、やだ! やだ!
意識が戻って来るのが怖かった。
時間の流れがゆっくりになったり、素早くなったりして。
溶けて、混ざり合って、私の心はグチャグチャになってしまった。
涼子さんが指を動かしている。
動かしているのは分かる。
でも、自分が何をされているのか、どこを触られているのかも分からないくらい、頭の中が真っ白だ。
電気が走ったみたいに体がビクンビクンって勝手に跳ねて、自分が叫んでいるのを、どこか遠い場所から見ていて。
太ももで涼子さんの腕を挟んでしまってるけど、涼子さんには、私の足の力なんてほとんど意味がないみたいで、どうしたって涼子さんを止めることが出来ない。
「もう手遅れだけどさ」
呼吸を荒くした涼子さんが、笑った。
「下着、汚れちゃうから脱がすね」
私はパンツに手をかけて来た涼子さんの腕を、なんとかして掴む。
でもやっぱりダメだった。
全然力が入らない。
「だ、だめ、や、やめて、りょう、こさ。おねが、い、こわい、こわいよ、やだ」
涼子さんは無言だった。
そして、私は止められなかった。
涼子さんは、目をギラギラさせながら私のパンツを手に取って、脇に置く。
「す、素敵。すごい奇麗だよ、キー子ちゃん。それじゃあ、たっぷり愛し合いましょ。ね、怖がらないでね。すごく良くしてあげるから」
もう、ダメだと思った。
これから何をされるのか、怖すぎて何も考えたくない。
涼子さんが服を脱いで、そして、私に覆いかぶさって来て……
と、その時だった。
ピンポーンと言う、玄関のチャイムが聞こえたのは。
「誰よ、良いところで」
涼子さんが私から体を離す。
「こんなの、居留守するに決まってるでしょ」
だけど、まるで涼子さんを引き留めるようにピンポーンっとインターホンの音が、しつこく鳴らされる。
二度、三度、四度。
チャイムは止まらない。
「雰囲気ぶち壊し」
涼子さんが忌々しげに言うと、服を着た。
「キー子ちゃん、待っててね。すぐ戻って来るから」
涼子さんが部屋を出ていく。
ドアを閉めて。
私は、逃げる余裕すらなかった。
体中が爆発したみたいになってて、もう、指の一本も動かない。
逃げなきゃとは思うのだけど、想うだけで体は動かないんだ。
頭もボーっとして、気を抜いたら気を失ってしまいそうで。
息を吸うだけで精一杯。
それでも聞いた。
ドアの外から聞こえた「あら、穂波ちゃん」と言う、涼子さんの声を。
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