第18話 一番頼りになるあの人

 アイリ達が帰ると、急いで部屋に帰った。

 今夜は、本気で気を付けなければ。

 なんなら、徹夜してでも家を守ろう。


 ……


 しかし、盗撮と盗聴か。


 着替えも覗かれてたなんて。

 私の裸なんて見て、何してたんだろう。

 私は自分の体をじっくりと見下ろして、ガッカリした。


 やっぱり、こんなの見たって面白くもなんとも無いと思う。


 変態さんの考えてることなんて、私にはわからないよ。

 ただ、今は怖い。

 今もどこからか、見られたり聞かれたりしてるのかもしれない。


 アイリは、ちゃんと全部調べてくれたのかなとか考えると、家にいるのが不安でしょうがない。


 私は何にも出来なくなって、ベットの中に入るとひたすら祈っていた。

 お母さん、お父さん、早く帰ってきて!


 しかし、二人は帰って来ない。

 夜の九時。


 運が良ければ帰って来るかも、なんて考えてたけど無さそうだ。

 やっぱり、今日は二人とも泊りなのかもしれない。


 そう思うと、さらなる不安感が襲ってきた。

 どうあがいても、今夜は一人なんだ。


 必死に耐えて、時間が十時を過ぎる。

 ミホもアイリももう寝てしまったのかなと思う。


 その後も眠れないで、時々怖くなって目を覚ましたりを繰り返していたら、夜中の十二時になった。


 いっそのこと眠ってしまいたいのに、怖くて寝れない。

 もう、どうしたら良いのか。


 誰かに電話したら、出てくれるだろうか。

 アイリもミホも、熟睡の時間だろうし。

 って言うか、あの二人、心配してくれてたのにメッセージの一つくらいくれよ。

 何やってんだよ。


 気を付けないとって、もう一回思う。

 今夜は、誰も助けになんか来てくれないんだって。


 と、私はそこで最悪のことに気づいた。


 ……


 ……玄関の鍵、閉めたっけ。


 私は泣きそうになりながらベットから這い出た。


 くそ、しっかりしろよ、私。

 気を付けなきゃって、思ったばかりじゃないか。


 私は玄関に急ぐ。

 階段を降りて、電気もついてない階下へ。


 こんな時、せめて正志がいればなと思う。

 あいつも一応男だし。

 変態が襲ってきても、叫べば助けに来てくれそうだし。


 気を紛らわせたいわけじゃないけど、色々考えてみる。


 若干、おなかも空いてきた。

 チーズバーガー食べたい。

 いや、一日に何個も食べると、体に悪いとは思うけど。

 でも、ハンバーガーさえあれば私は生きていける。


 ハンバーガーの無い世界なんて、私は考えられない。

 そのくらい好きだ。本当に愛してる。

 全部私の物にしたいよ、ハンバーガー。


 少し詩的に言うと、ハンバーガーが鳥ならば私は鳥を愛でる風だ。

 いつも一緒にいたいよ、ハンバーガー。

 そのくらい好き。


 と、そんな感じでハンバーガーへの愛を想いながら玄関にたどり着いた私は、ようやくドアの鍵に触れる。

 ガチャリと、回る鍵の取っ手。

 くそっ、やっぱり鍵をかけてなかった。

 危ない危ない。


 私は少しだけホッとして、スマートホンをチラッと見る。


「もうすぐ一時か」


 多分、もう、誰も起きていない。


「寝るか。寝る努力をしなければ」


 さすがに疲れたと思う。

 しかし、そう思った次の瞬間、カチャッと言う静かな音を聞いて、私はハッと前を向いた。


 金属音。


 ギョッとしている私の目の前で、玄関の取っ手がユックリと動く。

 そしてドアを引いて開けようとする気配。

 誰かが、家の外にいる。


 私は、再びパニックに襲われた。


 お父さん? それとも、お母さん?

 いや、こんな時間に帰って来れるか?

 電車、動いてないんじゃない?


 あ、でも、タクシーなら。

 私は決死の思いで、口に出してみた。


「お父さん? お母さんなの?」


 返事はなかった。


「ほ、穂波ちゃん?」


 瞬間、取っ手がガチャガチャと、ものすごい勢いで暴れ出す。


「だ、誰! 穂波ちゃんなの? か、かか、カギ、閉まってるから! 開かないから! やめて!」


 ドンドンっと、玄関が叩かれる。

 何度も、何度も。


 意味が、分からない。

 全然分からない。


 そして、鍵を閉めるのが、あと、一分でも遅かったらと思って、泣きそうになった。


 きっと、家の中に入られていた。

 入られて、ピンチになっていた。

 私は腕立て伏せ五回は出来るくらい強いけど、逆に言うと六回は出来ない強さしかない生き物なんだ。


 腕立て伏せ五回は出来ても、その正体は女の子なんだ。


 玄関は、まだ誰かが必死に入ってこようとしていて、私はスマートホンの通話のボタンをタップする。

 もう、なりふり構ってはいられない。

 警察に……


 でも、それで本当にいいのか。

 最初の数字である『1』も押せないまま、迷う。

 入ってこようとしている誰かが、まだドンドンとドアを叩いている。


 誰か!

 誰か助けて!


 私の頭の中で、色んな人を思い浮かべた。

 お父さんとお母さんは、仕事で多分まだ会社だ。

 来れるとは思えない。


 ミホもアイリも、寝てしまっているし、電車も動いてないし、助けに来れないんじゃないかと思う。

 それに、もし来れたとしても玄関の誰かは、窓を割って入ってくるかもしれない。

 間に合わないかもしれないんだ。


 急いで誰かを呼ばなければ。

 すぐに来れる、誰かを。


 私は泣いていた。

 怖かった。

 ドアが急に静まり返って、一気に何も聞こえなくなっている。


 そして、私はアドレスの項目に奇跡的な名前を見つけた。


「涼子さん!」


 近所。同じ町内。

 って言うか、この家から百mも離れてない。


 もう、涼子さんしかいなかった。


 今が夜中だろうと、関係なかった。

 仕事で疲れているだろうな、とか。

 きっと迷惑だったろうなとか、そういうこと、全部忘れて電話した。


 コール。

 私は涼子さんを呼ぶ。


 通話は、数コールしてすぐに繋がった。

 ものすごく眠そうな声で、涼子さんの声。


「もしもし? どうしたの、キー子ちゃん」

「りょ、涼子さん、助けて」


 私はもう、涙声すぎてちゃんと喋れているのかも分からなかったけれど、とにかく必死だった。

 怖くて怖くて、仕方がなかった。


「ど、どうした? こんな夜中に」

「だ、誰かが、家に入ってこようとしてて、お父さんも、お母さんも、正志もいなくて、私、一人だから」

「ま、待ってて! 今、助けに行くから!」


 通話がすぐに切れる。

 それから数分。

 永遠にも感じられた時間の後、玄関の外から涼子さんの声が聞こえた。


「キー子ちゃん! 来たよ! そこにいるの? 大丈夫?」

「りょ、涼子さん!」


 私は玄関に走ってドアを開けた。

 そこには、パジャマを着た涼子さんが息を切らして立っていた。


「涼子さん!」

「わわ!」


 私は涼子さんに向かって走ると、抱き着いた。

 涼子さんは救いの女神だ!

 と、その瞬間、涼子さんの顔がハッと何かに気づいたような顔をして、外を見ている。


「涼子さん?」

「静かに。誰かがこっちを見てる」


 涼子さんはソッと私を話すと静かに私の耳元で囁いた。


「捕まえて来るから待ってて。良い? 私が出たら、鍵を閉めて、私が帰ってくるまで開けちゃだめだよ?」


 涼子さんは私の返事も聞かずに飛び出していった。

 私は、言われた通りに鍵を閉める。


 自分の心臓の音がどくどくと、ものすごい音を立てていた。

 


 そのまままた数分。

 涼子さんが帰って来たらしく「開けて」と声が聞こえた。

 私は慌てて開けると、残念そうな顔をした涼子さんが立っている。


「ごめん。逃げられちゃった。私も慌てて出て来ちゃったから、サンダルで」


 確かに、サンダルだった。

 でも、そんなことはどうでも良い。

 ただ、涼子さんが来てくれて、本当に助かった。


「キー子ちゃん、警察に電話は?」

「け、警察は、ダメです」


 私は目をごしごしと擦ると言った。


「お願いします。警察には、言わないでください」

「何で?」

「その、ちょっと、理由が」

「理由? ああ、なるほど」


 涼子さんは何か納得したような表情を見せていた。

 なるほどって?


「理由があるって、犯人に心当たりがあるとか? 逃げてたの、女の子みたいだったけど、知り合いとか?」

「お、女の子?」

「え? 違うの?」


 涼子さんが目をぱちくり。

 私はそれどころじゃない。


 そう言えば、正志も言っていた。

 自分を突き落としたのは、女子だった気がすると。


 誰?

 やっぱり、穂波ちゃんなの?

 それとも、エリ?

 キョーコとか言う、新しいドラムの子?


 あんまり考えたくないけれど、ミホとアイリって可能性もある。


 私はもう、どうしたらいいのか分からなかった。


 一体、誰なんだろうか。

 私は、どうしたら良いんだろうか。


「ねぇ、キー子ちゃん。何か悩みがあるんだったら、私に相談しても良いんだよ? どんなことだって」


 涼子さんはそう言って、私の頭を撫でた。


 私は迷う。

 涼子さんを巻き込んでいいのか。

 そもそも、言って大丈夫なのか。

 話した後、「それはやっぱり警察に言わないと」とか言わないだろうか。


「ね。私は小さい頃から見てたよ。キー子ちゃんは一人でも負けずに頑張れる良い子なんだからさ。それはとっても偉いけど。独りで抱え込まないでも良いんだよ?」

「ご、ごめんなさい。やっぱり言えません」


 私は必死に考えて、言い切った。

 やっぱり、巻き込みたくない。

 こんな優しい人に、迷惑なんてかけられない。


「そっか」


 涼子さんは残念そうな顔で、私を抱きしめて来る。


「いくら私にでも言えないことはあるよね。ちょっぴり残念だけど」

「ごめんなさい」

「でも、危ない目に遭ったりしたら、今日みたいなことがあったら、いつでも呼んで良いんだよ? 夜中だろうと、いつでも頼って良いんだからね」

「はい。でも、涼子さん、明日もお仕事なのにすみません」

「明日はお休みだったから大丈夫」


 涼子さんはそう言うとフフっと笑った。

 そう言えば、私も明日は学校は休みだ。明日は土曜日だもん。


「それよりキー子ちゃん、今夜は一人で大丈夫? 一緒にいてあげようか?」

「でも。そこまで迷惑かけられないですから」


 正直、いて欲しい。

 また誰かが入ろうとして来るかもしれないし。心細いし。


「迷惑だなんて。ねぇ、キー子ちゃん、お風呂は入った?」


 言われて、ドキッとした。


「す、すみません。汗臭かったですよね、私」

「あ、いや、臭かったとかそう言う意味じゃなくてね。夏が終わったとはいえ、まだ九月だし、ほら」


 慌てる涼子さん。

 うん。

 すごい気を使わせてしまっている。

 だって、今日は怖くて入れなかったんだもん。


「お風呂に入ってる間だけでもいてあげようか?」


 え? と思うけれど、確かにありがたい。


「で、でも、こんな夜遅くだし」

「遠慮しないでって。泣いた顔、奇麗にして来なよ。しっかり、守ってあげるからさ」


 私は涼子さんに再び頭を撫でられる。

 涙が出るくらい嬉しかったけど、でも、また泣いたら心配かけちゃうよね。


「じゃあ、お願いします。すみません、涼子さん」


 私は涼子さんを家に入れると、鍵をかけて、お風呂場に向かった。


「涼子さん、冷蔵庫に牛乳がありますけど、飲みますか?」

「気を使わなくても大丈夫、安心して綺麗にして来なよ。あったかいお湯で、ゆっくりしてね」


 ゆっくり、とは言ってられない。

 こんな夜中にだし、涼子さんも眠いだろうし。

 急いで洗わないと。


 私は服を脱いで、お風呂場に飛び込む。

 シャワーを出した水がお湯になったのを確認すると、頭から浴びた。


 あったかくて、ため息をつく。


 涼子さんが近くに住んでて本当に良かった。

 今夜の事ばかりじゃなくても、あんなに優しくてかっこいいお姉さんが近所に住んでるなんて、とっても素敵な事だと思う。


 お湯が、悲しいこととか、辛いことを溶かしながら、流していってくれる。


 私は手早く全身を洗うと、ドライヤーで髪を乾かした。

 涼子さんを待たせちゃうのは良くない。


「涼子さん、上がりました」

「早かったね。大丈夫?」

「はい。スッキリしました。ありがとうございます。ちょっと飲み物飲んで来ますね。あ、涼子さんも何か飲みます? 牛乳しかないですけど」

「じゃあ、いただこうかな」


 さっぱりリフレッシュ。

 私はキッチンに行くと、コップに牛乳をそそいで、居間に持って行った。


「どうぞ」

「ありがと」


 二人でグイっと飲んで、ぷはーッと息を吐きだして、笑った。


「キー子ちゃん、口の上白くなってるよ?」

「涼子さんもです」


 二人でひげミルク。

 けらけら笑った。

 怖い気持ちなんか一気に吹っ飛んで、とても楽しかった。


「で、キー子ちゃん、一人で本当に大丈夫?」

「えと」


 正直、また一人になるのはすごく怖い。


「朝までいてあげても良いけど。正直、ほっとけないからさ。心配しちゃうと思うし」

「でも、涼子さんが」

「私は大丈夫だって」


 涼子さんが、また頭を撫でてくれた。

 声がすごく優しくて、撫でられるたびに私は溶かされていく。


「あれ? キー子ちゃん、すごく眠そうだよ? 何なら眠っても大丈夫だよ。何かあっても、私が守っててあげるから」

「でも」

「居間のソファーで寝る? それとも、自分の部屋のベットで寝る?」

「そ、それじゃあ、ソファーで」


 何だか、甘えたくなっちゃう。

 実際、ものすごく眠くなってた。

 誘われるがまま、ソファーに横になる私。


「安心して寝てね。ずっとそばにいてあげるから」


 涼子さんの声で、私は眠った。



 翌日、私は目覚めた。

 涼子さんは、私の手を握って、スヤスヤしている。


「あ、あの、涼子さん」

「あ、ごめん」


 ハッと目を覚ます涼子さん。


「外が明るくなったのは覚えてるんだけど、ちょっとウトウトしちゃったかも」

「涼子さん」


 私は、彼女に握られている手があったかくて、ずっとそばにいてくれたのが嬉しくて、泣きそうになった。


「朝ごはん作ってあげようか? 冷蔵庫空けても良い?」


 とたんにグーっと鳴る私のお腹。

 これは、昨日は夕飯食べてないから、仕方のないことなんだ。


「ちょっと。お腹で返事しなくても。もう、可愛いなぁ」


 けらけら笑う涼子さん。


「お、お願いします。何使っても大丈夫ですので」

「オッケー」


 涼子さんがキッチンに向かう。

 とことん甘えてしまってるけど、それも良いかなって。

 そして朝ごはんはすぐに出て来た。


「お待たせ―。食パンと卵使ったよ。あと、ベーコンも」


 お皿に載せられたトーストと、ベーコンエッグ。

 夢みたいな朝ごはんだった。


「それじゃあ、食べましょうか」

「はい!」


 二人で食べる朝ごはんは、とっても美味しかった。

 トーストに乗っけたハムエッグに、マヨネーズとケチャップかけてムシャムシャ。

 久しぶりに平和で、幸せな朝。


「それで、キー子ちゃん。今日なんだけど、良かったら私の家に来ない?」

「涼子さんの家ですか? でも、そんなに迷惑が」

「実は美味しいお菓子があるんだ。海外の珍しいお菓子、一緒に食べようかなって」

「行きます」


 そんな誘い方されたら断るわけにはいかない。

 断る方が失礼なことだってあるんだ。


「じゃあ、一回、先に家に帰るからお昼前くらいに来て。お茶入れたり、準備するからさ」

「はい!」


 ウキウキして来た。

 涼子さんがニコッと笑って、私の頭をなでなで。


「それじゃあ、後でね。美味しいお菓子、用意しておくから」


 涼子さんが家を出ていく。

 私は、玄関の鍵を閉めると、お風呂場に向かった。


「もう一回、綺麗にしとこっと」


 朝の八時半。

 私はシャワーを浴びて、涼子さんと食べるお菓子を想像して、ひたすらニヤニヤしていた。

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