第17話 あんまりびっくりさせないで

 私はパニックになった。

 声も出せなかった。


 暴れようと思ったのに、まともに体も動かない。

 と、私のことを羽交い絞めにしている奴がクスクスと笑って、力を緩めて来た。


「こらこら、ちょっと無用心じゃないですかー? アイリが犯人だったらどうするのー? キー子が危ないのはそういうところだぞ?」


 アイリだった。


「あ、アイリ!」


 涙が出るくらいホッとしたのだけれど、そもそもこんなことするなんてどういうつもりなのだろうか。


 すっかり解放された私は気が抜けて、地面にへなへなと座り込んでしまう。


「もう、やめてよ」

「でもこれで分かったでしょ? キー子は女の子なんだからねー。私みたいな子にだって、簡単に負けてスーパーピンチになるんだから、もっと気を付けないとー」


 アイリはそう言うと、私の横腹をツンツン突いてくる。


「ちょ、ちょ、アイリ、くすぐったいって。やめてよ」

「キー子は冗談抜きでもうちょっと警戒しろよ」


 道、家の前の電信柱の影に潜んでいたミホもやって来た。

 ミホもいたのか、って言うかアイリが本格的に私をくすぐってきた。


「分かってないだろー! そんな子はこうだー!」

「ちょ! 分かった! 分かったから! やめて! 助けて!」

「分かったように見えねぇなー!」


 ミホも面白がって私をくすぐって来る。

 やめろ! お前ら、ほんとにやめろ!


「まぁ、このくらいで許してやるかー、と」


 どっこいしょっと腰を上げるアイリとミホ。

 涙目で起き上がる私。


「とりあえずお邪魔しまーす。って、あれ? キー子のママは今日遅いの?」

「う、うん、たまに忙しい時期になって、ふたりとも帰ってこなくなる日が続くみたい。正志が入院した時に抜けてきちゃったから、それも大変みたいで。今夜は帰って来ないみたいなんだ」


 実を言うと、さっき書置きを読んだ。

 私が学校に行っている間に一回帰って来て、午前中に二人で少しだけ寝た後、また会社に行ったみたいだ。


「ふーん。まぁ、良いか。じゃあ始めるよー」


 アイリは鞄をごそごそすると、なにやら機械を取り出した。


「とりあえず、お部屋に行こうっかー。あ、念のため、今からなるべく喋らないでね」

「ん? なんで?」

「良いから良いから、黙ってジェスチャーで案内してねー。ミホも喋っちゃだめだよ」

「おう」


 相変わらずアイリは謎だ。

 喋らないことに何の意味があるんだろう。


 まぁ、何か考えがあるらしいので、良く分からないけど、言うとおりにしよう。

 ほんとになんだかわからないけど。

 私は二階の自分の部屋にアイリを連れて行った。

 三人で階段をギシギシ。


 その間もアイリは、なにやら機械を触ってる。


「……」


 部屋へに入ると、何やらアイリの持っている機械が反応したみたいだった。

 アイリは人差し指を唇の前にかざす。

 意味は分かる。


 ほんとは何やってるか聞きたいけど、言うとおりにして私は喋らない。

 アイリはそのまま部屋の中を探し始めた。

 ベットの下、机の引き出し、本棚の隙間。


 やがて、アイリはコンセントに刺さっていたを物を引き抜くと、なにやら触ってる。

 何の変哲の無い、口が四面についているコンセントだ。

 アイリはポケットからいろんな種類のドライバーを取り出し、それを分解する。


 そうしてアイリはふーっとため息をついて、それから鞄からまた違った機械を取り出して、なんだか私には何をやってるのか全然分からない。


 分からないけど、なんかすごいなぁ。

 機械に強いってかっこいい。

 アイリは本当に頼りになる。


「やっぱりそうだったかー」

「アイリ? もう、喋って良いの?」


 未だに良く分かってない私だけど、できるだけ小声でそう聞くとアイリは「オッケーよん」と口にした。


「キー子、盗聴器見つけたよ」

「え?」

「後は、隠しカメラかなー。ビデオカメラ。動画を電波で送る奴。すんごい高い、良いカメラ」


 アイリがプラプラと、良くわからない機械を見せてくる。


「いやー、二つあったんだけど、良い位置にあったよー。ちょうどベットの前で着替えとかしたら、バッチし見えちゃう位置と、それから」

「あ、アイリ、ど、どう言うこと?」

「キー子の事が大好きな誰かが仕掛けてたってことかなー。どっちもバッテリーは交換したてみたいだから、ちょくちょく侵入されたりしてるかもね。下着とかはなくなったりしてない?」

「そ、そう言えば、パンツ、何枚か見当たらないけど」


 私のお気に入り、履きたいって思う時に見つからない。

 もう、何度もそんなことがあったけど。

 でも、まさか、そんな。


「誰だろうねー、キー子の熱狂的なファン。ま、キー子は可愛いから仕方ないけど」


 私は、私の顔をまじまじと見つめて言って来たアイリの顔を、何も言えずに見返していた。

 なんで、みんな私のこと可愛いとか言うんだろ。

 全然かわいくないじゃん、わたし。


 見た目だけなら――ほんとに喋らなきゃだけどアイリの方が100倍可愛いし。頼りになるし。

 おっぱいもでかいし。

 ずっと黙ってるミホだって、可愛いとはちょっと違うけど、すごくカッコいい女の子だと思う。


 私は顔もそんなに良くなくて、足も太くて、胸も全然ない。

 他の人の方が全然いい人いっぱいいるのに、なんで私ばかりそんなことを言われるんだろうか。

 みんな、目がどうにかしてるんじゃないか?


「とりあえず下、行こうか。喉が渇いちゃったよ」

「う、うん。用意してあるから、飲み物」

「へへ、楽しみ楽しみー」


 私の言葉にアイリはにんまり笑っている。

 ミホは相変わらず、難しい顔をして黙ったまんまでいたけれど、ようやく口を開いたのは、三人で階下に降りてからだった。


「な、なぁ。これ、どうしたら良いんだ?」

「何が?」


 最後尾のミホが、居間の入り口に入ろうとしたアイリに聞いていた。

 先頭の私はすでに着いていて、入り口から顔を出して二人を見ている。


「私らの手に負えるのかってことだよ。これ、警察に言った方が良いんじゃないか?」

「け、警察?」


 言われればそうだ。

 盗聴器や隠しカメラ何て、何の罪になるかは分からないけど、犯罪だったと思う。


「私はお勧めしないなー」

「何で?」


 アイリがうーんと唸りながら言った。


「多分、撮られた映像とか写真とか、保存してると思うんだよね。警察に言ったってバレて、犯人が自暴自棄になったりしたら、学校の裏サイトの時みたいにネットに流出するかもって。そうなったら、私でどうこう出来る問題じゃなくなるからさー」

「クソッ」


 ミホが廊下の壁をドゴォッと叩いた。


「落ち着きなよ、ミホ。壁叩いても何にもならないよ?」

「叩きたくもなるだろうがよ! やってんのが誰だか知らねーけど、こんな卑怯な真似されて!」


 あの、叩きたくなるのは分るんだけど……ここ、私の家なんですけど。


「落ち着きなよって。頭に血が上るとろくなことしないんだから。また掲示板みたいになるでしょ?」


 掲示板?

 私は聞いた。


「アイリ、掲示板って何?」

「いやね、例の学校の裏サイト、掲示板でキー子かもってレスが付いて、ものすごい中傷とか始まったんだけど、それ見たミホが怒って書きこんじゃったのよー。『アイツはそんなことする奴じゃねー』って。そしたらさらに盛り上がっちゃって。火に油。炎上してるところに燃料投下するとか、ほんと馬鹿だよねー」


 そう言えば、そんな書き込みがあった気がする。

 あれ、ミホだったのか。


「あんなの見たら、イライラするだろうが! ダチが、あんな写真載せられて、好き勝手に言われてよ!」

「それなのにその後、エリにすっかり騙されてギターのピック投げちゃったんだよね。あれ、すっごい痛そうだったなー」

「う、うるせぇな! それはもう、謝っただろうが!」


 聞いていて、ものすごい複雑な気持ちになった。

 アイリはどこから私のことを信じてくれてたのか分からないけど、でも、ミホだって、私のことを最初から疑ってたわけじゃなかったんだ。

 全部、誰かに私が陥れられて、誤解が誤解を生んで私は追い詰められていた。


 二人が、最終的には私を信じてくれたけれど、本当に誰の仕業なんだろう。

 何が目的なんだろう。


「で、キー子は警察に言うのどう思う? キー子次第だよ? さっき言ったリスクはあるけれど、とりあえず安心は出来るかもだし」

「私は」


 部屋の中ってことは、けっこうヤバい写真も撮られたんだろうか。

 夏休み、暑すぎてパンツ一枚でいたこととかもあったっけ。

 部屋で下着を替えたりしたこともあった気がする。

 水着着れるか、試したことも。


 多分、少なくとも裸は撮られてたと思う。


 そう考えると、怖い。

 今度は顔なんか隠れてないだろうし、一発で私ってバレる。

 それは、絶対にヤダ。


 そこまで考えて、また泣きそうになった。


 私の裸なんか見たって、面白くもなんともないと思うんだけど、でも男子って私なんかの裸でも、一応は女の子の裸なんだからいやらしいこと考えたりするに違いない。

 やっぱり、絶対にヤダ。


「私、これ以上、ネットに写真とか嫌だ。出来れば、警察には言いたくない」

「そっか。キー子がそう言うならそうすれば良いと思うけどねー。とは言え、言わなきゃ言わないで割とヤバい状況にはあると思うんだけど、これから」

「え?」

「直接手を出してくるかもってこと。流出をダシにして、キー子に酷いことしようとするかも。後、警察に言わなくても、流出の可能性はあるよねー」


 ドゴォッってまた音が鳴った。

 ミホだ。頼むから壁を叩くの止めてくれ。


「ふざけやがって! キー子は私が守ってやる! アイリも協力しろ!」

「へー、そんなこと言っても良いの? 私とミホで守り切れる?」

「守れるとか、守れないとかじゃねぇ! 守らなきゃダメだろ!」

「そうは言うけど、もし夜中に何かされてて、キー子が助けも呼べない状況だったら? ミホって、夜はすぐ寝るでしょ? キー子は今夜、一人でこの家にいるんだよ? それにミホも外泊に関してはうるさくて許可もらえないんじゃなかった?」

「そ、そんなの知るか! パパとママの許可なんかクソくらえだ! そんなのもらわなくても、泊れるぜ!」

「あはっ、そんなの知らないって何? 知らないじゃ済まないよ? 今夜一晩だけなら良いかもしれないけど、今夜だけ泊って、外出禁止とかされたらどうするの? 独りなのは今夜だけじゃないかもしれないでしょ? 大事な事だよ、これ。私も夜更かしはお肌に悪いから夜は十時には寝ちゃうし、かと言ってミホと一緒で外泊も無理だし。私たち二人だけじゃ、キー子を守れない時間て確実にあるんだよ? 守るなんて簡単にそんなこと言っちゃうのは良くないと思うけどね。って言うかさー」

「なんだよアイリ! 何笑ってんだ、てめー!」

「普段そんなにパンクな感じなのに、親のことはパパとママなんだ。てっきりババアとかジジイって呼んでるかと思ってたのに」

「う、うるせぇんだよ! 良いだろ、別に! 生んでくれた親の事、馬鹿になんてできるか!」


 顔を真っ赤にして怒るミホ。アイリはまた毒舌がバンバン出てる。

 大ゲンカの予感がして、私は言った。


「わ、私は大丈夫だから! 二人とも、ありがとう! すごい気をつけるし、何かあっても一人でなんとかするし。それに、いつもお父さんとお母さんがいないわけじゃないからさ。最近、トラブル続きで忙しいって言ってるのに、正志の病院行ったりしてたから、だから、夜に一人なのは今だけだよ」

「キー子がそう言うなら良いけど、大丈夫? さっきも言ったけど、私もパパとママが外泊うるさいから泊れないよ?」

「う、うん。大丈夫」


 アイリの家はお金持ちだし、まぁ、そうだろうなとは思う。

 ミホの家はちょっと意外だったけど。

 まぁ、理由言えば大丈夫かもしれないけど、それこそ大人に言うと、警察に話を持っていくだろうし、これで良い。

 それに警察に言わないでくれても女の子だけじゃ危険って、泊れない可能性もあるし。


 うん。今夜一日くらいなら、まぁ大丈夫でしょ。


「とりあえず飲み物あるからさ、こんなところで話してないで、二人とも居間にどうぞ」

「はいはーい」


 と、居間に入ろうとしたアイリが立ち止まったので、私は思わず彼女を見つめた。


「な、何やってん、の?」

「んー」


 アイリは盗聴器を見つけた時に使った機械……ってまだ手に持ってたのかその機械、を見つめると、ゆっくりと首をかしげた。


「ごめん、キー子。もう一回黙ってて」


 アイリは小声でそう言うと、機械を持って居間の中に入って行った。

 で、行ったりきたりしている。

 ソファーのあたりでクッションひっくり返したりしてるみたいだけど、何をやってるんだろ。


 でも、ソファーをいくら調べても何も出てこなかったようで、アイリは首を傾げてて。

 ふとアイリはソファーの上にあった私の鞄を持ち上げると、ひっくり返した。

 ぼたぼた床に落ちる中身。アイリはそれを一つ一つ確認。


 その後、鞄の中を手で探って、それから何かをビリビリと破いた。

 コロッとなにやら小さなものが落ちて来て、拾うと何やらいじくりまわす。

 そうしている内にアイリが自分の機械を操作して、それからようやく言葉を口にした。


「あー、こりゃすごいわー」


 アイリはニコッと笑うと、私の方を向いた。


「キー子、鞄にも盗聴器ついてたわ。ほんと誰だろうねー」


 私は、顔が真っ青になった。


「な、なんで? ど、どうして?」


 って言うか、いつから付いてたんだ?

 どうやって? 誰が?


「キー子の事が好きで好きでたまらないって言う変態さんの仕業じゃないのかな?」

「そんなの、どこに!」


 いる。

 穂波ちゃん?


 そう言えば、穂波ちゃん、聞いてたって言ってた。

 私とエリのケンカ。


『聞いてた』って。


「ほ、穂波ちゃんだ、やっぱり!」

「んー、キー子はやっぱりバカだねー」

「なんで? こんなことするの、あの子以外に」

「証拠はあるのー?」

「あ」


 アイリがため息をつく。


「同じ間違いを何回もするって良くないよー。後悔して、走り回ってたんじゃないの? まったくもー。まぁ、ショックで動転してるのも分かるけどさー」

「う、うん。そうだよね。で、でも、じゃあ、一体誰が?」

「それは私も分からないよ。まぁ、証拠が無いだけで、実際はその穂波ちゃんかもしれないしね。こればっかりはわかんねーさ。とりあえず、盗聴器の方は私の方で処分しとくね」


 アイリは機械を自分のバックに入れた。

 盗聴器も、カメラも。


「ところでキー子、飲み物は? 喉、すんごい乾いちゃった」

「あ、うん。今持ってくる。ミホも待っててね」

「ああ」


 私はキッチンに向かうと、コップに牛乳を入れる。

 サービスで氷もざくざく入れちゃうぞ。

 お盆に乗せて、見栄えも完璧だ!


 で、テーブルに一つ一つ置いていたら、アイリがニッコリ笑って言って来た。


「キー子。これ、何?」

「え? 飲み物だけど」

「うん。そうだね。何で牛乳? 牛乳に氷って?」


 目が、全然笑ってなかった。


「あのさ、私、氷入れた牛乳飲むとお腹壊しちゃんだよね」


 アイリが、めちゃくちゃ怒っているのが分かった。

 って言うか、そんなの知らねーよ。

 飲み物くらいでそんなに怒らないでよ。


「ご、ごめん。牛乳しかなかったんです」

「は?」

「う、あ、あの、ごめんなさい」


 謝る私。

 ビクビクしている私。


「まぁ、良いや。それ、キー子が飲んどいて」

「う、うん、あの、本当にごめん」

「そんなに怖がるなよ、キー子」


 アイリが優しくそう言って、笑っ……やっぱり目が笑って無い。


「私は気にしないでいただくぜ」


 ミホが、本当に気にしないで一気に牛乳を飲む。

 頼むから気にしてくれ、私とアイリの間に流れた、このおっかない空気を!

 ミホが牛乳を飲み終わる。

 それを見計らってアイリが言った。


「あ、もう七時じゃん。じゃあ、アイリ達は帰って寝るからね。戸締りとかちゃんとしてよ。キー子パパとキー子ママによろしくねー」

「気を付けろよ。じゃあな」


 アイリとミホは帰っていった。

 アイリは、顔は最後まで笑顔だったけど、目は最後まで笑っていなかった。


 こうして私は一人になったのだけれど、しかし、この夜は本当に気を付けなければならない夜だった。

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