第13話 それでも信じたくないよ

 ビックリしていた私の顔を見て、荒井はどや顔をしていた。

 何をそんなに得意になっているのか知らないけれど、相変わらず腹の立つ顔をした野郎だぜ。


 と、言うか、告白の勢いでいきなりキス迫ったこと、私は忘れてないからな。

 って、思ってたら、謝られた。


「高田、その前に謝っとく。悪かった」

「やめてよ! 正志だっているのに」

「全部話したから大丈夫だ」

「は?」

「お前にフラれた事、高田の弟はもう、知ってる」


 おいおいおいおい!

 大丈夫な事なんて何もないだろうが!

 なんてこと言うんだ!

 デリカシーって言うの無いのか、このバカは!


 クソ! 荒井のこういうところが嫌いなんだよ!


 私は恥ずかしくて、イライラして抗議の声をあげようとした。

 全然、言葉として口から出てこなかったけれど、そんな私に荒井はキッパリと言い切る。


「そんなこと気にしてる場合じゃないってことだよ」

「そんなことって」

「俺だって、言いたくて言ったわけじゃない」


 荒井が顔をしかめる。

 どこか痛いのだろうか。


 元気そうな顔はしていたから意識してなかったけれど、頭に巻かれている包帯、ギプスでガチガチにされている腕と足が、非常に痛々しく見える。


「荒井、お前、大丈夫かよ」

「俺の事なんか気にしないで聞け。俺さ、落ちた後、足が何かに引っかかったかもって言っただろ?」

「確かに言ってたけど」


 私が答えた瞬間、背後にいた正志が口をはさんでくる。


「荒井先輩も落とされたかもって聞いて、びっくりしたんだ。俺も、誰かから突き落とされたんだよ。歩道橋を降りようとして、階段降りてたら」

「なっ」


 私は振り返った。


「荒井先輩の言ってる事、分かったか? 気にしてる場合じゃないだろ?」

「そんなことより、突き落とされたって、警察とかには」

「大人の人には言ったよ。父さんと母さんにも。でも、突き落とされた時、スマホ触りながら階段降りてたからさ。姉ちゃんの写真何とかしないとって。それがバレちゃってたから、俺の話は誰もちゃんと聞いてくれなかった」


 そんな、お父さんとお母さんまで、と思う。

 でも、それで弟が全てを親に話していないと言うことが分かって、ホッとしている自分もいる。

 それこそ、黙っていることでもない気がするけれど、私のパンツ一枚でいる写真がネット上にあるって知ったら、お父さんとお母さんは、今以上に大変な気持ちになるだろう。

 心配をかけすぎるし、知られるのが嫌だ。


 と、正志に対して感心していた私に、荒井が言った。


「で、俺の話だ。あの時、俺が落ちたのは石段の真ん中くらいからだったんだけど。あの石段って、横に藪あるだろ? もし、そこに誰かが隠れてたら、俺が通る瞬間を狙って」


 私は再び振り返った。


「じゃあ、荒井も、正志も、二人とも誰かに落とされたってことなの?」

「そう言うことだよ。だから、お前とのことは別に言いたくて教えた分けじゃない。一緒の病室になった奴が高田の弟で、俺と同じように誰かに落とされたって聞いたら、俺が落ちた時のことを話さずにはいられなかった。犯人がいるなら、誰が犯人か。動機は? それを考えるためにも、前後の話は話しておいた方が良いと思ったんだ。そしたら一人、共通の容疑者が浮かび上がった」


 私の中で、さっき正志が言った『夕月に近づかないほうが良い』と言う言葉が繋がった。


「ほ、穂波ちゃんがやったって言うの? り、理由が無いじゃん」


 後ろの正志がすかさずたたみかけて来た。


「荒井先輩と一緒に学校出るの、見られてたんだろ?」


 そうだ。

 私が荒井に呼ばれて、神社に向かう時、私は穂波ちゃんと会った。

 正志の声を背後に、固まったままの私は荒井の声を聞く。


「悪いな後輩って、話しかけたな。あいつが夕月穂波なんだろ?」

「そ、そうだけど。だけど、それだけじゃ、荒井を怪我させる理由が」

「荒井先輩に取られると思ったんじゃないか?」


 ギョッとして振り返れば、正志の顔が暗い。

 声も低い。


「その後、姉ちゃんと荒井先輩の後を付けてたら? それで、あんな誰もいない場所に呼び出して話してたら、不安に思っても不思議じゃないだろ? だって、俺が昨日姉ちゃんから聞いた話と一緒だろ?」

「な、何が?」

「人けのないところに呼び出すって状況がさ。夕月が姉ちゃんに手紙を渡したのも、一緒だったんじゃないか? 姉ちゃんのことが好きで、答えももらってなくて、なのに、クラスメイトの男が自分がしたように呼び出して、それで不安になって」

「や、やめてよ、穂波ちゃんは、そんなこ、と」


 その時、私の頭に穂波ちゃんの声が甦った。


『エリ先輩とケンカしているのを聞いていて』


 穂波ちゃん、それ、どこで、聞いてたの?

 野次馬の中?

 それとも、まさか、石段の、藪の中で?

 私が泣いていたのに来てくれなかったのは、それで?


「あ」


 考え出したらもうダメだった。


「言っおくけど、確定じゃないからな。俺らの勝手な憶測で証拠は無いぞ。ただ、気を付けろって言いたいんだ。あの後輩がやったって証拠はないが、やってないって言う証拠もない」


 荒井は、再びどこか痛くなったのか、一瞬だけ顔をしかめた。

 それでも言葉は止めない。


「誰かに足を引っかけられたってのが俺の気のせいかもしれない。正直、確かかと聞かれたら、あんまり自信もねえよ」

「ど、どういう事?」

「米川神社の昔話だよ。嫉妬して悪いこと考えた男が社の主に足を掴まれて石段から落ちるって奴。あれ頭にあったから、そう思っただけかもしれないし」


 いや、そんな昔話があったなんて知らない。

 知らないけど、もし知っていたとしたら、勘違いかもって思うのも、無理ないかもしれないけど。


 と、正志は混乱している私にハッキリと言う。


「俺は、夕月が犯人だと思う。動機があるからよ」

「ど、動機?」

「荒井先輩を落とす動機はさっき言っただろ。俺のはさ、その、昨日、姉ちゃんがハンバーガーショップから出てった後、一人で食べてる夕月に話しかけてさ」


 正志は、ちょっと言いづらそうにしたが、結局、言うことに決めたらしい。


「ちょっとだけ口論になった」

「口論って?」

「いや、俺は大したこと言って無いよ。ただ、姉ちゃんとどういう関係か聞こうと思って話を聞こうとしたら、あっちが俺の事シスコンなのかって、姉ちゃんの事を女として見ている変態なのかって、ものすごい馬鹿にしてきたから」


 正志が穂波ちゃんのことを良く思っていないのは、その顔を見るだけで分かった。

 でも、穂波ちゃんが二人に酷いことをしたなんて、あるわけないじゃん。


「穂波ちゃんは、そんなことしない」

「何を根拠に? 一応聞いとくけど、夕月がやってないって証拠はあるのかよ。アリバイは?」

「だって、穂波ちゃんは私と一緒に学校に行ったんだよ? 今日の朝」

「俺がまだ起きてもいないような早い時間だろ?」


 と、そこまで聞いた後、酷い推理が頭の中を走り回った。


 私と学校に着いたのが七時半。

 もし、穂波ちゃんが昇降口で別れた振りをして、そのまま校門の外へ出て行ったとしたら?


 そうして、弟の通学ルートで待ち伏せして……


「で、でも、そんな」


 ありえない。

 穂波ちゃんは、そんなひどいことをする子じゃない。


「おい、落ち着けよ高田。やったって証拠も無いって言ってるだろ? 高田の弟もあんまり煽るなって」

「荒井先輩は、あいつと口論したこと無いから言えるんですよ。俺も、誰に押されたかわからないけど、それでも、夕月が一番怪しい。だって、見えたんだ、歩道橋の上で押された後に一瞬だけ。よく覚えてないけど、女だったと思う」


 もう、何がなんだかわからない。


「神社の薮、見に行ってくる。穂波ちゃんにも、話を聞きに行かないと」


 私はそう呟くと、ふらふらと廊下へ向けて歩き出した。


「おい姉ちゃん、気をつけろよ。本当に」


 追いかけて来た正志の声で、頭がパンクしそうだった。

 気をつける? 穂波ちゃんに対して?


 私は鞄を担ひ直すと、病院を出てフラフラと歩いた。

 鞄が、重い。

 大したものは入っていないはずなのに。


 私はグッと涙をこらえた。

 穂波ちゃんが本当に二人に大怪我を負わせたのなら、何でそんなことをしたのか問いたださないと。

 私に優しくしてくれてたのに、何で裏切ったのって。


 もう、グチャグチャだ。

 何もかも全部、ごちゃまぜになってしまっている。


 荒井の怪我。エリの誤解。学校で隠された制服。みんなの態度。

 クビになったバンド。

 裏サイトとか言うところで晒されていた私の写真と、それに対する言葉。

 そして、私の生理のことまで把握してる穂波ちゃん。


 学校に行けばすぐ穂波ちゃんに会える気もするけれど、その前に準備しないと。

 本当に穂波ちゃんが危ない人間だったのなら、丸腰で話したくない。

 私は家に帰ると、ポケットにカッターナイフを忍ばせた。


 こんなことをする自分が、酷く恐ろしい人間にも思えて来るけれど、でも、そうせずにはいられないほど、私は追い詰められてしまっている。

 うん。

 護身用とは言え、本当は、そんな目的でこんな物をポケットに入れたくはないんだ。

 こんなの、使わずにいれればそれで良い。


 私は玄関を開けて、外に出る。

 やはり担いでいる鞄が重い。

 このまま部屋に置いていきたくなるけれど。これを置いて学校に行くのは、ちょっと不自然だ。


 がんばらないと。


 穂波ちゃんに、色々聞いてみる。

 いや、待て、その前に、石段のところを見に行かないと。

 私は自分が混乱していることを自覚していたが、それでも、なんとか学校とは別の場所へと歩き出す。


 米川神社だ。

 到着するなり、私は石段を登る。


 相変わらず急で、ところどころ欠けていて、ごつごつしていて。


 私は、石段の中ほどで石段の横を見た。

 藪がある。

 確かに、人が隠れられそうな薮が。

 見れば見るほど、ここに身を隠せそうだって言う、薮が。


 ここに隠れて、荒井が来るのを見計らって、棒か何かを荒井の足に伸ばせば簡単だ。

 荒井が落ちたのはどの辺だろうと、薮の中に入ってみる。

 そして、私はそこでとんでもない物を見つける事になった。


 無造作に転がっていた木の棒。


 それと、私の学校の制服の、一年生の色のリボンが。

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