第5章 私と貴女と消えない疑惑
第12話 何でお前がここにいるんだ
タクシーに乗っている時、スマホにメッセージが届いているのに気づいた。
学校に行く時はいつもマナーモードで、気づくのに遅れたんだ。
受信した時間は、いつもならまだ家で朝ごはんを食べてるって時間くらいで。
差出人は正志だった。
『姉ちゃんの写真、消せるように俺から動いてみるわ。絶対消すようにするから、心配すんな』
なんで、こんな悪いことばかりが重なっちゃうんだろう。
涙が滲むように出て来て、心の底から辛くなった。
タクシーが病院に着くと、私はたまらずに駆けだした。
☆
お医者様の話では、正志は歩道橋の上から階段を転げ落ちたらしい。
左手を骨折して、頭を打ったそうだ。
なんでそうなったのか、なんてお医者様は知るはずも無く、私は知ることが出来ない。
命に別状はないとは聞いたけれど、頭を打ったとなれば心配でたまらない。
私は、待合室で必死になって祈っていた。
神様、もう、これ以上、私から奪っていかないで。
と、そこに、お母さんとお父さんが遅れてやってくる。
お医者さんから話を聞いたらしく、私以上にショックを受けているようだった。
私は、連日の寝不足からなのか、酷く気分が悪かった。
もう、いっぱいだよ。
これっぽっちも、精神的余裕が無い。
思えば、夏休みが明けてから、大変な事ばかり起きていた。
穂波ちゃんのラブレター。
荒井の告白と、転落。エリとの誤解。
バンドもクビになって、穂波ちゃんの異常性にも気づいて。
掲示板に、私がパンツもろ出しで泣いている写真と一緒に、酷い噂まで流されている。
今度は正志の事故だ。
誰でも良いから助けて欲しいってくらいに、私は追い込まれていて、もう、限界寸前だ。
「公子。どうした? 顔色悪いよ?」
お母さんが、私にそう聞いて来たけれど、正直に言うしかなかった。
「うん、なんだか、ちょっと気分が」
「大丈夫?」
「ダメかも」
病院があんまり混んでないみたいなのは幸いと、私は待合室のソファーの横にならせてもらった。
ただ、病院で、私が横になってるせいで座れない患者さんが出たりすると、ちょっと申し訳ない。
それだけは無い様にしないと。
私はそう思いながらも目を閉じた。
……
……あ、だめだ寝そう。
そう思った瞬間、ストンと、心の底から休みたいと思ってしまった。
疲れた。いいや、ちょっとだけ寝ちゃおう。
正直、いろんなことがありすぎて、もう、げんか、い。
私は、スーッと、静かになっていく周囲と、暗い眠りの底に落ちていく感覚に飲まれていく。
……
……
…………
――――――――――
……せ……ぱい
……せん……ぱい……
誰かが呼んでいる気がした。
心地がい良いような、それでもその気分の良さが恐ろしいような、複雑な感情になるような声だ。
「先輩、起きてください」
ハッと起きた。
寝てる場合じゃない。
この声、間違いない。
「ほ、穂波ちゃん?」
顔をあげれば、やはり穂波ちゃんだった。
穂波ちゃんは私のすぐ目の前にいて、私の顔をじっと見つめていた。
なんでいるの? 学校は? と、当然の疑問を想う。
だけど、口からはヒューヒューと言う、変な呼吸しか出てこなかった。
「どうしたんですか? 先輩、なんだかよそよそしい感じがしますよ? 変ですね。私のこと、避けてませんか? 避けてますよね。怖いんですか?」
「だ、だ、だ、だって、穂波ちゃん」
その時、私は穂波ちゃんの顔が、エリみたいに憎しみと軽蔑の色に染まっていることに気づいた。
ものすごい怖い顔だった。
「先輩。私、もう、先輩のこと嫌いです。いろんなことがあったけど、考えてみたら全部、先輩が悪いんじゃないんですか? 自業自得ですよ。荒井先輩が大怪我したのだって、先輩が荒井先輩のこと、あんなふうに言って傷つけるから」
「そ、それは」
確かに、荒井はショックを受けていた。
だけど、それで?
それで、私のせいで落ちたってこと?
「お友達のエリ先輩に誤解されたのも、仕方が無いですよ。あんな言い方したら、誰だって誤解します」
「や、やめて。穂波ちゃん」
仕方ないことなんて何もないよ。
だって、そんな。
「口論になった時、上手く説明できてたらこんなことにはなってなかったと思いますよ?」
何も言えない。
本当は、分かっていた。
あの時、もっと上手く説明できていたら、誤解なんてされなかったって。
バンドのみんなとだって、今も仲良く出来てたと。
「でも、正志は、私のせいじゃ」
「先輩のせいです」
穂波ちゃんはハッキリと言い切った。
「いえ、私も残念なことではありましたよ? 仲良くしても良いかなって思ってたので。何と言っても先輩の弟ですし。でもあの人、私のこと、気持ち悪いって言ったでしょ? だから死んじゃったんです。先輩が相談なんてするから」
ゾッとする笑みだった。
……そんなことより、今、穂波ちゃんは、なんて言ったの?
死?
「し、死んだ? 正志が?」
「死にましたよ。少し遅れてから致命的なダメージが来るように仕組んだんです。ふふ、私がしくじるわけ無いじゃないですか?」
私はソファーから転げ落ちた。
まさか、穂波ちゃんが正志を?
「そうですよ? どうやったのか、教えてあげましょうか? うん。それが良いです。今から先輩にもしてあげます。納得したら、ついでに死んでくださいね」
「ひっ」
穂波ちゃんが、ゆっくりと近づいてきて、私は泣きながら後ずさり、叫んだ。
「だ、誰か、誰かぁッ! 誰か助けてッ!」
胸が苦しい。
なんで、なんで誰もいないの?
先生は? 看護師さんは? お母さんもお父さんも、誰もいない!
他の、待合室にいた人は?
穂波ちゃんは、クスクスと笑う。
「先輩は悪い子ですからね。助けてくれる人なんて、どこにもいないんです」
ついに私は穂波ちゃんを背に、走りだした。
足がもつれて転びそうになりながらも、必死に。
後ろから、恐ろしい声が追いかけて来る。
「どこに行くんですか? どこに逃げたって無駄ですよ?」
私は泣きながら、とにかく走った。
廊下は長くて、それでも何とか突き当りまで走って、曲がり角を曲がる。
目の前がドアがあった。
「誰か! 助けて!」
開けるとそこは待合室で、穂波ちゃんがいた。
「ひ、ひぃ! な、何で! こんな!」
「逃げられないです。逃げ場なんてどこにもないんです」
穂波ちゃんはまだ笑っていた。
これから獲物を仕留めようって言う、トラみたいな目で、クスクスと笑っていた。
「先輩、私はどこまでだって追いかけますから。どこに隠れてたって、必ず見つけてあげますからね」
「い、いやだ! もう、いやああああああ!」
絶体絶命!
と思った瞬間、急に身体がふわふわと空中に持ち上がった。
「あれ? 先輩、どこに行くんですか? 降りてきてくださいよ」
穂波ちゃんの声が、ぼんやりと響く。
私は、必死に手足を動かして、そのまま天井まで飛んで、それから思った。
そうだ、飛んで逃げよう。
空なら、穂波ちゃんだって来れないはず。
私は、遠くに開いている窓を見つけて、空に脱出した。
そっかー、苦しくなったら、空に飛んで逃げれば良かったんだ。
もっと、早く気づけばよかったよ。
嫌なこととか、何も関係ない、何にも無い空に。
私は、青い空を飛ぶ。
コツを掴めば、自由自在。
気持ちの良い風。さわやかな空気。
ここには、私を苦しめる物なんて何もない。
何だか、全部ちっぽけに見えてきちゃった。
いじめられたこととか、バンドのこととか、写真のこととか、穂波ちゃんのこととか。
さよなら、みんな。
私はどんどん小さくなっていく街を見下ろしながら、空へ上っていった。
うん。
って言うか、今気づいたけど、これ、夢だわ。
☆
私は飛び起きた。
全身、汗びっしょり。
当然、現実の世界では、さっきの夢なんかと違って、診察を待つ患者さんの姿も、たくさん。
看護師さんの姿もあって、近くにお父さんとお母さんも座っていた。
穂波ちゃんの姿も当然、無い。
スマートフォンを取り出すと、私は時間を見る。
昼過ぎ。ちょうど昼休みが終わったくらい。
しかし、さっき見た夢。
穂波ちゃんの顔はすごく怖かった。
『私、もう、先輩のこと嫌いです』
思い出す度に、震えが来てしまう。
大丈夫だ。
あんなの嘘だ。
穂波ちゃんが私にあんなこと言うわけないし、全部夢だ。
正直、今も穂波ちゃんのことは怖いけど、それでもあの子に見捨てられたくないと思っている。
どうしようもなく、思ってしまう。
「公子、よく寝てたな。大丈夫か?」
お父さんがそう言って、私の顔を覗き込んでいた。
「正志、大丈夫なの? 死んでない?」
「大丈夫だよ。命に別状内みたいだし。まぁ、頭打ってるから、念のため検査で入院したほうが良いみたいだけど」
「良かったぁ」
涙がまた出そうになる。
「公子、正志が話ししたいって」
私はそう言ったお母さんに連れられて、正志の病室へ向けて歩き出した。
☆
「この病室だからね。じゃあ、ちょっとお母さん、お仕事急に抜け出してきちゃったからもう行くけど。お父さんも」
「うん、わかった」
私はそう言って廊下を戻るお母さんの背中を見送った。
その後、教えてもらった病室へ入る。
と、病室の置くのベットで、正志が左手で漫画を読んでいた。
「よう、姉ちゃん」
「ようじゃないよ、バカ! 心配したじゃん」
私は変わらない正志の様子を見て、少しだけ笑った。
けど、弟は急に真面目な顔つきになって、私に言うのだ。
「なぁ、姉ちゃん、あのさ。思ったんだけど、もう、夕月に、近づかないほうが良いと思う」
「え? なんで?」
何でそんなこと言うんだ。
って言うか、いきなりなんだ?
「夕月、どう考えても頭がおかしいよ。いや、俺の予測が当たってたらだけど」
「ど、どういうことなの?」
「高田、俺から説明するよ」
私の背後――正志の正面のベットで寝ていた人が、急に話しかけてきた。
「な、お前は!」
荒井だった。
フライドチキンが好物で、たけのこの村派の男。
ハンバーガーが好物でキノコ派――天敵であるはずの私に何故か愛の告白をして玉砕した後、神社の石段から落ちて救急車で運ばれた、あの荒井だった。
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