第4話 荒井の転落
「おい、呼んでんだぞ! 聞いてんのかよ、荒井!」
エリに何をしたのか、白状させなければならない。
エリは私の大切な友達なんだ。
かけがえのない、大事な仲間なんだ。
と、私を見た荒井は、フンッと鼻を鳴らして言って来た。
「聞こえてるよ。なんだよチビっ子戦車」
「誰がチビっ子だ!」
戦車じゃないし。女の子だし。
170センチ近い身長のこいつから見たら、150センチくらいしかない私はチビかもしれないけれど、年頃の女の子になんてこと言うんだ。
「チビにチビって言って、何が悪いんだよ」
侮辱罪!
絶対に許す事の出来ない罪が加わった。
全国の背が小さい女子に謝れ! 泣いて、わびを入れろ!
と、荒井が「まぁ、そんなのはどうでも良いけど」と前置きして、言って来た。
「高田、ちょっとツラ貸せよ」
「は、はぁ? 何言って……!」
「ちょっと二人で話したいことがあるから、ついて来いって言ってんだよ」
「の、望むところだよ!」
なんだよ、こいつ。何考えてるんだ?
率先して、私の裁きでも受けようと言うのか?
困惑する私と、鞄を持って教室を出て行こうとする荒井。
私は気に食わないと思いながらも、後を追いかけた。
で、廊下を出た瞬間、穂波ちゃんがいるのに気づいて、固まった。
「穂波ちゃん?」
「先輩、大丈夫ですか? 何だか、怒った声が聞こえたんですけど」
私の顔を見ながら、どことなく不安げな顔で見ている。
「穂波ちゃんは、何で、ここに?」
「一緒に、帰ろうと思って。ダメですか?」
荒井が後ろを振り返って、私と穂波ちゃんを見た。
「悪いな、後輩。高田は俺と大事な話があるんだ。高田、早く来いよ」
荒井が『後輩』と言い切ったのは、多分、穂波ちゃんの制服のリボンが一年生用の赤色だったからだろう。
私は、荒井にムッとしながらも、穂波ちゃんに言った。
「ごめんね、穂波ちゃん。ちょっと、あいつと用事あるからさ」
「先輩、私」
穂波ちゃんが不安そうな顔で私を見ていたが、私は何も言わずに荒井の後を追った。
☆
荒井が私を連れて行ったのは米川神社だった。
米川神社とは、高校の近くにある神社で、かなり寂れた神社だ。
歴史は、良く知らないけれど、かなり古い。
場所にまつわる昔話みたいなのもあった気がするけど、どんな話だったかは忘れた。
とりあえず、夏休みにお祭りが開かれるような神社ではなくて、鳥居と社だけがあるだけの、何を祭っているのかはわからない寂しい、人けのない神社だと言うことは説明しておきたい。
荒井がここを選んだのも、納得だ。
ここで決着をつけてやるッ!
しかし、神社手前にある石段が高い上に長くて、酷く疲れるので有名でもあった。
さらに言うと、この階段は幅が狭くて手すりも無い。
石もボロボロで、ところどころ欠けているし。
両脇は薮だとか草木だとか生えてて、どことなく妖しい雰囲気すらある。
そして私は、登りながら疲れていた。
息も絶え絶えだった。
二学期が始まったばかりの今。9月の太陽は、まだまだ沈みそうもない。
光は、秋の気配なんかがまるで無いくらいの強さで、容赦なく私を照らしている。
く、くそっ、荒井。
対決の前に、私を疲れさせようと言うのか。
良い作戦ではないか。ちくしょう!
なんとか苦労して登りきった私は、神社まで止まらずに歩く荒井を追いかけて「で、話って、何よ?」と、息を切らせて質問した。
「ちょ、ちょっと、待て、高田。俺も、息が」
お前も疲れてんのかい!
ちくしょう! 荒井の野郎!
なんで、場所をここにしたんだよ!
すごい疲れたじゃないか!
足がくがくだよ!
「待たないよ! 私、あんたに、聞きたいんだから! エリに、何したのよ!」
くそー、まだ呼吸が落ち着かない。
気分もイライラしてるし、ムカムカしてるし、最悪だ。
荒井はまだ苦しそうにしていて、答えない。
「何したって、聞いてんだよ!」
「何も、してねぇよ」
「何もしてないって、何よ! お弁当、もらったんでしょ?」
息が落ち着いてきた。
良し、と思った瞬間、荒井が衝撃の一言を発した。
「食べなかった」
「は?」
「だからお弁当もらったけど何もしてないって言ってんだろ? 食べなかったって」
意味がわからない。
こいつ、あの美少女なエリの、せっかくの、手作りのお弁当を断ったって言うのか?
しかも、からあげなんだぞ?
お前、フライドチキン好きなんだろ?
「なんでよ?」
「迷惑なんだよ。ああ言うの」
「迷惑って、あんた!」
なんて言い草だ!
私は悔しくて涙がボロボロと出てきた。
迷惑って、何だよそれ。
「あんた、あのお弁当がただのお弁当だと思ってんの? エリは、一生懸命、色んなことを考えて作ったんだよ? あんたのために」
「だからだよ。だから迷惑って言ってんだろ?」
荒井はそう言うと視線を下げた。
本当に何を言っているんだこいつは?
「どう言う意味よ?」
「迷惑なんだよ。あんな気合入った弁当。俺、好きな奴いるのに」
後頭部をハンマーで殴られたみたいな衝撃が私を襲った。
「あんた、もしかして、それ、エリにそう言ってお弁当断ったの?」
「ああ、そうだよ」
「あ、あんな良い娘があんたのこと好きだって言ってんのに」
「それも言われたよ。だから言ったんだ。俺には好きな奴がいるって。誰が好きかも言った」
風が神社の木々を揺らしていた。
ヒグラシだろうか、カナカナカナカと言う虫の声が聞こえる。
生暖かい空気の流れ。
「誰よ?」
荒井は答えない。
「エリよりも可愛くて良い娘なんて、いるわけないじゃん! 誰なのよ! 適当なこと言って、エリのこと傷つけて!」
「適当なんかじゃない」
荒井はため息を一つつくと、私に言った。
「お前だよ」
風の音がざわざわと激しく騒いだ。
「は?」
「お前だよ。俺、お前のこと好きなんだ」
目の前が真っ白になった。
何言ってんだよ、荒井。
「お前さ、自分じゃ自分のことあんまり可愛くないとか言ってるけど、そうとう可愛いよ。性格だって豪快でさ。飯も一杯食うし、元気だし。ずっと見てても、全然飽きない」
「な、なな、何を言って」
「高田。俺と付き合ってよ。」
意味がわからなかった。
「で、でも、だって、え?」
私は混乱しすぎて、言葉が何も出てこない。
いつの間に私は社の壁に背中をぶつけていて、知らず知らずのうちに後ずさっていたことを理解した。
って言うか、荒井の息が顔にかかる。
「お前のこと、好きなんだよ」
もう一度言われた。
どうしよう。と思いつつ、逃げ場所が全然無い。
壁に押し付けられてて、私のすぐ右側に、荒井の右手がある。
これ、壁ドンって言うんだっけ?
荒井が壁に手をついてて、逃げられない。
左側には荒井の肩があって、無理すれば通れそうだけど。
って言うか、ほとんど抱きつかれてる?
ええっ、ちょ、荒井の顔が近い。
荒井はそっと目を閉じて、クビの角度が変わって、顔はどんどん近づいてきて、私はその時になってやっと気づいた。
こ、こいつ、キスしようとしてる?
ちょ、ちょ、待っ……
「待てって言ってんだろッ!」
叫ぶと同時に、私は頑丈な額を荒井の顔に直撃させた。
ゴッと言う音とともに、荒井が鼻を抑えて倒れこむ。
頭突きだ。
ざまぁみろ!
「あ、荒井とは、お付き合い、出来ません!」
私は何とかそれだけを言った。
危なかった。
こんなところで、乙女の大切なファーストキッスを奪われてたまるものかよ。
と思ったら、私のスカートがずるりと落ちて、血の気が引いていくのが分かった。
スカートのホックが、外されていた。
信じられない、こいつ。
頭突きをかまさなかったら、もしかすると本当に危ないところだったのかもしれない。
荒井は私のずり落ちたスカートを見て「へ?」なんてマヌケな声を出してから慌てて「見てない」なんて言ったけど、こいつの魂胆は見え見えだ。
悔しいけれど、私のパンツも見え見えだ。
「あんた、最低だよ」
パンツはバッチリ荒井に見られてしまったが、私はもう、荒井に
スカートを直し、って金具が無い。
「ごめん、わざとじゃない。指、引っ掛けて、そのまま引っ張っちゃったみたいで、多分、これ」
荒井が、変形してちぎれた金具を拾って、渡してくる。
本当にわざとじゃないのか?
いやいや、気は許せない。
少なくとも、荒井は告白した勢いで相手の答えも聞かずにキスしようとする男だったわけです。
色恋の話は聞かない奴だったと思ったけど、こんな強引な奴だったとは思わなかった。
「もう、顔も見たくないよ」
知らず知らずの内に涙が出て来る。
私は泣き顔を見られたくなくて、石段の方へ走った。
鼻水が出て、息が苦しい。
だけど立ち止まってやるものか。
「高田、ごめん! 本当に、俺!」
背後から荒井が何か言ってる。
何も聞いてやるものか。
が、私は石段の手前で立ち止まってしまった。
石段がいつもより急に見えて、落ちていってしまいそうな雰囲気を感じたのだ。
高所恐怖症、ではないんだけど、くらっと来てしまった。
「高田! 待ってくれよ!」
荒井の腕が私の肩を触る。
「触るな変態!」
「違う、財布、忘れてる。社のとこ」
……確かに、頭突きの時に鞄から落としたのか、遠くに私のがま口が見えた。
持ってきてくれれば良いのになんて思わない。
持ち物にだって触られたくない。
「俺、もう、帰るからさ。本当にごめんな」
「もう、話しかけるな」
私はそう言うと、高田を睨む。
「あんたが私のこと好きだとか、関係ない。あんたと付き合うとか、絶対にないから。二度と話しかけてこないで!」
荒井はしばらくショックの表情を浮かべた後、観念したように「わかった」と一言だけ言うと、そのまま石段を降りていった。
私は社まで歩く。
「キスしようとするなんて。未遂でよかったけど、絶対に許さない。荒井の奴、エリも傷つけて、全部、滅茶苦茶にして!」
怒りの独り言。
財布を拾うと、肩にかけていた鞄に入れる。
今気づいたけど、鞄の口を閉め忘れてたから落としたのか。
財布以外落としてないだろうな。
くそ、と私は思う。
涙を拭こう。
私は鞄からタオルを取り出して、顔に当てた。
そして、悲鳴が聞こえてきたのはすぐだった。
男の声だった。
荒井の声に聞こえて、私は固まった。
「荒井?」
石段の方角に目をやる。
嫌な予感がして、私は石段に向かった。
なんだか恐ろしさを感じてしまって、走れなかった。
恐る恐る、歩いてしまった。
ようやくたどり着いた私は、石段の上から下を見た。
遥か下。荒井が、石段のふもとで寝そべっていた。
何、そんなところで寝てるんだ。あのバカは。
私は石段を降りる。
一段。また一段。
降りている途中で、荒井の足が途中から変な方向に曲がっているのに気づいた。
左手も。
良く見ると、頭も赤くなっている。
もしかして、血?
「あ、荒井?」
耐え切れなくなった私は、石段を駆け下りる。
荒井は身悶えながら呻いていた。
「う、あ」
やはり、血だった。
頭を打ったのか、どこかを切ったのか、額が血で赤くなっていた。
曲がっている足と左手は、どう考えても骨が折れている。
荒井は口から声を出してはいるけれど、言葉になっていない。
何が起きたか、なんて、考えたらすぐに想像できた。
石段から、落ちたのだ。
私は慌ててポケットから携帯電話を取り出すと、数字を三回押して、それから通話のボタンを力いっぱい押した。
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