第16話 インタビュー

最終章


 秋が深まり十月。四回生の僕が大学に行くのは、卒業論文でのゼミ打ち合わせか、教職課程の授業くらいである。その教職課程の授業で、とんでもない事実を告げられた。


「鳳先生が亡くなられました」


 鳳先生とは、僕が教育実習を母校から断られ、路頭に迷っていたところを拾ってくれたベテランの先生だ。それだけだ。僕と彼との間には、それだけしかない。でも、それが無かったら僕は教師を目指せなかった。


 その大恩ある人が亡くなる? 意味が解らない。死因は熱中症による脳梗塞。だから何? 理由になってない。どうして?


 正面から受け止め難い現実に対し、僕は行き場の無い思考と疑問をグルグル脳内で回す。だが、何よりも不思議だったのは、僕の中で何も感情が渦巻かなかったことだ。怒りも悲しみも無い。あるのは得体が知れない何か。涙が、涙が出ない。心が乾いている。それなのに、体では潤いを求めていながら、何を口に含んでも呑み込めない。意識が拒絶する。防衛本能が働くのだ。今、これを処理したら壊れる!


 何も考えない。目を瞑る。机の上に突っ伏し、胸を掴むように両手を合わせる。そして祈る。周りの目は気にしない。鳳先生のことも想わない。暗闇をイメージしろ。心を無に。また目を開けて光が見えた時、そこにはいつも通りの授業風景が待っている。


× ×


 僕は何事も無かったように、再び就職活動に精を出していた。

 もはや四の五の言ってられない。みんな自分の将来を考えているのだ。いつまでも僕だけフラフラしてたまるか。


「あなたは理不尽なことがあったら、どのように対応しますか?」


 そのように面接官から質問された時、他の人ならどう答えるのだろうか? 一つだけ分かるのは、僕は他の人が答えそうなことを答えたということだ。


「愛想笑いでその場を凌ぎます」


 あの場面、他にどう答えれば良かったのか? 僕は不採用の通知を見て落胆する。


 就職活動も後半に入り、アンケートで学生の過半数は内定が決まったようだ。大手企業が軒並み採用期間を終了させたことで、これからは中小企業たちが本腰を入れることになる。


 そして年内に就職先を決めたい学生と、とにかく人手が欲しい企業の思惑は一致し、選考の回転スピードも上がって行った。中には二週間で決まったという友人もいるくらいだ。


 つまり、企業は特殊な才能を持った人材よりも、単純な労働力としての頭数が欲しいのである。そう分析して割り切った結果、なかなか物事は好転していかない。


 大体、よく面接官は君の本音を聞かせて欲しいとか言うが、開き直ったら直ったらで絶対に評価はマイナスなのだ。もはや何が正しいのかさえ分からない。僕から言わせてもらえば、全てが間違っている。


 僕に残された道はパンクロッカーしかない。とりあえず、その日一日だけのことを考え、ギターを弾いて最低限の生活をする。例え貧乏で孤独だろうと、ギターさえ弾いていれば幸せだろうな……。


 ……なんてジジ臭い現実逃避をしている場合じゃない。就職と放浪、どちらに僕が転んでも世界は回る。行き先なんて無いくせに、いとも容易そうに世界は回り続ける。未来の社会不安とか、人の生き死にだとか、そういった意味の哲学を考えても置き去りにされるだけだ! 余計な疑問を持つな!


 とにかく! 僕の学部は就職率が悪いので、卒論の提出日が十二月なのだ。締め切りまで二ヶ月。ゼミで構成だけは決まったが、まだ原稿は手つかず。仕方なく就活と並行するも、それ以外の時間は卒論に集中することにした。



「よし。この流れでいいから、インタビュー前に書ける所は書き進めよう」

「了解しました」


 週に一回、僕のゼミは太宰先生の方針で、全体授業ではなく個人面談に切り替えていた。みんな就活やら研修やらで時間が合わないため、少ない時間で重点的に指導するためだ。


「それで、だ。蜂屋の様子とか知らないか?」

「いえ、最近は会ってません」


 そういえば、教育実習が始まってからは自分のことに精一杯で、周囲に向ける視界が狭まっていた。てっきり就活で忙しいのだと思い、ゼミの夏合宿に来ない時も、教職課程の事後指導に来ない時も、全く気にも留めなかった。


「ゼミにも来てないんだよ……。ちょっと金剛力の方から連絡とってくれ」

「分かりました。今日中に連絡が来ましたら、早急にお知らせします」

「頼んだ。じゃ、また来週な」

「お疲れ様でした。失礼します」


 僕も忙しかったとはいえ、友人に対して気が回らなかったなんて最低だ……。そうして自己嫌悪しながら研究室を出て外へ行くと、何やら陽気な声に呼び止められた。


「よっ、ミギーじゃん。奇遇だな。今帰り?」


 犬神だ。僕の中で今年の会いたくない人ベスト3に入る彼は、いつもと変わらない暑苦しさで接してくる。誰にでも同じ態度なのだろう。そのように解釈するしかなくなった僕は、もはや彼を邪険には扱えなくなっていた。


「今帰りだよ。何か用?」

「いや、元気が無いように見えたからさ」


 逆に元気溌剌な僕を見たことがあるのか? なんて反射的に言い返しそうになるが、そんな意地悪はするだけ無駄。なぜなら皮肉が通じないから。全てを前向きに受け止める犬神に対しては、建前の一言でも与えておくのが手っ取り早い。


「ありがと。今日は家に帰って休んどくよ」

「何か困ったことがあれば言えよ。気晴らしにも付き合うし」


 ウザい、ウザすぎる。今日に限ってグイグイ来るな。いい加減に拒絶の意思を示そうか悩んでいると、見知った人物の影が視界の隅に映った。


「……蜂屋か?」


 学内に設置してあるベンチに一人寂しく、お目当ての蜂屋が項垂れていた。


「お、金剛力か。それと犬神? 奇妙な組み合わせだな……」


 顔を上げた蜂屋の表情は生気が薄く、今にも風に吹かれたら飛び去ってしまいそうだった。ただごとではない雰囲気を察する。


「久しぶりだな蜂屋! ちょっと見ない間に痩せた?」


 その絶望的な空気の読めなさで、よくも今まで生きて来られたな。素直に感心する。だが今は犬神を無視し、肝心の蜂屋から少しでも話を聞き出したい。


「こんな所で何やってんだよ?」

「いや、太宰先生の研究室に行く勇気が持てなくて……」

「なんで? 先生も心配してたぞ?」

「待て。これは……おれが聞いても良い話なのか?」


 そうだった。あえて犬神の存在を意識の外へ飛ばしていたがゆえに、そのまま自然と話の本題に入ってしまうところだった。僕は彼に席を立たせようとするも、その前に蜂屋が軽く片手を上げて制する。


「俺は別に大丈夫だよ。他の人もいた方が気楽に話せるかもしれないし」


 ……本気で言っているのだろうか? 話しやすさは人それぞれだと思うが、僕の目からは自暴自棄に見える。それを指摘しても意味は無いため、犬神と二人で蜂屋の方から口を開くのを待つ。


「実は俺、留年しようと思ってるんだ」

「はぁ? どうして?」

「卒論が書ける精神状態じゃない」


 あの無神経な蜂屋が自信を失うほど消耗するとは、きっと凄まじい出来事があったのだろう。僕だって夏休みは精神的にギリギリだった。僕は彼を責め立てるような態度を改め、親身になって相談に乗る。


「……何かあったの?」

「俺がバンドやってるのは知ってるだろ? それでメンバーを家に招待したんだけど、ドラムのクソ野郎が兄貴の嫁と不倫しやがったんだ」


 笑うな! いいか、絶対に笑うんじゃないぞ! 今は耐えろ!


 そう自分に言い聞かせ、なんとなく嫌な予感がして視線を犬神へ向ける。必死に笑いを堪えようとして、滅茶苦茶な変顔になっていた。それを見た僕も再び笑いが込み上げてくる。まさかの二次災害。マジで最悪。後で絶対に殺す。

 僕は犬神の表情を背中で隠しながら、慎重に蜂屋から詳しい話を訊きだす。


「でも解決したんでしょ?」

「兄貴は嫁と離婚して、探偵と弁護士まで雇う大騒ぎだったさ。それで俺はバンドを解散させて、アフターフォローに必死だよ。もう疲れたんだ」

「ゴホッ、ゴホン! ゴホン!」


 笑いを我慢しすぎて咽ている犬神の脇腹を殴る。やはり帰らせるべきだった。何の役にも立っていない。ひたすら邪魔。そのまま死ぬまで黙っていろ。


 家族もバンドも踏んだり蹴ったりと、散々な目に遭っている蜂屋に対し、僕の方から助力を申し出ることはできない。そんなことは蜂屋自身が求めていないし、やっと収束した問題を蒸し返すような行為だろう。だが、蜂屋は僕とゼミが同じだけではなく、教職課程でも同じく協力し合っている。


「……卒論はいいにしても、教員免許はどうする? その様子だと事後指導は欠席したんだろ? 補修レポートは書かなきゃ」

「全部まとめて来年でいいよ」


 いくら仲間から裏切られて傷ついているからと言って、その投げやりな態度を見過ごしても良いものだろうか? 確かに不倫相手を連れて来てしまったのは蜂屋だが、それは当事者である兄貴たちの問題だ。蜂屋が卒論もレポートも書かない理由にはならない。


 しかし、なぜか彼が高校生である自分の姿と重なり、そんな厳しいことは言えなくなってしまった。代わりに、僕は別のことを話す。


「僕たちより一つ年上の、鬼怒川さんは知ってる?」

「ああ、俺はサークルに所属してないけど、演奏を聴いたことはある」

「その人が今、付属校で非常勤講師やってるんだよ」

「マジか。結局プロになれなかったんだな……」


 悪気は無いのだろうが、その言葉に僕は少しムッとした。


「プロのミュージシャンにはなれなかったかもしれないけど、僕たちよりも本気で教師を目指してる。人の価値なんてものは、たった一つの量りじゃ計れない。今なら解るよ。本気を出して、本気を出し尽くして、それから諦めた人って格好良いってさ」


 僕たちは何のために音楽を聴くのだろう? そしてミュージシャンは何のために音楽を作曲するのだろう?


 少なくとも僕が音楽を……いや、ロックを聴く理由は自分が何かをやる前に恐れたり、迷ったりした時に、いつも問答無用でケツを蹴っ飛ばしてくれるからだ。ここで諦めていいのかと、自分の中で囁いてくれるのはロックだけだった。


「お前は教師にならないのか?」

「え? いや、僕は……まだ分からない」


 僕は教師を諦めた。だから就職活動をしているのだ。それなのに、つい口から出た言葉は自分にも意外なものだった。


「金剛力が教師になったら面白そうだけどな」

「それってどういう……」


 意味だ? と訊こうとしたら、徐に蜂屋はベンチから立ち上がった。


「……とりあえず、太宰先生には報告してくるよ。ありがとな」

「ああ、またな」


 背筋を伸ばした蜂屋を見送り、残された僕は一人で歩きながら考え事をする。ちなみに、いつまでも腹を抱えて笑い続けている犬神は見捨てた。


 普通と特別を天秤に掛けず、一目散に教師を目指す奴を僕は信用しない。なぜなら、奴らは現実の恐怖を知らず、迷いも全て捨てたからだ。


 僕は今の気持ちを大事にしたい。見えない不安からビビりながらも前へ進み、臆病に手探りで何かを掴もうとする。自分が傷つくことを前提で、それでもやらなければいけないんだと、覚悟して飛び込みたい。


 もしも、この気持ちに名前を付けるとしたら何だろうか?


× ×


 卒論を書き始めて一か月後、未だに内定先は決まっていないが、文章を書くペースは順調である。


 教育実習や就職活動がある中でも、僕は自主的に参考文献を消化していたため、論考の一と二は早々に書き切ることができた。僕は去年の夏に奨学論文を書いたこともあり、他の学生よりはスタートダッシュできる強みがある。


 それが就活の面接でも生かせれば良かったのだが、別に賞を取ったり、何か形に残ったりする結果を出せていないので、あまり能力は評価されなかった。また、僕の研究内容は生き辛さであるため、あまり企業にとってプラスにならないのも悪い点だ。


 とはいえ、研究くらいは自分の心理に赴くまま実行する。学問は自由なのだ。誰かに伝えたくて文章を書くにしても、そこに企業側の思惑は入れさせない。


 そういうわけで、僕は教育実習でのフィールドワークを基に、HRクラスの生徒たちへインタビューすることにした。久しぶりに竜造寺先生と連絡を取るのは緊張したが、ちょうどタイミング良く中間考査が終わったこともあり、快く承諾してくれたのだ。


 しかし、生徒たちも受験を控えてナーバスな時期である。僕が希望した通りのインタビュー方法にはならなかったが、もう既に進路が決まっている生徒たちを中心に、グループインタビューを行った。


 その中から僕がピックアップし、さらに個人インタビューを行う。協力してくれたのは丸亀と鮫島だ。


「はい、終了です。お疲れ様でした」

「お疲れっす」


 最後に鮫島からディスり合いについて重要なことを訊き出し、ようやく全てのインタビュー日程を終わらせることができた。


「やっと終わった?」

「早く行こうぜ」

「ああ、今すぐ行く!」


 教室の外で待っていたのは蛸星と男鹿だ。教育実習が始まってから半年近くも経てば、多少は交友関係にも変化が生じるか。


「時間とらせちゃって悪いね」

「いえ、それはいいんですが、金剛力先生は不審者の噂を知っていますか?」


 まさか今になって、不審者の話題が再び浮上してくるとは思わなかった。そして実習生の口から聞くのと、生徒の口から聞くのとでは意味合いが違う。しかも丸亀から得た情報ではヒーローだったのに対し、鮫島の認識では不審者扱いされている。なぜ評価が分かれた?


 すっかり僕の頭からは抜け落ちていたが、何か困った事態になっているのなら見過ごすことはできない。僕は生徒を不安がらせないよう、努めて慎重に表情を取り繕った。


「文化祭に行った時に聞いたけど、どうしてそれを?」

「みんな探しているので、何か手がかりが掴めないかと……」

「事件でも起こったの?」

「それがですね……」

「まだ⁉」


 もう少しで訊き出せそうだったのに、男鹿の馬鹿野郎が邪魔して聞きそびれた。おかげで鮫島もムキになって、早く教室から立ち去ろうとする。


「うっせーな! 今すぐ行くよ! すみません。もう先生には関係なかったですね」

「ちょ、待っ……」

「それじゃ失礼します!」


 僕の制止する声は届かず、彼らは楽しそうに遊びへ行ってしまった。残り少ない高校生活、僕の都合で呼び止めることもできないので、胸にモヤモヤした感情を抱えたまま、仕方なく教室の戸締りをする。




 職員室へ鍵を返そうと向かうと、その手前のスペースで竜造寺先生が待っていた。何やら話したいことがあるそうなので、僕は大人しく丸テーブルのパイプ椅子に座る。


 こうして竜造寺先生と対面するのは久しぶりだ。やはり教育実習が終わったからか、彼の威圧感も出会った当初よりは影を潜めている。一体、話とは何だろうか?


「最初に出会った頃より、スッキリした表情をしていますね」

「そうですか?」


 ここのところ上手くいかないことが多かったので、そのような褒め方をされるとは意外だった。やはり久しぶりに会う人の方が変化に気づきやすいのだろうか?


「きっと緊張の糸が解けたのでしょう。程良く肩の力も抜けて、生徒たちとコミュニケーションできていたと思います。就職先が決まったんですか?」

「いえ、まだです」


 キッパリと答える。竜造寺先生の予想が的外れだったとすると、僕の表情がスッキリしていたのも気のせいだったかもしれない……。


「まだです、じゃなくて……。別に内定もらったから肩の荷が下りた、というわけではないんですね。大丈夫そうですか?」

「なんとでもなれ、っていう感じです」

「どうにもならないから困るのですが……。じゃあ、一般企業に就職すると言うことは、もう教員にはならないんですね?」

「それも迷っています……」

「どうしてですか?」


 この人に隠し事はできない……。前に嘘を吐いていた前科があったため、僕は恥ずかしながらも正直に答えた。


「ゼミの友人から、僕が教師になったら面白そうだと言われたからです」

「へぇ、はぁ、ほぉ?」


 なんだか態度がワザとらし過ぎて、いつもの毅然とした竜造寺先生らしくない。馬鹿にされた気分である。


「何ですか?」

「教師は大変ですよぉ? 僕も色々と複雑な事情が重なりまして、もう手は回らず休まる暇が無いほどテンヤワンヤです」


 どうやら僕の本気を試しているらしい。その挑発に乗っても良いが、今こそ鮫島から聞きそびれたことを学校側の見解から訊くチャンスだ。


「……それって、不審者の話ですか?」

「どこでそれを?」

「同じ実習生が噂してました」


 生徒から聞いたとなれば印象が悪くなると思っての返答だったが、竜造寺先生は予想斜め上の反応をした。


「そうですか。まぁ、別に学校では問題視してませんけどね」

「え、不審者を通報しないんですか?」

「何か悪いことをしたわけでもありませんし、事件を未然に防ぎたいという気持ちもありますが、学校側で対策を立てようとしても生徒たちの不安を煽るだけですから。そもそも不審者の存在すら未確定なので、今のところは噂が沈静化するのを待っています」


 ……大人の対応である。それでいて物事に振り回されないよう広く見つめ、これ以上は悪化しないようにコントロールしようとしている。

 おそらく僕の出番は無いだろう。そして心配する必要もない。


「それじゃあ、複雑な事情って何です?」


 さっき不審者について踏み込んだ質問が空振りだったので、何気なく訊いたのが間違いだった。なぜか竜造寺先生は姿勢を正し、いつになく力の入った声で言い放つ。


「この度、結婚することになりました」


 一体、何を言い出すんだ?

 まずは疑問符が浮かぶ。そして突然のことで僕の理解が遅れ、呼吸すら忘れて必死に噛み砕いた頃には、ようやく事態を呑み込むことができた。


「……あ、マジですか⁉ おめでとうございます!」

「いえいえ、お構いなく」


 自分で話しておいて謙遜するとは、なかなかの高等テクニックである。だが、複雑な事情が重なったということは、それ以外にも何か理由があるのだろう。教室での鮫島が気がかりだったため、ここは少しでも情報を手に入れたいところだ。


 しかし、竜造寺先生は何も話さない。まるで結婚について話し足りなく、僕からの質問を待っているようだった。


「……え、終わりッ⁉ それだけですか⁉」

「あまり結婚を甘く見ないでいただきたい。教員で働きながらだと、結婚式の準備すらままならないですよ」

「いや、もう結婚の話はいいですから⁉ ただの惚気じゃないですか⁉」

「金剛力先生も早く幸せになってください」

「余計なお世話です! 大体、まだ僕は二十二歳ですよ⁉」

「就活の話ですが?」

「うるせーッ!」


 教育実習で面倒を見てくれた恩師に対し、あまりにも失礼すぎる大仰な態度をとってしまう。それなのに竜造寺先生は改めさせるでもなく、僕と一緒に笑ってくれた。


 あの怖くて優秀な竜造寺先生であっても、やはり一人の人間なのだ。甘くて熱い恋愛に現を抜かし、時には職務を離れて一喜一憂する。非常に人間らしい一面が見られて、僕は内心で安堵していた。


 やっと竜造寺先生と仲良くなれたようで、なんだか僕は無性に嬉しくなる。この人に応援してもらえたのなら、僕は教師になることを許されると感じたのだ。


「恥を忍んでお聞きします。プレゼントは何が良いでしょう?」

「僕に訊かないでください!」


 竜造寺先生だけでなく蟹頭のことと言い、どうやら恋愛は人を狂わせる成分が入っているようだ。関係ないのに巻き込まれる僕の気持ちにもなってくれ。


 ……だけど、なぜ胸がチクチクするのだろう?

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