第18話勝てないですか?
嫌な光だ。吸い込まれそうな、全てを見透かしているような、そんな深紫の瞳にライズは心底嫌気が差した。とはいっても、一瞬たりともそいつから目をそらすことは許されない。
横なぎで迫りくる大鎌を、金色に輝きを帯びる剣で受け止める。激しい金属音が辺り一帯に響き渡る。
禍々しい空気に包まれている周囲を、そよ風が通り抜ける。全く持って似合わない組み合わせだ。
重い。
デッドリーパーの一撃は予想以上だった。鍔迫り合うたびに、体中に痺れるような重圧が伝わる。
湾曲した刃の先がライズの首元にほど近い位置まで迫りくる。
「ダッッッッシャラァア――!」
デッドリーパーの左側面からヤヒロが、その身に余る巨大な大剣で殴る。骨の砕けるような音が鳴った。
ヤヒロはすぐさま大剣を引き、今度は下からデッドリーパーの首元を狙って剣を振り上げる。ローブで覆われたデッドリーパーの体に鋭い、というよりは鈍器近い大剣が迫るが、どこからともなく飛んできた鎌に弾かれる。
ひとりでに宙を飛び回る鎌は、体勢を崩したヤヒロ目掛けて突っ込む。しかし、ヤヒロの首に鎌が触れる寸前で、竜巻のごとく風を纏った矢が鎌を弾き飛ばす。その風圧に押され、ヤヒロも巻き込まれるようにしりもちを着いた。
「攻めすぎなんだよ。死にたいのかい?」
ライズとヤヒロの後方にいるイアン――のさらに後ろに陣取るコマチが叫ぶ。手には白銀の大弓。
『シルバーハンター』。巨大な弓を主武器として、矢に様々な簡易魔法を付与して戦う後方職の一つだ。火力に関しては純魔法職に見劣りはするものの、毒や麻痺といった状態異常に加え、手数の多い攻撃によって敵の弱点部位を集中的に狙い撃つことができる。
「うぅるせーな! あれくらい避けれたっつーの!」
ヤヒロは素早く体勢を立て直し、大剣を再び構えなおす。
『重戦士』。盾を持つことが許されないタンク寄りの前衛職。大剣や大槌のような重い武器を使用し、火力を出しつつタンクも担う職業だ。ただし、攻撃に関しては大振りなものが多く、隙も多いため、純タンクとしてはいまいちである。
「そーい!」
奇妙な声が聞こえてくる。ライズとヤヒロはその声を聴くなり、すぐさまその場から飛びのく。
追撃を仕掛けようとライズらに迫りくるデッドリーパーの周囲の地面がボコっと隆起する。地面はドーム状に盛り上がり、デッドリーパーを包み込んだ。そして一瞬の時を刻むことなく、硬質化してデッドリーパーを取り囲んでいた土が一点に凝縮、デッドリーパーを押しつぶす。
『魔導士』の土魔法――『クレイプレス』だ。派手な見た目こそないものの、Cランクの魔物くらいであれば一撃で命を奪い去る程度には強力な魔法だ。
ちなみに、奇妙な声はイアンが魔法を発動するときに発する独特な合図である。
クレイプレスによっておそらく大きなダメージを食らったであろうデッドリーパーは、動きを静止させる。その瞬間をライズは見逃さなかった。
地面を蹴り、十数メートルあるデッドリーパーとの距離を一瞬で縮め、スキルを発動する。
「――『ジャッジメント』ッ!」
剣先を突き付ける。骨に当たる感触が伝わってくると同時に剣先から聖なる光が爆発するように吹き出し、デッドリーパーを包み込む。
『聖騎士』専用のスキルだ。
聖騎士は全ての攻撃に光の加護を受け、闇を打ち消す。高火力で相手を溶し、光魔法を使用することが可能で、味方の補助などもできる職業だ。
デッドリーパーと組み交わして三十分が経過していた。強大な魔物と闘う際には長時間の戦闘を強いられる。今まで数多のBランク魔物を倒してきたライズたちであったが、Aランクの魔物と対峙するのはこれがまだ四回目である。
ちなみに過去に対峙したAランク魔物は『ドランスライム』、『アンリミテッドウィッチ』、そして炎龍だ。どの魔物も気を抜けば一瞬で屠られるうえに、こちらの攻撃はなかなか効かない。ゆえにかなりの長期戦を強いられた。
そして四回目のAランク魔物であるデッドリーパーは、これまで対峙した三体よりも攻撃に脅威は感じないものの、絶望するような魔法を使ってきたのだ。
デッドリーパーの体が緑色のオーラに包まれる。幻想的ともいえる癒しの光を受け、デッドリーパーは再び動き出す。まるで、今までライズたちが絶え間なく叩き込んできた攻撃を、すべてなかったかのようにして……。
「んな――! 治癒魔法だと!? おいおい! ズルくねーか! 死神のくせになーに聖魔法使ってんだゴラァッ!」
全くだ。格好と魔法が正反対過ぎて思わず唖然としてしまった。
聖魔法。限られた高位魔導士のみが使用できる魔法だ。それを魔物が使うなど聞いたこともない。
「なるほどねぇ。大した攻撃をしてこないから油断してたけど、準災害級といわれる所以はこれみたいねぇ」
「こ、これは長期戦になりそうですね、はい。すみません」
デッドリーパーの眼光が赤く変わる。正面で対峙していたヤヒロは、不意に殺気を感じ取ったのか剣を構えて防御の姿勢をつくる。気づいた時にはヤヒロは後方に吹き飛ばされていた。
目にもとまらぬ速さでヤヒロの胸元を大きな鎌が突いていた。幸い、ライズの光魔法――『プロテクション』を付与していたため、貫かれることはなかったが、装備していた鈑金の鎧は粉々に砕け散っていた。
「ヤヒロ! 大丈夫か!」
ライズはデッドリーパーから視線を逸らすことなく叫んだ。返事は帰ってこない。代わりにイアンの声が聞こえてくる。
「気を失ってます! 聖魔法を使用するのでどうにか耐えてください、すみません!」
耐える? 冗談じゃない。攻撃が見えないんだぞ。ギア上がりすぎだろ。
手汗で滑りかけた剣を握りなおそうとした刹那、体が反射的に動く。顔の真正面に構えた剣の横っ腹に紫色のオーラを帯びた鎌が突きささる。その衝撃で一メートルほど後方に吹き飛ばされるが、何とか踏ん張って足を折らないようにする。
「マジで見えねぇ……」
高速なんてものじゃない。気が付いたら目の前に鎌が迫っている。
一瞬で死の恐怖が全身を包み込む。
これがAランク? 炎龍よりも強いじゃねーかよ! ヤバイ、マジで死ぬ。これ本当にヤバイ。
苦し紛れにスキルを発動する。
「ッッ『月破』!」
剣から放たれる金のオーラが一段と輝く。虚空を切り裂くと、光の衝撃波がデッドリーパーを切り刻んだ。
ほぼ同時に天空から矢の雨が降り注ぐ。コマチの猛追も加わるが、またしてもデッドリーパーの体を緑色のオーラが包み込む。
「くそっ! どうしろってんだ!」
ライズは珍しく焦っていた。見えない攻撃、そして聖魔法。勝てる気が全くしない。それほどまでに変貌を遂げたデッドリーパーは強い。
しかし、引くわけにはいかない。ここで引けば、もしくはライズたちがやられれば確実に街が滅ぶ。多くの命を背負っていると思うと、余計恐怖で身が震える。
ヤヒロの治療はまだ終わらない。イアンはもちろん治療に専念するため、加勢できない。しばらくはライズとコマチでデッドリーパーを足止めしなくてはならない。
そもそも、ヤヒロが復帰したところでデッドリーパーに勝てるのか? いや、厳しいな。ちょっと強すぎないかこいつ。
デッドリーパーの姿が一瞬にして消え去る。そして気が付いた時には背後を取られていた。
「しまっ――『ライボルトガード』ッ!」
とっさに必殺の防御魔法を発動する。詠唱無しで発動できる即魔法で、一瞬だけ自分の体を硬質化することができる聖騎士の魔法だ。非常に強力な魔法だが、魔力の消費が激しすぎるため、本当の緊急用である。
背中から胸にかけて激痛が走り、吹き飛ばされる。一瞬、意識が飛ぶが宙を跳ねる間に覚醒する。地面を派手に転がり、なんとか足と手で地面をなぞることで勢いを殺す。ライボルトガードを使用していなければ確実にヤヒロの二の舞になっていたところであった。
何とか耐えはしたものの、ライズは吹き飛ばされたことによってヤヒロとイアンよりも後ろに位置する形になってしまった。
デッドリーパーはすぐさま標的を変える。真っ赤に輝く瞳をヤヒロを治療するイアンに向けて、鎌を振り下ろす。
間に合わないッ!
イアンの身に鎌が降りかかる瞬間、見たこともない特大の火炎球が視界の端をすさまじい速度で横切る。
激しい爆発音と爆風が一挙に押し寄せる。デッドリーパーは盛大に吹き飛び、鎌は宙を舞ってその足元の地面に突き刺さる。
「大丈夫ですか!?」
一瞬、誰の声なのか分からなかった。爆音で耳がやられているのか、よく聞こえない。
火炎球が来た方向に目を向ける。
一番初めに視界に飛び込んできたのは屍と化した無数の兵士と、その中央で横たわるもう一体のデッドリーパー。
そして、彼らがいた。
思わずライズは呟いていた。
「ははっ……無傷かよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます