第15話今は素直に喜んでいいですよね?
もう何日も暗闇を漂っているような気がする。たぶん寝ているんだろうけど、普通に寝ている時とは違うような……。いや、そもそも寝ている時の感覚とかわからないんだけど。
そういえば、なんで寝ているんだっけ?
ふと、体をそよ風が撫でたような気がして、ハルトは目を覚ます。視界には見慣れた天井。いつも寝ている部屋の天井だ。
体を起こそうとすると、胸元に鈍痛を感じた。全身が怠い。
「んー……うーん……」
腕を組み、唸る。しばし部屋に唸り声が響き、ハルトは悟る。
「あー、生きてるわ……」
デッドリーパーの一撃を喰らい、正直生きていられるとは思わなかった。これも、パーティーバフによる恩恵のおかげなのだろうか。
薄い布生地の寝巻きをめくり、胸元を確認する。乱暴に引き裂かれた傷跡が生々しく刻まれていた。よく見ると、傷口はうっすらと緑色に色味を帯びている。おそらく、誰かしらが治癒魔法を使ってくれたのであろう。
多少の息苦しさを感じながら起き上がる。紛れもなく自室だ。誰が運んでくれたのだろうか。
ハルトはしばし無言で、彼にとってはつい先ほどの記憶を掘り返す。
デッドリーパーと死闘を繰り広げて二十分。勝ち筋が見えて来た矢先に、突如モミジの背後に音もなく現れた二体目のデッドリーパー。疑問を抱く前に体が動いていたことは覚えている。視界は風景を置き去りにして、加速したことも覚えている。スキルか魔法かはわからないが、何らかしらの技を使ったのだろう。というか、使わなければ不可能な速度であった。
モミジめがけて振り下ろされる死神の大きな鎌が、華奢な彼女に肉薄しようとしたところを間一髪で防いだ。そこからは記憶が曖昧だ。
最初に左肩に激痛が走り、意識が飛びかけた。そこで体の自由を失ったことは確かだ。地面に落ちる前に誰かに受け止められたような気がする。まぁ、位置的にモミジだろう。
「んー、そっから覚えてないんだよなぁ」
ドクンッと心臓が一度、大きく飛び跳ねる。冷や汗が一瞬のうちに押し出されるように溢れ出す。
「みんな……無事なのか?」
よく考えてみれば、ハルトの記憶はデッドリーパーの一撃を身を呈して受け止めたところで終わっている。では、その後は?
冷静に考えて、準災害級のデッドリーパー二体を三人で止めることは不可能だ。ハルトの気絶した後、何が起きたのか、彼にはわからない。
ハルトはベッドから勢いよく飛び降りる。激痛が電気のごとく体中を駆け巡るが、そんなこと気にもしなかった。
「みんな――ッ!」
ドアを体で突っ込むように乱雑に開ける。
「ふぎゅっ!」
廊下に飛び出そうとした時、何とも間抜けな声がドアの向こう側から聞こえてくる。
おそるおそる廊下に出て、声の主を確認する。
広いとはいえない横幅の廊下に倒れこむ女性。金色の髪が床に接着し、広がっている。彼女は赤み帯びた額を両手で押さえ、半分気絶した状態だ。
よかった。とりあえずは一人、仲間が生きていることが判明した。……いや、これ生きてんのか?
「あ、あんたね……。なんでそんな勢いよくドア開けんのよ! イッタいじゃない!」
「や、やぁマナツ。おはよう……」
マナツはゆらりと起き上がり、鋭く尖った視線をハルトにぶつける。
「おはようじゃないわよ! 三日間も寝続けて!」
「三日!? いやいや、そんなことはどうでもいい! モミジとユキオは? 無事なのか?」
マナツは仏頂面で指を下に向ける。
その印を見て、ハルトは一目散に一階へ降りる。一歩踏み出すたびに傷が痛む。
階段を駆け下りると、まずテーブルに座るユキオが目につく。彼は驚いたように目を丸くして、食べかけのパンを口からこぼす。
そして、ユキオの大きな図体に隠れるようにモミジがいた。
その瞬間、ハルトは多大な安堵と脱力感に見舞われる。倒れこむように床に座り込む。なぜか足はガクガクに震えている。
「よ、よかったぁ〜」
力ない声が溢れる。
うな垂れて、目を閉じるとすぐに突進されたような衝撃を受け、慌てて手を後ろに着く。
ふわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。温かいぬくもりが薄い服を通じて伝わってくる。
目を開けると薄ピンクの髪の少女が抱きつき、胸に顔を埋めている。
少女は数秒の後、顔をあげてハルトをマジマジと見る。涙目の少女はとても幼く見えた。
「ハルト君……。ほんとに、ほんとによかったぁー」
「モミジ……無事でよかった」
「それ、こっちのセリフ。……うわぁあああん!」
感情を爆発させたように涙で顔を濡らすモミジ。普段おとなしい彼女を見ているだけに、本当に心配してくれていたのだろう。
モミジの頭に手を置こうとした瞬間、急にこっぱずかしくなってすぐに手を退ける。
「ごめんな。心配かけて。ユキオも無事でよかった」
ユキオに顔を向けると、彼は無言で笑って見せた。
全員無事で、本当によかった。一人でも欠けてたらと思うと、ゾッとする。
「ちょっと、私は無事じゃないんですけど」
後方から声が聞こえて来た。振り向くと、額に大きなたんこぶを作ったマナツが拳を震わせて突っ立っていた。
「うわ、どうしたのマナツ! おデコ真っ赤だよ!?」
ユキオが急いで立ち上がり、マナツに駆け寄る。
「そこのうすのろ馬鹿にやられたのよ。ね、はーるーとぉー?」
「いやぁ。まさか部屋の目の前にいるとは……」
「本当は今すぐボコボコにしたいところだけど、ふんっ! モミジを守った男気に免じて許してあげる」
ハルトは、いまだに自分の胸で赤子のように泣きじゃくるモミジに視線を移す。見たところ、大きな傷もなく、どうやら無事にことなきを得たようだ。
でも、どのようにして?
疑問を口にしようとしてやめた。
「ま、今はいっか」
ハルトはモミジの頭にそっと手を乗せた。
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