第6話ほんのちょっとですよね?
夜もふけ、街は所々から漏れる淡い光を除いて、暗闇に染まっていた。
冒険者ギルドからは依然としてどんちゃん騒ぎが聞こえてくるが、他の建物かは静かなものだ。
冒険者ギルドの裏手に修練場と呼ばれる、冒険者が魔法や剣技の修練をすることのできる、結界の張り巡らされた大きな施設がある。
もちろん冒険者以外も利用することは可能だが、他の職業の人々はこの修練場は何かの催し物などがあるときくらいしか立ち寄らない。
外壁に囲まれた内部は大きなコロシアムになっている。灯りなどはないため、夜である現在は十メートル先はおぼろげにしか確認できないほどの暗さだ。
そして、コロシアムの中央に二人の男女が向かい合うようにして立っている。二人の姿はユキオの魔法によってぼんやりと輝き、コロシアム唯一の光となっていた。
その様子をハルトは観客席から見下ろしていた。
「やっぱり止めたほうがいいかな……?」
隣で不安そうに見守るモミジに質問を投げかける。ギルドを出て、ここまで赴く間しきりにマナツへ矛を収めるように説得していたモミジだが、その健闘も虚しく、なぜか事はコロシアムで向かい合うまでになっていた。
修練場で冒険者同士が一対一で対峙する状況は一つしかない。
「たぶん、マナツさんはスミノさんに対して特別な嫌悪感を抱いてる……と思います。けど、前のパーティーに関する情報を聞く行為はあまり良いとされていないので、私たちはここで見守ることしかできないです……」
「全く、長い一日だなあ」
ユキオが木製の武器を両者に手渡す。マナツは細身の両手剣。スミノはレイピアのような細長い剣だ。
「それじゃあ、今からマナツ対スミノの決闘を行う。剣技、魔法の使用は自由。相手に過度な怪我を負わせないこと。以上」
ユキオが両者に間に立ち、審判を務める。案外、乗り気そうなのは意外だ。真っ先に止めようとしていたが、やはり内心ではユキオも腹立たしかったのだろうか。
「勇者の名の下に」
「勇者の名の下に」
マナツは左鎖骨、スミノは右腕をそれぞれ審判に見えるように示す。決闘では勇者の印を最初に見せることがマナー。流石のスミノもそれくらいは弁えているようだ。
「今ならやめてもいいんだぜ? お前、パーティーメンバーだったときも、ずっと後ろでちっぽけな魔法を使ってただけだったじゃん」
スミノの見え透いた煽りに対して、マナツは無言を貫いた。
「あ、いいこと思いついちゃったー。これで俺が勝ったら、今日の夜は俺に付き合ってよ。もちろん、パーティーメンバーのあのちっこいお嬢ちゃんもセットでね」
スミノは上の観客席で見下ろしていたモミジに対してウィンクをする。
「うげっ、気持ち悪い……と思います。ってか思う」
「モミジさん、毒舌出てまっせ」
ニヤニヤとした顔つきのスミノに対し、マナツは至って真顔だ。眉間にシワを寄せ、今にも飛びかかりそうな光景を予想していたハルトは、マナツの予想外の表情の意味を察していた。
「あーあ、これはズルい気もするけど。まぁ、ざまぁってやつだな」
「ですね。ざまぁだと思います」
実際のところ、ハルトもモミジもマナツの心配をするのではなく、スミノの心配をしているのだ。というのも――
「それじゃ、始め!」
ユキオの開始の合図と同時に、スミノはマナツとの距離を一足で縮める。身体強化のパッシブによって目にも留まらぬ速さで剣を振り抜く。
おそらく、以前のマナツであればスミノの剣筋を見切る事はできなかっただろう。しかし、今の彼女の目にはしっかりと剣筋が見えていた。
迫り来る先の鋭く尖ったレイピアを両手で握りしめた剣で下から斬りあげる。ガッ! という木の鈍い音がコロシアムに響き渡る。
「えっ……?」
レイピアは宙を高く舞い、地面に突き刺さった。完全に初手で決めるつもりでいたスミノは、この状況を理解するのに数秒を要した。
そして、ようやく自分の剣がマナツの剣に弾かれたことを理解した時には、腹部に激しい衝撃を受け、後方に吹き飛んでいた。
「撤回して」
蹴り上げた足を下ろしながらマナツは呟いた。
「ゴホッ! ゲホッ! な、何を……」
腹部を抑えながら起き上がるスミノは、自分の目を疑った。見たこともない大きさの火球がマナツの上空をふわふわと浮かんでいるのである。
汗が一気に吹き出し、脳が警告の鐘をガンガン鳴らしている。
「ちょ、まっ……マナツ?」
喰らえば確実に丸焦げで天国行きだ。そう思うと、足はガクガクと震えてしまう。必死に動けと念じるが、体がまるで地面に接着されたかのようにピクリとも動かない。
「魔剣士が……弱いってことをよッ!」
マナツは勢いよく右手を振り抜く。その瞬間、宙を漂っていた火球は凄まじい力に押されるように前方へと射出された。
空気を焦がしながら弓矢のように一直線に迫り来る火球は、スミノの視界を覆い隠す。思わず目を閉じた次の瞬間、後方から凄まじい爆音が聞こえてきた。
恐る恐る目を開くと、真横の地面は抉れ、服の右袖が焦げている。あまりの恐怖と安堵感に思わず腰を抜かして地面に尻餅をつく。
涙で歪む視界には、ふてぶてしそうにこちらを睨みつけるマナツの姿があった。
「ふんっ、魔剣士は弱くないの! 今はね!」
ベーっと舌を出して言いのけるマナツ。
「あらら、やっぱりズルいよな、これ」
「そんなことないです。スミノさんは私たち全員に喧嘩を売ったんですから。たとえ、ほんのちょっとのパーティーバフなんてズルじゃない……と思います」
ほんのちょっとという言い回しに思わず苦笑するハルト。
「ははっ、確かにほんのちょっとだけだもんな」
ハルトとモミジは見つめ合い、互いに笑いのけたのであった。
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