Ⅸ‐ ②


 冬休み中にも一つ、貴重な収穫があった。


 中学時代の友人が一人、そいつの通っている予備校に乱堂恭介に因縁のある人物がいるということで連絡をくれた。

 年の瀬の慌ただしい中、俺は友人に無理を言ってその人物と接触する機会を設けてもらった。


 問題の人物の名は、国吉くによし蓮次郎れんじろう

 聞けば、彼は一年前まで俺たちと同じ高校に通う生徒だったと言う。

 だった、と言うのはそれなりに理由があるからだ。


 国吉蓮次郎は俺たちの一つ先輩、つまり乱堂恭介の同級生であり、バスケ部にも入っていたということで、乱堂恭介とはなにかと縁のある人物だった。

 その国吉蓮次郎は、勉強では学年一、二を争うほどの秀才であったが、バスケの腕は今一つということで、部内では専らパシリとして扱われていた。

 ある日、いつものように一年生に交じって部活動の後片付けをしていた国吉蓮次郎が部室に戻ってみると、部室からは焦げ臭い匂いが漂い、見れば部室の奥から火の手が上がっていた。国吉蓮次郎は慌てて消火に当たり、ほどなくして炎は鎮火された。

 ところが、このボヤ騒ぎに関する調査の中で容疑者として真っ先に名前が挙がったのが、国吉蓮次郎本人だった。

 問題は、ボヤの現場を目撃しているのが国吉蓮次郎だけであることに加え、彼の無実を証明できる人間がいないことだった。

 国吉蓮次郎が消火活動を行っている時、同じ二年や三年の先輩は皆帰った後で、後輩の一年も全員後片付けの最中だった。

 実はその前から、バスケ部には部内で喫煙をしている生徒がいるという噂があった。数名の上級生が、部活動終了後に部室に篭ってタバコを吸っているということは、部内ではもはや周知の事実であった。それが表沙汰にならないのは、部活動特有の上下関係による縛りと、蔓延する事なかれ主義の風潮によるものだ。

 そして、問題の喫煙常習者の中には、当然のように乱堂恭介も含まれていた。

 容疑者として名指しされた国吉蓮次郎は、必死に身の潔白を訴えた。実はその日、彼は目撃していたのだ。

 先輩たちが帰った後の部室から、数分遅れで最後に部室を後にする、乱堂恭介の姿を。

 しかし、国吉蓮次郎がそれを言うと、他の部員たちはこぞって乱堂恭介を庇った。

 それもそのはず、二年生ながら部のエースとして活躍する乱堂恭介を、たかがボヤ騒ぎ(たかが?)程度のことで失うわけにはいかないのだ。

 結局、国吉蓮次郎は誰からも擁護されず、バスケ部にも、学校の中にも居場所を失くした彼は、泣く泣く退学届けに判を押した――。


 受験を間近に控えた国吉蓮次郎にこんな話をさせてしまったことに、俺は少し胸が痛んだ。

 当の本人は「もう終わったことだ。気にしていない」と言って気丈に振る舞って見せたが、そんなものが単なる虚勢であることくらい、彼の顔を見れば一目瞭然だった。

 最後に、俺が国吉蓮次郎に礼を述べると、彼は悲しそうな顔をしてこう言った。


「やめとけって、復讐なんて。そんなことで気が晴れるのは、たった一時だけだぞ」


 年が明けてすぐ、俺の元に待ちに待った報せが届く。


『物は揃った。明日家まで来い』


 ヤブからのメールは、まずアキラのものと見て間違いあるまい。


 翌朝ヤブの家まで行くと、そこには見覚えのある黒いワンボックスカーが停まっていて、俺はその中でアキラと会った。


「乱堂恭介に関して知り得た情報は全て、この中にある」


 そう言って、アキラは助手席に座る俺に大きな茶封筒を渡してきた。中身を確認してみると、そこには百枚以上にもなる紙の束が入っており、どこでどう探して来たのか、乱堂恭介にまつわる驚愕の事実の数々がずらりと列挙されていた。

 乱堂恭介が高校に入る直前に受けた整形手術のカルテに始まり、中でも特に驚いたのが、学校の教師数名を取り込んで、テストの点数を不正に改ざんさせていたという事実だ。中には、その教師共が乱堂恭介の父親が主催するパーティーに参加していたことを示す、出席名簿の写しまであった。

 さらに、乱堂恭介が医大に推薦で入るため、内申点を極端に引き上げた跡も見られ、それにはやつの父親からの圧力もあったのか、ある時期に教師共と乱堂恭介の父親が頻繁に電話でやり取りをしていたことを窺わせる、通話記録まで残っていた。


「ヤブに礼を言っとけよ。そいつらの大半を引き出して来たのはあいつなんだからなあ」


 意外なところでヤブの名前が出て来て、俺は少し驚いた。


「あいつは将来、いいクラッカーになる。まあ、あいつがそれを望んでいるかどうかは知らんが」

「……なあ、ヤブもおまえたちの仲間なのか?」


 俺は、そのことが少し気になっていた。


「いや、ヤブに関しちゃあ、こいつは外部サポートみたいなもんだ。それに、この件で動いているのは、俺らの中でも俺しかいねえ」

「そうか……。にしても、おまえらって本当、なんなんだよ?」

「ああん?」


 気軽に聞いたつもりだったが、それに応えたアキラの目は鋭かった。


「てめえにそれを知る権利はねえ。それ以上俺らのことに深入りするようなら、別にもらわなきゃなんねえ物が出てくるが、それでもいいか?」


 アキラが左の拳で俺の胸を小突いた。


「わかったら、それ持ってさっさと帰れ。それと、そいつをどう使うかはおまえの好きにしていい。ただし、人に出所を聞かれても答えるな。コピーも取るな。用が済んだら全部燃やせ」


 俺は、ただ頷くしかなかった。


「じゃあな。健闘を祈る――」


 アキラとはすぐに別れた。礼を言うことも忘れていた。

 心の中でやつに感謝し、俺は早速行動に移ることにした。


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