Ⅸ‐ ①


 目が覚めた時、俺は自室のベッドの上にいた。日曜の昼過ぎだった。

 どうせまた、弟の世話にでもなったのだろう。そう思うと癪に障る気もする。が、俺は何食わぬ顔でいつも通りの生活を始めた。


 季節は冬、十二月。もたもたしていたら年が明ける。そうなれば三年の乱堂恭介が学校に来る日も一月となくなる。なんとしてもその前に、やつを三途の川の渡し舟に乗せてやりたい。

 俺は引き続きロッテと共に乱堂恭介の身辺調査に精を出すと共に、アキラからの連絡を待った。

 乱堂恭介に関する調査は、やつの交友関係にまで範囲を広げ、それなりの進展を見せていた。中には「昔、バスケ部の部室でボヤ騒ぎが起きた時、その場に乱堂恭介もいた」など、かなりグレーな情報も含まれていたが、それらに関する確証はなにも得られていない。

 俺たちは期末テスト期間中も変わらず乱堂恭介の調査を続けたが、芳しい成果は得られなかった。そうして、ついに二学期も終わり、明日から冬休みだという十二月の二十四日。聖なる夜にサンタは舞い降りた。


 その日の夕方、俺の携帯に室賀丈人から電話があった。


「今、乱堂のやつが仲間二十人くらいと一緒に、バーを貸し切ってパーティーを開いている」


 室賀丈人の話によると、乱堂恭介が仲間を引き連れて歩いているところを、街で屯していた猿軍団のメンバーが見付け、後をつけてみたら、やつらは揃って個人経営のバーに入って行ったということだった。


 ――これは面白いことになりそうだ。


 室賀丈人からバーの住所を聞くと、俺はすぐさまロッテにも連絡し、どんよりした冬の寒空の下、コート一枚を羽織って飛び出した。


 俺とロッテは、ほぼ同時にバーの前で顔を合わせた。


「おいロッテ、言っといたあれ、ちゃんと持って来たか?」

「もちろん、ばっちり!」


 そう言って、ロッテはお気に入りのデジカメをコートの下から覗かせた。

 バーは外からだと中の様子がまったく見えず、仕方なく俺とロッテは二手に分かれ、店の正面にロッテ、裏の非常口には俺が回り、二人で張り込むことにした。

 クリスマスイブらしく、俺の立つ裏路地も人通りが少ないとは言え、道行く人は手に手に大小の紙袋を下げ、大きな箱を抱えた親子連れや、手を繋ぐカップルもいる。誰もが顔をほころばせて歩いていると言うのに、俺は一人面白くもない顔をして、つぶれた商店のシャッターに背を持たれながら、コートのポケットに両手を突っ込んでいる。

 一年前のこの日、俺はマシバとロッテ、それにヤブとも一緒に、暖かい部屋の中で笑いながらケーキを食っていた。

 あの時は本当に楽しくて、俺たちはきっと、ずっとこの先もこんな楽しいバカをしながら日々を送って行くんだろうと、ただ漠然とそう考えていた。

 それなのに、一年経ってみればこのザマだ。


 ――どうしてこんなことになっちまった?


 文化祭の前日。教室でマシバと別れず、俺も学校に残っていたら……。


「俺も付き合うぜ」なんて言って、あいつと一緒に行動していれば……。


 陽はとっくの昔に落ちていて、深まる夜の気配に寒さも一層増してきた。

 このままだと、外気温に自分のマイナス感情が加わり、体感温度が氷点下を下回ってしまうかも知れない。

 バーの非常口を気にしながら、俺はそばの自販機で缶コーヒーを買った。金色のラベルの真ん中で、イカしたオッサンがパイプを咥えて横を向いているやつだ。

 プルトップを開けた瞬間に上り立つ白い湯気に、荒んだ心も幾分和らぐ。かじかんだ両手を温めるように缶を握り、熱い液体をゆっくりと喉の奥に流し込む。


「はあ……」


 身体は温まったが、甘ったるいコーヒーはいつまでも口の中に残っているような気がして、少しばかり不快だ。

 その時だった。不意にガチャリと音がして、バーの非常口が開き、人が出て来た。

 慌てて缶を地面に置き、俺は持って来たデジカメを起動して、素早く夜間撮影モードに切り替えた。じりじりと後退しつつ、カメラはズームにして、シャッターチャンスの機を窺う。


 ――いた! 乱堂!


 非常口から出て来た乱堂恭介は、覚束ない足取りで仲間と肩を支え合い、赤ら顔でへらへら笑っていた。

 間違いない、こいつは飲んでいる。

 俺は慎重に手元のデジカメを操作して、乱堂の顔にピントを合わせる。そのまま何回かシャッターを切り、今度はカメラをビデオモードに切り替えた。レンズをやつの方に向けたまま、ゆっくり移動してやつらの脇を通り抜ける。

 そうして細い路地を潜り、俺はバーの正面を見張るロッテと合流した。


「やったぞ、ロッテ!」

「シン!? 撮れたの?」


 早速、俺たちは撮った画像と動画を確認した。


「やるじゃん、シン! 完璧だね、これは」


 本当に、我ながら良く撮れていた。

 画像には酒に酔った乱堂恭介の顔がばっちり写っていたし、動画の方もあまり鮮明とは言えないが、やつらがバカ騒ぎしているところをしっかり捉えている。遂に、乱堂恭介の化けの皮が剥がれた。


 これを一つの契機として、俺たちも計画を加速させるべく、各方面へ奔走した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る