Ⅷ‐ ⑥


 俺は、マシバにあれだけのことをした乱堂恭介が他にどれほどの悪事を働いているのかと、半ばわくわくした思いで、やつの調査の推移を見守っていた。

 それなのに、その乱堂恭介から一向にボロを出す気配が感じられなかったのだ。


 乱堂恭介は、他所では実に感じのいい好青年、聖人君子そのものだったのである。

 放課後の乱堂恭介は生徒会室にいる以外、他の委員会の手伝いをしたり、教職員がするような雑事まで率先してこなしていくなど、非の打ち所のない模範生といった様子だった。

 過去の乱堂恭介情報にしても、高校に入学してからのわずか一ヶ月間で四十人の女子から告白されたとか、バスケの練習試合を見に来ていた相手校の女子生徒が気付けばうちの学校の応援団に交じってやつに黄色い声援を送っていたとか、バレンタインデーにもらったチョコが多すぎてそれを生徒会のメンバーでジェンガにして遊んだとか、そんなイケメン伝説はマシバ一人でもうお腹いっぱいだと言いたくなるくらいの、胸クソ悪い情報ばかりが入って来ていた。

 変わった情報と言えば、中学時代の乱堂恭介に関するもので、確かにやつは昔から顔立ちの整った男ではあったが、そこまで人気があるわけでもなく、人前で目立つようなタイプでもなかった、ということくらいだ。これには、北中出身者の誰もが口を揃えて同じことを言った。


 俺たちの調査にも問題がなかったわけではない。いくら俺たちが乱堂の行動を追っていたとは言え、それはやつが登校してから帰宅するまでの学校にいる間だけのことだった。だから、やつが放課後に校門から一歩外に出てしまった後のこと、さらに言えば、休日の行動にまではほとんど把握できていなかった。

 反・乱堂連合とは言え、大多数の構成員にとってそれは日常のサブ的イベントでしかなく、楽しい学校生活や貴重なプライベートの時間を裂いてまでのめり込まなければならないほどのことではなかった。

 それに、俺たちとしても、ひとまずレイリの身の安全が確保されてさえいればいいという考えもあったので、やつに対してそこまで突っ込んだ調査はしていない。


 ――このままではまずい。


 俺たちは調査の範囲を広げるべく、次なる行動へ打って出ることにした。

 まずは、調査に当たる人員の増加だ。俺たちは他校へと散ってしまったかつての仲間たちに声を掛け、乱堂恭介討伐への助力を願い出た。その結果、倉橋竜矢や篠山凌太などがそれに快く応じてくれ、ロッテも因縁深きサンチェスこと山下美佳子に連絡を取り、F組の末田叶恵らとも協力して乱堂恭介に関する情報を集めてくれることを約束してくれた。

 中でも大いに役立ってくれたのが、かつてサコツの下にいた猿軍団の面々だ。

 俺たちが高校に上がった時点で、サコツとやつら猿軍団の関係も一旦は途絶えたかに思えた。しかし、俺たちの学校にはまだ、室賀丈人がいた。サコツ麾下の重臣として、その主に心からの信頼を寄せる彼は、他の猿軍団メンバーとまだ交流があったのだ。

 E組在籍の室賀丈人は、普段こそ真面目な一般生徒を装ってはいるが、一度気分を損ねれば、途端に昔の不良魂が首をもたげ、立派な悪ガキにトランスフォームすることがあった。

 だから、俺たちがマシバ失踪の真実を話して聞かせた時も、やつはそばにあった椅子を掴んで「今から生徒会室に殴り込みを掛ける」と言って、俺たちの手を焼いた。

 その後、サコツがレイリ防御網の切り札となっていることを聞いたやつは「俺にもやらせてくれ」とサコツにせがみはしたものの、そのサコツに「NO」を突き付けられ、恐ろしく不貞腐れてしまった。

 しかし、俺たちもそんな室賀丈人を邪険にするではなく、やつが持っていた旧猿軍団との繋がりを利用することで、俺たちに協力してほしい、と改めて依頼したのだ。すると、やつは従順な仔犬のように目を輝かせ、すぐに他の猿軍団メンバーに連絡を付けてくれた。

 ちなみに、かつての猿軍団メンバーが今どうなっていたかと言うと、やつらは軒並み市内の底辺高校へと流れ、そこで優秀な不良として存分にその腕を振るっていた。

 と言っても、やつらはろくに学校へも行かず、いつも適当に街中をぶらついては、本当に悪い意味で暇を持て余しているという有様であった。故に、脳みその方も元の猿に退化しつつあると思われ、その再々教育も含め、やつらには乱堂恭介の休日と放課後の動向について探ってもらうことにした。


 かつての仲間たちの協力もあり、収集される情報も日増しに増えてきた。それでもまだ、乱堂恭介に引導を渡してやれるほどの決定的な「なにか」を掴むには至っていない。


 そんな中、電撃的にもたらされた一報に俺たちは眉を顰めた。


 当の乱堂恭介が二つとない校内推薦枠を使い、県内の国立医大へ推薦での入学を決めたと言うのだ。


 ……こんなことが許されていいのか? 否。断じて認めん!


 もはや一刻の猶予もない。早急にやつの急所を見付け出し、手痛い一撃を加えてやらねばならん。

 俺たち反・乱堂連合も結束は固いとは言え、マシバのいない現状に少しずつ慣れてきたのか、構成員たちの間にも若干の気の緩みが見て取れる。なんとかして、なんとかしてこの状況を好転させる一手を……。


 しかしこの時、事態は俺たちのまったく知らないところで、急展開を見せていた。


 その日、乱堂恭介の医大進学という知らせに心中穏やかでないかった俺は、放課後に一人でヤブの家へと向かっていた。

 珍しいことに、ヤブからこの俺にメールがあったのだ。それも、実に奇妙な内容のメールが。


『今日、一人で家まで来い』


 まったくもってヤブらしくないそのメールに、俺は『なにかあったのか?』と返した。すると、ヤブからすぐに返信があり、それには『待ってる』とだけ書かれていた。


 とりあえずヤブの家までは行ってみたものの、ヤブ本人は外出しているらしく、ヤブのお母上様に「部屋で待っていて」と言われたので、俺も仕方なくそうさせてもらうことにした。

 いつも通り、俺はなんの遠慮もなしにヤブの部屋のドアを開けた。

 部屋の中は相変わらず閑散とした様子で、物が少ない分、フローリングの床と白い壁の境界がはっきりしていて、部屋の広さがよくわかる。それは、俺の知っているヤブの部屋だった。

 だがしかし、その中にただ一つ、俺の知らないものがあった。


 ヤブの学習椅子の上で体育座りをし、その場でくるくる回りながら両手に持ったパピコを交互にチューチュー吸っている学ラン姿の金髪イケメン野郎のことを、俺は知らない。


 驚いて、なにも言えず立ち竦んでいる俺と向かい合う形で、そいつは椅子の回転を止めた。


「よお。初めましてだなあ、アラタ君。会えて嬉しいよ」


 見知らぬ金髪イケメンに、俺はなぜか本名で呼ばれた。


「どうだ、おまえも一本『吸う』か?」


 そいつはにやにやしながら、片一方のパピコを俺に差し出してきた。


「いらねえよ」


 オフコース、ノーサンキューだ。


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