Ⅷ‐ ⑤


 翌日は朝からの全校集会で、俺は眠い目をこすりながら、辛うじて体育館の床に両足を付けていた。が、そんな俺の眠気はすぐに吹き飛ぶこととなる。


 堂々ステージに登壇したのは我らが仇敵、生徒会長・乱堂恭介。


 やつは、よくもまあ抜け抜けと、文化祭の成功を声高に唱え、全校生徒の労を労い、応援団を脇に配しての三本締めで喝采を浴び、壇上で深々とお辞儀をして見せたそいつに、全校中が惜しみない称賛の声を上げた。


 この間、俺は幾度となく本気で吐き気を催した。


 一体これは、なんの余興だ? 周りのやつらが笑顔で手を叩いている理由が、俺にはまったく理解できない。こいつらの目には、ステージに立っているアレがなにに見えていると言うんだ?


 動物園にやって来たパンダじゃねえんだぞ!


 だがしかし、誰も皆それが本当のパンダではなく、白くまの耳と目の周りをマジックで黒く塗り潰しただけのパンダもどきであることを知らない。

 こんな偽りのパンダもどきを奉戴して、民衆はそれが偽物であることを疑いもしない。これこそが衆愚政治だ。

 この学校は今、パンダもどきによって飼い馴らされた頭の悪いひよこ共が群れる、汚物まみれの鳥小屋のような有様になっている。即刻、鳥小屋の洗浄と病原体ウイルスの駆除を行わなければならない。


 俺たちは、本格的に動き出した。


 乱堂恭介討伐――口で言うだけならば容易い。

 だがしかし、実際これには慎重を要する。なにせ、敵はあの乱堂恭介だ。全校生徒からの支持は極めて高く、信者もシンパも大勢いる。

 だから、俺たちがやろうとしていることというのは、言ってみれば、動物園一の人気者であるかわいいかわいいパンダちゃんをガトリング砲で蜂の巣にしてやろうと言うようなもので、今はそのガトリング砲の組み立て作業真っ最中というわけだ。それを、おいそれと他人に知られるわけにはいかない。


 今回のことは、これまで俺たちがやってきたことに比べればまるでケタが違う。

 小暮豪や西中グループの時は相手がバカすぎた分、協力者も多くやりやすかったと言える。だがしかし、次の相手、乱堂恭介は違う。

 あいつは今までのような俺たちと同レベル帯のバカではない。やつは俺たちよりも遥か高き所にいて、俺たちを見下す存在だ。しかも、乱堂恭介は校内きっての人気者。周りはやつをわっしょいする神輿の担ぎ手ばかりだ。


 敵は乱堂恭介一人に非ず。それこそ全校生徒、教職員連中を含む「学校」そのものと考えていい。


 俺たちが乱堂恭介に対抗する上で必要な物。それは、やつの人気を上回るだけの強固な意志で結び付く集団、その組織力だ。


 反・乱堂連合の結成。それこそが、この戦争に勝利するためのカギだ。


 俺、サコツ、ロッテの三人は乱堂討伐の同志を募るべく、密かに校内へと散った。


 ここで早くも、以前決行した「大規模座談会ツアー」の効果が発揮される。

 やはり、マシバ失踪の事実は校内でも大きな関心事となっていて、真相を求める声の矛先は主に生徒会に向けられていたが、当の生徒会はこの件に関して「本人の問題」と切り捨て、一切の情報を明らかにしなかった。

 だから、俺たちが他クラスへと出向いた際、そのことについて説明を求める声が数多く寄せられた。しかし、俺たちもその事実を軽々と口外するわけにはいかない。俺たちが真相を知っていると知れた段階で、それは当然生徒会、延いては乱堂恭介にとって脅威となる。これは、第一級極秘事項なのだ。

 俺たちも一応、表面上マシバの件については知らぬ存ぜぬを貫きつつ、裏では各クラスの主だったグループのリーダーと接触を図り、こちらに靡きそうなやつにだけ真実を打ち明けた。それを聞いた彼らのほとんどは、俺たちと同じように激怒し、憤りを露わにした。そして、こちらから仰ぐまでもなく、乱堂討伐への協力を申し出てくれたのだった。


 反・乱堂連合の輪は、見えないところでじわじわと拡大の兆候を見せていった。

 俺たちへの協力はグループのみに留まらず、個人からも多くの協力を得ることができた。J組の関譲、C組の瀬ノ宮友司は言うに及ばず。それよりも心強かったのが、D組の由口雄貴が直々に俺たちの元へ協力を申し出てくれたことだ。

 やつも、結果的にマシバを見捨ててしまったことには後悔しきりのようで、自身の生徒会書記という立場を利用し、その生徒会の動きを逐一こちらに知らせてくれるスパイの役を買って出た。俺たちの友情は、まだ潰えてはいなかったのだ。


 俺たちは結成された反・乱堂連合の構成員たちを使い、乱堂恭介の素行調査とやつのこれまでに関する情報の収集に当たることにした。

 前者には、由口雄貴から寄せられた情報を元に乱堂恭介の行動パターンを追い、やつの行く先々に構成員を派遣した。

 この情報は相崎百合香の元へも送られ、レイリ防衛の一助となった。後者は主に北中出身者が中心となり、過去の乱堂恭介に関する情報を学校の枠を越えて収集して行った。


 ――完璧だ。


 いかに乱堂恭介が人中の呂布足り得ようとも、俺たちとてこれまで散々にバカをやってきたバカの中のバカだ。

 確かに、マシバを失ったことは俺たちにとって計り知れないほどの大きな痛手である。が、それでも俺たちには長きに渡り培ってきた、バカの知識と経験がある。


 今に見ていろ、乱堂恭介。すぐにでも貴様の化けの皮をひん剥いて、その身に塩を擦り込んでくれる!


 サコツが放課後に相崎百合香と行動を共にすることは変わらず、俺とロッテも度々乱堂恭介の素行調査に赴き、やつの動向に目を光らせていた。

 その一方で、とある場所に「乱堂恭介討伐本部事務所」を構え、続々と集まって来る膨大な量の乱堂恭介情報の整理に当たった。

 そのとある場所と言うのは他でもない、ヤブの家だ。ここならば、ほとんど誰にも気付かれずに計画を練ることができる。食糧飲料の類いも備蓄十分ときている。なにも言うことはない。


 乱堂恭介を陥れる日が来るのも、そう遠くはないだろう。



 ……ところが、俺たちの思惑通りには、事は上手く運ばなかった。


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