Ⅷ‐ ④


 レイリ防御網は着々と築かれつつある。


 相崎百合香はレイリを慕う女友達と協力し、四六時中レイリの動きに目を光らせている。あいつを校内で一人にさせぬよう、四六時中誰かが行動を共にしている。乱堂恭介もそう簡単には手出しできまい。

 今も、放課後の生徒会活動で、相崎百合香がレイリに付き添っている。そして、そのすぐそばにはサコツも待機している。二人になにかあろうものなら、怪力の阿修羅王が神速を飛ばして駆け付けることになるだろう。


 一人で歩く帰り道、俺はポケットからスマホを取り出した。この二日間、掛けれども掛けれども、送れども送れども、電話やLINEにマシバからの返信はない。それでも俺は、どこかにいるはずのあいつが見てくれているものと信じ、新たに一通のLINEを送った。


『レイリは俺たちが守る。心配するな』


 公園の自販機の前に一人で立っていると、これまでに感じたことのない孤独を感じる。

 なにを血迷ったか、気付けば俺は普段なら気にも止まらないブラックの缶コーヒーのボタンを押していた。

 あまりにも突然上げすぎたハードルに、自分でも困惑した。

 マシバがいれば、やつのペプシを掠め取って無理やり交換してやるところだが、そのマシバがいないのではどうしようもない。

 俺は手にした缶コーヒーの処遇に困り、しばらくそいつを手の中で転がしていた。

 するとその時、俺の携帯が震えた。まさか、と思いながら携帯を見てみると、はたしてそこにはLINEの着信が――「マシバ」の名前と共に。

 俺は慌ててそれを開く。


『すまん』


 まったく、意味がわからなかった。なんて突き放した言葉なんだ、と。

 俺とマシバの間に、なんだか途方もない距離の隔たりがあるように感じる。物理的なだけではない、心理的ななにかが……。


 ――バカ野郎が。


 俺たちの間を隔てる物なんか、なにもありゃしない。俺たちはいつも一緒で、それは今までも、これからも、変わることはないはずだ。


 公園の誓いを忘れたか?


『生まれた日は違えども、死ぬ時は同じ』そう言ったのはおまえだろう?


『すまん』だと? そんな言葉が聞きたいんじゃねえよ、俺は!


 いつかおまえは俺に言った。


『人間は、不自由の中でしか幸福を感じることはできない』


 だったらおまえは、今のおまえは……学校という縛りから解き放たれ、俺たちとのしがらみにも囚われない、真の自由を手に入れたおまえは……今、幸福を感じているか?


 おまえはそれで、幸せなのか?




「……まっずぃ」


 初めて飲んだブラックコーヒーは、どうもなんだか塩っぽい味がした。

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