俺たちは早速行動を開始した。


 まず、その場の由口雄貴には弱みを盾にこちら側への恭順を誓わせると同時に、昨日マシバの身に起きたこと、俺たちが乱堂恭介抹殺に動き出したことを口外しないよう、固く口止めしておいた。

 次は、この事実を知っておくべき最低限の人間に、これを伝えに行かねばならない。


「サコツ、ここからは少し別行動だ。おまえは教室に戻ってロッテを呼んで来い。三十分後、いつもの公園で落ち合おう」


 そう言って、俺たちは別れた。

 俺は一人で校内を駆け回り、用具倉庫の前で後夜祭の準備をしていた数人の生徒会員の中に、ようやくレイリの姿を見付けた。


「おい、ちょっといいか」


 レイリは振り返って俺を見たが、すぐに目を逸らした。

 いつものように、俺をなじってくるようなことはなかった。


「なに? なんか用?」


 ぶっきら棒に言い放つと、レイリはそのまま作業に戻った。


「話がある。一緒に来い」

「あんたと違って暇じゃないの。後にして」

「俺だって暇なわけじゃねえ。いいから今すぐ俺と来い」

「じゃあ、ここで言って」

「ダメだ。ここじゃ話せねえ」


 レイリは俺に背を向けたまま、しばらく無言で作業を続けていた。

 俺は少し頭に来たので、レイリの手首を掴んで引っ張った。その弾みで、やつの持っていた段ボールの小箱が地面に落ちたが、そんなことはどうでもいい。


「ちょっ! なにすんの!?」レイリは眉を吊り上げて、俺を睨み付けた。


 こうしてこいつと睨み合うのはいつものことだが、今日のレイリからはまったく覇気が感じられず、それはまるで、夏の終わりのしおれたヒマワリを見ているような気分だった。


「おまえ、マシバのことが好きなんだろ?」

「……え?」


 俺の言葉に、レイリは一瞬、身を固くした。それを逃さず、俺はレイリの手首を掴んだまま歩き出した。


「ちょっと、やめて!」


 少し離れたところまで来て、俺はレイリを解放した。


「どういうこと?」


 とぼけているのか、ただ動揺しているだけなのか、レイリは困ったような顔付きで俺を見てきた。


 ――俺が気付かないとでも思っていたのか? バカめ!


 二人の間にどういう経緯があったかまでは知らないが、これだけはわかる。

 マシバとレイリは、互いを好き合っていた。

 マシバが生徒会に入って楽しそうにやっていたのは、そこにレイリがいたからだ。

レイリがマシバの前で執拗に俺に絡んでくるのは、マシバに自分の存在をアピールするため。

 それがわからないほど、俺もバカじゃない。ただ、俺は俺の中でその事実に向き合った時、それをどう認め、気持ちに折り合いを付ければいいのか、それがわからなかっただけだ。


「昨日、マシバになにがあったか話す」俺は一人で歩き出す。


 振り返って見ても、俺とレイリの距離は変わっていない。俺はそのまま歩みを続けた。


 陽はすでに西に傾いている。

 俺たちが公園に着いた時にはもう、サコツとロッテはベンチに座って俺たちを待っていた。二人共無言だった。

 とその時、俺は一つ妙なことに気が付いた。


「おいサコツ、どうしてヤブなんか連れて来た?」


 いつからそこにいたのか、サコツの背後にはぴたりとヤブが憑依していた。


「気付いたらいたんだよ。別に、いても困らねえと思ったからそのままにしておいた」

「なんかねえ、友達と一緒に文化祭に来てたらしいよ」ロッテが言う。


 訝しがるレイリに、俺はヤブが中学の同級生であること、そして、それが極めて無害な生き物であるということを説いた。


「みんな、揃ったみたいだな……」


 辺りを見回し、俺たち以外誰も公園にいないことを確かめる。

 俺たちは輪になった。


 サコツ、ロッテ、ヤブ、レイリ。誰の顔にも、緊張感が漂っている。


 みんなが俺に注目している。

 なにか気を紛らわすジョークの一つでも言ってやろうかと思い口を開いてみたが、声が震えて上手く言葉にならなかった。


 気を取り直す。


 俺は小さく深呼吸をし、ぎりと奥歯を噛み絞め、そして、言った。



「俺たちのマシバが、やられた――」


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