Ⅵ‐ ③
不安と動揺を隠せない俺たちをよそに、文化祭は予定通り開催する運びとなった。
クラスの連中もマシバに異変が起きていることは把握しているようで、不満よりもむしろ心配の声が多く聞かれたことは、俺たちにとってせめてもの救いだったと言えよう。
俺とサコツはクラスの連中に断りを入れ、マシバ失踪の真相究明に乗り出した。ただし、ロッテには予定通り執事として接客に当たってもらう。幾らなんでも、これ以上クラスに迷惑を掛けることはできない。それに、ロッテは校内では目立ちすぎる。
サコツは大浦英斗に執事役を任せ、俺と校内を回る。
マシバの代役には、午後からのダンスイベントまで暇を持て余し校内をぶらついていた、DJ・U☆Gこと瀬ノ宮友司を立てた。
当然、二年C組からは反発の声も上がったが、俺が簡潔に事情を説明すると、瀬ノ宮友司本人は実に気前よく引き受けてくれた。やつには感謝してもし切れない。
――それにしても、こいつはどうもきな臭い。
そう感じた俺たちは、マシバと面識のある人間でも特に信頼の置ける者、マシバに好意的な者だけに狙いを絞り、ここ最近のマシバとその周辺の様子について、さりげなく探りを入れることにした。逆に、生徒会に近しい人間はできるだけ避けて当たることにもした。
あれだけの騒ぎになっていたにもかかわらず、事態の収拾に当たっていたのは、生徒会の中でもレイリと相崎百合香だけだった。俺とサコツは生徒会のやつらに激しい憤りを覚えると同時に、やはりそこにはやつらが一枚噛んでいるのではないかという、漫然とした疑念も抱いていた。
「ねえねえ、今日ってマシバ君来てないの?」
あっけらかんと話し掛けてくるマシバ信奉者の女子連中を適当にあしらいつつ、俺とサコツは慎重に調査を進めた。そんな中、俺たちは二つの興味深い情報を入手した。
「昨日、生徒会のやつがバリカンを借りに来た」と話す、南中出身の野球部員の証言。
「そう言えば昨日の放課後、D組の
これらの情報により、やはり生徒会絡みの事件らしいと判断した俺とサコツは、これ幸い、と件のD組・由口
と言うのも、由口雄貴は俺たちと同じ南中出身であり、昔は共によくバカをやった内の一人でもあったからだ。
高校に上がってからの由口雄貴は生徒会に所属し、いっぱしに彼女を作ったりなんかして、俺たちとは若干距離を置いていた。それでも、顔を合わせれば「よお、最近バカやってる?」なんて、へらへら笑って話をしたりする仲だった。
――こいつなら大丈夫だ。
安堵した俺たちは、ひとまずその由口雄貴を探すことにした。
「おーい、由口!」
由口雄貴はD組の出し物であるお化け屋敷の宣伝をするため、ドラキュラの格好に扮し、宣伝用のプラカードを持って校内を徘徊していた。それを見付けた俺たちは、遠くから由口雄貴に向かって声を掛けた。
ところが、やつは俺とサコツの姿を見止めた途端、急に向きを変えて走り出したのだ。
「サコツ!」言うより早く、サコツは黒風を巻いて駆け出していた。俺も慌てて後を追ったが、あまりの人の多さと二人が早すぎるせいで、途中で両人とも見失ってしまった。
「おい、この辺にドラキュラが来なかったか?」
周りのやつらにそう聞いて回りながら進んで行くと、一階のトイレの中、奥の閉まった個室を前に、仁王立ちしているサコツを見付けた。
「由口はこの中だ」そう言って、サコツは個室を指差した。
「由口くーん。出て来て、僕らとちょっとお話しようよー」
俺はできるだけやつを刺激しないよう、観世音菩薩さながらに優しく声を掛けた。返事はなかった。
「おいこら、由口! さっさと出て来いや!」
隣にいた不動明王が個室のドアを蹴る。
ややあって、そろそろとドアが開いた。
「あんまりそう、怒んなよ」
おっかなびっくり出て来た由口雄貴の両肩を俺とサコツで左右から抱き込み、「おまえ、そのメイク似合ってんなあ。まあ、ドラキュラっていうより『麻呂』みたいだけどな」などとフランクな会話を交わしながら、何事かと集まって来た野次馬の群れを強引に抜け出した。
人気のない体育館裏に由口雄貴を連れ込み、俺とサコツはやつを問い質した。
「おまえ、昨日マシバになにがあったか、知ってんだろ?」
その後、どうにもはっきりしない物言いで口籠ってばかりいる由口雄貴の態度に、俺たちは業を煮やした。仕方なく俺は、
「おまえが彼女に内緒で合コンに行って、そこにいた一年の女子に手ぇ出したこと、彼女にバラしてやってもいいんだぞ?」と、取れたて新鮮のフレッシュな情報を持ち出し、冗談めかして脅しを掛けた。
するとやつは、「それだけは勘弁してくれ」とふざけた顔をなお一層ふざけさせながら懇願してきた。
「だったら、知ってることを言え!」
畳み掛ける俺とサコツに気圧されたか、由口雄貴は渋面を作りながら、ようやく重い口を開いた……。
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