Ⅵ‐ ②


 翌朝。いつもの待ち合わせ場所に、マシバは姿を現さなかった。


「あいつ、時間間違えてんのかなあ?」


 俺は、自分のスマホとマシバの来る方角を交互に見ながら、二つ三つ欠伸をした。


「寝坊、ってことはないよね?」

「まさか、マシバに限ってそんな……」


 相変わらず能天気なロッテと、やや心配そうなサコツ。

 メールを送っても返事はなく、電話も留守電にしか繋がらない。


「もしかしたら、先に行ってるのかも」

「ああ、生徒会のことで?」


 マシバには俺たちが学校へ向かう旨をLINEで伝え、三人で学校へ向かった。


 俺たちが学校に着くと、生徒玄関前がなにやら騒然としていた。幾つかの小さな人集りができ、その中の一人が手に持ったなにかを、何人かが覗き込んで見ている。また、方々からは女子のわーきゃー言う悲鳴にも似た声まで聞こえる。

 と、その人集りをあっちこっち気忙しく回っては、その「なにか」を回収している一人の女子の姿が目に留まった。


 振り向いた相崎百合香は、俺たち三人の存在に気が付いた。


「……瞬君!」


 サコツの名を呼び、相崎百合香は俺たちの元へ駆けて来た。その顔は今にも泣き出しそうなくらい、くしゃくしゃに歪んでいた。


「ゆ、ユリカ……どうした?」


 サコツは俯く相崎百合香の両肩を支えて、心配そうに尋ねた。


「わからない……どうして、こんな物が……」

「お、おい、ユリカ!?」


 相崎百合香はサコツの胸に顔を埋め、肩を震わせた。その時、彼女が手に持っていた紙の束のような物が落ち、地面に散らばった。


 俺は散らばった物を纏めて拾い上げ、その中の一枚を目の前にかざした。


「なん、だ……これ?」


 紙だと思った物は、写真だった。

 写真には一人の男の横顔が写っていた。髪の毛は刈り上げられて丸坊主になっていたが、その表情は凛々しく精悍であり、誰が見てもはっきりとわかる、あの男だった。


「……マシ、バ……?」


 なんだ? なんだ? なんだこれは……?


「え……? あ」


 全身から血の気が引いていく。直後にどっと吹き出る冷や汗。なのになぜだか、身体の芯からは熱が――熱を伴った激しい感情が涌き上がってくる。

これは、怒りだ。


 俺は今、確かに怒っている。なにに?


「あぁ……」


 ただ一つわかっていることは、なにかが起きているということ。マシバの身になにかが起きている。俺の知らないところで、マシバの身になにかが起きている!

 怒りと言うなら、それが怒りだ。


「あっ」


 なにがあった? おまえに今、なにが起きている?

 どこだ? おまえは今、どこにいる?

 答えろマシバ……マシバ……。


 ――マシバ!


「マシバあっ!!」俺は叫んだ。


 雲一つない青空に、俺の声はなんの爪跡も残せずにただ空しく散るばかりだった。

 そして気付けば、そいつは俺たちの前に立っていた。


「……」


 どうしていいかわからない、生まれたばかりの仔ウサギみたいに怯えた面で、ただ茫然と突っ立っていやがった。


 ――よお。おまえでも、そんな顔するんだなあ。


 なあ?


 レイリ。


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