Ⅳ‐ ⑤


「問題は、あいつらが四人でつるんでいることだ。そこで、やつらを精神的にじわじわと追い詰めながら、最終的には、やつらの集団としての機能を失わせる――」


 マシバの指導の下、俺たちは若干の修正を加えた「偽の号外Ver1.01」をまずは一部だけ刷り、それを朝早くに殿村嘉樹の下駄箱の中に突っ込んだ。


 いつものようにやや遅れ気味に登校して来た西中グループ四人は、おっかなびっくり教室へと入って来た。どいつもこいつも、顔面蒼白となっていた。当然だろう。やつらは号外が他にも出回っていることを恐れ、噂が広まっているのではないかとビビっていたに違いない。

 休み時間になると、やつらは教室の外へ飛び出し、あるはずのない残り二十九部の号外を探して校内を駆けずり回っていた。その滑稽な様を見て、俺たちは腹を抱えて笑った。


 次の日も、その次の日も、俺たちは殿村嘉樹の下駄箱に偽の号外を入れてやった。それは日を追うごとに小野、広本の下駄箱へも波及し、よほど恐れたのだろう、やつらはやがて校門が開くより早く登校してくるようになった。

 しかし、その程度のことは俺たちだって十分予測している。だから、俺たちは毎日毎日、時間と場所を変えて殿村嘉樹、尾野、広本のテリトリーに号外を忍ばせていった。やつらも警戒して、いつも四人で連れ立っているところをバラバラに行動する機会が増えてきた。


 俺たちと西中グループのいたちごっこが続き、次第にやつらの目の下の隈が鮮明になってきた、そんな時だった。ある日から突然、高町だけが四人の中でハブられるようになった。


 それこそが、俺たちの最初の目論見であった。


 俺たちは出来上がった偽の号外第一号を修正するに当たり、まずは高町に関する記述だけを削除した。そうして、実質的には殿村嘉樹、尾野、広本といった三名だけの罪状を書き綴った偽の号外Ver1.01をやつら三名に対してのみ配布することにしたのだ。

 その結果どういうことが起きるかと言うと、やつら三名はいつも自分たちと一緒にいるはずの高町だけが標的にされていないことを怪しみ、高町が一連の出来事の首謀者(俺たち)と通じているのではないか、とやつに疑惑の目を向ける。

 やつらは首謀者を探しながらも身内の裏切りに気を揉むという、二重の気苦労を負うことになるのだ。

 そうして、高町は案の定グループからハブられ、孤立した。


 ここまで来れば、計画は次の段階へと移行する。


 俺たちは安納幸寿の時にも協力してくれた、放送部員の瀬ノ宮友司を再び頼ることにした。

 俺たちはこれまた関譲から借り受けたボイスチェンジャーを瀬ノ宮友司に渡し、頼んだ。


「こいつを使って、うちのクラスの殿村嘉樹を職員室に呼び出して欲しい――」


 ピンポンパンポーン。


『次に呼ばれる生徒は、至急、職員室の方まで来てください。一年A組、殿村嘉樹君。繰り返します、一年A組、殿村嘉樹君。至急、職員室の方まで来てください……』


 ボイスチェンジャーで声色を変えた瀬ノ宮友司の声が、昼休みの校舎に響き渡る。浮かない顔をして職員室へ向かった殿村嘉樹は、しばらく経ってから、憮然とした表情で教室に戻って来た。それもそのはず、教職員の中でやつを呼び出した人間など一人もおらず、教師たちから「こいつはなにをしに来たんだ?」と変な目で見られた殿村嘉樹は、一人、赤っ恥を掻いただけだった。

 俺たちはその後もたびたび瀬ノ宮友司に依頼して、殿村嘉樹への呼び出しを続けてもらった。殿村嘉樹も次第にその状況に慣れて来たのか、一度放送が掛かったくらいでは動こうとしなくなった。そんな時は俺が瀬ノ宮友司に空メールを送り、やつはその都度放送を繰り返した。


 そんなことをしている内に、学校中が「最近、やたら呼び出されている一年A組の殿村嘉樹とか言うのは誰なんだ?」という空気になっていった。そうなれば、後は勝手に噂が一人歩きを始める。そう、俺と宮前亜子の時のように……。

 殿村嘉樹の周りからは、色々と黒い噂が立ち始めた。それはやつのことを知る西中出身者の中から出て来たものばかりで、噂の中にも信憑性を纏ったものが多かった。そうなると、殿村嘉樹は終始不機嫌そうな顔をして教室から外に出ることはほとんどなくなった。しかも、なにか気に入らないことがあるたびに、尾野と広本に当たり散らすようになっていて、二人も殿村嘉樹に対して愛想を尽かし始めていた。


 そんな折、些細なことで揉め出した殿村嘉樹と小野、広本は突然、殴り合いの大喧嘩を始めた。これは俺たちにとってもまったく予想外の出来事だった。そこで、見兼ねたサコツが三人の間に無理やり割って入ると、サコツはあっという間に三人をねじ伏せてしまった。

 結局、これが決定打となり、やつらの関係は自滅的に崩壊する運びとなった。


 いやあ、めでたし、めでたし――などと思ったら、大間違いだ。


 西中グループに対してはこれで決着がついたわけだが、しかし、まだ解決されていない問題が一つ残っている。


 ヤスオ君が戻って来ていない。


 西中グループの壊滅なんていうものは、ヤスオ君を再びクラスに迎え入れるための足場固めにすぎないのだ。ヤスオ君が戻って来ない限り、俺たちの計画も完了とは言えない。

それにはロッテが中心となり、俺たちはヤスオ君を呼び戻そうと、みんなで電話を掛けたりメールを送ったりした。俺たちは誰もヤスオ君を責めていないということ、西中グループのやつらは俺たちが懲らしめてやったからヤスオ君にはもう手出しできない、ということも俺自身がメールで伝えた。


 それでも、ヤスオ君は学校に来てくれなかった。


「みんなで、ヤスオ君に寄せ書きを書こう」


 ある日突然、ロッテがそんなことを言い出した。


「こういうのは結局、アナログの方が心に響くんだよね」


 そう言って、ロッテはカバンの中からデカい色紙を取り出した。俺たちはヤスオ君を慕う同志を募り、総勢二十名以上の人間が色紙にヤスオ君へのメッセージを書き込んだ。


「ヤスオ君のいない一年A組なんて、本当の一年A組じゃない!」「ヤスオ君のノートがないと、僕は留年確実です。早く戻って来てください」「わ、私が二年に進級できなかったら、あ、あんたのせいなんだからねっ! 責任取りなさいよ!」「テストの点数が悪くたっていいじゃない。ヤスオ君だもの」「ヤスオ君の持ってくるお弁当の肉巻きの味が恋しい」「ヤスオ君に買って来てもらうジュース、百円。ヤスオ君に買って来てもらう焼そばパン、百五十円。ヤスオ君の笑顔、プライスレス」「今度、ヤスオ君をテーマに歌を作ろうと思います。 安納幸寿」「ヤスオ、カムバーック!!」「みんな、ヤスオ君のことが大好きだよ」


 色紙は、ロッテが責任を持ってヤスオ君の家に届けに行くことになった。


 二日後。登校して来た俺たちはいつも空っぽになっているその席に、彼の姿を見付けた。


「ヤスオ君!」


 ヤスオ君は俺たちの方を振り向くと、照れ臭そうに笑って見せた。


「へへへ」


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