Ⅴ‐ ①


 俺たちの高校生活も、はや二年目に突入した。


「俺さあ、生徒会に入るわ」


 ある日突然、マシバがそんなことを言ってきた。

 マシバが唐突に妙なことを言い出すのは、今に始まったことではない。それよりも驚いたのは、こいつが積極的に公の組織と関わろうという姿勢を見せたことだ。


 マシバはこれまで、部活や委員会というものとは極力関わりを避けてきたきらいがある。奔放な生き方を続けるマシバは、規律を持ったしがらみに囚われることをなにより嫌がった。

 公ではなく私を絶対視するマシバが、これは一体、どういう風の吹き回しだ?


「珍しいな。おまえが自分からなにかをやりたいなんて」

「そうか? そうかなあ?」マシバは相変わらずへらへらしていた。

「まあ、なんでもやってみたらいいんじゃね? おまえがやりたいって言うんならさ」


 それもいい、と俺は思った。


 校内最大の公的機関である生徒会には、学校中のありとあらゆる情報が集まってくる。そこへマシバが入ってくれると言うのなら、そこから得られた情報をこちらへ横流ししてもらい、俺たちの活動に活かすことだってできる。行く行くはマシバを生徒会長に仕立て上げ、それを俺たちが裏で操り、学校中にバカの風を吹かせてやるというのも悪くない。

 しかし、マシバが生徒会に入るとなると、やつと過ごす時間が減ることにはなるだろう。それはそれで面白くない。が、その程度の時間を惜しんでいたら、自分のことなどなにもできない。


 俺たちは毎日毎日、飽きもせずにバカばかりやっていたわけだが、いつまでもそういうわけにはいかないということぐらい、一人一人、口には出さずとも頭では理解している。


 これからは一人一人が自分の今後について考え、決断して行かなければならない。今の俺たちは、そういう時期に来ている。マシバが生徒会に入ると言うのも、あいつが下した一つの決断だ。俺にどうこう言える筋合いはない。俺だって他のやつらだって、いずれはそういう、いや、もっと重い決断を迫られる時が来るだろう……。

 しかし、だからこそ、俺たちが「俺たち」である時には、全力でバカをやるのだ。なぜなら、俺たちは「俺たち」になった時だけ、真のバカになれるのだから。


 マシバは書記として、生徒会の一員になった。


 その頃の生徒会は新生徒会長に乱堂恭介を迎え、新たな体制がスタートしたばかりだった。

 注目の人物は乱堂恭介だけではない。マシバも当然、その一人であった。また、一年から書記を務め、中学時代の伝説も音に聞く柏原玲梨もその一人だ。

 乱堂恭介、真柴孔明、柏原玲梨――この三名を指して「生徒会のビッグスリー」などと言う言葉までできた。

 これだけでもう、生徒会は「生徒会」という名のアイドルグループにでもなったかのような人気があり、新体制はまずまずのスタートを切った。


 マシバはすぐに生徒会の顔となり、俺たちと同じ「バカの一員」という肩書きをあっさり返上した。

 一方、バカの肩書きしか持ち合わせていない俺たちは、そんなマシバとは対称的だった。

昼休みや放課後、マシバが生徒会の活動で俺たちの輪を抜ける機会が増えたことにより、俺たちの存在感に陰りが見え始めてきた。やはり、マシバがいないと今一つ場が盛り上がらないのだ。しかも、マシバには俺たちがおかしな方向へ行こうとするのを止めてくれる、安全装置のような役目もあった。その安全装置を失くした俺たちは、本当にどうしようもなく歯止めの利かない、ただの群れるバカでしかなかった。

 マシバが生徒会に入ってからというもの、どうにも空回ってばかりいる俺たちの現状に、俺は危機感を抱き、考えた。


 ――いっそ、これを機会に他グループと積極的に交流を図るというのはどうだろう?


 思い立ったがなんとやらだ。俺たちは早速大規模な遠征軍を組織し、足音高く、二年A組の教室を後にした。


「やあ、皆の衆! 今日も元気に、バカやってますか?」


 俺たちは他クラスの主だったグループの元を訪れ、普段は滅多にやることのない「大規模座談会ツアー」を開催し、各クラスを梯子して回った。


 この大規模座談会ツアーでは、マシバがいないことがむしろ幸いした。


 冷静な進行役のいない俺たちは、お互いざっくばらんに腹を割って話をすることができた。

 それによって、普段何気なく見ていた他所のクラスの実情や、校内の情報について諸々知ることができ、それはそれは有意義な情報交換の場が持てた。


 マシバの方はと言うと、なんだかよくわからない用事であっちこっち行ったり来たりして、無駄に忙しそうにしていた。しかし、マシバはそれを苦にする風も見せず、それどころか、その表情にはいつも充実感がみなぎっていた。


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