Ⅳ‐ ④


 俺たちは早速、いつものように行動を開始した。調査対象は西中グループ四名=殿村嘉樹、尾野、高町、広本。調査項目は二つ。やつらの現在の素行と過去の洗い出し、である。


 すると、出るわ出るわ。飲酒、喫煙、恐喝、万引き、自転車泥棒、傘泥棒、その他多数。ついでに俺たちへの仕打ちである器物損壊と窃盗未遂をオマケしてやると、両面びっしりとやつらの悪行で埋まったルーズリーフが二枚もでき上がった。

 まったく、こんなやつらをいけしゃあしゃあと世間にのさばらせておくなんて、一体、日本の警察機構と教育委員会と児童相談所と子ども電話相談室はなにをやっているんだ? などと不甲斐ない行政機関に落胆してばかりもいられない。

 そいつらが当てにならない以上は俺たちバカが独自に動くしかないのだ。


 俺たちはやつら西中グループの罪状を書き連ねた書簡を携え、校内のとある部活動の門を叩いた。その名も、新聞部……。


 新聞部。その主な活動は、週に一度生徒玄関脇の掲示板に一週間の出来事を纏めた大判の「学内新聞」を掲載することだ。それには運動部の練習試合の結果、地域のボランティア活動の様子、生徒会からの連絡事項などが載っていて、一見どこにでもありそうな学生の手作り感満載のちゃちい代物だった。やつらがそんな物しか作れないようなら、なにも俺たちが興味を持つこともないだろう。

 俺たちが目を付けたのはそんなところではない。


 新聞部からは通常の学内新聞とは別に、極稀に「号外」が出ることがあった。

 号外と言うのは、通常の学内新聞のような大判ではなく、A4の紙に白黒コピーされただけの実に味気ない紙切れにすぎなかった。ただし、違いはそれだけではない。フォーマットこそいつもの学内新聞を踏襲してはいるものの、本文は手書きではなくワープロ文書。紙面の構成も一般的な新聞により近かった。また、題字の下には大きく「号外」と銘打たれ、作成・発行者を示す部分に本来「新聞部」と入るところが「特捜部」となっているのも一つの特徴だった。そして、肝心の内容の方についてであるが……。

 それは、端的に言ってしまえば個人情報の暴露だ。かつては俺たちもグレゴリーこと小暮豪を相手にそんなようなことをやったりもしたが、この新聞部の号外に比べればあんなのはまだ良心的な方だ。


 号外の内容を一言で形容するなら、凄惨もしくは陰惨といった言葉が適当だろう。標的にされた本人であれば、ざっと目を通しただけで白目を剥き泡を吹いて卒倒すること請け合いである。とにかく、号外とはそれくらいヤバいブツだったということだ。

 号外はどこかに貼り出されていたり、公に配布されていたりはしない。それはいつも校内のどこかにひっそりと置かれていた。生徒の机の中、下駄箱の上、音楽室のピアノの中……。号外は毎回ぴったり三十枚発行されているようで、それは全校のクラス数と一致する。それを誰かが見付け、「号外が出た!」となれば学校中が騒然となり、誰もがこぞって校内を探し回った。

 とは言え、号外が出ることは非常に稀で、一学期の間に一度あるかないかという程度だ。しかも、この号外は生徒会や教職員の間では、校内の風紀を著しく乱す物と見なされており、号外が出たと知れた途端、生徒会と風紀委員会が率先してその回収に当たり、未回収の号外も一般生徒に混ざって彼らが血眼になって探し回っていた。


 そんなことだから、号外が出ても多くの生徒が実際にそれを目にする機会はほとんどなく、風の噂でおぼろげにその内容を知るという程度だった。それでも、号外の標的にされた人物は軒並み自主退学か不登校のどちらかに陥るという話だから、号外まさに恐るべしである。

 俺たちもこれまで二度の号外に遭遇していて、その時は生徒会執行部のメンバーが標的にされていた。

 そんな恐怖の号外であるが、それに関してはいささか妙な点もあった。そもそもその号外の出所と目されている新聞部と、号外その物を蔑視する生徒会及び風紀委員会との間で諍いが起きたという話を、俺は一度も聞いたことがない。これはどういうことだ?


 なにはともあれ、俺たちは新聞部の部室のドアをノックした。そう。それは、西中グループの非道をネタに、件の号外の発行を願い出るため――。


「これを使って、号外を出して欲しい」


 新聞部の部室から出て来た二年の新部長に、俺は書簡を手渡した。そいつはそれをちらりと流し見ただけで、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。そして、言った。


「こんなことしてる暇があったら、英単語の一つでも暗記してろ」


 呆気なく門前払いを受けた俺たちだったが、そう簡単には引き下がれない。

 西中グループの行いを許そうなど到底無理な話であり、ヤスオ君だってまだ戻って来ていないではないか。なにより、ロッテの顔からはいつもの無邪気な笑顔が消えたままだ。

 しつこく食い下がる俺たちに、新聞部の新部長はこんなことを言ってきた。


「号外は俺たち新聞部とは一切関係ない。あれは『特捜部』とかいうやつらが独断で行っていることだ」


 その言葉を最後に、俺たちと新聞部との交渉は永久に決裂した。

 俺たちの計画はすっかり暗礁に乗り上げた――と言いたいところだが、実際は全然そんなことなかった。新聞部が発行してくれないと言うのなら、自分たちで作るまでだ。

 俺たちは学内に張り巡らせたネットワークをフルに活用し、滅多に拝むことのできない号外を写メで撮ったというやつを見付け出した。そして、交渉の末になんとかそいつから号外の画像データのコピーを入手することに成功。それを手に俺たちが次に向かったのは、あの男――シルバーPこと関譲のいる一年J組だ。


 さすが、関譲はPを自称するだけあり、画像編集なんかもお手の物だった。俺たちは入手した号外の画像データを関譲に渡し、やつはそれを元に白紙の状態の精巧な号外の偽物を作り上げた。そこに、俺たちが情報収集によって得た西中グループの非道なる行いの数々を列挙していくことで、偽物の号外はより本物っぽさを増していった。


「よーし。それじゃあこいつを三十部刷って、校内のあっちこっちにばら撒こうぜ!」俺が言うと、マシバがそれに「待った」を掛けた。

「そこまで大々的にやるのは、逆に危険かも知れない」


 マシバがなにを危惧していたかと言うと、新聞部の新部長が言った「特捜部」という聞き慣れぬ組織もしくは個人の存在だった。


「この学校に特捜部なんて部活動は存在しない。もしそんなものがあったとしたら、生徒会が全力で潰しに掛かるはずだ。もしかしたら、この学校には俺たちの知らない、非公式の謎の集団かなにかがあるのかも知れない。仮に、特捜部という謎の集団が実在したとしよう。俺たちがそんなやつらの真似をやっているなんてことがそいつらに知れた場合、俺たちもきっとただじゃ済まない。なにせ、あんな物を作っちまうやつらなんだからなあ」


 マシバにしては珍しくオカルトめいたことを言う。が、言っていることはわからんでもない。

 新聞部ではないにせよ、実際に号外を作っているやつはいるのだ。目立った行動を起こして、得体の知れない敵を作るというのは好ましくない。


「えー!? じゃあ、せっかく作ったのにこれは無駄ってこと?」不満を露わにする関譲。

「そんなことはない」マシバが言う。「やっぱり、殿村たちのことは許せねえよ。あいつらを懲らしめるためにも、関の作ってくれたこの偽の号外は必要だ」


 それを聞くと、関譲は嬉しそうににやりと笑った。


「俺に一つ、考えがある」


 我らが天才軍師・真柴孔明の瞳がきらりと光った。


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