『アイをツぐ者』③


 話を本題に戻して。ここからはレイリの話だ。


 例の一件の後、俺はクラスにいた東中出身のやつにレイリのことについて尋ねてみた。

 そこで俺は、柏原玲梨という女が実にとんでもないやつであるということを知る。


 中学時代、レイリは中二、中三と二年連続で生徒会長を務め上げた、東中の生ける伝説。ライフオブレジェンド「超生徒会長・柏原玲梨」なる人物だったと言う――。


 当時の東中、二年生ながら生徒会長という全学年の頂点に立ったレイリが率先して取り組んだこと。それは、選挙期間中からも公約として口にしていた「差別の撤廃」であったと言う。

「真面目な東中」とも呼ばれる評判の東中には、そう呼ばれるだけの歴とした理由があった。

 東中の学区内には市内でも有数の閑静な高級住宅街があり、そこそこの金銭を持て余した小金持ちの親が子供の教育に金を掛けるなど、その一部地域の子供たちは他の地域の子供たちに比して、基本的な学力水準が高かった。東中にはそういうやつらがわんさか通っていたのだ。

 そんなわけで、東中に通う学生の約二割は家が金持ちの頭のいいお坊ちゃんお嬢さんであった。とは言え、残りの八割は平凡な中流家庭かそれよりも下の貧乏に近い家庭の出身だ。

 東中の学内には住んでいる地域によって一種のヒエラルキーのようなものができており、金持ち層と中流以下の層でグループが明確に分かれ、互いに軋轢を生んでいた。


 東中の成績上位者には金持ちグループの生徒が何人も名を連ね、それが彼ら金持ちグループのアイデンティティの一つの拠り所でもあった。

 しかし、家庭の貧富の差が学力の決定的差でないように、中流以下のグループの中にも勉強のできるやつは大勢いた。そんなやつらが互いに切磋琢磨していくことで、東中の学力は市内でもトップクラスになっていった。


 そうした猛者がひしめく中で、一年の一学期から三学期まで常に学年トップを飾ってきた者こそが、柏原玲梨その人だった。


 レイリはどちらかと言えば中流以下の家庭出身であったが、勉強にスポーツにと頭一つ抜けており、それでいて驕らないところからもグループの垣根を越えて一目置かれた存在となっていた。また、同じ女子に対する面倒見の良さも幸いし、女子の中では珍しく女子受けも良かった。

 レイリはルックスにも秀で、さらりとした緑の黒髪、きりりとした涼やかな目元、薄紅を流したような一文字の唇、健康的で無駄のない肉体は数多くの男子を虜にした。しかし、レイリは言い寄ってくる男に尽く「NO!」を突き付け、一部では「鉄の女」とも呼ばれていた。

 そんなレイリは周囲からの推しもありながら、最後は本人もその気になり、生徒会長選挙に名乗りを上げたのだ。


 選挙戦は二年の現役生徒会役員二名と一年の超新星・柏原玲梨の計三名による激戦となった。


 二人の生徒会役員が互いに同学年の支持を分け合う中、レイリは一人着実に一年の支持を集め、周囲の協力を得ながら、卒業が迫る三年の中流以下の層を中心に盛大な売り込みを掛けた。

 その結果、選挙戦は二人の生徒会役員に対し、柏原玲梨が数票で上回るという形で僅差ながらも接戦を制した。

 そして、晴れてレイリが生徒会長の座に就いた。


 新生徒会長に就任したレイリには早々、現役生徒会員からの厳しい視線が向けられることとなった。

 が、上手に三年の先輩を立てながらも全体の調和を取ろうとするレイリのやり方に、周囲も次第にレイリに協力的になっていった。

 多くの味方を得たレイリは、その公約である「差別の撤廃」を実現する第一手として、金持ちグループと中流以下グループ、それぞれの中で最も人望のある生徒を一名ずつ選んで二人の副会長に任命した。それ以外にも両グループの中からバランス良く人を選定しながらポストを固めていき、生徒会がその手本となるべく、率先してグループの垣根を解消していった。

 レイリは当然のように翌年も生徒会長を続投。自らの公約実現に向けて継続して尽力したという。


 結果、レイリたちが卒業する頃には、当初の東中に見られた妙な軋轢はほとんどなくなり、校内で起きる細々した問題に関係各所が個別に対応していくだけで良いようになっていた。


 そうして、東中ではもはや伝説として語り継がれるまでになった超生徒会長・柏原玲梨は多くの後輩たちに惜しまれながら、この春、東中を卒業した――ということだった。


 ……まったく、俺たちが南中で八方バカの限りを尽くしていた頃に東中はそんなことになっていたなんて、俺は今日の今日までついぞ知らなかった。


 しかし、ここに至って俺には一つの疑問があった。


「どうしてそんなやつが、こんな三流普通科高校なんぞに来ているのか?」

 東中出身のやつに俺が問うと、そいつも「そこまではわからない」と言って小首を傾げた。


 こうしてレイリの逸話を聞き、俺にも改めてやつの凄さがわかった。

 だがしかし、そんなことで俺のレイリに対する悪感情が払拭されるなどと思ったら大間違いだ。やつのせいで俺は多くの信頼を失うことになり、俺たちが「同盟の中で盟主としての立場を確立する」という計画も一歩後退せざるを得なくなった。

 一度失った信頼を取り戻すのは容易なことではない。一時、七十円台まで落ちた米ドルが百円台を回復するまでには一年半も掛かったではないか。そんなにまで待っていたら、俺の高校生活はすぐに終わりを迎えてしまう。

 また、それとは別に、俺にはレイリを取り巻く環境の中で少しばかり気に食わない点があった。

 それは、この事件が起きるずっと以前から、マシバとサコツの二人がレイリと面識を持っていたということだ。


 サコツと相崎百合香が付き合うことになった時、レイリは自分の友達である相崎百合香の恋人がどんな人物であるかを見定めるべく、サコツと相崎百合香に「三人でファミレスに行こう」と誘いを持ち掛けた。

 相崎百合香にそれを断る理由はなかったが、サコツの方はどうせなら、と、そこに俺とマシバを同席させることを望んだ。相崎百合香は是非にと願ったが、レイリはそれに難色を示した。

 まず第一に、女二人に対して男三人はフェアじゃないということ。第二に、レイリが俺に対して心象の良くないことを挙げ、結局、ファミレスにはレイリと相崎百合香、サコツとマシバの四人が集まることになった。


「そんなことがあったって、なんで今まで言わなかったんだよ?」


 その話をサコツから聞いた俺は、勢い込んで聞き返した。サコツは申し訳なさそうに肩をすくめ、小さく固まってしまった。そこですかさずマシバが答えた。


「だってさあ、それをおまえに話したら、おまえもレイリに対していい気がしないだろ?」

「今聞いても同じことだ」そう言って、俺はわざと顔いっぱいに不機嫌を露わにしてみた。


 その後も四人が集まって話をする機会は何度かあったらしく、レイリもサコツとマシバに対してはその人物を認めていた。マシバも折を見ては、レイリの俺に対する心象の悪さを和らげるよう取り成してくれていたらしいのだが、今回の一件でその努力も水の泡と消えた。


 まあ、俺としてもレイリとそこまで仲良くやっていこうという気はなかったので、やつに嫌われたところで別にどうってことはないと思っていた。


 レイリは俺が嫌い。俺もレイリが嫌い。それでいいじゃないか。


 大体において、俺は「レイリ」という名前からしてやつのことが気に食わなかったのだ。

 名前がラ行から始まる女というのはとかく気の強い印象がある。

「ラン」とか「リサ」とか「ルミ」とか「レイ」とか「ロゼッタ」とか、声に出すだけで口の中がチクチクする。しかも、こともあろうに「レイリ」に至ってはそのラ行が二つも入っているではないか。ラ行が二つも入った名前なんて、他には「ルリ」か「リラ」か「レラ」か「ローラ」くらいだろう。


 だが、二文字ならまだいい方だ。

「リルル」までくるともう人間の手には負えない。そいつはきっとサイボーグかなにかで、別の惑星から凶悪なロボット軍団とカラフルな百式を召喚し、「地球人捕獲作戦」でも開始するのだろう。そうなると我々人類に残された道はもはや救世主の登場を待つより他はない。それは未来から来た不思議な道具を操る二頭身の真っ青な自称猫型ロボットと、お供の四人の小学五年生である。

 アンアンアン、とっても大好き――である。


 しかし、「レイリ」か。

 まるで切れ味鋭い日本刀みたいな名前だな。名前がすでに銃刀法に抵触しているのではないか? そこのところ日本の司法はどう考えているのか、一度意見を伺ってみたいものだ。


 ……とは言うものの、俺もそんなレイリのことをまったく認めていないわけじゃない。

 それは、俺にとってのマシバのように、レイリを語る上で欠かすことのできない、相崎百合香というキーパーソンの存在があるからだ。

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