『桜の木の下で』⑦


 さて、猿軍団を召集する少し前、俺たちはいかにしてサコツの仇を討つか、ということを協議していた。


「敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず。まずは、敵を知ることだ」


 マシバがそう言うので、俺たちはひとまず敵に関する情報収集から始めることにした。

 都合のいいことに、敵の総大将・十条寺泰久についてよく知る人物というのが、俺たちのすぐそばにいた。そいつは鮎川珠姫と同様、十条寺泰久と共に小学校時代を過ごしたと言う、室賀むろが丈人たけひとなる人物である。


 室賀丈人と十条寺泰久は小学生の頃、共に悪事を働く仲だった。が、中学に上がりサコツと一戦交えた室賀丈人は、以降すっかりサコツに心服してしまい、烏合の衆である猿軍団の中にあっても、サコツへの忠誠心は人一倍強かった。

 俺たちはそんな室賀丈人から、十条寺泰久についての情報を聞けるだけ聞き出した。

 それによると、十条寺泰久という男は本当にろくでもないやつで、いつも手下を引き連れては弱い者相手に悪さをする、そのくせ自分より強い相手には媚びを売り、後になって大口でそいつの悪口を叩くなど、典型的なヘタレジャイアンだった。

 これならば、一人で迷惑を振り撒くだけ、グレゴリーの方が幾分マシというものだ。

 ただ一つ厄介なのは、十条寺泰久がいつも群れで行動しているという点だ。

 まあ、群れごと叩くという方法もないではないが、そうなるとこちらも大軍を用意する必要がある。それに、集団同士のぶつかり合いは後々面倒なことになりかねない。

 こういう場合、手っ取り早くリーダー一人を始末するのがベストなのだ。

 そのためには、十条寺泰久が一人でいるところを狙わなければならない。はたして、そんな瞬間があるだろうか?


 ――それが、あったのだ。


 室賀丈人の話の中で、最近の十条寺泰久は出会い系のSNSにはまっているらしく、たびたび女の子と会っているというものがあった。

 この情報に目を付けた俺たちは、天才軍師・マシバを中心とする、一大プロジェクトチームを立ち上げた。


 さて、作戦の第一段階。それは、出会い系SNSで十条寺泰久を知ったという女の子に、やつを誘い出してもらうことだ。

 しかし、さすがに本物の女子を使うというのは色々と危険である――と、紳士なマシバがそう言うので、俺たちは仕方なく、仲間の中から生け贄を用意することにした。


 そして、その栄えある生け贄に選ばれたのが、篠山ささやま凌太りょうたという男だ。


「やだよお! 俺、そんなの絶対嫌だからなっ!」


「頼む、篠山! 皇国の興廃は、おまえのロリータフェイス一つに懸かっている! 作戦成功の暁には、おまえが見たいと言っていた洋物の無修正DVDを、詰め合わせにして三ヶ月無料で貸してやる」


 本気で嫌がる篠山凌太をなんとか説き伏せ、これで生け贄の確保はできた。

次に、その生け贄がどれほどデキる生け贄なのかを検証するべく、メイクの心得がある姉を持つという一人に頼み、その姉上様の手で篠山凌太にあっさりナチュラルメイクを施してもらった。ついでに、誰かがどこかから持って来た、ゆるふわヘアーのウイッグも被せてやった。

 すると……


「こ、これは……!?」


 その場に居合わせた誰もが、思わず息を飲んだ。

 俺たちの目の前には、見たこともない超絶美少女が、顔を真っ赤にして椅子に座っていた。


「ああ、こいつはヤバい……こいつはヤバい!」


 どいつもこいつもその場で狂ったようにはしゃぎ出し、早速、女装した篠山凌太の即席写真撮影会まで開かれる始末だった。

 実際、俺も目の前にいる美少女が篠山凌太であるということを少しでも忘れてしまおうものなら、今すぐにも抱き締めてやりたくなりそうな……それほどまでに愛らしい美少女へと変貌を遂げた、篠山凌太の姿がそこにあった。


 ――これならイケる! 


 そう確信した俺たちは、作戦を第二段階へ移行することにした。

 それは、誘き出した十条寺泰久にトラウマが残るほどの脅しを掛ける、というものだ。

 そのために必要な物……それは、圧倒的インパクトのあるキャラクター性を持った怪異なる人物――


 そう、ロッテだ。


 俺たちは、十条寺泰久を脅す偽の不良グループのリーダー兼女装した篠山凌太の兄役として、ロッテを抜擢した。

 どこからどう見ても中学二年生に見えないロッテは、不良のリーダー役にうってつけだった。問題は、ロッテがその見た目とは裏腹に、非常に大人しく優しい性格をしていたということだ。


 当のロッテは、自分が不良を演じることに、渋々ながら応じてくれた。

 だが、本当の試練はこれからだ。俺たちもたった一時のためとは言え、仏のロッテを鬼の不良へと変身させなければならない。これは、篠山凌太を女装させるのとはわけが違う。しかし、こちらには今やその道のスペシャリストがわんさかいるのだ。


 と、ようやくここでサコツ麾下の猿軍団の登場である。

 俺たちがやつらを召集したのは他でもない、ロッテを本格的な不良に仕立て上げるためのアドバイザー役になってもらうためだ。

 俺たちはやつらの手を借り、ロッテに一週間の不良指導を受けさせた。

 それと並行して、俺たちは十条寺泰久がやっている出会い系SNSに「ササキリョーコ」という偽名でユーザー登録し、十条寺泰久とネット上でコンタクトを取っていた。


 そして、全ての用意が整い、十条寺泰久と篠山凌太――改めササキリョーコが街で出会う週末の日取りまで決まった。

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