『桜の木の下で』⑥


 その日、登校して来たサコツは顔面を真っ赤に腫らし、両腕に包帯を巻いていた。

 日常的に生傷の絶えないサコツであったが、その見るからに痛々しい様を目にし、誰もがサコツを心配した。


「どうしたんだよサコツ、その怪我!」


「いや、別に、なんでもねえ……」


 なにがあったのか、サコツは誰にも話そうとしなかった。

 ふと、俺が視線を感じて振り向くと、真面目な顔をしてこっちを見ているマシバと目が合った。


 ――こいつ、さてはなにか知っているな?


 俺はマシバを連れションに誘い、トイレの中でサコツの怪我について尋ねた。


「言えよ。昨日、サコツになにがあった?」


「実はなあ、シン……」


 マシバの話によると、昨日、マシバはその時の彼女、鮎川あゆかわ珠姫たまきと一緒に街でデートをしていたらしい。

 その最中、二人は偶然にもサコツと鉢合わせすることになった。サコツは空気を読んでか、すぐにその場を立ち去ろうとしたのだが、そこへ突然、予期せぬ一団が現れた。


 そいつらは、俺たち南中と校区を接する、西中の生徒七名からなる集団だった。


 西中は、昔から優秀な不良を排出する名門校で知られ、市内のあっちこっちでいざこざを起こしては問題になっていた。

 そして、マシバたちの前に現れた一団も、案の定、将来が期待される若き不良の金の卵たちだった。

 不良共は、マシバとその彼女である鮎川珠姫に絡んで来た。

 それと言うのも、不良共のリーダーである十条寺じゅうじょうじ泰久やすひさなる人物が、鮎川珠姫の小学校の同級生であり、また、元彼でもあったと言うので、その場は非常にややこしいことになった。


 最初はマシバが冷静に対処していたものを、不良共は次第にマシバの非の打ち所のない正論に嫌気が差してきたのか、力ずくでマシバをどこかへ連れて行こうとした。

 その時、それまでずっと黙って事態を静観していたサコツが動いた。


 サコツはマシバの肩に手を乗せていた十条寺泰久の前に立つと、その腕を掴み、一瞬の内にうつ伏せに組み伏せてしまった。それが始まりの合図だった。


「てめえこらあ!」


 逆上した不良共が一斉にサコツに襲い掛かって来た。サコツも組み伏せた十条寺泰久の身体から身を退き、素早く体勢を整えた。


「サコツ!」


 すわ一大事、とばかりにマシバもサコツの元へ駆け寄る。

 が、そんなマシバを、サコツは乱暴に突き飛ばした。


「いいから行け!」


 そこから先は、八人入り乱れての大乱闘だ。


 サコツは向かって来た最初の三人に挨拶代わりの一撃を見舞うも、別の二人に顔面を殴られて唇を切った。流れる血を拭う間もなく、サコツはその二人にお返しとばかりに二、三発拳を叩き込み、起き上がったばかりの十条寺泰久に蹴りを入れ、二度目のダウンを奪った。そうして残る一人を強引に投げ飛ばすと、サコツはマシバに鋭く視線を送った。


 マシバはすぐさまサコツの意を酌み、鮎川珠姫を連れてその場から離れた。


「こいつ、マジ許さねえ……!」


 七人の不良は尚も次から次へとサコツに挑み掛かり、サコツもそれを正面から受けた。しかし、サコツはしばらくやり合ったところで混戦から抜け出し、不良共に背を向けて逃げた。


「おい、逃げんな!」


不良共はまなじりを吊り上げ、逃げるサコツを追い掛けた……と、マシバが見たのはここまでで、その後のサコツの安否については、マシバも相当気に掛けていた。


 それにしても、あのサコツが敵前逃亡とは珍しい。が、尤もそれには理由があった。

 サコツは自らが囮となることで、マシバと鮎川珠姫を無事に逃がそうとしたのだ。


 とりあえず、いつも通り登校して来たサコツにマシバも安堵の息を漏らしたものの、あまりにも変わり果てたサコツの姿に、マシバは相当胸を痛めていた。

 それを聞き、俺も苦々しさに奥歯を噛んだ。それから、サコツを呼び出して尋ねた。


「大体のことはマシバから聞いた。で、おまえ大丈夫だったのか?」


「大丈夫もなにも、この通りだ。なにも問題ない」


 そう言ってサコツは拗ねたような顔をした。


 サコツはそれ以上なにも言わなかったが、その顔からはあり余る悔しさが滲み出ていた。

 しかし、どうにかしようにも相手は他校の人間であるし、また、マシバの気持ちを考えればこそ、今のサコツをもう一度戦乱に駆り立てるわけには行かない。それになにより、ただただ暴力に訴えるというのは、俺たちバカの本分ではない。


 ところがその頃、一部の暴力好き好き大好き集団の間で、サコツのことが話題に上っていた。

 それと言うのは他でもない、サコツ麾下きかの猿軍団だ。

 

 やつらもまたどこで耳にしたか、サコツが西中の不良にやられたらしいという噂を聞き、今すぐにでも西中に殴り込みを掛けよう、といったような話が纏まりつつあった。


 ――これはよろしくない。


 そう感じた俺たちは、早速やつらのヒートアップした脳みそをクールダウンさせるべく、行動に出た。

 まずは、サコツ本人が猿軍団に対して自制を促す。それと並行して、俺とマシバ、ロッテの三人は、事件の表面的な事実ではなく本質的な真実を伝えることにした。

 つまり――


「サコツはその身を犠牲にしてまで、マシバを守った」


 という点をことさら強調し、周囲に吹聴して回ったのだ。


 ややあって、落ち着きを取り戻した猿軍団の面々は俺たちの流した「真実」を耳にし、サコツがそこまでして守り通した「真柴孔明」という男の存在に注目した。

 その上で、俺たちは猿軍団の総員に対し、一斉召集を掛けた。


 集まった猿は二十名近く。

 そして、そいつらを前に、この俺が代表して言った。


「良いか者共! 我々はこれより、マシバに不敬を働き、サコツを痛め付けた西中不良グループのリーダー、十条寺泰久に天誅を下す!」


 実際、これはいい機会だ。

 この猿共に、俺たち「バカ」の素晴らしさをたっぷりと教えてやろうじゃないか。

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