『桜の木の下で』⑤


 以前にも述べたように、女に取り入って様々な蜜を搾り取るミツバチ・マシバとは対照的に、強力な一撃を持つスズメバチ・サコツには、男共に対する警戒の的となってもらっていた。


 俺たちの通う南中学校、すなわち「南中」は近隣の三つの小学校から生徒が集まっていたこともあり、中には何人か「こいつ、将来は立派な不良になるんだろうなあ」と思わせるようなやつや、住んでいる地区のガキ大将みたいなやつがいたりと、あっちこっちの猿山の猿を寄せ集めたような感があった。

 そういう頭の悪いお猿さんたちに躾を施し、猿回しの猿として玉乗りができるほどに再教育してやるのが、サコツの役目だ。


「俺たちの仲間の○○が××にやられた!」


 と聞くたび、サコツは一人飛び出して行って、その仇を討った。

 

 たまに相手が複数の時もあり、いざとなったら俺たちも加勢できるよう準備を整えておくこともあったが、そういう心配はサコツに限って無用だった。

 サコツは相手が四人までなら、ほぼ無傷で勝つことができた。五人でも、怪我を負おうとも負けることはなかった。それ以上、となった場合には、俺たちで別の手段を考えた。


 サコツは自身が強くなるにつれ、自分より弱いやつとの戦い方がわかってきていた。どういうことかと言うと、サコツは相手のプライドを傷付けない、ギリギリのラインまでの手加減ができるようになっていたということだ。

 だから、小学校の頃のように傍若無人な立ち回りをするということもなく、ほどほどに痛めつけては相手の力量を(ウソでもいいからとりあえず)認め、最終的に仲間に引き入れてしまえるくらいの遊びができた。

 それでもサコツの前に膝を折らないというやつとは、サコツは何度でも、相手が望む限りやり合った。実際、そういうやつの方が仲間になった時、頼りになるものなのだ。


 しかし、そうやってサコツが子飼いの手下をどんどん増やしていく内、周りから不穏な噂が漏れ聞こえるようになってきた。


 サコツ、独立――。


 そんな噂が、どこからともなく俺やマシバの耳に届くようになっていた。しかし、俺もマシバもそんな噂を本気にはしていなかった。大体、そういうことを言うやつに限って、サコツのことをよく知らないやつばかりだった。


 言っておくが、サコツはバカである。


 どれだけサコツの腕っ節が強かろうが、サコツは俺たちと同類の「バカがしたいだけのバカ」なのだ。あいつの頭の中には、俺たちが次にやろうとしているバカのことしかない。

 まかり間違っても、猿軍団を率いて独立しようだなんてことを、あのサコツが考えているわけがない。大体、そんなことをしてどうするつもりだ?

 何匹もの猿が寄って集って猿知恵を振り絞ったところで、俺やマシバが考えるような「すばらしく心躍るバカ」に匹敵するだけのバカを一つだって生み出せるものか。

 まあ、猿軍団を使って全校中の牛乳という牛乳を掻き集め、牛乳風呂でも作ろうというのなら少しは面白味もあろうが、それはもうバカを通り越して、ただの愚行だ。それに、そんなことを思い付けるほど、サコツも手下の猿軍団も頭が良くはない。

 だから、サコツはそんな噂もどこ吹く風、といった風に、相変わらず俺たちの輪の中で一緒になってバカみたいに笑い合っていた。


 とは言え、問題の猿軍団に関しては懸念もあった。


 やつらはサコツの言うことには従っても、俺やマシバの言うことにはあまりいい顔をしなかった。だからこそ、サコツの重要度が高かったとも言えるのだが、集団の統一性という面から見れば、やつらの存在だけが朱に交わらぬ空白地帯であり、俺たちがどうにも一つに纏まり切れない、最たる要因でもあった。


 そんなある日、事件は起きた。

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