『俺の一番大切なトモダチ』④
さて、そんなマシバと、俺は一度だけ喧嘩をした。
本当にもうどうしようもなくつまらない理由で、俺とマシバは喧嘩をした。
実にくだらないことで、俺は危うく生涯の友を失くすところだった。
サコツには本当に感謝している。
例のグレゴリーの一件が大団円の元に片付いてしばらく経った後、みんなが「グレゴリー? 小暮豪? 誰そいつ?」となっていた中一の七月半ばだった。
俺には当時、本気で好きになった女子がいた。
彼女の名は
久津木詩摩は別の小学校からきた女子だった。
入学当初、彼女とは席が近かったこともあり、女子の中でも比較的絡む機会の多いやつだった。
久津木詩摩はそこまでかわいくもなく、また美人というわけでもなかったが、おっとりしていて嫌味のない性格と、時折り見せる儚げな表情に、これまでの人生でほぼ一貫して「女嫌い」を通してきたこの俺が、とうとう不覚にも「恋」という感情を知ることになってしまった。
日々悶々とするこの想いを断ち切るべく、俺は久津木詩摩に一世一代人生最初の告白をしようと決めた。
そして、そのことを俺はマシバにだけ告げていた。マシバはいつものようにへらへら笑いながら、俺の背中を押してくれた。俺はそれが嬉しかった。
とある七月某日、俺は思い切って告白を敢行した。
その結果、俺は振られた。
ただ振られるだけならそれで良かった。
だが、久津木詩摩は最後にわざわざ余計な一言を添えて、この俺の最初の恋に、これでもかというくらい強力なトドメを刺してきたのだ。
「私、実はマシバ君のことが好きで……」
仏頂面して戻って来た俺に、マシバはへらへら笑いながら「どうだった?」と聞いてきた。俺は
「ダメだった」
と、小さく言った。
「マジかー。あいつもシンのことわかってねえなあ」
と、マシバが言う。
わかってねーのはおめーだバーカ!
と、この時すでに俺の不機嫌メーターの針は
「まあ、あんま気にすんなって」
マシバは、そう言って俺の肩に手を乗せてきた。
俺はそれを振り払い
「うるせえ!」
と、突っ返した。
「おい、どうしたよ? シン」
「なんでもねえ」
「なんでもねえことねえだろ」
「うっせえなあ!」
「あ?」
俺の中でコルクの栓が抜けるようにして、感情を押し止めていたなにかが吹き飛んだ。
「おめえにはわかんねえよ! 告白したことも振られたこともねえくせによお!」
「それはまあ、そうだけどさ……」
マシバは、ちょっと困ったような顔をした。
「あいつは、おまえのことが好きだった」
俺は、悔しさを噛み締めながら呟いた。
「ああ……でも俺、あいつのこと興味ねえしなあ」
それを聞いた瞬間――俺は世界で一番、マシバのことが嫌いになった。
別に、久津木詩摩のことをバカにされたと思ったとかそんなんじゃない。なんの悪気もなしにそんなことが言えてしまう、マシバの無神経さに腹が立った。
そしてなにより、俺自身がひどくバカにされたような気がしたからだ。バカなのに……。
俺は、マシバを押し退けて早足で歩き出した。
「おい、待てよ!」
追い掛けてきたマシバを、俺は振り向き様に大外刈で倒した。俺より背の高いマシバは実に小気味よく転がってくれた。俺は振り返って、そのまま後ろも見ずに走って逃げた。
「シン! ……シン!」
俺の名を呼ぶマシバの声が聞こえたが、無視して走った。耳などなくなってしまえと思った。
それから丸二日。俺はマシバと一言も口を聞かなかった。サコツは怪訝そうな顔をして、俺とマシバの間を行ったり来たりしていた。
俺とマシバが離れていると、マシバの方に人が多く集まった。仕方なく、俺は近くにいたヤブと一緒になって黒魔術の呪文を詠唱したりしていた。
三日目。
とうとう、事件が起きた。事件を起こしたのは、俺でもなければマシバでもなかった。
サコツだった。
サコツはその日の三限の途中、突然キレたのだ。
それはもう本当に突然で、それまでただ普通に授業を受けていただけのサコツがいきなり、
バン!
と机を叩くと、それをひっくり返して辺りに自分のノートや教科書を散らばせた。そして、座っていた椅子を蹴り飛ばし、そのまま悠然と教室を後にした。
みんなが呆気に取られている中、俺とマシバは揃ってサコツの後を追い、教室を飛び出した。
「おい、サコツ!」
俺とマシバはサコツの腕を掴んで引き止めようとしたが、サコツはそれを強引に振り払い、ずんずん校内を歩き回った。
俺とマシバ以外にも何人かぞろぞろと後をついて来ていて、それはまるで、突如現れたハーメルンの笛吹によって校内から続々生徒が連れ去られていっているように、見えるやつには見えたかも知れない。
「ここは俺とマシバに任せて、おまえらは教室に帰れ!」
そう言って金魚のフン共を駆逐すると、俺とマシバとサコツの三人は当て所もなく校内を
サコツは俺とマシバの方に向き直ると、矢庭に俺たち二人の胸ぐらをぐっ、と掴んできた。俺は恐怖した。それと同時に、サコツにやられたやつはこんな気分だったのか、としみじみ思ったりもした。
しかし、サコツは俺とマシバの胸ぐらを掴んでぐいぐい押したり引っ張ったりするだけで、それ以上なにもしてこなかった。
サコツはだんだん涙目になってきていて、途中から俯いて肩だけ震わせていた。それを見た俺とマシバは、互いの顔を見合わせた。
そこで、ようやく俺たちはサコツの胸の内を知るに至った。
「悪い、サコツ」
「俺たちが悪かった」
俺とマシバが同時に言った。
サコツは俺とマシバから手を離すと、顔を拭って俺たちのボディーを軽く一発ずつ殴った。
それから、サコツはへらへら笑い出した。それを見て俺もへらへら笑った。気付けばマシバもへらへら笑っていた。
マシバは近くに落ちていた桜の木の枝を拾うと、それを天にかざし、
「ここに集いし我ら三人、生まれた日は違えども――」
などと言い始め、俺とサコツはげらげら笑った。
中庭の桜の木には、一面に青い葉が茂っていた。
そうして三人でげらげら笑っていると、二階の職員室の窓がガラガラ開いて、教頭が俺たちに向かってわあわあ何事かわめき立ててきた。
その後、俺たちはへらへらしながら教頭に謝罪し、へらへらしながら説教を受け、へらへらしながら反省文を書いた。
その日一日で一生分へらへら笑っている内、俺たちはどうしてへらへら笑っているのかわからなくなってきた。
俺がマシバと喧嘩をしていたことなんて、へらへらしている内に忘れてしまった。
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