『俺の一番大切なトモダチ』③


 そんなマシバを特に羨むでもなく眺めている内、気付けば俺たちは小学校を卒業し、中学生になっていた。


 中学に上がった俺は、マシバ、サコツの両名と共にバカの一大勢力を築き上げるべく、適材適所、多方面に渡り各個展開していくこととなる。

 俺が率先して仲間のバカを集めていく一方で、マシバにはこいつにしかできない、とある重要な任を与えていた。


 それは「女子の牽制」である。


 次第に仲間が集まり、俺たちの存在感が増してくると、それを快く思わない連中が男女を問わず出てくるようになった。それに対し、俺は男にはサコツ、女にはマシバをもって当たらせた。

 剛のサコツが力で男共をねじ伏せるのとは対照的に、柔のマシバは仔犬のように尻尾を振り振り、女共の胸元――いや懐に飛び込んで、逆にこれをよく手懐けた。


 マシバはただ女子に近付いて愛想を振り撒くだけでなく、そこから様々な情報を引き出すという徹底ぶりを見せた。それにより、俺たちは各女子グループの構成員とグループ間の繋がり、構成員同士の関係、他校出身の著名人の人となりなどについて、どこよりも早く誰よりも正確に把握していた。

 俺たちはそれらの情報を有効的に活用し、権勢の盤石化に当てた。


 そうして、破竹の勢いで着々と強固な地盤を築いていく俺たち三人の前に、非常に厄介で面倒くさい男が現れた。


 その名も小暮こぐれごう


 後に紹介するサコツこと遠藤瞬と肩を並べるほどの「名は体を表す」人間だった。

 小暮豪はバカであった。ただのバカであれば我らが軍団に加えてもなんら差支えないわけだが、小暮豪のバカは本当にどうしようもない絵に描いただけのバカで、食えるところが一つもなかった。


 街中でたまに見掛ける、エンジンだけは一丁前に吹かすくせにスピードはちょっと速い原付程度しか出さずに渋滞の先頭を我が物顔でダラダラと後続の車列を率いながら走っている迷惑極まりないスポーツカーがいたりするが、小暮豪は大体そんな感じのやつだった。


 図体ばかりデカくて脳みそは空っぽ。一緒につるむ相手もおらず、一人イキって「弱そうなやつは大体トモダチ」とばかりに影の薄い連中のところへ行っては無駄な筋肉自慢をして煙たがられる、そんなやつだった。

 また、小暮豪は柔道部に入っていて「俺は将来を嘱望された柔道部期待の星だ」と、誰が言ったわけでもないのに自分で自分にありもしない期待を掛けるという、超ドレッドノート級のバカだった。


 俺たちはそんな小暮豪の偉大なる愚かさを称え、やつのことを「グレゴリー」と呼んでいた。

 ある時、そんなグレゴリーと一悶着ひともんちゃくあった。

 俺とマシバが廊下を歩いていると、曲がり角でマシバとグレゴリーが出合い頭にぶつかった。グレゴリーは腹に据えかねたものでもあったのか、マシバを突き飛ばした。マシバもマシバで普段ならそんなことされてもへらへらしているものを、その時に限って虫の居所でも悪かったようで、珍しく舌打ちなんかしやがった。

 それがグレゴリーの気に触ったらしく、グレゴリーはマシバの襟首を引っ掴んだ。


「なにすんだ、てめえ!」


 さすがの俺もついカッとなってグレゴリーに掴み掛かった――はいいものの、体格差で劣る俺はグレゴリーの片手で難なく弾き飛ばされてしまった。

 俺はいつもならいるはずのサコツがいないことを悔やみ、心の中で「サコツー! 早く来てくれー!」と叫んだ。


 すると俺の心の声が通じたのか、三千世界の彼方より、颯爽とサコツ登場!


 サコツはマシバを掴んでいたグレゴリーの右腕をひねり上げると、そのままやつの膝を折った。いつもならそこから背後に回り込んで組み伏せるのがサコツの常套手段であったが、小柄なサコツがグレゴリーの巨体へ回り込むのは容易ではなく、逆に苦し紛れにグレゴリーが放った強烈な浴びせ倒しを食らって、サコツが尻餅をついた。そして、


 なんとあのサコツがマウントを取られたのだ! 


 サコツは上から降ってくるグレゴリーの拳を全部ガードした。そうこうしている内に、たまたま通り掛かった柔道部顧問によりどうにかその場は収まった。

 グレゴリーは顧問の手によって平手打ちの刑に処されていた。


 しかし、事はそれだけで済まなかった。


 その日、俺たちが音楽の授業を終えて教室に戻って来ると、教室中に教科書やらノートやらなんやらが散乱していた。そして、それらは全てマシバの持ち物だった。

 俺とサコツは大いに憤慨した。なのに、当のマシバ本人はげらげら笑っていた。

 こいつはこういうやつだった。


 俺はすぐに方々へと手を回し、確たる筋からどうやら犯人はグレゴリーらしい、という情報を得た。それを聞いた俺たちは早速対策会議を設けた。日本の行政が見習うべき迅速さである。


 とりあえずまず、一番手っ取り早い方法から考えた。


「サコツ、あいつとやって勝てるか?」


 と、俺が訊く。


「負ける気はしない。だけど、勝ってもその時は俺もただでは済まない」


 それが肉体的なことを言っているのか行政処分的なことを言っているのか、マシバがそれについて言及すると、サコツは「どっちもだ」と答えた。


 ほほう。サコツにそこまで言わせるとは、グレゴリーも大したやつだ。即刻ワシントン条約によって保護し、スヴァールバルの世界種子貯蔵庫に精子だけを保管して、その身はシベリアの永久凍土の中に埋めてしまおう。氷漬けのマンモスとお幸せに。

 だがしかし、そんないつ滅びても構わない絶滅危惧種と、俺たちの至宝であるサコツを共に心中させるわけにはいかない。


 俺たちは、思案の末に一計を案じた……。


 が、残念ながらここから先は別のやつの項で述べさせてもらう。


 グレゴリーの「みんな集合! やったれ血祭りフェスティバル」開催に際しては、とある一人のバカの存在なくして、それを語ることはできないからだ。


 ちなみに、この計画は企画立案こそ俺がしたものだが、基幹部分の構成と細部の調整に至るまで、考えに考え検証に検証を重ねた結果、完璧な「計画」として完成させたのはマシバだった。ということを付け加えておくので、後々まで覚えておいてもらいたい。

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