『俺の一番大切なトモダチ』⑤


 中二の冬、俺たちは一度だけヘマをやらかした。


 その日は珍しく雪がちらつく大変に寒い日だった。

 そんな日の昼休みは体育館でサッカーをすることが俺たちのお決まりになっていて、体育館と玄関を繋ぐスライド式のドアを解放した物をゴールに見立ててプレーしていた。

 だから時々、ゴールを決めた際に誤って玄関側の蛍光灯を割ってしまうということがあった。しかし、俺たちも心得たもので、そんな時はドアを閉め切り、割れた蛍光灯を回収。それを捨てに行くと同時に新しい蛍光灯を用務員室から拝借して付け直す、という工作活動を行っていた。


 そして、その日も生憎と俺が一本の蛍光灯を割ってしまい、俺たちは粛々と工作活動に勤しむこととなった。

 ところが、俺たちが玄関で作業をしていると、突然、ガラガラとドアが開き、スパルタ的指導で知られる鬼のような体育教師が入って来た。

 俺たちは全員、その場に凍り付いた。と同時に、体育館側で見張りの役をしているサコツは一体なにをやっていたんだ、と軽く憤りも覚えた。

 が、サコツはその時、どうしても我慢できずにトイレに走って行ってしまったらしく、そこへ運悪く見回りに来た体育教師がやって来て、閉まっている玄関の扉を怪しみ、開けてみたところ、工作途中の俺たちと見事にカチ合ったということだった。


「おまえら、ここでなにをしている?」


 と、凄んでくる体育教師を前に、


「僕が蛍光灯を割ってしまったので、その後始末をしているところです」


 と マシバが答えた。


 実際に蛍光灯を割ったのはこの俺だったのだが、事態の早期終息を望むマシバが咄嗟にそう答えたものだった。


「おまえらか、用務員室から勝手に蛍光灯を持ち出していたのは!?」


「はい、そうです」


 その後、こっぴどく叱られた俺たちはまたしても反省文を書かされ、挙句、放課後に学校中の切れている蛍光灯の取り替えをさせられるという罰まで与えられた。

 俺が新しい蛍光灯を持ち、マシバが古い蛍光灯を回収、サコツが脚立を運び、背の高いロッテが取り替え作業を行う。

 そうやって、俺たちは四人一組で校内をくまなく点検・作業して回っていった。


 なんでこんなことしなきゃなんねえんだ、と、ままならぬ我が身を嘆く俺は、かじかんだ手を擦り合わせ、白い息を吐きながら、ぽつりと呟いた。


「あーあ。学校なんか辞めて、自由になりてえなあ」


 すると、後ろにいたマシバが手に持った蛍光灯で俺の肩をコンコンと叩いてきた。

 俺が振り返ると、マシバはへらへらしながらこう言った。


「人間は、不自由の中でしか幸福を感じることはできない」


 俺は小首を傾げ、


「それも三国志の名言かなにかか?」


 と、言った。


「いや、違う。俺が今作った」


 そう言うと、マシバはげらげらと笑い出した。俺とサコツとロッテも釣られて笑った。笑いすぎて脚立から落ちそうになったロッテを、俺とサコツが慌てて支えた。


「俺は今、最高に幸せだよ」


 薄暗い廊下で、マシバの笑顔は新品の蛍光灯以上に輝きを放っているように見えた。

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