第二夜 「アルバイト」とは何であるか?

 あみ 「よっすー」

 みか 「こんばんはー」

 かず 「ばんわー」

 †我†「邪魔をする」

 あみ 「めっちゃスムーズに我きたー」

 みか 「こんばんはー」

 かず 「何事もなく受け入れてるあたしたちもどーかと思うけどね……」

 あみ 「そういえばさ、あーし、バイト始めようと思ってんのよねー」

 かず 「マジか!?」

 あみ 「そこまで驚くことないっしょ」

 かず 「いやいやいや。さすがに友人が夜のエッチなバイト始めるとか」

 みか 「えっちー」

 あみ 「始めないしっ! 夜出だけども!」

 かず 「おう。くわしく聞こうか」

 あみ 「駅前のスタバ、あるっしょ?」

 みか 「おー。あるー」

 かず 「へー。あそこバイト募集してたんだ。高校生でも大丈夫なん?」

 あみ 「なのデス。スマホで見つけたワケですよ」


 あみ曰く、営業時間は二十二時まで。

 カウンター・レジ担当で時給は九九〇円だと言う。


 かず 「あたしは苦手なんだよなあ、スタバ……」

 あみ 「何でだし」

 かず 「あの注文する時の呪文詠唱、ちっとも覚えられる気がしないんよ」

 みか 「ショートアイスチョコレートオランジュモカノンモカエクストラホイップエクストラソース!」

 かず 「出た! それ!」

 みか 「ベンティノンティーマンゴーパッションティーフラペチーノアドホワイトモカシロップアドホイップクリーム!」

 かず 「もうあれじゃん、ドラ〇エの復活の呪文にしか聴こえないワケよ。あたしには」

 あみ 「最初のがーショートサイズのアイスチョコオランジュモカをノンモカに変更してホイップ追加してソース多めってことっしょ」

 あみ 「次のがーサイズがベンティのマンゴーパッションティーフラペのティー抜きでホワイトモカとホイップ追加。ラクショーなんですけど」

 みか 「すごーい」

 かず 「その技能を他のことに生かせと……げふんげふん」

 かず 「しっかし……何でまたモカ頼んどいてモカ抜きにするのか謎しかないわ」

 みか 「ティーフラペチーノのティー抜きってフラペチーノだよね。あれ? パッションティー?」

 かず 「いや。知らんがな」

 あみ 「スタバなら禁煙ってるからイイカナーと。忙しそーだけど。受かったら来てネー」

 みか 「いきたーい」

 かず 「うむ。ブ、ブラックを一つ、もらおう」

 あみ 「で……我ー? 聞いてるー?」

 †我†「全くついていけていないのだ……分からぬことばかりだ……」

 かず 「質問カモン!」


 しばしの間が空いた。


 †我†「そもそも、バイト、というのは何であるか?」

 あみ 「バイトはバイトっしょ。決められた時間内で決められたことをして報酬をもらうの」

 かず 「正式にはアルバイト。ドイツ語だとは意外と知られてないのだわー」

 †我†「ふむ。要するにクエストだな」

 かず 「大体合ってる」

 †我†「しかし……先程のような高度な詠唱を誰でもこなせるようになるのか?」

 あみ 「あんなん慣れっしょ。ラクショーなのです」

 みか 「あたしもー」

 かず 「無理ぽ」

 †我†「無理であるな……ううむ。実に恐ろしいものだ……」


 しばらく間を置いて、再びチャット。


 †我†「礼を言うぞ、無垢なる少女たちよ。我はまた現れる。その時はよろしく頼むぞ」


 以上、チャット終了。

 我と名乗った存在はその後の会話を知ることはなかった。


「ふむ」


 代わりに今日知り得た情報を整理することにする。



 アルバイトとは――。


 人間たちの世界で当たり前のように日々行われているクエストである。冒険者ギルドに行かずとも、この水晶板を通じて任務の内容や報酬について知ることができると言う。これは実に迅速かつスムーズである。こちらの世界に持ち込まれてしまうと実に厄介な技術だ。ただし、実際にそのクエストを受注するには一定の試験と資格が必要であるらしい。それが一体どのような内容なのかまでは聞くことができなかったが、よもや冒険者証一枚と面接官との会話程度では済むまい。いちいち出向かなければならない点も、先程の迅速さ・スムーズさを阻害している。何と矛盾していることだろうか。


 しかし、本題はそこではない。


 スタバ、と呼ばれる町のクエストでは、高度かつ複雑な呪文詠唱の技術を会得しておらねばならないと言うことだ。しかも、それは日々の鍛練によって独自に習得するのではなく、不出来な者に対しては雇用主が伝授してくれると言うし、誰でも繰り返し実践することで容易に会得ができるらしい。実際、三人のうちの二人は我でさえ理解不能な高度かつ複雑に組み上げられた呪文の詠唱をたった一呼吸でやってみせた。これには驚かざるを得なかった。


 だが、これで納得もいく。あちらの世界より召喚された人間族が、一体何故何の造作もなく高度な魔法詠唱を成し遂げるのか。これはスタバの町が代表するように、あちらの世界にも魔法都市が点在し、日々その卓越した能力を磨き上げているのである。しかも、何の変哲もない一般市民でさえ、それが可能になるくらいに門戸を広げているのだ。さらには、その能力を会得する修業をしているにも関わらず、その対価として金品を得ることができると言う。


 実に恐ろしい……。



 結論:今後、勇者と対峙する際には、初めにアルバイト経験の有無を確認すべきである。

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