キュウリのせい


 ~ 八月十九日(日) 数学、化学、保健、英語 ~


   キュウリの花言葉 洒落



 鮮やかな、黄色いキュウリの花。


「を、頭につけなさいよ」

「美味しいの」


 珍しく、なにも頭に付けずに。

 おやつ兼、水分補給のために持って来たキュウリをボリボリとかじっているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 その腿の上に立ったひかりちゃんが。

 車窓からの景色にきゃーきゃーとはしゃぐと。


 隣に座るダリアさんから。

 大声を上げないよう指摘されて。

 あ、やっちゃったとばかりに両手で口をふさいで。


 ……そして、約三十秒後にリフレイン。



 今日のひかりちゃんは。

 穂咲並みの記憶力なのです。




 本日、俺たちは電車に乗って。

 お弁当を持って、河原へピクニック。


 まーくん夫妻とひかりちゃん。

 そして、俺と穂咲というメンバー構成。


 ご機嫌なひかりちゃんのおかげで。

 終始緩みっぱなしの俺の頬が、そろそろとろけて落ちようかというその時。



 電車が、ここのところ馴染みのあるホームへ滑り込み。

 車輪をキキキと鳴らして停車すると。

 真っ青な空の下へ、俺たちをひょいひょいと吐き出しました。



 改札を抜けて、竹林を抜けて。

 転げ落ちそうなほどの階段を降りて、つり橋を渡ると。


 マイナスイオンがこれでもかと溢れる河原へ到着です。



「おお! いい所じゃねえか!」

「ほんとうに。こんな良いところを知っていたミチヒサ君の功績をタタエ、タマゴサンドに一人だけ特別にキュウリを挟んであげよう」

「穂咲のかじりかけなんて、なんで持っているのです?」


 半分くらいの長さとは言え。

 太いまんまのキュウリを挟まれたら、ただの罰ゲームなのです。


 無表情なくせに冗談が好きなダリアさんにからかわれ。

 比較的、石のサイズが小さなところにピクニックシートを敷きながら。


 シートの反対側に重りを乗せていたまーくんへ。

 俺は、この場所について説明しました。


「……ここ、俺たちが小さい頃に遊びに来て、おじさんと一緒にタイムカプセルを埋めた所なんですよ」

「へえ……。兄貴が、ここで……」


 もちろん。

 まーくんにとって、おじさんは。

 とても大切な家族だった訳で。


 大きく息をついて、口を閉ざすと。

 川の流れに沿って、ゆっくりと視線を上流へ傾けます。


 その様子は。

 緑とみどりの織りなす景色の中に。

 まるで、おじさんの背中を探しているようで。


 俺は、声をかけることをためらっていたのですが。


「まーくん! ぴかりんちゃんを川に連れて行っていい? かかってるの!」


 情緒も感傷も無い、大きな声が聞こえてきたのです。


「ひかりは競馬馬かっての。穂咲ちゃん! すぐ行くから、手綱を緩めるんじゃねえぞ!」

「早くするの! ゲートが開く前に飛び出しそうなの!」


 ゴロゴロの石に四つん這いになって。

 今にもキラキラ光る不思議なものへ向かって走り出しそうなひかりちゃん。


 その腰を必死に掴まえていた穂咲のもとに、ようやく到着したまーくんが。

 ひかりちゃんを持ち上げて、川のそばまで行くと。


 みんなで水に手を突っ込んで。

 きゃーきゃーとはしゃぎ始めました。



「……ミチヒサ君。タイムカプセルとは、いいアイデア。私たちも埋める」

「ああ、それでしたら穂咲が丁度いい缶を持って来ていますので。あとで一緒に、何か埋めましょうか」

「何がいいか、埋めるもの」

「そうですね、適度に大切で、でも無ければ無いで困らないものがいいでしょう」

「ふむ……」



 そうつぶやいたきり。

 岸辺ではしゃぐ三人を見つめながら。

 ダリアさんは、ずっと考え込んでいたのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



「さて! では、だらしのない道久君は捨て置いて!」

「おいこら」


 誰が必死でこんなにでかい穴を掘ったと思っているのです?


「いよいよタイムカプセルを埋めるの! 二十一号!」


 そう叫んで穂咲がナップザックから取り出したカンカンには。

 マジックで『21』と書いてあるのですが。


 『2』の字を電卓みたいな書き方にしたせいで。

 俺の方から見ると、『12』号に見えるのです。


「あ」


 そんなカンカンを地面に放置したまま。

 穂咲はナップザックをがさがさ漁っているのですが。


「どうしたのさ」

「忘れちったの。キュウリを入れる時にナップザックから出しちゃったの」

「入れたかったものを? 何を入れるつもりだったのです?」

「ひかりちゃんと一緒に、ビリビリにして遊んだ新聞紙」

「洒落になってません。梱包材オンリーのカンカンになっちゃいます」


 まったく。

 どうして君はそう考え無しなのですか。


「ああ、それなら代わりにこれを入れるの」

「その小さなナップザックに、カンカンとキュウリ以外に何か入っていたとは驚きなのです」


 俺が素直に驚きながら見つめていた先で。

 穂咲が缶の中に入れた物は。



 キュウリ。



「もっと洒落になりません。生ものはNGでしょうが」

「え? ナマモノ、だめだったか?」


 そしてダリアさんの声に振り返ってみれば。

 この人、はしゃぐひかりちゃんを穴の中に半分ほど詰め込んでいるのですけど。


「だんとつダメです! 可愛そうだから出してあげて!」

「ダッテ、適度に大切で、でも無ければ無いで困らない」

「困るでしょうよ!」

「モチロン困る。ただの洒落」

「洒落じゃ済みませんよ。あと、ひかりちゃんも心底満足そうな顔で穴に埋まらないでほしいのです」


 予想通り、穴から引っ張り出したらこれでもかとイヤイヤをされましたが。

 こればかりは許しません。


 ……そのあと。

 ボケトリオの入れる品に。

 延々と突っ込み続ける事十分。


 ようやくそれっぽい品ばかりが入ったところで蓋を閉めて。

 タイムカプセルに土をかけました。



 俺と穂咲のタイムカプセルの目印。

 十文字の模様が入った岩がもたれかかる、八十センチほどの高さの岩。


 その裏側に埋めたカンカンに、ひかりちゃんが最後に土をかけると。


 彼女の姿を。

 ダリアさんが、少し離れた所から携帯で撮影していました。



 ……が。



「なんてこと。これを保存するには、他の写真を消去してくださいと言われてしまった」

「え? 今のは決定的なシーンですので、何かいらない写真消してくださいよ」


 俺がダリアさんの元まで近付いて。

 携帯を横から覗き込むと。


 ひかりちゃんの写真ばかりがずらりと並ぶ中。

 ぽつりと現れたのは。



 数日前の。

 俺の醜態。



 手を伸ばすと。

 さっと避けられ。


「……それが一番いりません」

「これを削除するなんてとんでもない」


 ……結局。


 ヤラセでひかりちゃんにスコップを握らせて。

 まーくんの携帯で撮影し直すことにしました。


 全員カメラ目線。

 とっても不自然なのです。



 ……でも。

 この不自然な写真が。


 次のドラマの始まりになると思うと…………。



「やはり、もうちょっと自然な感じに撮りませんか?」


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