第18話 人魂②

 東京にきて3年が過ぎていた、日本橋から寮に戻っていた。

アメリカとの関係はますます「いじいじ」して来ていた。

昭和16年の暮れラジオでは真珠湾の戦勝の喜びに溢れた放送が第二次世界大戦の始まりを告げ、毎日の様に戦勝のラジオ放送が日本中を包む様に垂れ流しされていた。

日本には石油が入らなくなり、貿易も一部に限られ東京は重い空気に包まれていた

満州からは怪我人が運び込まれて来ていた、手足の無い将校、伝染病にかかった兵士など入院患者がどんどん増えていった。

春の当直の事だった

夜の病棟の見回りをしていた時の事だった、三階病棟の中央廊下が病棟の真ん中にあり、その先に大きな窓が有った、外には真っすぐ商店街に続く道が見えていた、一回目の見回りだったので消灯時間から直ぐの事だった、未だ開戦して間もない街は明かりに溢れていた。

「オーイ そっちに行ったぞ~」

「捕まったか~~」

玄関の前のロータリーに何人かの男達が集まっていた、上げ窓を押し上げ、顔を出すと「そこに 入ったぞ~」「その窓だ」「看護婦さんそこに入った~~ぞ~」

きよこが顔を出し男たちが指す先に首をふると、廊下の一番奥の個室の窓のカーテンを風がふわりと揺らしていた、男達はそそくさと帰って行った、手には大きな網を持っていた、それから数日たってまた夜勤の日がやって来た、12時の見回りの事だった、又3階の階段を上がった時だった、外から大きな声が近づいてきた、窓から顔を出すと数人の男達が商店街の道から、病院の門へ向けて雪崩込んで来ていた、釣りに使う大きなタモ網を手に、振り回しては「う~」とか「や~」とか奇声を上げていた、三階の上げ窓を押し上げ、懐中電灯を掲げると、きよこに視線が集まった。

きよこを見上げて皆は残念そうに街に帰っていった。

ふと気が付くと病棟で呻きに似た声がしていた、一番奥の個室に入院していた退院まで間も無い兵隊さんの部屋だ、電気を付けると汗だくで硬直する兵隊さんが居た、看護室に戻って先輩を呼び、先生を起こして三階に上がると、先輩は汗をかいた浴衣を着替えさせながら兵隊さんの話を聞いていた。

「商店街に出かけて赤ちょうちんで御酒とおでんを食べていると、数人の男達に網を持って追いかけられた」

「病院まで逃げると男達は帰って行った」「それが怖くて怖くて」

「今日も看護婦さんに助けられた」

と私の顔を指差したのだ、戦地から戻り入院する患者さんは少なからず、少し精神的に病んだ状態で変な言動をする時があったが、兵隊さんは両ひざから下が無く成っていて、松葉つえでも歩ける状態ではなかった、先生は汗だくの兵隊さんを見て「如何したのかね」と言いながら診察をし、兵隊さんを寝かした。

「大丈夫 変な夢でもみたんだろう」先生と先輩は笑いながら話を聞いていたが、本当にさっき町からタモをもって人がなだれ込んで来たのだから、部屋の入り口にいたきよこは廊下に半分出ている背中に、冷たい汗が下がっていくのを感じた。

数日たって兵隊さんは、敗血症性ショックで亡くなってしまった、退院の日も近かったのに・・・

梅雨が過ぎ

先生は時々私達を食事に連れて行ってくれた、商店街の裏路地に「満州」の名の赤ちょうちんを見つけた、先生に無理を言って入ってみた、暖簾をくぐると正面の机は開けたばかりの様に綺麗に拭かれていて、釣り道具が立て掛けてあった、後ろで飲んでいた常連客らしいの集まりの中から「お~~あの看護婦さん」

「どのだよ」と周りの若い衆が言うと同時に、私の顔に視線が集まり「お~~~~~」皆の声が揃っていた、先生は怪訝な顔をしていたが、先輩は「なんで? 有名人なんですか」と聞いていた。常連さんは「50センチの人魂がこの居酒屋の机の上に現れ、追いかけまわすと路地を抜け、病院の三階の窓に看護婦さんが呼び込んだ」常連客は「どうして匿ったんだ」ときよこに聞いてきた「匿ったんじゃなくて前の庭は騒がしかったので顔を出しただけです」と答えながら、ピンときた「生霊だ」。

病院に押し掛けたのはこの店の常連だったのだ。

「其の机の上だよ」と常連さんはサラっと言った、細かい事を話す前、つまみを注文するまえに赤ちょうちんを離れたのは先輩が泣きだしたからからだ、その話は先輩を御酒の酔いから覚めさせるには十分だった、2回目の当直は先輩と一緒だった、気が付いたのだろう。後から先生が又赤ちょうちんに行って常連さんに聞いた話だが、常連さんは居酒屋の大将が誰もいない机に、何度も、お酒、つまみを出しては、何か話してたと言うのだ。その机だけ片付けがされていないので、座る人は春からその日まで居なかったらしい、私達が暖簾をくぐる直前、大将は布巾で机を拭き、席を開けたばかりで、大将だけにその軍人が見えていたらしい。

その店は日本語学校を卒業し、日本に帰化した満州出身の大将のお店だった。

きよこには人魂は見れなくなっていた。

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