第17話 双子ちゃん

 産科・小児科にそれは大きなお腹の奥さんが入院してきた。

先生から「双子なんだが体が弱く入院させるので担当しなさい」との話だった、少し妊娠中毒を起こしている様子で、病院の食事にまるで手が付かなかった、このままでは「この母親と子供は持たないだろう」きよこにも家族にも感じられていた、「何か食べたいものは無いですか」と朝聞いては、駅前の商店街に時間を取っては買い物に出かけていた、どうにか栄養を取って貰おうと頑張っていた、奥様は時々「壁を食べたい」と私を困らせていた、毎日の梅干しを焦がした梅干し汁だけは、なるべく切らさない様にしながら、殆ど付き切りの毎日だった、きよこの悪い癖が出始めていた、また患者さんと友達になってきた、高そうな背広・ピカピカの靴・紳士の旦那さん、品の有るおじいちゃんとおばあちゃんが、毎日夕方お見舞いにやってくる、奥さんは日本橋の書店の御嫁さんだ、きよこの持っている辞書もその書店のものだった、寮では毎日産科にまつわる医学書を図書館から借り入院患者さんの症状について調べていた、時々先生から「あの医学書持ってきてくれ」と頼まれるので、書庫の鍵はほとんど私の胸ポケットに有った、きよこは看護学より医学書の方が楽しくて仕方無かった、勉強と同時に患者さんが元気になって行くのが楽しかった、臨床期間が過ぎて隼看護婦免許が届いた、長野で産科病院を作って、元気で退院していくお母さんの顔を見る、産科病院婦長!!きよこは将来の夢が膨らんでいた。10月10日生まれのきよ子は頭の中には「とつきとうか」で配属が産科なのかもと勝手に思っていた。10月10日には少し早かったが奥様は双子を出産した。夕方から朝早くまで長い出産だった。朝の引きつぎまできよこも婦長も家族も奥様もまるで戦場で戦う兵士、先生は椅子に座って旗を振る隊長だ、2キロ強の小さな男の子達は母から離れて出てくるのが、嫌だったのだろうか、出てくるサインはどちらの子供が出したのだろう、少し小さな双子だったが2週間も病院にいれなかった、家族と奥様が家に帰りたいとの要望だったからだ、婦長は「きよこ双子についていき、いそがしいから早く帰ってきなさい」旦那様、おじいちゃん、御婆ちゃんの先導で奥さんが兄、私が弟を抱いて玄関に急いだ、玄関には婦長が出迎えをしていた。玄関の車付きには2台の黒いタクシーが横ずけされており、丁寧な挨拶を御爺ちゃんが婦長としていた。タクシーに乗ったのは先生とご飯を食べに出かけた以来だったが、なにかものすごく偉くなった様な気がしていた、タクシーは10分もかからずに4階建て以上の建物ばかりの広い道路に横ずけされた、そこは会社かデパートの様だ、奥様と授乳の準備をしていると、「御昼食べて行きなさい」と声をかけられた、「病院が忙しいから婦長に早く帰院するように言われています」と答えた、授乳している間にタクシーが呼ばれていた、病院につくと、婦長は「きよこ今日はこれで寮へ帰りなさい、明日からは昼勤なので朝婦長室に顔を出しなさいね」40時間の長い一日だった。次の日からは病院と日本橋を毎日通うことになった、奥様のオッパイでは双子には少し足りずに、近くの奥さんに搾乳をお願いしてあった、朝は搾乳を貰い消毒し授乳し、昼からは又搾乳を貰いに出かけた、夜は奥さんのオッパイだけでどうにか間にあっていた、病院に帰り、産科の担当若先生に直接報告するようになり、帰りには担当の若先生が迎えに来ていた、婦長からの命令だった。電車で二駅なのだが、寮へ帰る時は時々夕食を御馳走になっていた。

日本橋に通い始めて間もなく、先生は「茨城の私の父の病院で看護婦をやらないか」

「実家の病院へ帰る事にしたんだ」きよこは未だ知りたい事だらけ、看護に夢中になって来ていたし、双子ちゃんのことも有って「この病院で勉強したいです」と答えていた。それがプロポーズだったと気付くのは、東京を離れる時の婦長の言葉まで気づかないでいた。

双子ちゃんも奥さんも順調だったが、婦長の命令できよこは日本橋に足を運んだ、その後も先生は帰りの迎えに来てくれていた。2週間位通った頃又婦長によばれ「明日からきよこは日本橋に住み込みです、寮はそのままにして手荷物をまとめなさい」院長と書店の社長(おじいちゃん)は知り合いだったらしい。院長が今日は玄関で待っていた、院長と二人でタクシーに乗った、婦長は玄関で見送ってくれていた。「きよこさん 双子ちゃんはどうですか?」きよこが「だいぶ元気に成ったと思いますが一貫目近く成って体力が付くまでしっかりお母さんが栄養を付けてオッパイをあげる事が大事だと思います」と言うと院長は「すまないが目が離せるまで面倒を見てください」5階の家族部屋の一室があたえられ、それから1歳の誕生日まで、私は双子ちゃんと奥様の住み込み家政婦、兼お客様、兼看護婦になった、食事からおでかけ、御宮参りまで一年間は御金持ちに成った気分に浸った、衣服から靴、化粧品、給金までまるで違う世界だ、私の看護服だけはくすみが無い沙羅のままで病院へ薬品を取りに行ったり、先生に相談に行くときも完全に浮いた看護服と看護帽だった書店の皆は温かくて、東京はこれから世界の中心になると信じていた。

ある日朝から黒塗りの車2台に乗り皇居の外苑まで出かけた、食事でもしないかとの事だった、御爺ちゃん、旦那様、奥様、双子ちゃんが、御散歩ついでに食事に行く事になった、黒塗りの車は衛兵の間を大手門から内堀通りを抜け、外苑で止まった、正門方向に堀近くまでの散歩だ、正門の衛兵の前には長椅子が有り、二重橋がそこに見えていた。御堀の脇の長椅子で休んでいると二重橋に馬に乗った近衛がやって来た、二重橋を渡り終えると馬を下り、たずなを持ちながら正門に向かってきた、書店の御爺ちゃんは二重橋を馬で渡る近衛兵を見るのは初めてだと、それは大興奮だ、正門石橋で二人の近衛兵は、石橋に手綱をくくり、門衛兵の敬礼を受け流しこちらに向いた、御爺ちゃんの興奮がひどく、きよこも一部始終を見ていた、まるで映画の一場面だった、小さな近衛兵は父だと直に分かった、家出の負い目を感じていたが、母から解放してくれた父に感謝ていた、日比谷公園の茶屋でお蕎麦を食べたが、父となにを話したか全く覚えていない、待たせていた黒塗りの車で衛兵に見守られながら外苑を後にした、父の出現で

日本橋での生活は又お客さんに成っていった。


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