第8話 田んぼ

 田んぼには普段、田植え、稲刈り、取り込みにしかいかなかった

そこまでは一時間位かかり、学校に行っている子供には、いくら母でも

命令出来なかった。

皆農作業に合わせて、学校の春休み、盆休み、刈り取り休みは作られていた。

学校が長い休みになると、田んぼに出かけた、弟や妹を古い帯揚げで背負い、畑や田んぼの隅まで運ぶのがきよこの役目、荷が無いときには紅の荷車に乗っていけるのです。

さと(妹)ちい(次男)が「ねえ」ときよこを呼び始めた秋口の事だった

「明日は田んぼへ行って、稲刈りの準備をする」と母から前の日言われていた

やっと歩き始めた末っ子の弟は、今日は幾ら起こしても母の寝床部屋から起きてこない、布団から抱き上げ、額を触ると少し熱が有る様だった、少しそのままにしておいたのだがどうも熱が下がらない「かあちゃん 熱が有るので 今日は見ている」

と言うと「なに お前がいきたくないんだろ!」母は頭に手を当て「田んぼに行くぞ」と言った。きよこが昼のむすびを作っていると少し外が明るく成ってきた。

荷を作り終わっても末っ子はまだぐったりとしていた、目を開けていたので、水場まで急いだ、少し水を持って来て頭を冷やしてあげると、少し元気になって、粥を少しと菜の漬物の千切りは口にいれられた、まだいつもの末っ子じゃなかった、弱々しい咳をしていて何かぐったりしていたのだった、母は末っ子をきよこの背中に帯揚げでしばり付けると、兄弟をかき集め土間を出た、「かあちゃん 病院のじいに見せるから途中で寄って」田んぼに行く途中の小市に病院とは言えない程のぼろぼろの診療所がある。とくに「行ってきます」と声を掛けて母たちをおいかけた。荷車には道具や藁を山盛り積んで先にでかけていたので、歩いて小松原まで行かなくては成らなかった、紅は荷車での下り坂は異常に慎重なので、お先の崖では荷車を追い抜いた、稲刈りの準備はいつもそうだった。小市へ下りた頃には弟が居る背中は汗でぐっちょり濡れていた、病院は田んぼへの橋から犀川の下流、西河原の端にある、母ときよこは診療所に向かった、犀川の土手に真っすぐ葦が切り開かれた道を下り、橋へ上がる白砂山に向かって突きあたりが診療所だ、弟の首が揺れるので、ゆっくり歩いた、ついた時には、お日様も四阿山の陵から顔を出していた。

「おはよう 御座います!」「おはよう 御座います!」ガラス戸を叩いたが返事はなかった。診療所の隣の畑から「今日先生朝早く長野に出かけたよ~」「じいは明日帰るって」子供を背負ったおばあちゃんが畑仕事をしていた。

そのまま小市橋まで戻る事になった、橋のたもとまで来たところで「かあちゃん 家に連れて行って私がみてなくていい?」 「いいから てんだえ」母ちゃんと田んぼに向かった、田んぼの脇のくるみの木の根元に置いた藁かごに弟を座らせたが、弟は寝たままで起き上がろうとはしなかった。弟の頭に濡れ手ぬぐいをして田んぼに入った、濡れ手ぬぐいは、妹のさとときよこがてんで(一人一人自由)に交換してあげることにした、さとは未だ七五三が終ったばかり、仕事が出来ないから、簡単な手ぬぐい交換を喜んでやってくれていた。

昼におにぎりをあげ様としたが、末っ子は食べれそうになかった、無理やり水を口に入れると、少し目をあけて回りを見まわしていた。

こびれ(おやつ)の時間に水を飲ませようとしたけれど、弟は寝ていた。

小松原の中尾山に陽がかかると、家に帰る時間だ、おむつの手ぬぐいも羽二重の下着もびっしょり汗でぬれていたので、乾いた手ぬぐいと交換すると、母はクルリと弟を手ぬぐいで包んで、きよこの背中に帯揚げでくくり付けた、仕事終りで疲れてはいたが、仕事が終わって帰る時が一番うれしかった、明日の仕事の準備を母が始めると

「陽がくれちゃうよ~~」と急がせるのがきよこの仕事だった

作蔵 、源さん、とく、おおにい、さと、ちいと母で荷車に乗った、帰りは荷物は無い、病院のじいは明日にしか帰って来ない。

御先の崖まで来た時にはもうすっかりぼんやりとしか周りが見えなくなっていた

秋の涼しい風が吹き始めていた


あんなに温かかった突然、背中が「ゾクゾク」と冷たくなった

それはまるで背中に氷を放り込まれたかの様だった。

末っ子はこの日から居なくなった。

末っ子は「ねえ」と呼んでくれる前に石の下になった。

母はその日から数日田んぼにはいかず、役所、お寺に毅然と動き回っていたがきよこの目を見てはくれなかった。


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