今際ノ徒花
哀色
ある者の語り。
【徒花】…たとえ花が咲こうとも実を結ばずに朽ちてゆく。
この花の意味を問うならばこう答える者がいるだろう。
「無意味。」と。
実が生らないにも関わらず花を咲かせる意味が果たしてあるのだろうか?
僕もそう考える者の一人だった。
けれど…今なら分かる。
意味など無くとも、先など無くとも、最も美しく輝く瞬間がそれにはあることを。
………。
幼い頃私は、人生が希望に満ち溢れているものだと、そう思っていた。
楽しい友人達に囲まれ、次第に大人になり、自分の好きな仕事に就き、やがて運命の人と結婚をして幸せに過ごす。
そんな甘ったるい虚像を信じて疑わなかった。
自分の残された時間を知るまでは…。
私が十五になったある日、寝苦しくて水を飲みに居間へと降りると、母親の泣く声が聞こえてきた。
恐らくそこにいるであろう父に、母は泣きながらもポツポツと言葉を一つずつ零していく。
居間へはあと一歩だが、私はそのたった一歩を踏み出せなかった。
その場から何も聞かずに自分の部屋へと戻っていればあるいは、何も知らずにのうのうと日常を過ごせたのかもしれない。
【急性骨髄性白血病】
物々しい名前を聞いたとき、周囲の音が一瞬にして消えた気がした。
病気は少し前から発症・進行し始め、既に手遅れというところまで来ていたという。
それからの私は、ただただ病院で無為な時間を潰し続けた。
残り僅かなこの人生。病院内で有意義に過ごせる自信なんて微塵も無かった。
両親は必死で笑顔を作って会いに来てくれていたが、余計に辛くなるだけで鬱陶しくさえ感じた。
できることならば、終わるその時まで誰にも会いたくない。
それほどまでに人生という理不尽を嘆いていたある日、そいつを見かけた。
恐らく同い年くらいだろうそいつは、男のくせにメソメソと、なんとも情けない表情で俯いている。
その光景は私を腹立たせるには十分すぎるものだった。
「どうしたの?」
ほんの悪戯のつもりだった。
「良かったら、色々聞かせてくれないかな?」
思えば、こんなことをしていなければ潔く終われたのかもしれない。
私はそいつに、自分の病気に関することを一切話さず接した。
次第に向こうはこちらに心を開き始めたのか、少しずつだが話し始めた。
学校の話や家の話など、普通だが幸せな話を。
基本私は聞いている側だったが、それで向こうが楽しそうなら都合が良かった。
私はそいつに、全ての憤りをぶつけるつもりだった。
仲良くなったフリをして、最後の最後に「私はあんたが憎い。」と言ってやるつもりだった。
けれど、哀しきかな気持ちというものはすぐ揺らぐ。
私はそいつと仲良くし過ぎた…。
〝死にたくないよ…〟
………。
彼女と会える最後の日、雨の降る屋上で、彼女は僕に全てを話してくれた。
簡単に壊れそうな笑顔を浮かべ、雨か涙か分からぬ雫で顔を濡らしながら…。
彼女はもういない。
これからもきっと忘れることは無いだろう。
〝最後に見た、雨空の下儚げに咲う彼女の姿を。〟
今際ノ徒花 哀色 @ai-ro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます