起-7
「ありえねぇし!」
「痛ぇな、何がだよ」
「あんた、なんでこんなことやってるって言ったか? さっき!」
「なんでって……年に数回は不健康だから?」
「そこになんでキスが必要なんだよ!?」
矢嶋の額を手のひらで撃退しつつ背ける横顔には、数種類の感情が入り交じってるように見えた。
その複雑な色合いを数秒眺めた矢嶋は、言葉の意図を自分なりに推し量り、あぁ……と頷いた。
「余計なことせずに集中すれば文句ねぇってのか、こっちに」
止まっていた手をゆっくり動かすと、険しさの中にもどこか悩ましさの滲む表情で吉見がぎこちなく下肢を捩った。
「違っ……て」
「ごまかすなよ。言わせてもらうけどあんたの顔、今まで見たことないぐらい生きてる感じするぜ?」
「──」
「もしかして仕事と同じぐらい興奮してんじゃねぇの?」
囁きは抵抗心を抑え込むための思いつきに過ぎなかったが、目の前の悩乱がひとつの解に向かって集約されていくさまをありありと感じ取った。
たとえそれが、矢嶋の自己正当化のための錯覚だったとしても、だ。少なくとも、吉見の唇から否定の言葉は聞こえてこなかった。
それでも往生際悪く、迷いのある目を不自然に逸らすワーカホリックの鋭利な造作が、矢嶋の手のひらに煽られて徐々に性的な色を孕んで弛んでいく。
「ん──」
噛み締めた唇がわずかに解けて隠微な呼気が零れた。
その隙間に指を這わせ、矢嶋は額を寄せて眇めた目を覗き込んだ。
「なぁあんた、たまには思考を伴わない楽しみを味わってみたらどうだよ」
「意味が──」
「意味なんかわかんなくていいんだ」
「あ……」
耳朶のホクロを舐め上げてから、耳殻ごと咥え込んで舌を入れる。顎を反らした吉見の堪りかねるような声。無防備に曝されたノド仏に歯を立て、直に感じ取る喘ぎの振動。
今夜ほどアルコールが入ってなければ、そして勤務時間中にセックスしてるなんて話を聞かなければ、きっとこんな行動には出なかったに違いない。ただ何と言い訳をしようと、吉見の性感を弄びながら肌に触れることで、矢嶋自身もひどく興奮してるのは紛れもない事実だった。
さっきは拒まれた唇をもう一度塞ぎ、今度は有無を言わせず隙間から分け入った。舌の付け根までねっとりと絡ませた瞬間、手の内のものが硬さを増して先端を濡らすのがわかった。
わざと音を立てて一旦離れ、唇の形に沿ってじっくり舐め取る。無意識か否か、薄く開いたそこから誘うように舌先が閃いた。
アルコールが香る呼気ごと隙間を塞いで、舌をしゃぶって内側の粘膜を舐め尽くす。項を引っ掻く吉見の爪。指がもどかしく髪に潜る。互いに息を乱し、激しく縺れ合って唾液を交わし合い、まるでそれ自体が性行為のようなキスに没頭して我を忘れかけた。
──が。
もはや仕事の高揚感と混同してるに違いないワーカホリックの、アグレッシブなレスポンスが過熱するにつれ、とある危惧が矢嶋に忍び寄ってきた。
昼メシ時は廃人さながらになってるこの男が、仕事中どれほど攻撃的に変貌するのかは知らない。
でもこの調子だと下手したら、気づいたときには上下が入れ替わっていた……なんて事故が起こらないとも限らないんじゃないのか?
何しろ相手はある種の病気だ。上昇したヴォルテージが最大出力を叩き出し完動状態となったが最後、そんな妄想だって現実のものとなりかねない。
脳裏に浮かんだ恐ろしい想像に戦慄するが早いか、矢嶋は貪り合っていた唇をもぎ取るように離して身体を起こした。
「あ……?」
前触れもなくキスから放り出された吉見の顔面に、しばし空白が生まれる。
その隙に腰の紐を解いて左右に広げると、簡易な着衣はいともあっさりその中身を露わにした。
さっき当人自らパンイチ姿を披露してはいたが、こうして改めて俯瞰しても顔の造作や手指と同じく、細身で鋭利な骨格を感じさせる肢体。もちろんビジュアル的に性的興奮を生むわけでもない同性の裸は、その代わり嫌悪も感じさせなかった。
そこにあるのはただ、指に刺さった棘のごとく神経に引っかかり続けていた謎の正体で、明かされてもなお意味不明で益々興味深く、少なくとも造形的には端正な輪郭を持つ人体に過ぎない。
そう、触れれば温かく、股間を扱かれればそこらの野郎と同じように海綿体を充血させる生身の雄だ。
矢嶋はマッサージジェルのパウチを摘み上げ、残りを手の内に絞り出した。
「あんた、もう少し筋肉つけたほうがもっと女ウケすると思うぜ?」
「は? 別にンなの──てか何見て……」
握り直したものは、キスの間おろそかにされていたとは思えない盛り具合を保っていた。
と同時に後ろの穴に指先を捩じ込まれた吉見が、火傷でもしたかのような素早さで手を伸ばしてきた。
「あァ!? お前、どこ突っ込んでんだっ?」
「どこって、言葉にして言わせたいのか?」
訊いて強引に奥まで押し込む。起き上がろうとしていた吉見の身体が、剥かれた着衣の上に崩れ落ちた。
「ッ、フザけやがって……抜けよ!」
もちろん要求に応える気なんかない。それどころかジェルのぬめりを借りて指を増やし、軽く抜き差しを繰り返した。中で動かすたびに呻いて身じろぐ吉見の指が、藻掻くように布地を探る。
「マジで、いい加減っ──」
「まだ入れたばっかりだぜ? せっかくの機会なんだから、仕事以上の興奮を味わってみろよ」
「いくら何でもお前っ、これは無理──ん、ン……!」
浅い位置まで抜いて、ゆっくり奥に戻す。さすがに抵抗してくる粘膜の弾力はしかし、滑りの良すぎる液体のおかげでむしろ絶妙な締まり具合に感じられる。
もちろん後ろだけじゃなく前にも刺激を与え続け、拒絶が弱まるのを根気よく待つ間、自分も安っぽい着衣の前を開けた矢嶋は、現れた己の股間に一瞬戸惑った。
同性相手にキスを交わして身体を弄っただけだというのに、ソイツは自覚していた以上の獰猛さで身構えていた。
年に数回しか他人に触らせないなんて不健康だ? だから触ってやってる? ここまできて、それだけで済むわけがない。今すぐにでも目の前のコイツにブチ込みたい。包み隠さず言ってしまえば、そういうことだ。
仕事中しか興奮しねぇだと? だったら例外を作ってやる。もう既に、そうなる片鱗は見えてる。あとひと押しで、そんな思い込みは叩き壊してやる──
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