第6話 アルマゲドン決着~オリンピアの風


第十二章 アルマゲドン決着


 最初は恐怖に引きつっていた屋上の人たち、15人くらいの学生と教師らしい人が2人、この人たちも、我々3人が正常であり、一目でわかるテオジニスさんと武蔵さんの強さと、ボクの叫んだ「助けに来ました」がやはり効いたようで、みんなも落ち着きを取り戻し始めた。けっこう傷ついてたり、血を流してたり、服を破られたのか他の学生の上着を借りてるらしい女の子もいたりする。あと、縛られた男が2人床にころがっているが、たぶん屋上に侵入してきた暴徒化した学生だろう、これはどうやらみんなでなんとか取り押さえたようだ。

 そして、屋上から下を見ると、悲惨な状況が繰り広げられている、そしてこれは・・・ボクは思わず叫び出しそうだった、そう、これだ! これは三田村教授の霊がボクのスケッチブックに描いたあの絵! ほとんど殴り描きではっきり理解できなかったけど妙に心に迫ってきた、あの絵と重なった。三田村教授、いや、大天使ミカエルは今日のこのことを予見していたのか、それとも過去にこれと同じような経験をどこかでしたのか、それは定かではないが、これなんだ、これを回避するためにミカエルも、奥さんも、テオジニスさん、武蔵さん、半蔵さん、その他の天使たちも懸命に頑張ってきていたわけなんだ!


 屋上にいた正常な生徒や先生たちは、まだまだ何か僕たちに聞きたそうではあったが、

「ゴメン、ちょっとボクたちは特殊任務の最中なんで・・・」

 なんかちょっと映画の主人公になったような気分でこんなこと言って、ボクとテオジニスさんはみんなと離れた場所へ移動した。武蔵さんは暴徒の侵入に備えてドアの前に仁王立ちして睨みを利かせている。

 テオジニスさんにジッと正面から鋭い目でまっすぐ見つめられてちょっと緊張する・・・このちょっと人真面目すぎて苦手なんだけど、でもすごく実直で信頼できる人だというのは間違いない、

「いかがですか、桐木さん、今同じことが世界中で起きているということ、ご理解いただけましたか?」

「う・・・うん、この屋上から見えることが世界中で起こっている、よくわかるし、ボクができることならなんとかしなければって、それはわかるんだけど・・・わかってる、ボクにしかできないってことはわかってはいるんだけど、でも・・・」

 ダメだ・・・そうは言っても事が大きすぎて、やっぱりうまくイメージできない。やっぱりボクでは役不足なんじゃ・・・


 しばらくそんなボクを見ていたテオジニスさんがポツンと言った。

「桐木さん、あなたの家族は今も皆さんお元気でおられますか?」

「え、あ、うん、田舎に両親と妹が・・・」

「妹さん、お名前はなんといわれます? 幾つになりました?」

「うん、妹の名前は美香、今高校3年生だから18歳かな・・・あ・・・」

 ボクの顔色が変わったのを知ってか知らずかテオジニスさんが続けた、

「御覧なさい、桐木さん、あそこにいる被害に遭われた若い女性たち、妹さん、美香さんと同じお歳頃ではありませんか?」

 愕然とした! 体が震えている・・・世界中で起こっている、つまりこれは・・・父は、母は、美香は・・・

「難しく考えることはありません、桐木さん。妹さん、美香さんを救いたいと思いますか?大丈夫です、あなたなら妹さん、お父さん、お母さんを救えます。世界を救おうと考える必要はありません、あなたの家族を不幸にしたくない、救いたい、助けたい、ただそう願うだけでいいんですよ。」

 静かに、でも力強いテオジニスさんの言葉を聞きながらボクはひたすら願った、ただただ家族の無事を。

 椎間板ヘルニアの持病があり何度か手術して時々立ち上がることが難しくなってる父、もともとひどい近眼のところ、今老眼の方も進んできてるのに眼鏡をかけるのを拒否し続ける頑固な母、歳が離れていて両親が忙しかったのでボクが中学・高校の頃にはほとんど世話していた妹、ほとんど娘の様でもあるボクの妹、ボクが守らなきゃいけない、チクショウ! 妹におかしなことする奴がいたらタダじゃ置かない!

「桐木さん、恐いお顔してますけど、怒りは禁物です。怒りは逆に植物霊とつながるのを妨げてしまいますから。家族の無事を、幸せを願ってください、そして、その後に、誰にでも大事な家族がいて、桐木さんと同じように家族の幸せを願っているということも忘れないで。今一時的にサタンに心奪われている人たちにしても自分の家族のことは大切に思っているはずだということも」

 そ・・・そうか、そうだよな、あれ、さっきまで怖いと思ってたテオジニスさんが何だかとてもやさしくていい人に見える、まるで天使みたい・・・あ、そうか、もともと天使だったんだよね、この人・・・

 どんな人にだって大切な人はいるはずだから、みんながそれを思い出してくれるといいよな~あ、あれ、なんか妙な感覚。あれれ、ボクはどこにいるの? え~と、ボクって誰だっけ? まあいいや、こんな気持ち、ボク一人で感じてるのはもったいないな~。なんか誰かが叫んでる、何だろう、え~と、なになに『私がお守りしてますのでご心配なくそのままお進みください』・・・

 誰だったっけ、でもとても信頼できる人の言葉だということはわかる、こんな人といっしょにいられることに感謝しよう。

 そうだ、ボクが今まで無事に生きて来るためにお世話になったすべての人に、それから、う~ん、何かうまく言えないけどボクのことを受け入れてくれたこの世界に感謝したい気持ちでいっぱいだ。

 ああ、世界を感じる、世界はやっぱり広いな~

 でも世界は確かに一つにつながってるということもわかる、感じる。

 この世界がずっとずっと平和に続くといいな~

 まるで自分の体が風にでもなったような感じ、このままどこへでも行けそうにも感じるし、いや、既に今世界中のどこにでも存在してもいるようなおかしな、でも素晴らしい感覚・・・

 このまま・・・

 ずっとこのまま、どこまでも、どこまでも、行けたら・・・


 急に体が浮き上がるような感覚を強く感じて、ちょっと意識が遠退いてた気がする。あたりを見回してみると、一面薄い緑色に光っているように見える。もしかしてボクは死んで天国に来ちゃったのかな、あ、祐実教授によると、人は死んで霊界に来ると自然と自分にふさわしい霊界の中のどこかの層に行くらしいけど、これはどの辺なんだろうか・・・


 あれ、ボク一人だけかと思ってたら誰かこっちにやってくる・・・おおっ、移動の仕方がすごいっ、手足全く動かさないでまっすぐ一直線に、これが霊界の移動か、え~と、じゃあボクもできるのかな、どうやったら・・・

《むずかしく考えなくていいよ、あせらないで、自然に動けるようになるから。》

 いつの間にかボクのそばに来ていたその人、というか、人なのかな、なんて言ったらいいのか、白い衣装をまとって彼自身かすかに輝いて見えるけど、顔だけ拝見すると美しい女性のようだが体の方は結構マッチョなことも伺える。

【え・・・あ、あ、あれ、声が出ない、あ、当然か、体が無いから声帯もないんで声が出るわけもないか・・・】

《大丈夫、あなたの考えがそのまま私に伝わるし、私の考えがそのままあなたにも伝わるようになってます。》

【あ、そうか、ここでは5感は使えないで第6感とかを使わないといけないんだ、便利なような気もするけど、ちょっと物足りないような気もするなあ、あ、ご挨拶しないと、あの、初めまして、ボクは・・・】

《いえいえ、桐木さん、自己紹介は不要です、私たちは既に友達ではありませんか、いろいろお世話になりましたね。》

【え・・・というと・・・もしかして・・・三田村教授・・・?】

《そうです、でも今のこの姿だとミカエルと呼んでいただいた方がしっくりくると思います、こうして会うことができて嬉しく思います。》

【あ~・・・す、すみません、あの、ボク、本当に失礼なことばっかで、あの・・・】

《いえいえ、かしこまらないで、いつも通りでお願いします。あなたと過ごした時の記憶もワタシの大事な思い出となりました。もうすぐにお別れとなりますが、今はどうぞいつも通りでお願いします。》

【お別れ・・・ですか、ということは、またすぐ別の転生ですか?】

《おや・・・桐木さん、あなたは今我々がどこにいるか、おわかりですか?》

【・・・霊・・・界・・・?】

《そうでしたか、やはりご自分でわかってなかったようですね。今我々が居るのは霊界ではありませんし、現世でもありません、これは一時的にあなたが創り出した植物霊だけが入れる特殊な世界です。》

【霊界・・・じゃなかった・・・てことは、ボクはまだ死んではいないってこと?】

《そうです、あなたの肉体は今も無事でテオジニスがちゃんと見守っています。一時的に霊体だけがこの世界に来てますが、目的が達せられたらこの世界も自然に消滅して、あなたもあなたの体にまた戻りますからご安心なさい。現世と霊界と、そして我々がいるこの世界、この3つが今重なりあって存在していて、この世界を通して世界の植物霊とあなたはつながってる状態です。いわばインターネットならぬキリキネットですね。》

【あの・・・世界は、現世は大丈夫だったのかな?】

《問題ありません、あなたのおかげで世界は救われました。人々は既に争い合うのを止めてます。あなたの呼び掛けで見事に植物霊達が一斉にサタンの闇エネルギーを浄化してくれました。あと・・・それに続いて勝手ながら、私がそれを引き継ぐ形で、このキリキネットを通じて世界中の人々を包み込んで眠らせるように世界の植物霊達にお願いしました。》

【世界中の人を・・・眠らせるんですか・・・?】

《あっと、もうすぐお別れです、時間がないので要点だけ。実はこの私にも完全に理解できてるわけではないのですが、私の霊体が肉体に戻りつつあるあいだは意識が全てなくなるはずが、このあなたの創った世界にワタシの意識も呼びこまれてしまったようなんです。恐らくワタシのハイブリッド霊の植物霊の部分があなたの呼びかけに反応したためと考えられます。おかげであなたともこうして、意識の混濁していないまともな状態で会うこともできたし、この事態の収拾をつける目途もつきました。天使を総動員すれば、まあなんとかできるかと思います、でも、どうもここからだと霊界の天使たちにも連絡はとれないようなので、現世で意識が戻り次第霊界の天使たちに指示を出しますが、まあそれまでの時間稼ぎを植物霊達にお願いしたということです。》

 あらっ、気のせいかな、ミカエルさんの姿がテレビ画面が乱れたみたいに一瞬乱れたように見えたけど・・・

《あ、あとたぶん1分くらいで私の霊と体が結びつきそうですね、つまり私がこのあなたが創り出した世界を去って、現世で人間『三田村弘道』に戻るわけですが、恐らく同時に目的を達したこのキリキネットの世界も消滅して、あなたも現世に戻れるはずです。ひとつ残念なのは、たぶんこの異世界でのお互い霊体として話した記憶は現世に戻ったら忘れてしまうだろうということです、でも現世の生活を終えて霊界に戻った時にはまたこの記憶も蘇えると思いますから、この続きはまた何十年後かに霊界で、楽しみにしてますよ。植物霊の可能性というのはまだまだ未知数でまだまだ計り知れません、残りの三田村弘道の人生、妻と協力してもっともっと植物霊の研究を進め・・・・・・・】


 と、そこで大天使ミカエルの霊はスッと消えてなくなってしまった。


 何十年後かに霊界で・・・楽しみに・・・確かにそれはそれで楽しみでもあるけど、でもそうか、これで三田村教授が目覚めたら、また三田村教授の人生が再開するんだな。そして彼が亡くなったら今度は直行で霊界に移動して大天使ミカエルに戻るわけだ・・・昨日から一緒だったあのユニークな人格の霊とはもう二度と会えないってことか・・・教授でもなく、ミカエルでもない、『彼』と最後にちゃんとお別れを言いたかったな・・・


 そこでボクの周りの世界が消えていくのを感じた。ミカエルさんが言ってたように目的を達したためにこのキリキネットが消滅してきているようだ。が、あれ・・・なんか聞こえる・・・

【コラ~ッ! オマエカ~ッ! ナンテコトシテクレタンダ~! ケッカイガクズレテヤツガヨミガエッテ、セカイガオワルゾ~~~~~~!】

 意味が分からない、誰だろう、今ボクがまさにその世界を救っているんじゃないか。あれ、でもこのキリキネットに入れるのはボクやミカエルさんみたいなハイブリッド霊だけのはずだよな~・・・

 とか最後におかしな疑問を残しながらも、同時にボク自身の意識も消えていくのを感じて・・・


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 ・・・どのくらい眠っていたのだろうか、というか、あれ、ボクって、いつの間に自分の部屋に帰ってきたのかな~。ベッドの周りを見回したが、勝手にボクのマグカップで紅茶を飲むサムライもいないし、床に転がるミイラ男も見当たらない。

もしかして、あれは全て夢だったのかな~と、まだボンヤリする頭で考えた。スマホはどこだ、あ、枕元に充電器につながって置いてある、でも、やっぱり変だ。ボクはこれでも結構こだわるところはこだわる人間で、いつもスマホの画面を下にして置かないと気が済まないのに、今見ると画面が上を向いている、やっぱり誰かがボクを運んでくれてご親切に携帯のチャージもしてくれたみたいだ。日付を見ると、あら、3日も眠ってたってことかぁ。

 そうだ、とりあえずテレビつけて見てみよう、ついでに、喉が渇いたから紅茶・・・もいいけど、今は冷たいものがいいな。あ、でも冷蔵庫に中には、あれからさらに3日が経過した期限切れの牛乳くらいしか・・・

冷蔵庫を開ける・・・

「あ、あれれ、なんかきれいになって、新しい未開封の牛乳パック、しかも高いやつだ、それにジュース、野菜やチーズや卵まで・・・」

 誰が入れてくれたか気になるが、とりあえず紙パックの100%果汁のミックスジュースをいただいた。あれあれ、あと、冷蔵庫の上に大量にバニラの香り入りの紅茶の箱が山積みになってる・・・


 チャンネルをいくつか切り替えながらしばらくテレビから情報を仕入れてみたところ、どうやら夢ではなかったことがわかった。自分の記憶とも照らし合わせながら、世界の人々にとってのあの事件がどんなものだったのかが段々とわかってきた。


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3日前、例外なく世界中の人々の記憶が約52分間消えているらしい。突然意識がなくなってから52分後、我に返った人々の多くがなんらかの被害を被っており、また、同様に多くの人が自責の念にかられることになった。

 ケガを負って動けなくなってしまった人、家が壊されてて途方に暮れる人、友人や家族を亡くしてしまった人も少なからずいる。あるいは略奪にあったと思われるコンビニやスーパーなどの被害者も多かったりするが、逆に、自分の手が血だらけで、きっと誰かを傷つけてしまったに違いないと警察に駆け込む人や思いあまって自殺する人も多くいたようだ。

 そしてこの空白の52分間をさらに不思議にしているのは、世界中のすべての監視カメラやビデオカメラはもちろんのこと、写メに至るまで、この52分間のありとあらゆる映像や画像や音声もまったく記録に残っていないということだった。

あっ、と思い出して田舎の妹に電話してみた。つながらない、一瞬焦ったが、あの時の騒動で電話回線が途切れて復旧していないところもまだまだ多いということがすぐ分かったので、LINEのメッセージを送ると、しばらくして家族みんな無事だという返信が妹から返ってきた。なんとか一安心。どうやら都会の人口密集地域ほど騒ぎは大きかったが、田舎の方が比較的マシだったようでもある。同じように、皮肉なことには、普段から紛争の絶えない地域ではさほど混乱はなく、平和なところほどいろいろな被害が大きかったみたいだ、まあよく考えればそれも当たり前かもしれないが。

 そして、もう一つ不思議で世間を混乱させていることには、52分後、我に返った世界中の人々がみんな一様に何かに感激して涙を流していたということ。それはあの時起こった精神的な変化による余韻なのか、それともあの時ボクとつながった世界の植物霊達によって心が洗われて感動がみんなの心を満たしてくれたからなのか、どうなんだろう?


 テレビの中では、これは世界的なテロだというアナリストや、宇宙人にしかできない芸当だと主張する評論家がもっともらしく説を唱えている。また、宗教学者や新興宗教の教祖などはこれは神からの警告であるとか、聖書に言われているアレだ、とか色々言ってるけど、どれも信ぴょう性に欠けている。、各国の政府や国際機関などは。いまだに真相は謎のままとして発表を控えているようだ。

 なんとなくボクに予想がつくのは、人々が元の生活に戻れるように最低限の心の記憶操作と世の中の記録の塗り替え作業を天使たちが頑張って施したのだろうということ。しかしながら、物理的に破壊されたものはどうしようもなかった、というところか。

 大天使ミカエル・・・三田村教授や奥さんは無事だったろうか、武蔵さん、半蔵さん、テオジニスさんたちは無事に霊界に戻れたんだろうか。そして、これで本当に聖書にあるアルマゲドンは終わったのか、まあでもボクには話がなんとも高尚過ぎて、これ以上は考えるのもお門違いなので、もう考えるのはよそう。

 ただ、最後までよくわからなかったのは、今回出会ったり関わってきた天使たちや大天使ミカエルやサタンなどの、さらにずっと上にいるらしい『神』というのはどういう存在なのかということだ。天使側が大ピンチの時でも、例えば復活3日間ルールとか、頑なに自分の決めたルールを守ってたりするのは本当に厳格なためなのか、あるいは本当は天使よりもサタンの方を贔屓してて、ハンディをつけたりしたかったんじゃないだろうか、とも考えられてしまう。それとも、そもそもこの世というのは『神』が色んな事を実験するための沢山ある実験室の中の一つで、人間の本質は善か悪かという実験を単にしていただけだったりして・・・なんていろんなことを考えてしまうが、たぶん全部間違ってるんだろうな、たぶん『神』の考えは普通の人間なんかが到底思いもつかないものなんだろう。『神』から見ればボク達がこうして必死に考えることも、ボクたちから見たサルがアガいてる程度のものじゃないのかな・・・


 というあたりで、自分の頭の中のいろんな思考は一旦終了、けじめをつけて、さて、今は現実世界での生活を考えなきゃいけない時だ。漫画が単行本化されれば毎月印税が入ってくるんだろうけど、そんなこと期待できないし、10週間分の原稿料なんてすぐに底をつくから、新しい作品を考えて売り込まなきゃな。あるいはいい機会なので漫画家家業から潔く足を洗うというのもありかな・・・

とか考えてると電話が鳴った。あ・・・れ・・・、この番号は週刊少年ジャンボ編集部のK編集者だけど、今さらなんだよ、

「は~い、桐木で~す。」

 前回最終回のの原稿を取りに来た時のそっけない対応を思い出しながら、ボクも思いっきりそっけなく電話に出てやった。

「あ、どうもどうも、桐木先生、お忙しいところすみません。」

なんだ、これまで『先生』なんて呼んだことなかった奴が急に何を・・・

「いやいや、忙しくなんかないよ、連載打ち切られたんで、暇もてあまして困ってたところだよ。」

 思いっきりいやみのつもりだったんだが、色んな意味で意外な返答が返ってきた。

「あっ、そうですか、お暇で良かった(ここでちょっと殴りたくなったが)、先生が他の出版社の仕事を受けられたりしないかと冷や冷やしてましたよ~、では、早速また連載の打ち合わせをさせていただいきたいんですが、今から先生のお宅に伺ってもいいでしょうか(おっと、びっくりだ)?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ、意味がわかりませんよ、あんなに急に一方的に連載打ち切っておいて、今度は何です? なにかあったんですか?」

「いや~そうでしたそうでした、すいません、でもご存知のように、週刊少年ジャンボの連載は、読者の人気投票に大きく左右されるもんで。桐木先生の作品は連載6回目から3週間連続の最下位を見事達成されましたから、やむなく連載打ち切りとなりましたが、なんとなんと今週号、奇跡が起こりまして、連載終了直前の第9話が読者人気投票の第一位に輝いたんです、あ、上からですよ、下からじゃなくて上から一位ですよ。」

 最後にまたなんか言わんでも良いことを言われた気もするが、まあ、悪い話じゃない・・・どころか・・・すげーことだよなこれ。色々ありすぎて、このくらいじゃ驚けなくなってる自分を顧みて苦笑してる自分に自分で感心したりして。3週連続最下位から一気に上位一位というのも普通ならありえないことだけど、なんとなく今ならわかる。それはたぶん3日前の出来事、みんなの知らないところでの天使とサタンの戦いがたぶんみんなの深層意識に働いて、ボクの漫画がそれにウマく乗っかった、ということだろうな。いや・・・もしかしたら、今回のボクのやったことに対してのご褒美、ってことで天使さんたちが陰でなんかしてくれたってこともあるかもしれない・・・かな?

「でもさあ、Kさん、『次回最終回、応援ありがと~、またいつかお会いしましょう!』ってやっちゃってるでしょ?『模範怪盗ナトガイア』じゃなくて別の作品描けってこと?」

「いえいえ、『またいつか』がすぐに来たってことで、読者が見たいのは『ナトガイア』なんで、またわけのわからない他の作品持って来られても困りますから・・・」

「ちょっと、あの、Kさんねぇ、もうちょっと言い方考えた方がいいよ。まあでも終わるって言ったモンをどうやって続けようっての?」

「あ、それなら心配いりません、『模範怪盗ナトガイア』は有終の美を飾って、次からは新連載の『模範怪盗ナトガイアneo』がスタートってことで・・・」

 やっぱりその程度の子供だましか・・・

「わかりました、Kさん。連載引き受けるよ。でも2つだけ条件出したいんだけど、いいですよね?」


最終章 オリンピアの風


 風があたたかい。さすがにここまで来ると潮風の香りとはいいがたいが、方角的にはエーゲ海の方から吹いてきている心地よい風にあたりながら3000年くらい前の遺跡を歩くというのもなかなかオツなもんだ。

 週刊少年ジャンボ編集部に出した2つの連載再開の条件、担当Kさんはなかなか粘って了解しなかったが、直々に編集部まで乗り込んで編集長と直談判したところ、意外にすんなりとOKが出たのには驚いた。

 1つ目の条件は、再連載開始のタイトルは『模範怪盗ナトガイアneo』みたいな子供だましではなく、ボクが案を出させてもらうというもの。ここまでの漫画の展開はこれからの展開のためのプロローグということで、これからが本番ということを感じさせるようなタイトルを提案するということで了解を得た。

 2つ目は、漫画の新シーズンでは舞台を世界に広げて、さらにスケールの大きな漫画にしていきたいので取材旅行でギリシャのオリンピアに行きたいから、再開までに2週間の時間が欲しいというもの。

 この2つの条件ともあのケチで厳しい編集長があっさり認めてくれた上に、まさか取材旅行費用まで出してくれるとは。

「いや、桐木先生、これまで申し訳なかった、改めて先生の作品を見直してみて、なぜこれほどの名作だったことに今まで気づかなかったのか、編集長として私は恥ずかしい!」

 と言って机に頭を打ちつけるほど頭を下げたのには正直ボクもぶっ飛んだ。


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 宮本武蔵さん、服部半蔵さん、この2人はボクもよく知っていたし、もともと歴史ファンだったボクは小説や映画やドラマで夢中になって見ていたヒーロー達でもあった。

 でもテオジニスさんについては失礼ながら何も知らなかった。最初苦手だったけど、あの時、テオジニスさんが訥々(とつとつ)と静かにボクの心に染み入るような語りかけをしてくれなかったら、今頃世界は崩壊していたはずだ。武蔵さんからは古代格闘技、たしか噛みつき以外何でもありというパンクラチオンで無敗だとは聞いていたが、テオジニスさんのことを後でインターネットで調べてみて驚いた、今から2500年くらい前のオリンピアのヒーローで、ガチの格闘パンクラチオンで22年間の間1300勝無敗、ボクシングでもチャンピオンになったこともあり、マラソンでも優勝するという、もうほとんど化け物(失礼(笑))みたいな人だったわけだ。でもそうなるには武蔵さん同様に日ごろからのすさまじいトレーニングと自己管理を自分に課していたはず。そして自分への厳しさとは逆に他人に対しての思いやりの心の大きさにもボクは大きく心を打たれていた。だから、その彼が生きていた場所、このオリンピアを何としても訪れたかったんだ。その願いがこんなに早くかなって感無量な感じだ。

「ここが競技場の跡なんだよね、ここで毎日のようにパンクラチオンで戦ってたわけなんだ、しかしよくまあ極限のハードなパンクラチオンを毎日毎日、現在ではとても考えられないなぁ・・・」

「ははは、そうですね、今考えると自分でもよくやってたと思いますよ。試合がない時はだいたい、えーと、あ、あそこ、あの辺に練習場があってあそこで友人たちと一緒に訓練してました、懐かしいですね。」

「いやいや、拙者も生涯で真剣勝負60勝無敗でござるが、1300勝無敗とは、まことに恐れ入ってござる。」

「同感ですな、それにしてもこのギリシャの遺跡から想像する建物は極めて巨大なもの、なかなか忍び込むにも容易ではなさそうだが、3000年前に戻って挑戦してみたいものでござるな。」

 日本の漫画家、無敗の古代ギリシャ最強格闘王、日本の誇る最強の剣豪、史上最も有名な忍者の頭領、このおかしな4人連れの観光客が行く先々ですれ違う人々は、最初恐怖に似た緊張感を一瞬ビリビリッと感じた後に、みんな穏やかな安心感に満たされて、最後は微笑んで振り返ったり手を振ったりしながら別れていく。いや、実は本当は4人じゃなくてもう1人いるんだけどね・・・。


 オリンピアから移動してギリシャ最後の日はちょっと贅沢にサントリーニ島のホテルに一泊。写真で見た通り、いや、写真をはるかに上回る美しさ。何時間見ていても飽きないなんていう表現があてはまる景色が世界にどのくらいあるかわからないけど、この白い建物と青いエーゲ海の織り成す美しさは世界の絶景ベスト10の、それもかなり上位の方に来ること間違いないんじゃないかな。

 シャワーを浴びてスッキリして、名物のサントリーニワインとチーズでちょっと贅沢したあと、やっぱこれだな、日本からこれは忘れずに持ってきてたバニラの香りの紅茶、うん、やっぱりこの香りとこの味だ、落ち着くな~。あれ、なんか聞こえたかな・・・気のせいか・・・いや、やっぱり、コンコン、と控えめなノックの音、あ、きっとテオジニスさんだ。

「桐木さん、あの、主(あるじ)がちょっとお話ししたいと・・・」

「あ、わかりました、じゃ・・・」

彼の差し出した「葉っぱ」を受け取るとボクはそれを部屋の中のテーブルの所まで持って行ってから手放した。それからノートと鉛筆をカバンから取り出してテーブルの上に置いた。この間、「葉っぱ」はテーブルの上ではなく、テーブルの30センチほど上空に静止してとどまっていた、他の人が見たらびっくりするだろうな。

「では私は外で・・・」

「あ、どうぞどうぞ、中に入って待っててよ、テオジニスさん。」

「いえ、では私は外でお待ちしてますので、終わったらお呼びください。」

 バタンと部屋のドアを閉めてテオジニスさんは出て行ってしまった、とはいってもドアを開けたらそこに直立不動で立っているんだろうけどね。

 テーブルの上の鉛筆が持ち上がってノートに文字を書き始めた。

《すまんのぉ、いろいろ心配かけて。》

「いや、ボクは大丈夫、心配なのは彼、テオジニスさんの方だよ、どうなの今、ちょっとは立ち直ってんのかなぁ。」

《いや、それがノーチェンジで、どないしよかと往生してまんねん。》

「そう・・・で、アンタ・・・教授の方はどうなの、ちょっとは何か思い出したりする? 霊界でのテオジニスさんのこととか、奥さんのこととか・・・」

《それがなんもかわりゃーせんとよ。あ、一つだけ思い出した。》

「え、何々?」

《ずいぶん昔、この辺に住んでいたことがある。》

「え、じゃあテオジニスさんみたいに格闘士だったりボクサーだったりスポーツ選手だったりしたってこと?」

《いえ、結構いい家に住んで、ワイン売ってかなり羽振りが良くってキレイな嫁さんもらって・・・》

「あ、それは教授の奥さんには内緒にしときましょうね~。」


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 ここから語るのはあの後、祐実教授から連絡をもらって再び北陽大学の心霊学部の学部長室を訪れて聞かされた、あの出来事の直後に起こった信じられない顚末(てんまつ)の話・・・・・・


 テレビやネットのニュースで見て、ひととおり状況はわかっていたが、祐実教授からあらためてその時の状況を説明していただいた。ボクはどうやらうまく世界の植物霊とつながることに成功したみたいで、植物霊達が世界中の人々の魂を包み込むようにして闇のエネルギーを浄化してくれたらしい、ボクにはその時の記憶は全くないんだけど・・・まあおかげで世界中の人々の魂と体に入り込んで悪さをしていたサタンの闇エのネルギーが浄化されて人類史上最悪の事態は収拾された。あの時の52分間の空白のことは、52という数字が不吉を表す数字である13の丁度4倍にあたることから「悪魔の正方形=デビルズスクエア」と名付けられて歴史に刻まれることとなった。

 そしてそのすぐ後、北陽大学心霊学部の地下室では、三田村教授の体への霊体の結合がついに完了しつつあった。三田村教授の体の中で、教授の記憶とともに、大天使としての記憶も取り戻したミカエルが霊界の天使たちに素早く指示を飛ばした。それを受けて霊界の天使たちは瞬時に総動員で、この世界中の人々の52分間の記憶を消去(リセット)し、あらゆる記録を削除(デリート)した。そして霊界においても、天使の軍隊が霊界の最下層に向かい、サタンとその下僕(しもべ)たちが闇のエネルギーを使い果たしてしばらくは何もできない状態にあることを確認した。

ミッションが成功したことを確信した大学の屋上にいたテオジニスさんと武蔵さんは気を失ったボクを抱え、記憶をリセットされている間立ち尽くしている人々の間を通って、心霊学部の地下室へと戻った。

 喜び勇んで戻るテオジニスさんと武蔵さん、涙を流して迎える祐実教授と服部半蔵さん、そしてベッドの上から、まだ完全に覚醒していないながらも元に戻りつつある三田村弘道教授=大天使ミカエルが「祐実、苦労かけたな。みんな、よくやってくれた。」とまだはっきり声も出せない状態の中、声を振り絞ってみんなに声をかけた。

 今度こそ本当にハッピーエンド・・・になるはずだった・・・


 そこで信じられないことが起こった・・・


 感激の涙で前がはっきり見えなくなっていたテオジニスさんが、縛られて床に転がっていた、教授の言う所の、あの宅急便スーパープリティーキュートカワイイモエモエエキゾチックガールにつまずいて、あの巨体が三田村教授につながれた生命維持装置に大激突! 装置は大破してしまったのだそうだ。夫人や服部半蔵さんの懸命な救命処置の甲斐もなく、残念ながら三田村弘道生物学部教授は還らぬ人となられた・・・しかしながら、それは同時に大天使ミカエルが霊界に復活!!!!!のはずだったのだが、霊界の天使たちに連絡しても、ミカエルは一向に戻って来ないということだった。

 もしや、と、祐実教授は武蔵さんとテオジニスさんに小麦粉を大量に買って来させて地下室にばらまいた。すると、三田村教授が横たわるベッドから約1.5メートルくらいのところに不自然な人の形が浮き上がっているのが見て取れた。

 どうやらハイブリッド化した教授=ミカエルの霊、その植物の霊が霊界入りを妨げているのではないかということだった。なんのことはない、わざわざ教授に生命維持装置を取り付けて植物人間化しなくても、大天使ミカエルは死んで肉体と離れた後でも植物零の干渉を受けて霊界に戻れなくなっていたっていうわけだ。さらに言えば、結局植物霊を霊界に持ち込むなどということは最初からできないことだったってことになるわけで、もう、天使側もサタン側も、これまでさんざん何やってたんだか・・・

 人の形をした小麦粉のかたまりが右手を動かして何かをうったえている様子を見て、半蔵さんが鉛筆と紙を用意した。するとそこに最初に書かれた文字は・・・


《ワッチの友達、桐木さんはご無事かえ?》


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 という、とんでもないオチがあったようで、三田村教授の奥さん、いや、三田村祐実北陽大学心霊学部長は、サタンの呪縛が解けて心を入れ替えたあの狐顔の沢田助教授も加えた特別チームを組織して、今度は人間の霊と植物霊を分離するための研究を急ぎ進めている。

祐実教授曰く、

「大丈夫よ、もともとまったく別々だったものをくっつけることができたのですから、それをまた分ける方がずっと簡単ですのよ。実際、主人が霊界に戻った後に主人の霊と植物霊を分離させて植物霊が単独でも存在して増えて行けるようにという研究と準備は既に霊界側ではできていたのよ。霊界と現世では環境が違いますが応用はできます、ただちょっとお時間はかかりそうですけどね。」

 闇のエネルギーの殆どをサタンが失った今、しばらくは大天使ミカエルが急いで霊界に戻る必要もないし、テオジニスさん、武蔵さん、半蔵さんも、記憶の混濁がまた起こってしまって手のかかるミカエルの霊を監視して守るという新たな役目を持って、しばらくはこの現世に留まる、ということになったらしい。

 そういうわけで、三田村教授の霊、というか大天使ミカエルの霊は、責任を感じまくってるテオジニスさんが常にコットン100%Tシャツを一緒に着ている状態にある。『ミカエル様が霊界に戻られる時まで私が命に代えてお守りします』・・・だそうだ。


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《桐木殿、今晩はアナタの部屋でいっしょに寝たいの》

「あ・・・いや・・・まあ、ボクはかまわないけど、テオジニスさんが・・・」

《そうなんじゃ、あの男、泣くか謝り続けるか、あるいは昔の思い出を延々と語り続けるか・・・あの時の霊界の戦いではどうだったとか、こっちは覚えてないのよね~、悪い男じゃないんだけど、ちょっと困ってて、貴殿だけが頼りでごわす。》

 『貴殿だけが頼り』・・・まあそれはそうなんだけどね。ボク以外に頼めないのはわかる。あのテオジニスさんはまあ置いといて、武蔵さんや半蔵さんまでハイブリッドがうつってしまっては大変、祐実教授の手間をこれ以上増やすわけにもいかない。


 祐実教授の言ってたのを思い出した。


「いいこと、桐木先生、テオジニスはあの通りだからまあしょうがないとして、『あの人』が他の人と接触してこれ以上ハイブリッド霊が増えないようにくれぐれも気を付けてくださいましね。それとあなたもよ。当然のことだけど、わたくしたちの研究が成功するまでは死なないように気を付けてくださいね。今死ぬとあなたも霊界に行けずに主人みたいになっちゃうということを忘れないでね。」

 とんでもないことサラッと言う祐実教授も祐実教授だけど、それをサラッと受け入れられるボクも大したもんになったな~


「わかったよ教授、じゃあ今日はここにいてよ、ちょうどいいから、新しい漫画の展開についてちょっと意見をもらいたいな、なんかユニークな意見期待してるよ。」

《『模範怪盗ナトガイア』の新シリーズでござるな、ふ~む、ここまでは主人公が追い詰められてて『あとがない』状態じゃったが、新シリーズでは成長した主人公が苦労して身につけた能力を駆使して人々を救っていくのでござったな。そういえば桐木殿、ちょっと前に『人が神の考えを知ろうなんて、サルが人に対してあがいてるようなもんだね,、だけどたとえそうでも、あがくのを止めたくはないよね』とかボヤいちょったろう? ならば新タイトル『模範怪盗サルアガキ』ってのはどうやねんな。》

「う・・・ん・・・あ、なるほど! それいただきだ!『あとがない』から『さきがある』か! へ~すごいじゃん、冴えてるねぇ教授!」


《あの、桐木・・・さん・・・》

「え、何改まって?」

《そうそう、一度改まってお礼を言いたかった、サドンリー舞い込んだワッチをテイクケアしてくれて、世界を救ってもろうた。》

「な・・・いいよいいよ、霊で言えばみんな兄弟なんでしょ、ボクらも、みんなも」

《すべて一件落着で、わしももうこの世に思い残すことはない、と言いたいところでおましたが、実は一つだけ残念なことがあるっちゃ。》

「え、なに?」

《今もユーがドリンクしてるそのバニラの香りの付いた紅茶、みんなでおいしいおいしいと言って飲んでるのに、ワシ一人だけ飲めんで仲間外れじゃきに、いっぺんでよか、オイも飲みたか~》

「あ、これ、いやそんな大したもんじゃないって。」

《いやいや、仲間外れはいやじゃ。》

「しょうがないでしょ! 無理なものは無理なんだし。あ、そうだ、じゃあ祐実教授の研究が完成して霊界に戻れたら、また生まれ変わって来て飲んだらいいじゃん?」

《おお、その手があったか! よかよか、それだ、そういうことなら、貴殿の子供に生まれてくれば間違いござらぬな。》

「ええっ、ちょっと、やなこと聞いた。将来子供が生まれたら・・・やだやだ! 考えたくない! 気味が悪い~」

《そう固い事言いなさんなって、あ、そうだ、アイドル顔でおっぱい大きい母ちゃんをプリーズプリーズ》


 と、突然!バリバリバリって大きな音とともに天井から・・・あら、服部半蔵さんが落ちてきた。

「し・・・失礼いたした、珍しい造りの家なんで、つい天井裏を調べてたのじゃが、この拙者としたことが・・・」

 音を聞いたのか、窓を壊して武蔵さんが、ドアを蹴破ってテオジニスさんが、それぞれ飛び込んできた。

「桐木殿っ! ご無事で・・・あ・・・なんじゃ半蔵か・・・」

 続いてスマホが鳴る、この番号は日本の祐実教授だ。

『もしもし、あ、桐木先生、大丈夫ですか? なんだかみんなの妙なテレパシーを感じたので・・・』

「いえ、大丈夫です、いつもの・・・ですから・・・」

『そう、いつもの・・・ね・・・はい、じゃあ、お世話おかけするけど、みんなのことよろしくね。』


 ちょっと遅れて駆けつけてきたホテルの従業員たちへの対応はテオジニスさんに任せよう、ギリシャ語が話せる人がいるのは助かる、なんとなく昔のギリシャ語を話してるみたいで時々かみ合ってないみたいだけどね。では、ボクはみんなの分のバニラの香りの紅茶をいれるとしよう、と思ったら既に武蔵さんが入れてた、あいかわらず素早い。そうそう、素早いと言えば半蔵さんは・・・消えてる・・・


 ああっと、これはっ、素晴らしい! 武蔵さんの壊した窓から素晴らしい風景が飛び込んできた!

 エーゲ海に沈んでいく夕日の光で、真っ青な海の色が段々と金色に変わっていく! 

 テオジニスさんと口論してたホテルの従業員も、口をつぐんで海をしばらく見つめた後に、何かつぶやいてにっこりと笑って、またテオジニスさんと話しをし始めた。言葉はわからないが意味はわかる。大自然の前ではなにもかもがちっぽけなことなんだ。


 鉛筆が持ち上がったので、ホテルの従業員をびっくりさせないように、とっさにボクも手を添えた、もう慣れた動作だ。

《ミスター桐木、もう1日くらいゆっくりするのはどないじゃろか?》

 明日帰国の予定だったけど、ボクもまったく同じことを考えてた。祐実教授や漫画の編集部は心配するかもしれないが、そのくらいいいだろう。あともう一日、誰にも知られずに世界を救ったこの仲間でもう1日・・・

 気がつけば、いつの間にかホテル側と話をつけたテオジニスさんがボクの横に立っている。、紅茶のカップの載ったトレーを持った武蔵さんもボクの前に居て、さらに、、

「拙者も今行くゆえ、しばしお待ちを・・・」

 今度は床下から声が聞こえた。


 お気に入りの紅茶の香りの中で最高の仲間たちと最高の夕日を眺める・・・

壊した窓から・・・

 僕らにしか味わえない最高のひと時は世界を救ったご褒美として充分だと言えそうだ。ただ今の一番の問題は、壊した窓から蚊が入ってきてるみたいなので、今晩どうやって寝たらいいか『模範解答』を考えなければいけなくなっちゃったってことかな・・・



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