第5話 アルマゲドン発動

第十一章 北陽大学心霊学部


 三田村祐実教授、武蔵さん、テオジニスさんとボク、あ、あと霊体の三田村弘道教授も、またTシャツを一緒に着てもちろんいっしょに、地下鉄と電車を乗り継いで、途中で服部半蔵さんとも合流して北陽大学へとやってきた。

 服部半蔵さんは、しばらくのあいだ顔を伏せてまともに我々、とりわけ祐実教授とは顔も合わせられないような感じだったが、『いよいよ大事な任務よ、皆さん抜かりなく』という祐実教授の言葉でようやく本来の彼を取り戻したようだ。でもあいかわらず夫人の近くには近寄りがたそうな感じは残ってる。

「あの、ボクのアパートに残してきた、あのミイラ男やタコ人間はあのままで大丈夫なんでしょうか?」

「心配ご無用、あのままが一番でござる。敵もドジした仲間をわざわざ救出に来るよりも、ミカエル殿の体をわれわれが奪い返すのを阻止するのに全力を注ぐであろうし、あ奴らもしばらくはまともに動けぬでござる。」

いや、というよりも、たまたま誰かが見つけたら、ボクが少年たちを誘拐監禁したということでお巡りさんの世話になっちゃうんじゃないかと心配したんだけど・・・美少年なだけにますます人に見られたらボクが大悪人にされかねない、こういう変な心配もあるにはあるが、まあでも今それどころではないか。

「あの、三田村さん・・・奥さん・・・実はあれから色々考えてて、もう一つ疑問が出え来てしまったんですけど、聞いていいですか?」

「なんでしょう、桐木先生にはわたくしで答えられることならばなんでもお話しいたしますわ。」

「あの、植物とか植物霊を創ったのも『神』さまなんでしょ、だったらこんな面倒くさいことしなくても、『神』さまが『エイヤッ』って植物霊を霊界に移すくらい簡単にできるんじゃないんですか?」

「桐木先生、やはりあなたはすばらしく頭のきれる方ですのね。そう、ではもうひとつ、特別なことをお話しいたしますわね。」

 え~っと、ちょっと緊張する、やっぱり「神」さまについて突っ込んで聞いちゃったのはまずかったかな~

「実を言いますと、私たち『天使』にも『神』のすべてがわかっているわけではないのです。『神』から見れば私たち天使も、すべての人も、あなたも、そしてサタンも、すべて等しく『神』の霊の子供たちになります。最も神に近い長子のキリストは『神』の代行者とされているので少し特別ですが。それで、『神』は非常に慈愛に満ちていると同時に、非常に厳しく厳格でもあります。この現世の場を用意されて、霊達はみんな厳しい修行にさらされることになりますが、先ほど申し上げましたように植物を配置するなどきめ細かな優しさで、できる限り子供である霊達が成長できるための環境も用意してくださいました。しかしその後は子供たちである霊達にすべてをゆだねておられます。それで、霊界には我々天使のように現世の霊の成長を助けようというグループと、サタンとその仲間の様に他の霊達を踏みつけにしても自分たちだけ好き勝手にしたいグループができてきたわけです。霊界から人々を正しく導いたり守ったりする天使たちのことを人々は「守護霊」と呼んでますね。反対に、霊界の底から人々を堕落させようと誘惑するサタンや手下の霊達を「悪霊」と呼んでます。」

「あ、そうか、なるほど、守護霊とか悪霊とかいう存在も実際には次元を挟んで霊界側にいて影響しているわけなんだ。」

「そのように人々を導いたり閃きを与えたり、あるいは宮本やテオジニスや服部が非常事態にはこうして現世に来たりしている、こうした力はすべて『神』から借りているものです。すべては『神』の力を『神』の許して下さる範囲内で使うことで可能となっているわけですが、実はサタンも同じで、サタンが人々を堕落させたり、現世の人間をコントロールしている、その力の源も同じように『神』の力をサタンが使っているわけです、天使の力もサタンの力も、実はすべて『神』の力を借りている物なのですよ。」

「え~っ、て、そんな馬鹿な! じゃあ神様は天使の味方もしてるしサタンの味方もしてるってことですか!?」

「いえ、勘違いなさらないでね、そんな低いレベルのお話じゃないのよ、『神』から見れば、いまここで起こっていることにしても、そうね、ちょっと例えとして適切かどうかわからないけれど、感じとしては『子供たちの兄弟げんか』くらいのものなのね。『神』からすれば、兄弟のどっちも依怙贔屓しない、ただそれだけのことなのよ。従順なお兄ちゃんにだけおもちゃを買ってあげて、言うこと聞かない悪い子だからって弟の方にはおもちゃ買ってあげない、っていうような差別を『神』はなされない、単純にそういうことね。慈愛に満ちて、かつ厳格なのが『神』の『神』たる証なのよ。」

「・・・・・・」

 いや、まあ、そういう風になっているならそうなんでしょうけど、今までのボクの理解では、『神vsサタン』なのかと思ってたけど、実は、『天使vsサタン』の壮大な兄弟げんかをお父さんである『神』は上から見守ってる、ということになるのか・・・

 ちょっと自分の頭の中では納得いかない部分も残るが、ひとまずそれはそれとして受け入れて、今やるべきことに集中した方がよさそうだ、

「え~と、神様のことはまあ今は置いといた方がよさそうですね、というか、そういうものだと言われれば受け入れるしかないわけですが・・・。大事なのは今これからのことなので頭切り替えます。三田村教授の奪還作戦になるわけですが、敵は何人いてどんな戦力なんでしょう? 調べてあるんですか?」

「ええ、相手の戦力について、どういう人たちかというのは、テオジニスが公園で戦った時に実際にご覧になられてますね? サタンはサタンに忠誠を誓った人間の脳の内部を刺激して、人が本来持っている、体に必要以上の負担をかけないように制御しているリミッターを解除することで、通常の人間が使っていない眠っている力をフルに引き出すことができます。また、それと同時に痛みを感じる痛覚もマヒさせるので、通常の人間の数十倍の力を持ち、何も恐れない最強の戦士たちができるというわけね。でも結局それは脳や体に無理な負担をかけるわけだから長くは続かずに、数日から数週間で肉体を壊してしまうことになるのだけれどね。そういう強化された人間たちが、服部さんの調べでは12時間ごとに4人ずつ、心霊学部に交代で出入りしている、つまり24時間体制の見張りを8人で行ってるというわけね。でも我々が既に2人を捉えたことで既に臨戦状態になってしまったから、今は多分全員に召集がかかってると見るべきね。大学で主人の体を確保する8人、そして2人はあなたのお部屋、一人は助教授の沢田敦子とすると、あともう2人フリーの者がいることになるわね。」

「え、っと、その言い方だと敵の数が決まってるということですか? え~と、そうすると、13人ということですか?本当にそれだけ? もっと隠れているとか。」

「それはありません、『13』というのはサタンのこだわりです。最も安定と調和のとれた数である12にもう1つ加えて調和を乱すのがサタンがサタンであるゆえんなので、手段を択ばぬサタンですが、同時に部下たちへの見栄もあってこれだけは揺るぎません。」

「そうか、西洋では13を最も不吉な数といいますね。」

「そう、10というのは両手の指の数で安定しているように思えるけど、1と5と10にしか分けられないわよね、12は1、2、3、4、6、12と場合に応じて多様に分けられる最も調和と安定を持つ数なの。キリストの使途の数も12人でしたし、星座とか、東洋の干支も12よね、正常な人々はみんな自然と安定を求めるものなのよ。」

「なるほど、言われてみればそうですね、その12にちょっかい出して乱して、かつ上を行こうというのが13につながってるわけか・・・でも本当に13人ですか? 130人とか1300人とかってことははいんでしょうか?」

「それはサタンのもう一つのこだわり、13が素数、つまり、その数自身と「1」以外では割ることができない数字で12よりも上、というこだわりがあるので、130とか1300みたいにたくさんの数に割れる数はサタンにとっては無意味な数字になるのよ。」

「なるほど、そのへんのプライドは見事な感じもうけますね、あ、だとすると、こちらの味方も今ここには3人しかいませんが、全部で12人いるってこと?」

 こりゃすごい、この3人の勇者以外にどんな面々がいるのか、ゾクゾクする。

「え、こちらの味方? 今ここに全部揃ってますわ。」

「こちらは、これだけ? 12人じゃないんですか・・・?」

「主人が行方不明になって、天使たちは『神』の力を借りてすぐこのテオジニスさんをこの世に復活させました、それが8日前、服部さんが復活したのが5日前、宮本さんは2日前です。『神』から許されている生前の体を戻す『復活』という行為については、この世の時間にして3日に1人が限度なんです。イエスキリストの復活にも3日必要だったでしょ? あと1か月待てば12人も可能でしょうが、もう時間がないのはおわかりよね、でもこの3人でも十分ですわ。」

「・・・・・・」

 もうなんて言っていいかわからない。キリストが3日後に復活したのにはそういう事情が実はあったってわけなのか・・・

「主人の最も忠実な部下で最強の戦士テオジニス、そして日本であるということも踏まえて探索が得意の服部半蔵さん、そして最強の剣豪、宮本武蔵さん、明日までもう1日待てれば最高の軍師、諸葛孔明さんがいらっしゃるので心強いのですが、すでに敵からの攻撃があり2人を捉えた以上もう待てません」

「・・・・・・」

 諸葛孔明、マジかよ・・・唖然とするしかない。

「大軍師孔明さんの代わりと言ってはおこがましいですが・・・わたくしが作戦を指示しいたしますわね。皆さん、よく聞いて抜かりのないようにお願いしますね。」

 言葉使いは相変わらず上品ながらも、そこはさすが大天使ミカエルの奥さんならではの威厳がやはり感じられる。


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「あら、祐実教授、ご連絡いただけばこちらからお迎えに上がりましたのに。あの、こちらの方は?」

「わたくしの留守中ご苦労様ね、敦子さん、こちらは漫画家の桐木先生。」

「あら、漫画家の先生ですか、どうも沢田です、よろしくお願いします。」

 北陽大学心霊学部の学部長室で、沢田敦子助教授から名刺を受け取る。なかなかの美形だが、基本的に体つきも顔のパーツもすべてが細い、という感じで、目元も少し吊り上がり気味ということもあって、なんとなく狐を連想させる人だ。祐実教授が「あの女狐さん」と言っていたのを思い出した。

「あ、敦子さん、桐木先生は持病の腰痛があるようなので、そうね、クッションが良くて車の付いたあなたの椅子をお薦めしてくださるかしら?」

 え・・・何を突然言うのか・・・でもなんかわからないから従っておくか・・・何か意味があるのかなぁ・・・

「どうぞこちらの椅子をお使いください、あの、漫画家の桐木先生って、もしかして『少年ジャンボ』の『模範怪盗ナトガイア』描かれてらっしゃる・・・」

「あ、ご存じで、光栄です。」

「心霊学部の中では有名です、実に興味深いです。そうそう、一つお聞きしたかったんです、怪盗の名前『ナトガイア』は言葉遊びですよね、『あとがない』からの。」

 感動だ!!!よく読み込まれている! そうか、あの漫画、こういう業界ではそれなりに興味持つ人が多かったってわけか。

「桐木先生は心霊学部の取材をなさりたいということで、今日はお連れしましたの、敦子さん、わたくしたちの研究をご紹介してさしあげてね。」

「え、あ、ああ、そうなんです、そうなんです、取材にご協力よろしくお願いします。」

「かしこまりました。あの・・・」

チラッと狐目の助教授は夫人とボクを交互に見て、

「あの、ご主人の方は・・・」

「ええ、主人の知り合いや心当たりをいろいろあたってるんだけど、まだ手がかりはないの、あ、桐木先生も内々にということで主人が行方不明ということはお話ししてますので話してかまわないわよ。」

 狐と狸の化かし合いだ、互いに相手がどこまで知ってるか探り合いだなこりゃ。ここに同席してるボクの方が冷や汗が出て来る。

「敦子さん、確か地下の倉庫にあったわね、中世ヨーロッパの魔女狩りについての資料。あれを桐木先生に見ていただきたいのだけど、あなたに預けてある地下室の鍵、ちょっと今貸していただける?」

 沢田助教授、わずかではあるが表情がこわばったのが見て取れた。

「いえ、教授がわざわざ地下室に行かれなくても、資料なら私がとって来ますから・・・」

「あらそう、ではお願いね、でも結構重たいわよ、一人で大丈夫かしら? 私も手伝った方がいいかしら?」

「いえ、ご心配いりません、力持ちの研究生たちに手伝ってもらいますので。」

そう言うとインターフォンの受話器を取って、

「あ、松崎君? ちょっとこちらに来て三田村教授とお客さんのお相手しててもらえる? そう、それと誰か、私と地下室に資料取りに行ってもらいたいんだけど、はいはい、じゃお願いね。」

 受話器を置いた沢田助教授に三田村夫人が静かに訪ねた。

「松崎君・・・私の知らない子ね。新しく研究室に入った子かしら?」

「ええ、いわゆる帰国子女で、イギリスではお姉さんが心霊学を学んでたみたいです。彼もお姉さんに付いてよく一緒に研究室出入りしてたらしくって、なかなかいい情報と伝手が得られた感じですよ。では、私はちょっと失礼して地下室まで。」

 そう言い残して沢田助教授が部屋を出る。

「松崎君というのがわたくしたちの見張り役というわけね。まあ一人だけでもこちらに引き付けられれば、地下室に乗り込む彼ら2人にも多少の助けにはなるわ。」

 武蔵さんとテオジニスさんは、地下室が開いたら突入して三田村教授を助け出す手筈になっている。服部さんは天井裏でわれわれ2人の護衛について来てる・・・らしい・・・気配はボクにはまったく感じられないけど。それと、あともう一人・・・

「教授・・・三田村教授、いますよね、・・・」

 カッターシャツの下に着ているコットン100%のTシャツがわずかに動いた。こんな風に今日もボク達は一心同体ならぬ二心同体なんだけど、ボクにも植物例がうつったのが幸いしてきてるのか、お互いの植物霊がクッションみたいに働いているようで当初に感じていたような悪寒(おかん)が走るとかいう感覚はなくなっている。 ん、なんか言いたそうだな、

「ほら、紙と鉛筆だよ、教授。」

《おかんが走らん代わりにおとんが走ったりはせんのかい?》

 またおかしなボケをこんな時にかまして・・・奥さんもあきれてるんじゃ・・・あれ・・・

「どうしました、もしかしてウケちゃってますか、このボケに?」

「いえ・・・ミカエルも三田村もこういう冗談ってまったく縁のない人でしたので、ちょっと・・・この人にもこんなボケができるのね・・・」

「けっこうハイレベルですよ、でもこれまではボケようとしてボケてたんじゃなくて天然のボケみたいでしたが、今のは完全に狙ってボケてましたよね。思い出せなくてもやはり奥さんや仲間と合流できたことで安心して心に余裕ができてきたんじゃないでしょうか。」

 奥さん、祐実教授もちょっと嬉しそうな微笑みを浮かべてボクのメモ帳の文字を静かに見つめている。

「ところで、さっきまではあの武蔵さんとテオジニスさんの2人がいれば1000人相手でも大丈夫と思ってましたけど、サタン側にはリミッター解除された強化人間みたいなのが11人、いや、1人こっちに来るから10人かな、そういうの相手だとどうなんでしょうか? 大丈夫でしょうか、武蔵さんとテオジニスさん。それにそんな強敵と激しくぶつかり合ったら三田村教授の体も傷つけちゃうってこともありえるんじゃないですか?」

「あら、それはむしろ好都合ですわ、我々で息の根を止めて霊界に早いとこ行ってもらのが本当は一番楽なんだけど、人殺しは色んな罪の中でも一番重い罪だから手をかけた者は霊界の最下層に追いやられてしまいます、でもうまい具合に事故で死んでもらえれば・・・うふっ、な~んて冗談よぉ。」

「・・・・・・」


 しばらくしてドアが開いて堀の深い顔をした青年が入ってきた・・・え・・・!!!

「三田村祐実教授ですね、初めまして、最近転入してきました松崎です。」

 その彼、松崎という研究生が来るのはわかっていたが、その後からぞろぞろと・・・え~何人だ、松崎を入れて全部で9人!しまった、ボクと夫人と、あとそうだ、一番肝心の三田村教授の霊もここにいると見て、沢田助教授にまんまと一芝居打たれた!

「あら、あなたが松崎君ね? なかなかハンサムなお顔してらっしゃるわね、初めまして。あらあら、でも他のみなさんも知らない方ばかりねぇ。」

 な、なな、何を落ち着いて、こんな時にもいつものままの祐実教授だ。

 あ~、このままだとボクも植物霊を持っているということで、捕まって仮死状態にされてしまうのか・・・と、またしてもボクの職業病、生命維持装置を取り付けられて植物状態の自分のカットを脳裏に描いてしまった。田舎の父と母と妹の顔が浮かんだ、ボクが突然消えたら、みんなわけわからずに困るだろーなー・・・

 9人はボクと祐実教授の周りを囲むように静かに移動していく、このままじゃあ文字通り取り囲まれて逃げようにも逃げられない。

「桐木先生・・・」

「は・・・」

「歯を食いしばって・・・」

「え・・・」

「ごめんなさい、ねっ!」

 と、夫人の右足がボクの椅子の前に持ち上がったかと思うと、見事に水平に蹴られて、ボクは椅子ごと勢いよく弾けた、あ、そういえば、ボクが腰痛持ちだと言って車付きの椅子に座らされたのはこのため??? だとすると祐実教授は最初から この展開がわかってたってこと? まさか?

 壁際に居た2人がボクと椅子を避けて反射的に左右に飛び退くのとほぼ同時に反対側の壁がゴガーン! という音と共に吹っ飛んだ! なんてことだ、テオジニスさんがタックル一発で壁をぶち破って来ちゃってる。しかも壁に押しつぶされる形で既に1人が戦闘不能状態だ、やはり超人だ。

 残る8人が一瞬ボーゼンとするも、我に返って迎撃態勢を整えようとした、まさにその刹那、今度は天井がガガーン! と凄い地響きたてながら落ちてきた! テオジニスさんに挑もうとしていた1人がこれまた哀れにも落ちてきた天井の下敷きで戦線離脱だ! しかし驚くのはまだ早かった、天井と一緒に落ちてきたもう一人の人間離れした人間、そう、宮本武蔵さんの動きの速い事!、着地するが早いか瓦礫の多く転がる部屋の中を、駆け回り、跳び回り、敵の残りの7人全部を一人で相手している。そしてその手にはいつの間にか、6,70cmくらいの棒を持っている、しかも両手に2本だ! 宮本武蔵の二天一流をこの目で見られるとは、ボクは状況も忘れてただただ感激してしまった。

 そして、もう一方のこれも派手に戦闘中のテオジニスさんを見た時に、ボクにもすべてが理解できた、これは剣豪宮本武蔵と格闘王テオジニスが打ち合わせた上での最強のコンボだということを。

 武蔵さんがすべての敵の間を駆け回って威嚇・牽制をする、足が地面についている時間よりも離れている時間の方が多いと思えるほどの身の軽ささだ。なるほど、いくらこの2んでも強化人間たち複数と一度にやりあうには分が悪いから、武蔵さんはひたすら敵を分断するのに終始して、テオジニスさんが一人ずつ片づける作戦だ。武蔵さんが現代のような「剣道家」ではなくて戦国時代に生きた「剣術家」であるがゆえに、多数の敵を相手に戦うすべをよく心得ていることをフルに活かした戦法であり、テオジニスさんはテオジニスさんで、複数相手には不慣れでも一対一であれば敵なしの本領を発揮している。岩をも砕きそうなパンチを見舞い、怯んだ相手に組み付いてスープレックスで投げ落とすのと間髪置かずに一瞬で関節を決める、あたかも人間国宝の職人さんが寸分の狂いもなく作品を次々仕上げていくかのように、精巧な動きでサタンの手下たちが順番に哀れな姿で床に並べられている・・・


 突然、右手を掴まれて我に返ると、

「さあ、行きますわよ、桐木先生」

「え・・・」

 祐実教授に手を引かれて学部長室の入り口に走る。だがそこに、100kgを超えてると思われる巨漢が体に似合わない素早い動きで我々の行く手を遮ろうと立ちふさがる。だが直後、その巨漢の腰に後ろから蛇が絡みつくように太い腕が巻き付いたかと思うとそのまま凄い勢いで後ろへ弧を描いて投げられた、テオジニスさんの筋骨隆々の体が完璧なブリッジで見事な弧を描いて巨漢の後頭部を地面に突き刺している! これは、ジャーマンスープレックスホールド!

 間髪入れず、とどめに関節を決めようとするテオジニスさんの右腕が逆に捉えられて組み伏せられそうになる、あの巨体で上に乗られたら相当厄介だろうが、さすがテオジニスさん、頭を支点に一気に180度素早く回転してなんとか危機を逃れた。100kg超男、思ったよりも強敵のようだ。

 武蔵さんは、と見ると、あの松崎という男と対峙しているが、どうやら剣道家だったようで松崎の手には日本刀が光り、あの武蔵さんを相手にしてスキのない構えを見せている。10倍以上にパワーを強化された剣道家ではさすがの武蔵さんもちょっと手こずってるようだ。

「桐木先生・・・このスキに・・・」

 祐実教授に言われて、我々2人はようやく部屋を脱出した。

「大丈夫ですかね、武蔵さんとテオジニスさん、松崎とあの巨漢、ちょっと他とは一味違うようですけど。」

「ええ、たぶんあれが最強最後の2人のようね、私の感じではあの公園でテオジニスがとらえたカワイイ男の子ちゃんが実力的にはたぶん3番目。」

 あの美少年、テオジニスさんには敵わなかったけどかなりヤバかった、レスリングでインターハイ入賞とか言ってたな。最後の2人はさらにその上ってことだよな、大丈夫かな、武蔵さんとテオジニスさん・・・


「地下室の入り口は一つ、ここ真直ぐ行った突き当りを右に曲がったところよ」

「あ、ああ、そうだ、祐実教授、そういえば、打ち合わせでは武蔵さんとテオジニスさんが地下室に行ってるはずじゃなかったんですか!?」

「そういうことにして相手に裏をかかせて、こちらはそのまた裏をかいたのよ」

「え、あ、そうか! ボクだけが心で思ったことをガードできないから、相手にボクの心を読ませて裏をかくため・・・」

「そう、ごめんなさい、でもおかげで大成功よ、ここまではね・・・あとは服部がどうかしらね・・・彼自身は忍者と言っても上忍で頭領だから、探索や情報収集は得意でも、下人のように忍術や体術にの方は特に優れているわけではないのよね・・・」

 そうか、服部半蔵さん、強敵と正面きって戦った場合どうなんだろうか? そう言われれば、小柄なのは忍び込んだりするには便利だろうけど、今回のような相手と戦う場合かなり不利なんじゃ・・・ちょっと心配だな・・・


 地下室のドアは開いたままだった。階段を駆け下りていくと、半蔵さんが仰向けに倒れているのが見えた・・・やられたのか! てっきり最初はそう見えたんだけど、意外と広い地下室にたどり着いた時にそうではないことが分かった。ああ、良かった、彼も無事で、しかも見事に2人を捉えている。

 1人はあの、そう、教授が大好きなスーパープリティーキュートカワイイモエモエエキゾチック・・・えーと、まあなんでもいい、あの宅急便ガールが、縛られて転がっている。縛るのには半蔵さんがしきりに感心していた現代の釣り糸のテグスを使ったようだが、ただし・・・これは半蔵さんの趣味なのか・・・胸を突き出して股を開いた状態、SMプレイ中のようなポーズに縛られているのは、うーん、女性たち相手とは言え強化された2人を相手にして短時間にこんな縛り方ができるのもすごいことではあるけど・・・

 もう一人の方、狐顔の沢田助教授の方は宅急便ガールよりも手ごわかったのか、半蔵さんもかろうじてテグスを巻きつけて柱と梁の間を渡して、彼自身の全体重をかけて横たわることで何とか動きを止めている、という感じか。

「あ、奥方、桐木殿、良いところに来られた、ちょいとお力添えを願いたい・・・」


 その奥方、三田村祐実教授は地下室の奥の方にあるベッドの脇に立っていた。ついにご主人との再会ということだ。ベッドの周りには点滴の溶液やら機材が沢山見える、テレビドラマとかでおなじみの心拍数をあらわすモニターもあり、ピコーン、ピコーンと心臓はしっかり動いていて、ちゃんと生きていることが伺える。

「さ、桐木さんこちらへ、あの人の霊を体に戻してあげましょう・・・」

 ちょっと失礼してカッターシャツ、次いでTシャツを脱いで、Tシャツの方を祐実教授に手渡した。いつのまにかこれもコットン製の手袋を既にはめていた祐実教授は丁寧にご主人の霊を体の方に・・・あ、なんとなく、入ったみたい・・・戻ったんだ!

「ふ~ん、毎日マメに髭は剃ってたから気づかなかったけど、10日も剃らないでいるとこんなに伸びるのね、でも意外にこれも素敵よ・・・」

 うん、いいな~これ。映画のハッピーエンドのラストシーンみたいだ、すべて目出度し目出・・・・・・


 ※▲◇×♯!・・・


 な・・・何だこれ! 突然目の前が真っ暗になって意識が飛んだ・・・みたいな感じ、それに頭痛やら吐き気やら、倒れそうになるのをかろうじてこらえてはいるが、意識がどこか遠くへ飛ばされそうな、体と心が裂かれるような、ひどい感じだ・・・

 ふっと、我に返ると、

「わっ!」

 狐目の助教授が髪振り乱して凄い形相で突っ込んでくる! か・・・体が思うように動かない、やられる・・・

 突然、その沢田助教授の体が右に吹き飛んだ、おおっ! テオジニスさんのタックルだ、助かった、あれ、でもなんかテオジニスさんもそのまま倒れてしまってるみたいなんだけど・・・でもともかく学部長室の9人全部も片付いたらしいな・・・

 それにしても何だったんだろう、さっきの感覚は? それに今も体がとても重くて頭がまだくらくらする・・・

「あ・・・」

 あらためて部屋の中を見回してみて驚いた。さっきまでのおめでたいムードはどこへ行ったのか、とんでもないことが起こっているということが一瞬でボクにも理解できた。

 遅れてこの地下室に来たテオジニスさんは狐顔の助教授の腕を後ろにねじ上げて押さえ込んではいるものの激しく肩で息してる。、武蔵さんはいつもの鋭い眼光が今はちょっと虚ろな目になってはいるものの、それでも右手で祐実教授を支えている。その祐実教授も顔が真っ青で唇は紫だ。、半蔵さんは何とか立ち上がろうとしてるようだが、片膝ついているのがやっとといった感じ。おそらく、というか確実にボクも同じような顔色してるんだろうという変な確信がある、でも・・・何だよこれ・・・

「よかった・・・桐木さんも大丈夫のようね・・・」

 祐実教授も相当な衰弱・・・その衰弱という単語が普通に当てはまるような感じで、武蔵さんとご主人のベッドにつかまってやっと立ってる感じだけど、自分がそんな状態なのにボクの心配を先にしてくれてるあたり、やはり大天使ミカエルの奥様ということか。

「え、う・・・あ・・・な、何だかよくわかりませんが、大丈夫・・・じゃないですよ全然、死ぬかと思いました、何ですかあれ、皆さんも同じように感じたんですよね、あれ?」

「・・・・・・」

 みんな無言でそれぞれ遠くを見ているようなまなざしだ。どうやらやはり相当ヤバいことが起こってるんだな。


「お・・・おのおの方、これを御覧じませ」

 スマホの扱いにすっかり精通した服部半蔵さん、彼が見せるスマホに映ってるのはどこか外国のライブ映像のようだが・・・

 それは凄惨な映像だった、どこの国だろうか、黒人たちと白人たちが激しくぶつかり合っている。あ、いや、最初は変な先入観から黒人と白人の争いと思ってしまったのだが、よくよく見てみると、黒人と白人だけじゃなく、黒人同士、白人同士でも、男も女も、あ、子供まで入り乱れて・・・なんだこれ・・・!

すると今度は武蔵さんが、彼の持っていたスマホで別のライブ映像を映し出した、

「よその国だけではござらぬ、ここ、日本も同じ・・・」

日本・・・あ、この街並みは見覚えある! 秋葉原の歩行者天国、え~っ! ここも同じじゃないか、なんだこりゃ、歩行者天国のはずが、車が突っ込んできて次々と人を跳ね飛ばしてる、あ、警官が・・・警官までがメイド服姿の女の子を後ろから髪の毛を掴んで引き倒して、警棒で殴って・・・

「・・・・・・」

 言葉が出ない・・・

 以前に見た映画、「キングズマン」を思い出した。人を凶暴化する電波を携帯の電波を通じて流し、世界中の人々が凶暴化して争いあうというシーンがあったな。原因はどうなのかわからないが同じようなことが現実に起こってしまっているということだ・・・

 何かにすがるような気持ちで祐実教授を見た、彼女からの説明を無意識に期待したのだろう・・・

「サタンが・・・まさかここで・・・でも間違いないわ、やったのよ・・・」

教授夫人も目が泳いでいたが、突然、何か意を決したように力強い目でボクを見た、ちょっとこちらがたじろぐくらいに強い眼力だ。

「サタンが何千年もかけて蓄えてきたサタンの力の源・・・人の負の感情から生まれる闇のエネルギーが霊界の下層に溜まっていて、それが霊界の中でどんどん増加してきているっていう話はしたわね・・・」

「・・・・・・」

「わたくしたちが倒したサタンの『13人の闇の使徒』は罪悪感とか羞恥心とかの感情や、自分の体が壊れないように力をセーブする抑止力、それに痛みを感じる痛感などのリミッターを解除することで生み出されたわけだけど、この『闇の使徒』の作り方はいたって簡単、サタンがコントロールできるこの闇のエネルギーを、サタンが見込んだ人間に送り込むだけ。闇のエネルギーを大量に受けた場合、正しい心を保ち続けられない人間はそれを心地よいと感じて、サタンの思いのままに動く人間になってしまうの。そして正しい心を持ち続けることのできる人間の魂はその闇のエネルギーを撥ね退ける代わりに体力的にも精神的にも疲れ果ててしまう、さっき我々に起こったのがこれよ」

「はあ、そうなんですか・・・とりあえずこんなボクでも一応正しい心を保っている人間ということだったわけか・・・あ、それで、サタンはこれを世界中の人に向けて行ったというわけですか?」

「そう、恐らく霊界にあった殆んどすべての闇のエネルギーをこの現世の世界中に送ったと考えられるわ。慎重すぎるくらいに慎重で何千年も我慢してきたサタンが、まさか霊界ではなく、この現世で、今こんな風に最後の勝負を仕掛けてくるとは・・・

「は・・・え、サタンが最後の勝負を仕掛けて来る・・・って、それってもしかしてもしかすると・・・」

「そう、この世で言う所のアルマゲドン、最終戦争よ」

ダメだ、もう何が起こっても驚かないと思っていたが、再びボクの思考がついていけなくなってきた。

「うかつだったわ、サタンの狙いは植物霊とのハイブリッド化に成功したしたミカエルの霊の消滅を狙うのと、それが失敗した場合にはアルマゲドンをこの現世で起こす作戦と二段構えだったんだわ・・・闇に染まった人たちはこのまま闇のエネルギーを増強させ続けていくでしょうし、ひとまずは正しい心を保って乗り切った人たちも、闇に染まった者たちに理不尽に傷つけられ続ければ怒りと絶望感にとらわれて結局闇のエネルギーに染まっていくでしょう、つまりこのままではこの現世に清い心を持った人間が一人もいなくなってしまいます。そしてその結果、サタンは以前の何倍もの、霊界を覆いつくすほどの闇のエネルギーを手に入れてしまうことになる・・・どうすれば・・・どうすれば・・・」

 さすがに冷静な彼女もかなり動揺してしまっている。

 しかしさすがは大天使ミカエルの奥さん、何か無理やり自分を落ち着かせたような感じだったが、その後また力強く語り始めた

「テオジニス、宮本、服部、それに桐木先生・・・今この世界を救うことは、わたくしたちにしかできません、失敗は許されませんので、今から言うことをよく聞いて、皆さんご自分の役割を完璧に果たしてくださいね、よろしいわね・・・」

 みんなに緊張が走る、でもなんかみんなの視線がボクの方に突き刺さるように注がれてるように感じるんだけど・・・気のせいかな・・・

「桐木さん、よく聞いてくださいね。この人の・・・主人の霊は今さっき体に戻した・・・というよりも今戻りつつあるところなの。これはいた仕方のないことで、『1,2,3、ハイ』で意識が戻るというわけにはいかないの。霊と肉体が完全に元のように結びつくのに数十分から数時間はかかってしまって、その間は意識が途絶えてしまうわけ、意識というのはミカエルの意識も、三田村弘道の意識も、すべての意識ね。彼の意識が戻ればハイブリッドの特性を利用して世界中の植物霊と連携して人々を落ち着かせ、サタンによって解除された心と体のリミッターを再稼働させることができるんだけど・・・残念ながら主人はこの通りで、今それを待ってる時間はありません。サタンはこの唯一無二のまさにこの瞬間を狙ったわけなんです。ミカエルの意識が途絶えてしまっている今、わたくしたちに残されたこの世界を救う方法は2つしかないのです」

「あ、でも2つもあるのか、どうなることかと思ったけど、なんとかなるんじゃ・・・」

 テオジニスさんの表情がこわばったのを見て思わず言葉が継げなくなった・・・

「一つ目の方法は・・・ここで主人に死んでもらう。わかるわね、その場合、この肉体との縁が切れた段階で瞬時に霊界に大天使ミカエルとして戻ることができます。そして霊界の天使を率いて霊界の最下層のサタン本体を捉えればこの事態はあっという間に収拾できるはずです。長年蓄えてきた闇のエネルギーのほとんどをこの世に向けて放出してしまったために今サタンは無防備な状態にいますから。でも・・・でもね、そのためには誰かが犠牲になって殺人の罪を背負って死後霊界の最下層に落ちなければなりません。」

 ギラッとテオジニスさんの目が鋭く輝いた、その役は自分でなければならないという恐ろしいまでの決意表明だ。

「そう、でも、それは本当に最終手段です、それで、桐木さん、世界を救うもう1つの方法、それはあなたにしかできないこと・・・」

「・・・・・・は・・・い・・・!?」

「あなたにとっては迷惑だったかもしれないけど、この世界にとってはとても幸いなことだったわ。主人の霊としばらく重なっていたおかげで、今あなたの霊体も主人と同じようにハイブリッド化しています。つまり、あなたなら世界中の植物霊達とつながって、植物霊達に呼び掛けて闇のエネルギーを浄化してこの事態を納めることができるのよ。本来はミカエルが霊界に戻った後に霊界でやろうと計画していたことを、今、ミカエルではなくあなたにやって欲しいの・・・やってちょうだい・・・お願いよ・・・!」

 祐実教授はいつの間にかボクの手を両手で握りしめて泣いている、テオジニスさんは顔の前で手を組んで鋭い目はボクを真直ぐ見てるし、武蔵さんと半蔵さんは膝まづいて頭を深々と下げてる・・・

「ちょ・・・ちょっと、待ってください! そんなこといきなり言われてもなにを どうすればいいんだか・・・昨日までは仕事がなくなって、どうこれから暮らしていこうかでいっぱいいっぱいだったボクが世界を救うだなんて・・・それにボクがハイブリッドって言われても全然そんな実感ないし・・・」

「わたくしたちを信じてちょうだい、それから、あなた自身も信じてください! 難しい事ではないのよ、ただ静かに目を閉じて、世界に争いがなくなるように、世界中の人々が他人を思いやる気持ちを大事に持ち続けるように、ただただ祈ってください。あなたのその呼びかけに、地球上至る所に満ちていて、あなたの周りにもいる植物霊達が共鳴してくれれば、瞬時に世界中の植物霊が動いてくれます。」

「まいったな・・・祈るなんて学生の時の入学試験以来なんだけどな・・・しかも自分のためじゃなくて世界のためになんて・・・」

 祐実教授は変わらず涙目で訴えてくるし、他の3人は眼光鋭くボクを睨んでいる・・・ような気がする・・・おしっこ漏れそうなほどこれは怖い・・・特にテオジニスさんなんか今にも飛び掛かってきて噛みつかれそうなくらいに・・・

「や・・・やむおえません、やるだけやりますけど、でもできるかどうかは全然自信ないんですが・・・」

「できるかどうかじゃな~い!!!必ずやると言ってくださ~い!!!」

「こらこら、テオジニス、桐木さんが怖がって委縮されたら逆効果ですよ、気持ちはわかるけど落ち着きなさい!」

「し、失礼しました!」

 テオジニスさんはそう言って三田村教授の体の方に体を向けるとそのまま地面に突っ伏して大声で泣き出した。お~い、こんなのを見せられたらもうしょうがないだろ!

「わかりましたわかりました、全力でやってみますから・・・」

 一瞬その場がパッと明るく輝いた様に感じた、たぶんみんなの希望が灯ったという合図の様だ。

「え~と、目を閉じて世界の平和を祈るんですね、争いはダメだよ~って。」

「そう、やがて体が軽く感じてあなたの霊体と、この世界に満ちている植物の霊達とが一体になります、インターネットが世界のパソコンやスマホにつながるのと同じように世界中の植物霊と繋がるのよ、どう、何か感じる?」

 ・・・・・・しばらくそうしていたが、ダメだ、やはりにわか仕込みではだめか・・・

「まだ状況把握が十分でないのかしらね、では・・・宮本、テオジニス、桐木さんを屋上へ案内してさしあげて、途中凶暴化した学生たちがいると思うからしっかりお守りするのですよ。桐木さん、自分の目で今起こっていることをよく見て理解するのよ、いいわね! 大丈夫、あなたならできる、頑張って!」


『大丈夫、あなたならできる、頑張って!』


 ずいぶん昔に聞いた覚えが、あ、そうか、小さい頃、友達みんなが自転車に乗れるのにボクだけ自転車に乗れなくて泣いてた時に、おかあさんが言ったんだ!


『大丈夫、あなたならできる、頑張って!』


 あの時のおかあさんと同じような、信頼と愛情と励ましのたっぷり入った言葉・・・

「はいっ!行って来ます、おかあさん!」

 一瞬びっくりした教授夫人だが、にっこり笑って、もう一度言ってくれた


『大丈夫、あなたならできる、頑張って!』


 祐実教授と半蔵さんは、三田村教授の体が心配なので地下室に残り、ボクとテオジニスさんと武蔵さんの3人が地下室を飛び出して階段を屋上に向かって駆け上がった。途中、予想通り暴徒化した学生たちが立ちはだかったが、武蔵さんが先頭をきって、例の短い棒で学生たちに一撃ずつくらわして、ひるんだところをテオジニスさんがつかんで投げ捨ててボクが通りやすいように道を作ってくれる。「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」という言葉がぴったり当てはまるような光景に出会ったのはもちろんこれが初めてだが、この先の人生でもたぶん、というか絶対ないだろうな。それにしてもこの2人の呼吸はピッタリだ。お互いの力量をはっきりと認め合って信頼し合っていなければこんな連携はできるはずがない。恐らくもう長い事こうして一緒に戦ってきてた仲間なんだろうな。


 そしてとうとう最後、屋上のドアの前に居た10人程も同様に軽く片づけたのだが、屋上に出るためのドアが開かない。一瞬で理解した。正常な学生たちが屋上に逃げてドアが開かないようにふさいでいるんだということを。

ボクたち3人は互いの目を見た。3人とも同じ考えに及んだようだ、そしてその次の瞬間、ボクは叫んだ

「ドアの前の人たち、みんなを助けに来ました! 今ドアをが吹っ飛びますから逃げてください!」

 必死になってボクは叫んだ、次に何が起こるかがよくわかっていたから。

 予想通り、テオジニスさんがドアにタックルをかましてドアがぶっ飛ぶ、同時に武蔵さんが飛び込んで威嚇と確認、そのあと恐る恐るボクが、こうしてボクたち3人は無事に屋上にたどり着くことができた。


(第五話 終了)

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