第4話 ハイブリッド霊
第九章 北陽大学生物学部
経緯はどうであれ、とりあえずボクの部屋に入ってもらった以上はお客さんなので、お茶を・・・もちろんバニラの香り入り紅茶しかないけど、入れさせてもらった。口髭の男は既にボクの愛用のマグカップを勝手に使っているので、これはそのまま置いといて、ギリシャ彫刻マッチョマンには、ちょっと端の欠けたコーヒーカップで、そして公園のレディには湯飲みで、それぞれ紅茶を差し上げた。ボクはというと、仕方ないのでいつもインスタント味噌汁を飲んでいるお椀を今日の所は自分のために使った。紅茶とバニラと味噌の香りが混ざり合って、最初は戸惑ったが、うん、こんな香りもまた一興ではあるな。
あと、哀れな「ミイラ男もどき美少年」と「ボストンバッグの中の美少年タコ」についてはちょっと保留、どうせ今の状態では飲食できないし、とりあえずは他の3人から話を聞くのが先だ。
「いい香りのお紅茶ね、お家でもまたいただきたいわね。」
みんな一口紅茶を口にした後、最初に口を開いたのは公園のレディだった、あ、そうだ、ポメラニアンのリリーちゃん抜きでお話しするのは初めてだったな、今は家でお利巧にお留守番してるのかな。
「昨日はごめんなさいね、急に姿を消してしまって。どうやらわたくしにも監視の目が向けられていたみたいで、あなたも含めてみなさんの安全を考えるとしかたなかったの。でも結局は『あの者たち』に気づかれてしまったみたいで、あなたたちを捉えるための行動を起こしてしまったみたい。でもこの二人、宮本とテオジニスが間に合ってあなたをお守りすることができたようでよかったわ。」
「宮本・・・さん? テオ・・・え~と何さん・・・」
「非常事態とはいえ、勝手に貴殿の部屋に入って驚かせたことお詫び申し上げる。よほどお疲れなのか、拙者が『この男』を取り押さえてる時もたいへんよくお眠りだったゆえ、気が付かれるまで控えており申した。」
と答えたのは口髭の男、宮本さん。
それにしても、侵入者を追ってこの狭い部屋に入って取り押さえて、なおかつミイラ男を作り出していたというのに全然気が付かなかったなんて。いくらボクが2晩徹夜した後で疲れていたからといって、物音も立てず、ボクにまったく気づかせずにそれを行ったってことは、やはりこの口髭男もタダものではないことは明らかだ。
「さて、どこからお話ししたらよろしいかしらね・・・」
公園のレディ、やはりこの人に説明してもらうのがいちばん早そうな気がする、いつもと変わらず穏やかで、でも今は少し緊張感もある口調で話を続けてくれた。
「あなたのお友達の『今の名前』を突き止めたご様子ね、あなた、やはり大変な頭脳と閃きの持ち主でしたのね。」
いや、マジで照れる・・・そんなこと言われたことないし、こんなオンボロアパート住まいだし・・・
「あなたのその閃き、あなたはご自分で気が付いておられないようだけど、あなたの霊感の強さからきているものなのよ。素晴らしいインスピレーションをお持ちのようね。あなたの漫画、拝見いたしましたわ。『模範怪盗ナトガイア』実に興味深く読ませていただきました。次から次へと天使を名乗って現れる者たちから、寿命を縮められたくなければ指定する品物を完璧な方法、つまり最も『模範回答』的な方法で盗むことを強要されながらも次々とクリアしていく、とても興味深い世界観ですわね。」
「あ、しっかり読んでくれたんですね、あの、とりあえず、ありがとうございます。」
「一番新しいお話は特にすばらしいわね。難病のためにあと何日も生きられない少女が心の支えにしている病室の外のバラの鉢植えを盗む、という指示に対して、結局主人公の少年は盗むどころか窓の外をバラの鉢植えだらけにしてしまうのだけれども、実は今回はそれこそが『模範解答(怪盗)』だと天使に告げられてましたわね、この後また興味深い展開がありそうで楽しみだわ。」
あ、う~ん、実はその後が連載最終話になっちゃって、編集部に言われて無理やりまとめちゃってるんですけど・・・
「あ・・・ありがとうございます、大変よく読んでいただいて嬉しいです、でも今はそんなことよりも・・・」
「いえ、実はこれが意外に大事なことなの、主人があなたのところに来たのは決して偶然ではなくて、こういう世界観を持ってらっしゃるあなたの魂に惹かれて来たんだっていうことが今はっきりわかりました。あなたなら話を聞いてくれて、理解してくれて、そして力になってくれるということが主人にはわかっていたのですわ、きっと。」
「え、主人・・・て?」
そこで公園のレディはちょっと複雑な笑みを浮かべて、
「そう、あなたのお友達の、その、『聖なる霊体さん』は私の主人なのよ。」
「え・・・あ・・・じゃあ、奥さん!? ですか!? コイツ・・・じゃなかった、三田村教授の奥さんってことですか!?」
「改めて自己紹介させていただきますわ、三田村の家内、三田村祐実です、三田村と同じ北陽大学で心霊学部の教授をしております。」
う・・・う~ん、「奥さん?」「心霊学部?」あいもかわらず話の展開が目まぐるしくて疲れる。なんか一つ明らかになると二つ三つ新しい疑問が出てくるような無限ループに陥ってるみたいだな。
と、ボクが混乱しているのを見かねてか、アイツ・・・じゃなかった三田村教授がスケッチブックに書いてくれた
《情報量が多くて整理しきれてないっちゃ、一度ここに書いてまとめてみたらよか》
ありがたい、的を得たご意見だ、感謝するよ教授。
「じゃ、すみません、ちょっと失礼して・・・」
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(1)コイツ 「聖なる霊体」は北陽大学の生物学部の三田村弘道教授で、奥さんは同じく心霊学部の三田村祐実教授。
(2)肉体と離れた後、すべての霊は霊界に行くのが普通みたいだけど「コイツ」三田村教授は霊界には行けずにこの世に残っている。
(3)数え切れないほどの転生を経験していて、そのすべての膨大な記憶が混ざってしまって混乱しているが、アイドル親衛隊長だった記憶だけはなぜだかしっかり覚えている。
(4)肉体がないのでこの世で必要な五感が使えない。
(5)その代わりに5感以外の、たぶん第6感とかを5感の代わりに使って感じたり人の心を読んだりすることはできる。
(6)この世の物では唯一、植物に宿るっている、あるいは植物からできている物に残存する植物の霊を通して植物系の物と触れることができる、でもそれは全ての霊に共通なのか三田村教授が特別なのかはわからない。
(7)ボクのところに来たのは特に意味はないと思っていたが、なんかボクの心に惹かれるところがあったみたい。
(8)昨日接触した人たちの中で怪しいと感じられるのは、三田村教授が心を読めなかった宅急便ガール、ボクの熱烈なファンのイケメン美少年2人、たぶん自転車の美少女は関係ないと思われる、そして美少年は敵だと判明して今二人ともここにとらえてある。
(9)三田村教授が最初に奥さんと公園で会った時、昔からの転生の記憶がフラッシュバックしたようだが、またすぐに忘れてしまった。でも2つだけしっかりと覚えていることがある。1つはスケッチブックに彼が描いた多くの人々が争っているような様子を上から俯瞰しているような光景、もうひとつは、数え切れない生まれ変わりの中で、なぜか最も重要だと感じて心に残っているのは、いつ頃のものかも不明だが彼が「カエル」だった時のもので、しかも彼はいつかまた「カエル」として甦るらしいということ。
(10)最後に大事な、これはボクにとって大事なことで、最初のうちはボクは関係なかったようだけど、なぜか今はボクまでが何者かに狙われる対象になってしまった。
「え~と、こんなところかな。」
《おお、こりゃあわかりやすい、やりゃあできるんじゃねえか、おめえさんよぉ》
教授・・・江戸っ子だったこともあるわけね・・・
「これはわかりやすいわね、ではわたくしもこれを拝見しながらあなたの疑問を解いてまいりますね。」
「その前に、お茶のお代わりはいかがでござろう?」
い・・・いつの間に・・・口髭の男がいつの間にかボクの後ろに電気ポットと新しいティーバッグを持って立っていた、気配の消し方が尋常じゃない。もう一人のギリシャ彫刻のような彼、こちらも逆にスゴイ、部屋に入ってから今まで身じろぎ一つしないでそれこそ本物の彫刻みたいに正座しているのもなんとも不気味で凄みも感じる・・・
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新しい紅茶を口髭男・・・宮本さん?・・・が淹れてくれた。その動き、というか所作がまったく無駄なくスキがないように感じられる。この宮本さんに後ろから殴りかかっても逆にやられるだろうなってことは武術に素人のボクにもよくわかる。決して高圧的ではないが、常に何かのプレッシャーを感じてしまう、やはりすごい人なんだろうな。
おっと、この人がどんな人なのかにもすごく興味は惹かれるけど、まずは三田村教授について知るのが先だった、
「え~と、では先ほどスケッチブックに箇条書きした内容、確認させていただくということでよろしいですか?」
「はい、そういたしましょう、すべてお話しいたしますわ。」
「(1)はこの通りですね、霊体の彼は三田村弘道教授、あなたは奥さんの三田村祐実教授、でも生物学部はともかく、心霊学部ってのは珍しいですね。」
「ええ、欧米とかではそれなりに研究も進んでいるのですけど日本ではなかなか受けいれられなくて、肩身の狭い思いをしております。」
そうだろうな、日本の大学でそんな学部があるところなんて今まで聞いたことがない。
「そう、実はわたくしと主人がこの現世に来たのも、こうして夫婦になったのも、同じ大学で生物学と心霊学の教授をしてるのもすべてはある計画のためでした。それは・・・」
そう言うと、彼女はバッグから書類を取り出してボクの前に置いた。
「あの・・・なんかさりげなくすごい事言いませんでした? 夫婦になったのも大学教授になったのも計画通り・・・ってことですか?」
「そうですの、霊界では不可能で、この現世でなければできない研究があって。そしてそれは霊界の存亡にもかかわる大事なことなので、50年前わたくしたち2人でこの現世にやって参りました。それはすべてこの研究のためなのですよ。」
なんとまあ、おぎゃーと生まれて50年かけて・・・それはご苦労なこと・・・え~と、その研究ってのはなんだろうかと目の前の書類を改めて見ると、
「え~と、『自然界における動物霊と植物霊の共生』ですか。」
「昨日のカフェでお話しした霊や霊界のお話の続きになりますが、ここでもうひとつ大事なことをお伝えしますね。あ、ちょうどここに桐木先生がまとめられた(2)から(7)までの補足になりますね。」
「その研究、それがつまりはお二人がこの世に生まれてきた目的であり、今回の一連の出来事の元ということにもなるわけですね。」
「そうなんですの。ではご説明いたしますわね。植物の霊と動物の霊とはいろんな意味で根本的に違っております。主人からお聞きかしら、中学や高校の理科とか生物の授業でも学んだかと思いますが、動物の細胞と植物の細胞の違い、それは植物細胞は動物細胞にはない『葉緑体』と『細胞壁』を持っているということ。植物霊の特徴に大きく関係しているのがこの『細胞壁』になります。植物はこの『細胞壁』によって細胞一つ一つがそれぞれ別の生き物のように独立しつつ、まとまって植物の個体を維持しています、ここまではよろしいわね。」
細胞壁・・・なんかそういえば生物の授業で習ったっけか・・・でもあんまりよく覚えてないや。
「それと同じように、人や動物の霊というのは、一つの個体に一つだけですが、植物の場合、その細胞一つ一つに独立した霊があるんです。もっとわかりやすい例で申し上げますと、人は首や胴体を切られると、すべての細胞が機能を停止して死んでしまいますが、植物はたとえ茎の真ん中を切られても、個々の細胞はそれぞれまだ生きて活動を続けてますよね。植物の霊もこれと同じように細胞ひとつひとつに宿っていてそのまま留まっているわけです。」
「たぶんいきなりこういうことを聞いたら理解が難しいかと思いますが、昨日から三田村教授から説明してもらったり、彼の行動を見てきてるんで、なんとなく理解できます。だから植物は切られたり加工された場合でも、しばらくはその霊がまだそこにいっしょに留まっているということでしたよね。」
「そう、よくお分かりのようね。事の発端は50年前、北陽大学の生物学部の研究内容の中に、植物の霊感、つまり人間でいう所の第6感についての研究というのがあるのを見かけて、もしかしたら植物霊が霊界を救うカギになるかもしれないという考えのもと、この日本に生まれて来て、この北陽大学に来て以来長年かけて私と主人で行ってきたその研究と検証の成果がこの論文になってます。」
「でも大変じゃなかったんですか、赤ちゃんから始めてそんなに長い事我慢して大人になるのを待つなんて。小さい頃とか、天使を子供に持っちゃったご両親もさぞやいろいろ奇妙な目にあわれたんじゃないでしょうか?」
「あ、いえ、実は私も主人も成人するまではそれぞれ別々に普通の人として育ちましたのよ。ですから、わたくしも実は別の方に恋をしたりとかいう経験もそれなりに・・・あらやだ、恥ずかしい・・・でも、2人とも20歳の時に主人の部下である天使が目の前に現れて、わたくしたちが誰であり、使命がなんであるのかを教えられて、そしてその時やっと第六感にも目覚め、天使としての記憶も復活したわけなんです。だからあの・・・三田村が19歳でアイドルの親衛隊長なんてことをしてたのも、その時はまだ自分がだれでどういう使命を持っていたのか知らなかったわけなのですから、まあしかたがありませんわね、自分の使命を知った後には20歳できっぱりと親衛隊長は引退しておりますから・・・ね・・・」
最後「ね」はボクに話してるというよりも、何か自分に納得させるような感じ・・・やっぱり奥さんとしてはアイドルにこんなにお熱だったご主人のことを内心おもしろくないと思ってるのかな・・・?
ここでひとつ植物の霊について疑問が生じた。
「あの・・・ひとついいですか?」
「はい、なにかしら?」
「霊、というか霊体はもともと霊界で生まれて霊界にいるわけですよね。それがこの『修行の場』である現世の肉体が誕生すると霊界の霊が現世に、え~、何というか、ワープみたいな感じかな・・・霊がこっちにビューンと飛んで来て肉体に入るというわけですよね? これは植物も同じなんでしょうか? 細胞分裂するその度に、一つ一つの細胞に、やはり霊界から霊が飛んできて宿ってくわけですか? 忙しいですね。」
「まあ、すばらしい、いい所に気が付きましたわね、さすがだわ。それもこの計画の大事なポイントなのよ。動物の霊と植物の霊のもうひとつの根本的な違い、それがそこなの。動物や人の霊は霊界で生まれて、より成長するための経験をしにこの現世に参ります。それに対して植物は新しい細胞が誕生すると同時に植物の霊もこの現世で生まれているの。細胞の分裂と同時に例の分裂も同時に行われているということです。つまり霊界には植物の霊は存在していないのよ。」
「!?」
「それがわたくしたちがこの世にこうして生まれて来なければならなかった理由でもあります。霊界にないものを霊界では研究できませんものね。」
またまたびっくり、だけどこれで何かパズルが上手くはまったようでしっくりするようにも思える。教授の奥さん、というより今このありがたいレクチャーをしていただいてる時は、三田村祐実教授とお呼びした方がいいのかもしれないな。彼女は続けてさらに興味深い話を続けてくれた。
「その昔『神』が霊達の修行の場としてこの現世を創造した時、他人と助けあい、共生していくということをひそかに霊達に感じて学ばせるために神は植物も創りました。人や動物が酸素を摂り入れて二酸化炭素を出し、植物はその二酸化炭素を摂り入れて酸素を出しますね。霊についても同じように、人や動物の怒りや妬みなど負の感情から生まれる闇のエネルギーを植物が採り入れて浄化して、人や動物の心が安らぐエネルギーを出してくれてるの。それはこの試しの世で霊達が迷ったり落ち込んだ時には特に心に影響して力づけてくれるものなんです。そう、植物というのは現世で頑張る霊達を励まして導くために『神』から与えられた贈り物でもあるわけなのよ。」
「う~ん、でも植物の霊はすべてこの現世で生まれて現世に留まってて、動物や人の霊だけが霊界と現世を行ったり来たりしてるわけですよね、そうすると、死んだ、というか枯れてしまった植物の霊達はどこに行くんでしょうね?」
「実はわたくしたちも、まだ植物霊についてすべて解明できているわけではないのよ。それで、植物の体から出た植物霊がどうなるのか、すべてこの現世に留まっているものなのか、だんだんと消滅していくものなのか、もしかすると人間や動物の霊界とは違う『植物霊界』みたいなものがあるのかもしれませんし、その辺はまだまだ解明には時間がかかるところなんですよ。でもこの現世の至る所に植物霊の波動が満ちていることは確認できています、あなたの周りにも、世界中の人たちの周りにも目には見えないけど植物霊は満ちているんですよ。体を失った植物霊の全てがずっと、あるいは一定期間現世に留まり続けているのは間違いないということなんです。」
「ふ~ん、天使の皆さんでもまだまだ分からない霊のことってあるんですね・・・あ、そうだ、ご主人、三田村教授の霊が今この現世をさまよう霊になっちゃってる状態で、この世で唯一触れることができたのが植物の霊とその霊を持つ植物だったり植物の加工品だということでしたが、それはすべての霊に共通したものなのか、それとも三田村教授の霊が特別なのか、どっちなんでしょうか?」
「そう・・・主人の霊だけだったんです・・・。実はそれこそがわたくし達の研究の最終的な成果です。大学の生物学科と心霊学科の長年の共同研究で、とうとうわたくしたちは2種類の霊を融合させることに成功しました。主人の霊はこの世界の創造以来初めて、人と植物、両方の霊の特性をあわせもつ特別な霊で、植物霊と触れ合い、場合によっては同化できる霊、わかりやすく言うならば、『ハイブリッド霊』と言えるかしら。」
やはり教授の霊は特別だったのか。そう、そうなると、これがたぶん最大の問題、でもそれを聞いちゃってもいいのかどうか・・・
「え~と、ここまででも十分にボクみたいな一般人が知ってよいものかどうか、っていう大変なことを聞いてしまった感じだけど、でも・・・ここまできたら聞かないと、という気もするので、聞いていいですかね・・・」
緊張する・・・
「教授と奥さん、お二人の研究の成果であるその人間霊と植物霊のハイブリッド霊、何のために必要だったんですか?」
第十章 ハイブリッド霊
ここで床に転がってる「ミイラ男もどき」が体をゆすって呻いた。ちょっと哀れな気もするが・・・
「心配ご無用、拙者が痛めつけた脇腹が少々痛むようでござるが、骨にまで異常はないように手加減はしており申す。」
「そ・・・そーですか・・・」
とりあえずハイブリッド霊の話を聞いて、その後こっちかな、この人たちの反対勢力がなんなのかについては・・・
「そうね、ハイブリッド霊がなぜ必要だったか、これについては霊界でも一部しか知らない極秘事項で本来一般人には話すべきではないことです・・・でもそれを今あなたに話しているのはなぜかと言うと・・・」
そこで三田村教授夫人は一呼吸おいた。彼女や他の2人にも緊張が走ったように一瞬感じた。そしてそのあと、とんでもないことを言った・・・
「なんか、うつっちゃったみたいなのよね、あなたにもそのハイブリッドが・・・」
ボクのショックを和らげようという配慮なのか、祐実教授は珍しく明るくかつ軽めに言ってくれたようだけど・・・う~ん、イマイチよくわからない、それがどういうことで、それがボクの人生にどう影響するのか、どうしてそれが誰かに狙われることになるのか。
あ、そうだ、そう言われてみれば、彼女も、
『状況が変わってしまったようで・・・』って言ったり・・・
『主人の霊だけでした・・・』って過去形だったり・・・
で、実際この床に転がる美少年達にに狙われる羽目になってるわけだけど・・・ってボクもなに落ち着いてるんだろう、これまではなんだかんだ言っても他人事、それに手を貸してあげてるだけだったはずだ、ついさっきまでは。それが今はこんな状況になっているというのに、なんだか非常に落ち着いてる自分についてもちょっと違和感を感じながらも、特に不安とか心配も感じない、何でだろうか、もっとあわててもいいのに。
三田村教授夫人も口髭の宮本さんもギリシャ彫刻のえ~と名前何だっけ、外国の人の名前って一回聞いただけではなかなか覚えられないな・・・その皆さんボクの反応を心配してくれているようだが、
「ひとまず全部聞きます、その最大の問題、ハイブリッド霊がなぜ必要で、なぜ教授やボクが狙われるのか、それを聞けばすべてがつながってはっきりするはずですね、あと、これから何をしなければいけないかも。」
自分で言ってまた自分で疑問を持ってしまった。自分らしくもない、何を落ち着いてボクはこんなことを言ってるのか、パニクってもおかしくない状況で、やっぱりおかしなことがありすぎて感覚がマヒしたからなのかなぁ・・・
ボク以外の3人が顔を見合わせて、そしてまた夫人が話し始めた。
「どうやらハイブリッド霊の効果が現れているようね、やっぱり。」
「やっぱり?」
「気持ちがとても落ち着いてるでしょ? それは決して争うことをしない植物霊があなたの心に影響しているからだわ。あ、ごめんなさい、話を続けるわね。」
う~ん、何と答えていいかわからんから、とりあえず黙って聞こう。
「では、いよいよ核心の話ね。また話がかなり飛躍するけど、今のあなたなら落ち着いて理解して受け入れられそうね。」
紅茶を飲み干して夫人は続けた。
「あ、宮本、お紅茶もう一杯いただけるかしら、桐木先生、ごめんなさい、とてもおいしいのでお代わり欲しくなっちゃって、よろしいですよね? では続けます。くどいようですが、そもそも今わたくしたちがいるこの現世、これは霊界で誕生した霊達が修行をするために作られたもの。そしてこの現世でどう生きたかによって死んだ後に行く場所が決まってくる、そういうのは世界中の宗教で言われてることですわね。」
「死んだ後に裁きがあって天国行くとか地獄行くとか・・・」
「そう、でも実際には裁きがあるわけじゃなくて、行先もきっちり区分けしたり線引きされているわけでもなく、自然と自分の住みやすいところに落ち着く感じね。例えば海の中で海の生物たちも海面に近い明るいところを好んで住む魚もいれば、暗い深海を好む深海魚もいるでしょ、ちょうどそんな感じ。」
なるほど、わかりやすい例えだ。
「で、その霊界の一番明るいところに天使や心をしっかり自制できる正しい霊達がいて、一番暗いところに聖書の中にもあるサタンとともに、欲望に従って行動をしたがる霊達が集まっているわけ。サタンやこうした霊達は別にそこに封じもめられているわけではなくて、単純にまぶしくて何もかも整然としているところがきらいだというだけのことなのよ。でも近年だんだんとこのバランスが崩れてきていたの。これまではずっと霊界の大半を占めていた光の部分が縮小して闇の部分が光の部分を超えようというところまで急速に闇が広がってきています。そしてそれには、この現世の人々の心が生み出す怒りとか妬みとか絶望感とかいう負の心のエネルギーが影響を及ぼすところが大きいわけなわけです。」
説得力ある、というかまあ本当のことなんだろうけど。
「そして、今まさに時は来た、とサタンが動き出したの。いまだかつて霊界を抜けて現世に来たことがない、つまり自分で肉体を持ったことのないサタンはそれを叶えるために、そして自分に従う凶悪な霊達を現世に送り込んで肉体を与え、この現世をさらに悪に染めていくことで、ますます霊界においても闇の力を強めたいと思ってます。でも霊界からこの現世に来て肉体を得ることが可能な唯一の方法、それは神と天使たちが守る霊界と現世につながる門を通ること。サタンはそれを手に入れるために最後の戦争を仕掛けようとしています。」
最後の戦争・・・それって、つまり、聖書の黙示録に書いてある最終戦争アルマゲドンのことじゃないの???
「闇の力がこれ以上広がってサタンと悪い霊達の力が強まれば、霊界はサタンの支配するところとなり、さらに現世へ続く門も手に入れればこの現世も同じく闇となってしまいます。この地球上の調和は無くなり、ただただ弱肉強食の欲望に任せて行動する者たちだけの世界となり果てます。それを食い止めるための最後の手段、それがそうなんです、植物霊を霊界に持って行くこと。」
霊界にこれまでなかった植物霊を霊界に持って行くために、か。なんだかよくわからないが、これまで霊界と現世の間を渡ることができなかったものを渡す、というのはやはり大変なことなんだろう。
「人や動物は皆感じていると思います、植物を見たり触れたりすると心が癒されるということ。太古の昔から一つの細胞・一つの霊から分裂して今日にまで至る植物霊は、決して争いあったり奪い合ったりせずに植物霊同士で常に協調しあっています。この調和と安定を常に求める植物霊に人や動物は癒されて心を清く浄化してもらっているわけです。」
「なるほど、そこでこれまで霊界になかった植物霊を霊界に持って行って霊界で増やすことで霊界を浄化させようというわけなんですね。」
「その通り、わたくしたちの考えた仮説を確かめるために、長い時間かけて研究した結果、植物の霊はその細胞から離れた後でも存在できるし、細胞を無くしても植物霊自体が独自に増えたりできることも確かめられました。そして、先ほども申し上げたように、ちょうど植物の細胞が二酸化炭素を取り入れて酸素を出すように、植物霊も人や動物の怒り、妬み、絶望感など負の感情を取り入れて浄化して人や動物の心が落ち着くような気を出してる、ということも確認できました。さらにその植物霊が負のエネルギーを浄化する能力は、わたくしたちのの予想を上回るもので、霊界に持って帰る事さえできればサタンの闇のエネルギーを無効化するに十分という研究結果も得られました。そして皮肉なことに、植物霊の御馳走である闇のエネルギーは今霊界に十分すぎるくらいにありますので、ひとたび霊界に持ち込めばどんどん増えてくれて霊界を綺麗にしてくれるはずなのです。」
「すごいな~よくできてるっていうか、植物の霊ってそんなにすごいことしてたんだ。ちょっと植物見る目が変わるなぁ、何だかさっそくウチにも何か植物買ってきてを飾って見たくなってきたな。」
「そこまでの研究は大成功と言えます。植物霊の特性と効果は十分に確認することもできました。しかし最後に残った問題が2つ、
(1) 植物霊は霊界でも存在し続けられる(生きられる?)のかどうなのか?
(2) どうやったらその植物霊をこの世から霊界に持って行けるのか?
そして、この2つの問題を同時に解決する方法として考え出されたのが、人間の霊に植物霊を同化させて2種類の霊の特性を持つハイブリッド霊を作り出すことでした。それができれば、植物霊を霊界にも持って行けるはずであり、また、霊界でのエネルギー摂取も人間の霊を通して行える、というわけなんです、理屈では・・・」
「あ・・・なるほど・・・それで、造っちゃったわけですね、ご主人で・・・」
「はい、最初私は大反対してました、おわかりでしょ? 霊そのもの性質を変えてしまうということなのですから。誰もやったこともないことなので、実際何が起こるか予測も不可能なことです。でも主人は『それができなければこれまでやってきたことがすべて無駄になる』、また、『それを試すのは言い出しっぺの責任だ』と、まったく譲らないので、とうとう私も根負けして主人に協力して三田村弘道の霊体で実験を行いました。」
「大変な経緯があったみたいですね、でもご主人もすごいですよね、危険な役割を自分で引き受けるなんて。」
「ウフフ、そうなのよ、そこがまた彼のいいところなのよね・・・で、話を戻しますが、実験は見事大成功して史上初の人間霊と植物霊のハイブリッド霊が無事に誕生しました。主人も以前に増して穏やかになった以外には何も問題ありませんでした。あとはこのまま主人が天寿を全うして霊界に戻ればミッションは終了、たとえ事故で死んじゃったりしても主人が植物霊を霊界に持ち帰るのが早まるだけのことなので、サタン側もなにも手出しはできません。サタンたちにできることは、なるべく主人に長生きしてもらうのを祈るしかない、そのはずだったのですが・・・」
「そういうことだったんですね、だけどサタン側は三田村教授を誘拐して植物人間状態にすることで、ハイブリッド化したご主人の霊が霊界に行けずに現世をさまよったあげくに、衰弱して消滅させようと計ったわけですね。」
「その通り、わたくしたちの大変な誤算でした。でもサタン側にも誤算だったのは、数日で消滅するはずなので、あえて拘束して閉じ込めたりするような厄介なことはせずに放っておいた主人の霊が一向に消滅しなかった事。今主人の肉体のありかを探して探索に出てるもう一人の仲間の調べでわかったことなのですけど、サタン側では主人の霊が消滅した段階で生命維持装置の脳波にその信号が表れるような工夫をしてたみたいで、今か今かと待っていたみたいなのね、でも一向にその気配がない。それでサタン側は焦りに焦って、主人の霊の居場所を必死になって探し始めたわけなのですが、この現世にいるはずだし、遠くまで行けないはずなのですぐ見つかるはずの主人の霊が、どこにも見当たらなかったのね。主人の霊を拘束しておかなかったことを大きく後悔したようだけど、なぜこうなったのかを再度検証しまくった結果、導きだされた結論は主人の霊が植物霊とのハイブリッド化に成功しているために植物霊を通して霊のエネルギー補給ができてしまっている、これ以外に考えられない、ということだったわけね。」
「そーか、ハイブリッド化していたのでそんな風にエネルギーの補給もできたし、植物・・・葉っぱとかを利用して移動することもできてたわけですね・・・」
「そう、その通り! そしてさらに主人にとって怪我の功名とも言えたわね、普通の霊ならいざ知らず、これまで何十回も転生してきている並外れて特別な主人の霊エネルギーを十分に補給するにはハイブリッドの植物霊でも追い付かなかったわけね。それで過去の転生の記憶を整理しきれずに記憶が混ざり合ってしまったおかげで、自身でも自分が誰だかわからなくなっているでしょ、こんな風に一つの人格として確立していない霊の心はテレパシーでもとらえることが難しくって、ヤツらにも居場所がわからなくなってたのね。そう、人格形成できていない赤ちゃんとか多重人格者などもテレパシーによる探索はとっても難しいことなのよ。」
「でも、サタン側にもわからない代わりに奥さんとか天使側にもわからなくなっちゃったんですよね、その点は大変だったでしょう。でもおかげで10日間、誰にも気づかれないまま植物と植物霊の特性を活かしてさまようことができたというわけなんだ。」
「わたくしも必死で主人の霊を探索しておりましたが、わたくしの場合、主人のことは誰よりも知っていますし、これまでの研究成果とも照らしあわせて考えてみて、膨大な転生の記憶が混濁を起こして探索の邪魔になってるんじゃないかということもある程度予測できましたので、途中から主人を探すのではなく、『奇妙な』霊と関わり合う人がいないかどうかに焦点を絞ってみました。もともとわたくしの場合、テレパシストとしては主人よりも誰よりも優れている自信はありました。そして実際、『奇妙な』霊と関わっている桐木先生の意識をサタン側よりも先に感知して、リリーちゃんと共に駆けつけたというわけなの。でも、いきなり桐木先生に声かけていいものかどうか、どうご説明したらいいか迷ってましたの。下手にお声がけしたり接触することで、サタン側にも知られてしまうことを恐れたからです。」
「あ・・・そうか、だけどボクらが公園ではぐれちゃったんで・・・」
「そうね、あの時はしかたない、という気持ちと、主人にまた触れられる嬉しい気持ちと半々でしたけどね。でも実は私にも主人の霊がどこにいるのかは正確にわからなかったのですが、そこはリリーちゃんのお手柄、もしかしたらと思って一応連れてったんだけど、あの子は大好きな主人の場所を正確に探し出すことができました。」
「そうか、やっぱり犬には特別な感覚(センス)があるみたいですね。」
「でも、ごめんなさい、私と触れた時に主人はほんの一瞬だけどすべての記憶を思い出してしまったみたいで、それで居場所をサタン側にも察知されてしまったようなの、ゆるしてちょうだいね。」
「あ、いえ、はぐれてしまったのはボクにも責任がありますから。そうすると、反対側の闇の勢力はなんとしてもそれを阻止しないといけないから、それでこういう彼らみたいなのが送り込まれてくるわけか・・・」
改めて足元のミイラ男もどきとボストンバッグをを見た・・・
「ところで、その三田村教授の体はどこにあるんでしょう? カフェで話してもらった時にはたぶん植物状態だろうってことだったけど・・・」
「その通り、植物状態でまだ生きてるはずよ。厄介よね、いっそ死んでくれたら楽なんだけどね・・・」
「ちょ・・・ちょっとちょっと! 奥さん、そんなこと言って・・・」
「いえ、現実的な話、きちんと死んでくれたなら主人も霊界に行けるんだけど、植物状態になっちゃって肉体がまだ動いてるから、ここに中途半端に引き止められちゃってるわけでしょ。そう、サタンの部下たちに主人は誘拐されて、今どこかに幽閉されて仮死状態にされてると考えられるわ。でもすぐにもう一人の仲間、服部が場所を突き止めてくれるはずよ。」
「そうですか、じゃあすぐまた元の三田村教授と会うことができるということですね。でも奥さん、お話聞いててよくわかりました、本当に仲の良いご夫婦なんですね。」
「ええ・・・まあね・・・」
ん、あれ、なんかいつもの教授夫人と違う雰囲気・・・ボクなんかまずいこと言っちゃったかな・・・
「わたくしのことは何も覚えていないくせに、なんであのアイドルのことだけしっかり覚えてるのかしらね~~」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらく沈黙、鉛筆がちょっと持ち上がったけど、すぐまた置かれて静かになった・・・奥さん・・・やっぱり根に持ってたんだ・・・
「あ、そうそう、もう一つの疑問、この宮本さんとか、もう一人のマッチョの外人さんとか、サタンの手下とか、どうやって霊界から来たんですか? もしかして何十年も前からこういう時のために予め生まれてたんですかね、あ、それにしてもサタンの手下は奥さんの言われる門を通って来られないはずですよね、ちょっと解せません。」
「そう、サタンの部下は霊界からは来られない、それは確か。その代わりにサタンは霊の波長の合う人間、つまり邪悪で欲望の強いこの現世の人間の心を霊界から支配して操ることが可能なの。だからこの床のカワイイ男の子達や他の敵たちはみんなそういうサタンの部下予備軍とも呼べる、この世の人間たちということね。」
そ、そうか・・・ボクなんかどうなんだろう、結構欲も深いし誘惑に弱いタイプだと思うけど・・・
「いやいや、貴殿は実に立派な清い心を持たれておる、心配ご無用。」
この宮本さん、やっぱりボクの考えがわかるんだ「心配ご無用」が口癖みたいだけど、やりにくいな。
「そう、そしてこの宮本、そちらのテオジニス、もう一人今主人の体の場所を探してる服部、この3人は特別に神の力で元の体を与えられて『復活』して参りました。神や主人に最も忠実な天使たちの中から選ばれた者たちです。彼らはいずれもこの現世で自らを厳しく戒めて清く生きた魂の持ち主です。」
「テオジニスです、どうぞよろしくお願いします。」
「あ、どうも、ちゃんとご挨拶するの遅れましたね、テオジニスさんですね。日本語が上手ですね、以前に日本にもいたことがあるんですか?」
「いいえ、私はギリシャしか知りません、日本には8日前に初めてきました。」
あら・・・ギリシャ彫刻みたいだと思ってたら、本当にギリシャの人だったんだ、
「え~っ、すごいですね、8日でこんなに日本語が上手に話せるなんて」
「いえ・・・霊界からでもこの現世の情報収集は常に怠らないので、それに伴って自然に世界の言語も覚えました」
なんかサラッと言うけど本当に勤勉で真面目な人なんだな。このテオジニスさんって。
そしてもう一人、相変わらず眼光鋭い宮本さんからも改めてご挨拶頂いたのだが・・もしかして、でもまさか、と思っていたら、やっぱりそうだった・・・
「ご挨拶遅れ申した、拙者、宮本武蔵政名(みやもとむさしまさな)と申します、以後お見知りおきを。」
まさかとは思っていたがやっぱり・・・その強さだけじゃなくて、数ある武士の中でも非常に厳格で、たしか「独行道(どっこうどう)」だったっけ、生涯厳しい掟を自ら課したことでも知られる彼ならば、確かにその天使の条件に最も近い男なのかもしれない。しかし子供の頃何度も小説で読んで憧れてたヒーローとまさかこんな風に会えるとはね。
「じゃ、そちらのえ~と、テオジニスさんも、やはり現世におられた時にはすごい経歴の持ち主だったということなんでしょうね・・・」
「さよう、彼こそは拙者も一目置く天使長第一の側近、古代ギリシャのパンクラチオンで無敗の格闘士でござる」
あの剣豪宮本武蔵が一目置くってのはすごい、しかも天使長第一の側近・・・あれ・・・ってことはもしかして・・・
「その天使長第一の側近がこうしてわざわざ来てるっていうことは、もしかして、あの、三田村教授って・・・」
「あ、ご紹介まだでしたわね、そうそう、主人、三田村弘道のもともとの名前はミカエル、天使長ミカエルっていいます。」
「え~~!!!!? 天使長! ミカエル!」
キリスト教徒でなくてもボクだって知ってる、天使の軍を率いてサタンの軍を倒して地獄に封じ込めたという天使の長! あ! ミカエル!・・・ミカエル・・・ミ・・・カエル・・・? あ~~~~っ、そうだ、彼の言ってた彼が唯一覚えてる以前の名前って、「〇〇カエル」、じゃなくて「ミカエル」だったんだ!
「え~と、これでとりあえずは桐木先生がスケッチブックにおまとめになった内容の確認が一通りできたかしらね。」
「あ・・・そ・・・そうですね、でも、もう何が出てきても驚かないと思ってたけど、またまたとんでもないモンが出て来て頭がおかしくなりそうだ・・・カエルってなんのことかと思ってたけど、まさか大天使ミカエル・・・あ、そうすると、奥さん、あなたも何かすごい前世があるんじゃ、クレオパトラとか・・・」
「ホホホ、まあ、お世辞でも嬉しいですわね。でも私は今回が初めての現世なの。今まではずっと霊界でミカエルの留守を守るのが役目でしたので。」
「え、そうなんですか、もともとが天使だったんですね、じゃあ武蔵さんもテオジニスさんも、もとから天使だったということですか?」
「いえ、もとからの天使はミカエルやわたくしはじめ、一握りに過ぎません。でもこの修行の場の現世で成長できた者が新たに天使に加わることを認められてます。今回霊界から来た宮本、テオジニス、服部はみんなとても優秀で、一度で現世の試験をパスした優秀な天使さんたちですのよ。」
「一度でパス・・・ってことはもしかして何度も生まれ変わってるのは・・・」
「そうね、わかりやすく言うと追試みたいなもので、天使になりたい霊が神にお願いして何度も転生するのはそういう人たち。ただし、主人、ミカエルだけは例外で、天使長としてさらに成長するため、また、現世のその時代その時代のことを理解するために何度も異なる場所、性別、環境での現世を体験してきているわけ。でも今回は失敗するわけにはいかない特別なミッションがあるでしょ、それで私も一緒に来てるということなのです。」
そこで携帯が鳴った、三田村夫人のiPhoneだ、電話の着信ではなくメッセージの受信のようだ。内容を読んだ夫人の顔がパッと明るくなった。
「さすが服部ね、主人の体の場所を突き止めたらしいわ。あらあら、でもやっぱりそうなのね・・・」
一転してちょっとがっかりの様子。
「場所は北陽大学の・・・心霊学部・・・ということね。」
「心霊学部って、あれ、奥さんが教授されてる所じゃないですか。」
「助教授の沢田淳子、私が最も信頼していた助手でした。主人が行方不明になってしまったので、わたくしは休職して心霊学部のことは彼女にすべて任せてきたのだけど、それが逆用されてしまったみたいね、ただでは置きませんわよ、あの女狐さん」
言葉遣いはあいかわらず丁寧すぎる分、かえって怖い感じだ。
そこにまた新たな着信音。
「あ、そうだ、敵に知られずにひそかに調査するのが得意な服部さんっていうと、もしかして忍者の・・・」
「そう、服部半蔵さんよ・・・あらあら・・・まあ、たいへん、これは、どうしましょ・・・あの、桐木さん、ご対応おねがいできますかしら?」
「え、ボクですか?」
渡されたスマホのメッセージを見てみると、
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
≪拙者、不覚にも罠にはめられたようにござる、無念。
どうやら触れてはならぬところに偶然触れてしまったようで、、まったく自分の意図したことではなく、本当に何かのはずみででござるが触れてしまったようで、いや、本当にまったく意図したわけではござらぬが、スマホの画面に突然こんなものが出てきてしもうて、
『登録が完了しました、入会金と利用料10万円を下記口座に振り込んでください。
2日以内に振り込みがなかった場合には担当者があなたのご自宅に回収に伺います』
拙者一生の不覚、この上は後世に恥を伝えぬためにこの任務が終了次第いさぎよく腹を切って・・・≫
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
なるほど、さすがにこの気高いスーパーソルジャー達も現代のテクノロジーと、巧妙な誘惑と、最新の振り込め詐欺テクニックには手を焼くということなんだな。
(第四話 終了)
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