第21話新しい村
王国内の行政は混乱から、ようやく立ち直りかけていた。それでも人手不足のせいで、行政官一人に対しての仕事量は莫大なものだった。
例えば、新しく見つかった集落の調査と、魔物に蹂躙された村の復興と、勇者が使用した謎の金属の採取をしてこいとを同時に命令された。
僕は疲弊していた。かなり。
貴族の使いはもう山に登る気はなかった。主の圧力によって、村の住人自らが、逃亡奴隷を差し出すのを待っていた。
返事をもった配下が戻ってきた。彼は主の返事を携えていた。
主は貴族の中でもなかなかの有力者だ。その主なら、こんな辺鄙な村などどうにでもな
「なんだと!」
思わず叫んでしまう。
手紙をもつ手が震える。
「どうしましたか?」
周りの奴隷狩りの男たちが、恐る恐る尋ねる。
「この村から離れろ……だと」
彼は、何度も何度も文章を読んだ。そこには、簡潔な文章に、主の実筆のサインがされている。手紙には完璧な封がしてあった。
この村に何があるというのか?男たちは、この一見普通の村に不気味なものを感じていた。
僕の隣には集落の長老が座っている。向かいの席には、村の神父と代表が座っていた。
これから最後の打ち合わせをする。
「では、山の集落と盆地の村を合わせて、一つの村となります。そして、その長は、僕の隣に座っている長老になってもらいます。それをサポートするのが神父さんと代表の二人になります」
目の前の二人は何も言わず頷く。
今まで揉めていた、山の集落と盆地の村がなぜ、こうも迅速にまとまったのか。色々と理由があった。
まず、盆地の村は、逃亡奴隷たちの存在があった。彼らは保護はかなり難しいものだった。
山の集落は、王国に新しく属することにかなりの難色をしめしていた。
「まず、盆地の村人は、山の住人たちに危害を加えないこと。いいですね」
誰も異を挟まないので進める。
「次に、山での伐採に関してはよく協議すること」
両者の対立は、木の伐採についてが発端だった。木などどこでも生えているだろうと思われがちだが、木材として高値で売れるとなると限られてくる。
「わかりました。ですが、村では、今年の収穫で税を納めると、村人が食っていけないのですが」
逃亡奴隷によって、一気に増えた村人だが、畑が増えたわけではない。しかも、人別帳には死者がいないことになっている。人的被害が酷ければ税もある程度は免除できるのだが、この場合は無理だ。
「この村は、銭によって税を納めていますね。木材を売って納めれますか?」
彼らが山に入ってまで木を伐採していた理由がこれだった。
現金収入だ。
急に増えた住人を、村では喰わせるだけの備蓄はなかった。収穫もまだ先だ。そのために木材を町に売りに行き、売った金で食料を買っていたのだ。
「はい。大丈夫です」
王国内では木材が不足していた。魔王から解放された地域の復興に大量の資材が必要になっていたからだ。おかげで、木材の値は高騰している。
「長老とよく相談し、伐ってください。山の集落も木材は必要なのです」
集落も木材は必要だ。そして、今度からは王国に金属を納めるために、鋳造する燃料として更に必要となる。
「わかりました」
三者とも深く頷く。
「水の問題なんですが、盆地の村では川の水位が減ったのは、山の集落が堰き止めていると考えていますね」
場の空気が固くなる。
「それですが、まずそのような事実はありません。長老、そうですね?」
「はい、わしらは川をいじってはおりません」
「では、なぜ川の流れがあれほど減ったのか……」
言葉だけど疑心が払拭はできないだろう。
「これは、後で代表が確認をするしかありませんね。ただ、水位が減った件ですが、他の地域でも見聞したことがあります」
ただこれが理由だと自信はない。
「木の伐り過ぎによって、川の水位が減ることがあるそうです。学者によると水を溜める力が減るとか。それに、あの川は流れが急流すぎて、安定しないでしょう」
「木の伐り過ぎのせいですか……」
村の為に行っていたことが、仇となるとは皮肉なものだった。
「水不足は、溜池をつくることで解決できるはずです」
「!? しかしそのような力は村には……」
税に関していえば、銭や収穫物以外にも、人的労働もある。たとえば街道の整備などは、近隣の村などから人を派遣する。労働日数は決まっているので、越える場合は金銭を払うことになっている。
「村はもう盆地だけではないんですよ」
ここで、誰か一人でも難色を示せば瓦解する。
「それなら、よい土地を知っておりますじゃ。わしらも手伝えばすぐにできますじゃ」
どうにか明るい兆しが見えてきた。
僕が最初に提出した書類には、新しく発見された金属の情報を繊細に書いていた。その情報に、王国上層部はすぐに食いついてきた。
魔物に対して有効な金属の発見。それは吉報といってよかった。
王国上層部からは、もっと繊細な情報を求められた。彼らにとって、新しく発見された集落など、もうどうでもよくなっていた。
なので、黒髪の部族の出自をわざとぼかした。
「長老、あなた方は、この山の向こうから来ましたね」
最初、僕の言葉に長老は反応しなかった。
「この集落は、王国の公用語を使ってはいますが、子供たちの歌は違いますね。あれは隣国の言葉です」
その静寂は肯定を意味した。
「王国と山を挟んで対峙している国に、かなり昔ですが、酷い内乱があったと聞いています。その時に、こちらまで逃げてきたのではありませんか?」
「……そうですじゃ」
長老は乾いた返事をする。なぜか僕は罪悪感を感じてしまう。
「わしがこの土地に移ったのは、まだ子供の時分でしたじゃ。あの時の戦で、部族の大半のものが殺されましてのう、山を必死に越え、こちらに辿り着いた時は数えるほどしかおりませんでした」
戦争によっての難民や、部族、民族の移動は珍しくはない。
「あの時は、誰もわしらを守ってくれなかったんですじゃ」
新しい移住者と、元から住んでいた住人との軋轢は、どうしても起こってしまう。
ようやく、この集落が発見されなかった理由がわかった。
「……長老、この王国ではそのようなことはありません」
「それが未来永劫つづくといえますかのう?」
黒髪の部族は、誰も信じていない。
だが、隠れることはもうできないのだ。
「僕がいえるのは、王国はあなたがたを意味なく迫害したりはしません。もし、安心できないのならば立場を上げるしかありません」
「どういうことですじゃ?」
これは僕の意地なのかもしれない。王国に仕える僕の。
「あなたがたが大洞窟で採る白い金属ですが、王国はかなり評価しています。あの金属を納めれば、王国はあなた方を必要とします。必ず守ります」
この長老が僕の言葉で納得するのだろうか。
沈黙が続く。
「わかりましたじゃ」
王国に新しい民が増えた。
「よろしいですね?これからは仲良くしてください」
長老は深く頷く。
「わかりました」
村の代表も頷く。
神父は笑顔で何度も頷いていた。
こうして歪な村が完成した。
あの村で交渉にあたった男は、貴族の館に向かった。無残な結果に終わったが、それでも報告はしなければならない。そして、何が起こった知りたかった。
巨大な館の奥で、自分の主と謁見する。
「申し訳ございません御主人様。奴隷たちは回収することができませんでした」
深く頭を下げる。
叱責も慰撫もなかった。
「お前が出向いた、あの土地はどのようなとこだった?」
「それが、一見普通の村なのですが、逃亡奴隷が多数潜伏していました。しかも、村の区域がかなりおかしく、山と平地にまたがって一つの村となっておりました。あれでは村の管理は至難です」
貴族は報告に対して無気力だった。
「あの……御主人様、あの村は一体なにがあるのでしょう?」
「お前に頼まれて、担当部署の長に文句をいったのだよ。そしたらどうなったと思う」
配下の男を見るわけではなく漠然と前を向く。
「あの村は、王直轄領の村の中でも最重要扱いといわれたよ。あの村に人を派遣しているのは、それを探っているのかと逆に勘繰られてな。立場が危うくなった。まったく、何があるというのだ」
報告は終わった。配下の男は再度一礼し、退室した。
「何があるというのだ、あの村に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます