第20話村の長と奴隷の返還について
奴隷狩りの男たちが再度訪れたのは、三日後だった。
その中に、一人毛色の違う男がいた。
その男の、神父に接する態度は礼に適っていた。
「この村に我が主の奴隷が逃げ込んでいるはずなのですが、お渡しいただけませんか」
言葉の選び方から、かなりの教育を受けているのがわかる。貴族の配下でもかなり高位のものなのだろう。
「それでしたら、奴隷としての証明ができるものを提示してもらわなければ」
「それは、なかなか難しいですね。前回は奴隷証明書が必要だといわれたそうで、そのような古の法で定められた書類は、我々は持ち合わせておりません」
教会の周りに村人たちが集まりだす。誰一人声を上げるものはいない。
貴族の使いが一通の紙を取り出す。
「それは?」
「これは、我々が管理している借用書の一枚です。奴隷たちに土地を貸していた証拠になります」
王国公式文字で書かれた文章なので、神父は読むことができた。
「どうですか神父様?」
「……これでは、奴隷たちが土地を借りて、収穫の全てを差し出すことになるではありませんか」
神父は怒りを隠すことができなかった。それほど非人間的な契約が描かれていた。
「そういいましても、契約を結んでいたのは彼らですからね。長年返済すれば自由人になれます」
「どこに余剰があるというのですかな」
「まあ、我々としては、借金の踏み倒しをされたわけですよ。返済してもらうためにも彼らには戻ってきてもらわないといけません。これは王法にも定められています」
奴隷は文字の読み書きができない。ではどうやってサインしたというのか。それを訴えたとしても、彼らは代筆だといいはるだろう。そして、それがまかりとおる。
村人たちは、神父が圧されていることを感じとってしまう。不安な空気が辺りに蔓延しだす。
「奴隷たちの確認は、この男たちがします。決して自由人と奴隷とを間違えることはいたしません。確約します」
それが彼の誠意なのだろう。
「……わかりました。では、その旨をこの土地の長にお伝えください」
「ほう、わかりました。ではどちらにいますかな?長は」
「あそこです」
神父が指指した先は、山だった。
馬を駆ければすぐに会えると思っていた、貴族の使いの楽観はすぐに打ち砕かれた。
「なんなんだ! これは!」
もはや馬が通れる場所は遥か下だった。男たちと、案内人の村人は徒歩で山道を登っていた。
「なぜ土地の長が、あんな山の上にいるのだ!?」
神父に対する態度とは打って変わって、村人には高圧的な態度を隠そうとはしない。
「それが、役人さんがいうには、この土地を管理するにはこうするしかないと」
役人。奴隷狩りの男たちがいっていた、王直属査察官のことだ。なぜ査察官がこんな土地にいるのか、なぜ我々の邪魔をするのか。不気味な存在だった。
日が暮れる寸前に山の集落に着くことができた。
まず、その集落が黒髪の住人しかいないことに男たちは驚いた。大きな町にいけば見かけることもあるが、こんな山の上にいるとは思いもつかない。
「長老さんは、会わせたいものたちがいるのですが」
案内の村人が、黒髪の住人に話しかける。ただ、両人とも、やけに固い印象をうける。
「こっちだそうです」
下の村で見せていた気勢は奴隷狩りの男たちにはもうなかった。まったく異質なものに囲まれた彼らは、ただ従順な羊のようにするしかなかった。
「どのような御用かな」
貴族の使いは、恐怖に支配されていた。
目の前に山のようにでかい男が座っている。人の言葉を喋るが、人間とは思えない。
「む、村の長とききましたが、あなたが?」
「そうですじゃ。私が村の長ですじゃ」
ありえない。
「あの、盆地にある村と、この山の上の集落は、同じ村だというのですか?」
「そうじゃ、同じ村じゃ。王国の行政区でもそう記載されておる」
貴族に仕えている彼は、王国の公文書や、行政に関する書類、地図などを見ることが多々ある。それを知っているからこそ、この村の異常さはわかる。
「あまりにも広くありませんか!? これほど距離がはなれていて同じ村など聞いたことありませんよ!」
通常の村は徒歩圏内で収まるようになっている。それがどうだ、村からここにつくのに丸一日はかかる。
「他の村は知りませんが、この地域を再編するためには、この集落と下の村を一緒にするほうが管理しやすいそうですじゃ」
「な、なら、なぜ下の村に代表を置かなかったのでしょう? ここでは不便でしょう!」
長老は髭をなで、まじまじと貴族の使いを眺める。
「これは秘密じゃが、下の村はどうやら奴隷を匿っておるらしくてな、あまり信用できそうなのじゃ。だが、わしらは勇者の力になったことが評価されてのう、わしらが下の村も管理することになったんじゃよ」
「そうでしたか。でしたら、逃亡奴隷の返還の力になってもらいたいのです。下の村では、神父からして抵抗をするのです」
「なるほど、わかりましたじゃ。奴隷について下の村に問いただしてみますじゃ」
意外と話がスムーズに進み、貴族の使いも胸をなでおろす。
それからが地獄だった。
山を下り、神父に長老の話を伝えると、今度は人別帳に記載されていると抗弁してきた。とるに足らないことなのだが、もしそれでも連れていきたいのなら、村の長に確認をとれと。しかたないので、再度山に登る。長は、人別帳を持ってきてくれと言い出す。また下山し、人別帳を受け取り、登る。長は、人別帳を確認すると、逃亡奴隷を見聞するので、連れてこいという。下山し、逃亡奴隷を連れて、山に登る。我々の証人だけでは足りないので、下の村のからも証人を連れてこいといってきた。
この時点で、十日が過ぎていた。
下山した貴族の使いは、配下の男を使って早馬を出した。
やつらの手の内に乗ってしまったことに後悔する。村と集落の往復で、体力と気力を大幅に削られてしまった。
ならば、やつらに貴族の力を見せつければいい。
配下の男には、簡潔な文章で事の次第を書いた手紙を持たせている。できることなら、己の裁量だけで解決したかったが、これ以上時間がかかれば、自分の心象が悪くなってしまう。
行政に対し、主から圧力をかけてもらいたい。手紙にはそう書いてある。
これで、やっと奴隷が戻ってくる。
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