第19話奴隷狩り

 この村から西方にある貴族領、そこの農奴の扱いが最も悲惨だった。過酷な収奪、強制労働、人倫に悖る待遇。

 その貴族は、王都の社交界では有名な存在だ。大臣の椅子も近いと噂されている。 

「今は、まだ国内は混乱がしていますが、それが落ち着けば、貴族は領地の異変に気づくはずです」

 村人たちの顔が凍りつく。

「全員、死んだと思わないですかね?」

「死体が残っていないを怪しむでしょうし、探査の人間は、かなり入念に調べますから………」

 この村にも来るだろう。

「王様の御慈悲で助けてくれませんか!」

 僕は被りを振るう。王自らが王法を破ることなど絶対ありえない。

「では、役人さんは貴族に通報するんですか?」

 みんなの目が僕に集まる。

「しない。農奴の逃亡は犯罪だが、私の仕事ではない」

 みんなほっと胸を撫で下ろす。

 嘘だ。

 逃亡奴隷を見つけた場合通報しなければならない。僕のような立場なら尚更だ。

  

 部屋に戻り、とりあえずベットに倒れ込む。何も考えたくない。

 あの村人たちを助ける手立てが思いつかない。講談に出てくる裁判官や賢者のような知恵は僕にはない。

 報告書にどう書けばいいのか。

 黒髪の民のこともまとめなければならない……。

 凄い量になるな。

 …………一緒にするか

 僕はベットから降りると、すぐに机に向かう。名案ではないが、これしか思いつかない。

「どちらへ?」

 部屋を出ると、神父さんとちょうど鉢合わせに。

「山に登ってきます」

 ちゃんと説明をすればいいのだが、事は急を要する。

 間に合ってくれ。


 王直属査察官が出発して三日後に、村に騎乗の男たちが来訪してきた。

 全員、皮のジャケットを着こみ、腰には剣を帯びている。

 舐めるような視線が村人たちに注がれる。

 騎士ではない。傭兵とも違う。殺伐とした空気を纏っているが、戦場で働く面ではない。

「何用ですかな」

 謎の来訪者を聞きつけた神父は、嫌な予感がしてならなかった。すぐに彼らの元にいき、質した。

「我々は貴族の命を受け、逃亡した奴隷を探しているものです」

 慇懃な口調だが、馬からは降りない。

「実は、こちらの村に大量の流民がきたと聞きまして、その中に貴族が所有している農奴が混じっていないかと思いまして」

 遠くから様子を伺う農民たちは貴族という名が出た瞬間に絶望してしまった。自分たちとは隔絶した世界の住人、天災とかわりはなかった。 

「私はこの村に30年前に赴任してきましたが、そのような話は聞いたことはありませんねえ」

 そんな神父の言葉を信じるほど彼らは信心深くはなかった。

 村から人が消えていった。農奴出身のものたちはすぐに家に籠り、外の気配を伺う。

 それは騎乗の男たちにとって、喜ばしいことだった。自分たちから姿を隠す必要があるものこそ、逃亡奴隷なのだから。

「どうします神父様」

 もとからの村の住人が神父の周りに集まってくる。

「彼らとて、確かな証拠がなければ連れていけまい。そのうち去るだろう」

 神父はそういって彼らを鎮めたが、自身は信じていなかった。

 騎乗の男が一騎、こちらに向かってくる。

「神父さん! 奴隷見つけたぜ」

 

 村のはずれの畑で、騎乗の男たちが輪をつくっていた。中には一人の農民が身動きをとれないでいる。

「何をしているのだ!」

 神父の一括にも彼らは動じない。

「この男はうちの領地の農奴ですよ。なあ」

 馬上から下卑た笑いを投げかけられ、農民が恐怖で引き攣っていた。

「こいつらの世話をしてたのは俺なんですよ。だから全員の顔を覚えてるんだよ」

 捕まった男は、村はずれでの作業をしてたために異変に気づけなかったのだ。

「この村にはまだ逃亡奴隷がいるはずだ! 村人を集めてもらうぜ! 俺たちは貴族様の命令で動いてんだ! 怒らせるとこんな村なんざ」

「どうするつもりだ」

 男たちの視線が僕に集まる。

「何だてめ!」

「王直属査察官だ」

 男たちが顔を見合わせる。

「役人さま! こいつらが奴隷を返せって!」

 だいたいのことは予測がついている。目の前の騎乗の男たちが貴族の手の者だということも。逃亡奴隷を狩にきたことも。

「あんたも役人なら、貴族のもとから逃げた奴隷の扱いは知ってるよな」

 こいつらは貴族に雇われている男たちなので、査察官の存在がよくわかっていないらしい。代官に毛が生えたぐらいだと思っているのだろう。

「きさまら、どこの貴族の使いだ。王直属の領内の村で捜査をしたいのなら、許可書をもっているのだろうな」

 男たちは互いに相談をはじめる。ここは彼らが好き勝手にできる土地ではない。

「俺らは、貴族様の命令で」

「ではその貴族とは」

 やはり西方の貴族の名が出てきた。

「なるほど。では逃亡奴隷の名簿と、この村に逃げているだろうものたちの確認が必要だ。みんなを集めてくれ!」

 僕の言葉で、村が一気に騒がしくなった。

 

 教会前に村人全員と神父、奴隷狩りの男たち、そして僕がいた。

 突然の成り行きに、奴隷狩りの男たちもどうじていた。まさか、これ程、簡単に集められるとは思ってもみなかったのだ。

「これで全てだな」

 奴隷狩りの男たちの知った顔がたくさんいる。もしかするとこの役人は俺達の仲間なのでないのだろうか。

「君たち、この中に逃亡奴隷はいるかな?」

「ええ! います! あいつとあいつ!あそこにいるのも! ははは! ははは!」

 広場は騒然となる。

「お前えら! 出てこい! 貴族様の領地に帰るぞ!」

 村人の集団に、奴隷狩りの男が割って入る。

「では、奴隷証明書を提示してくれ」

「へ? なんですかそれ?」

 元奴隷を掴みだそうとした奴隷狩りの男がこっちを向く。その場にいたもの全てが何事か理解できていなかった。

「奴隷には一人一人、所有者との関係を記した書類がある。それは知っているだろう」

「いえ、その……」

 査察官の存在さえ知らなかった男たちだ。そんな書類など知らないだろう。だいたい、僕でさえ見たことがない。

「ならば、その村人が奴隷と確認できんではないか。もし人違いなら、王国民を掠うということだぞ。その罪の重さも知らんというのか」

 この王国では建前上、奴隷制度は存在しない。昔、奴隷制度が存在していたころには、奴隷証明書が国から発行されていたのだ。だが、今は奴隷制度は廃止されている。建前上でも。

「まってくださいよ! こいつらは長年、貴族領で奴隷身分だったのですよ! それを証明しろなんて!」

 僕は元奴隷の元に。彼は悲嘆にくれた顔で僕を見る。

「君はこの村の住人か」

「……お、おいらは……あの」

「あの男がいうとおり、奴隷か」

「……」

「その男は、長年この村で住んでいます!」

 神父が叫ぶ。高らかに。

「ほう、それは照明できますか」

「バカな! あの男は奴隷だ!」

 神父が奴隷狩りの男の前に立ちはだかる。その雄々しい姿に、男たちは怯んでいる。

「その男は、祖父の代からこの村のものです。疑うのであれば、人別帳で確認してもらってもけっこう!」

 勝負は決していた。

 

 立ち去っていく奴隷狩りの男たちを村人たちは浮かれながら見ていた。

 その中で、神父だけは笑みを浮かていない。

「査察官殿、彼らはまたこの村に」

「くるでしょうね。今度はもっと大人数で、頭の切れるやつをつれて」

「どうすれば……よいものか」

「どうにかする手はあります。これには村人にも努力が必要になります。よろしいですか?」

 時間との闘いになる。 

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