第17話水争い
教会の広間には、僕と神父、村の代表だけがいる。
「なぜ、あそこまで山の民を嫌うのですか」
かなり古い教会らしく、天井に使われている木材がかなり風化している。
「役人さん、あいつらに騙されちゃならね。この村はあいつらによってめちゃくちゃにされたんだ」
村の代表は壮年の男性だった。
「どのようなことをされたのですか?」
このような村の集まりに、教会がつかわれることはよくある。信仰の場であり、村の意思決定を神に認めてもらう場でもある。
「この村に流れている川は、あいつらの山に水源があるんですだ。あいつらはそれをいいことに、水がこの村に流れねーようにしてるでさ!」
神父が僕の顔を覗き込む。なるほど、水争いが原因か。
「たしかに、それは死活問題ですね。後で川の様子を見てみましょう」
「ほんとですかい! 話がわかる役人さんだ!」
僕は、村の代表の怒りはよく理解できる。
村同士の争いの大半は水争いといっていい。それは僕が経験で得た確実な数だ。
「ところで、あの山の民なんですが、王の記録にはないのですが、あなた方は、いつ知ったんですか?」
さっきまで激しく、捲くしたてていた代表が、困惑した顔を神父に向ける。
「あの民と初めて遭遇したのは、魔物がいなくなってすぐです。木を伐りに山に入った時に、彼らと会ったのです」
神父が代表の代わりに説明をする。
倉の中は黴の匂いが充満していた。僕はランタンを闇に向ける。
「遅くなってすいません。夜食をもってきました」
闇の中から黒髪の彼女がゆっくりとあらわれる。微かに照らされた彼女の表情からは、疲れが読みとれた。
僕の手からパンと水の入ったコップを受け取ると、そばにあった樽に腰掛ける。思った以上に疲弊している。
「大丈夫ですよ。絶対にお嬢さんに危害は加えさせません」
彼女は僕を一瞥するとパンを口に咥える。
「……ここの村とは何度か衝突している。もう戦争直前なのよ」
水争いはエスカレートすることが多い。それは収穫に直結するからだ。通常はその土地の代官か、現地の貴族、もしくは聖職者が仲裁に入るのだが、今回は、この土地に彼らがいない。この村の神父では、黒髪の民が相手にしない。
「この村の住人は、君たちが川の水を減らしているといっているんだけど」
「いいがかりよ。私たちが川を堰き止めたり、川の流れを変えてなにか意味があるの?」
僕もあの集落にいたからわかる。そんなことはしていない。
「僕からもそれは説明をするよ。ただ、感情的になってるから、信じるのに時間がかかると思う」
それは気休めだった。ここまで拗れてしまっては、僕がどう説明しようがおさまらない」
「……」
天井のそばにある小さな窓から風が流れ込む。
「……」
僕が知っている気丈な彼女はもうここにはいない。
「……」
彼女に背を向け扉に向かう。厚いその扉は開けるのに、かなりの力を必要とした。
錆びた丁番が嫌な音をたてる。扉がゆっくりと開き光が差し込んでくる。
「お嬢さん」
彼女が振り向いた時には、もう僕はいなかった。
翌日、村中が騒然としていた。
「どうしたんですか?」
ちょうど僕の前を通りかかった住人に尋ねてみると
「あの黒髪の女が逃げたんだよ!」
怒声が返ってきた。
村人たちが走り回っている中、僕はこの村に流れている川を見にいく。
たしかに、水量が減っているらしい。土手に生える草が高い位置にあるのに、川は低い位置で流れている。かなり急に水量が減ったのがわかる。
川沿いに山に向かって歩く。ところどころで用水路が作られている。
畑には麦の苗が青々しく靡いている。このまま育てば、数カ月後には収穫できる。
畑が途切れ、家がぽつぽつと建っている場所に来る。ほとんどの家が新しい木材を使っていた。
簡単なことだ。
前の家は魔物に焼かれた。
この村を、王国は守ることができなかった。
僕がこの地域にきた理由の一つが復興だ。
魔物に蹂躙された村を、また元のような収穫量にし、納税させる。
それを厳命されていた。
今期の王国の税収は最悪といっていい。魔王によって大半の領土が侵略され、収税ができていない。軍事費の出費は国庫を圧迫している。
「だからって、勇者なんてものをよく思いつくよ」
もっとも安上がりな対策、勇者。無垢な若者に魔王討伐を命じ、僅かな路銀しか渡さない。僕も関わっていた。
いつしか僕は村の境にきていた。もう畑も家も存在しない。周りには見晴らしのいい野原が広がっていた。
ただ野原にしては少し荒れすぎている。
足元を見ると、掘削した跡が荒々しい。よく見ると切り株が残っている。
「森だったんだ」
かなりの広さの森が消えたことになる。村の再建のために。
いや、まて。
ここの村人と最初にあったのは山だった。たしかその時、彼らは木を伐りにきていた。
村の周りを見回せば、森はまだかなり残っている。
山にまで出向いて伐採していた……
僕は教会に向かう。
「どうしましたかな?査察官殿?」
神父さんは庭の掃除をしていた。
「この村の人別長を見せてもらえますか」
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