第15話大洞窟

 なんだかんだといいながら黒髪の女性は僕を泊めてくれた。

「ほらよ」 

 木のお椀には、たっぷりの山菜と肉が入っていた。

「ありがとうございます」

 一口食べてみると、キノコの甘みが口の中に広がる。山菜の歯ごたえがたまらない。肉は塩で味付けされていて、噛むごとに味が染み込んでくる。

「うまい!すごくうまい!」

 すぐにお椀を空にしてしまう。

「ふん、そうだろう。ほらよこしな。よそってやるよ」

 彼女は、不機嫌な顔で僕の世話を焼いてくれる。 

 外はまた雪が降りだしているが、囲炉裏のおかげで全然寒くない。

「お嬢さんは、ここの生まれなんですか?」

「ああそうだ。みんなこの集落の生まれだ」

 炎で照らされる黒髪が赤みをおびている。

「そうですか……。あなと同じ髪の人たちが住んでいる土地を僕は知っているんですが、そこはここよりも、もっと南なんですよね」

「そうなのか!?」

 ほんとうに知らないらしい。

「ええ、ただそんなに人数がいるわけじゃないですけど」

「あたいらからしたら、あんたたちの髪の毛のほうが珍しいけどね」

 そうだろう。僕を見る集落の子供たちは、みな僕の髪の毛を指さしている。

「王の使い、税を納めたら、見返りに何をしてくれる?」

 僕は急いで肉を飲みこむ。

「王国民となれば、まずは外敵からの保護、国内では橋や街道の整備をして公共の利便がよくなります」

「魔物が現れたときに、王国から誰も来なかったぞ。ここから下った教会がある村など悲惨なものだったぞ」

「魔物を撃退するために勇者たちがきたではないですか!」

「半年もかかってな。それまでは魔物がそこいらを跋扈していたぞ。あたいらの集落はそれを自力で撃退してたんだぞ」

 ぐうの音もでない。

 あの魔王の大攻勢に対して、王国は全ての騎士団を投入した。王国民の保護の為に彼らは死力を尽くした。だが、騎士団にも限りがあり、どうしても護る土地に優先順位がついてしまう。

 この土地は漏れてしまったのだ。

「あたいらはこの土地からは出ない。橋も道もつかわない。なら税もいらないだろ」

 ……やはりおかしい。

「たしかに助けにいけなかった村もあります。ですがその村の復興に税金が使われます」

 僕は近日中にでも教会がある村に向かうことにする。


 住人全ての登録をするため、僕は朝から帳面に筆を走らせていた。

「えっと、あなたとあなたが夫婦で、子供は三人ですね」

「この人のお孫さんで、あの人は弟さんの嫁で、あの人の娘さん」

「それだとお子さんが5人いることになりますよ! ですから」

 やはり人口は多い。全ての住人を記すのに一日を費やした。

 それに、ここの住人は王国公用文字を知らない。

「お嬢さん、次は大洞窟にいってみたんですが」

 この集落から見える山の中腹に大洞窟は口を開いていた。

 魔物が巣くうのがよくわかる。大穴はずっと地中深くまでのびている。

 黒髪の彼女の案内で僕は洞窟に足を踏み入れる。

 光はすぐに届かなくなる。かわりに蝋燭が道を示してくれる。

 暗闇の先に大きな灯りが見える。そして乾いた音が響いてくる。

 松明に照らされたそこでは男たちがつるはしを振るっていた。

 岩を砕く音が辺りに響き渡る。

「ここで採掘をしている。ほらあそこ見て」

 彼女が指さす先には、雑に置かれた石があった。それは松明に照らされ鈍く光っていた。その時、一瞬だが白く輝く。

「あれがあなたが欲しがっていた鉱石よ」

僕は邪魔にならないように、その石のそばに。

「なかなか採れないのよ」

 その石は僕の拳よりやや大きいぐらいだった。その中に白く光る石が含まれている。

「これは、月にどのくらい採れるものなのかな?」

 僕の質問に採掘をしている男たちも手を止め考えだす。

「どのくらいっていってもなあ、とれねーときはほんと採れねーけど、一日で山のように採ったこともあるぜ」

「それに、あたいらが欲しいのは、鉄や銅だから」

 たしかに日常で使うにはそっちの金属の方が重宝する。

 

「お嬢さん、この集落はどこで金属を売っているのかな」

 洞窟から出た瞬間、冷えた空気で鳥肌がたってしまう。

「な、なにをいうのだ。あたいらは外の世界とは関わりあいをもたない」

「料理に塩をつかっていますよね? こんな内陸の山奥で、どうやって手に入れているんです?」

 僕はそれがずっと疑問だった。この集落は近隣の村や町と交流をもっていない。だからいままで知られていなかった。

「……それは……あれだ、遠い町まで売りにいっている」

「なぜです? この山の麓にも村はあるのに?」

 なぜそこまで交流を拒む?

 彼女の説明によると、金属を売りに、ここから三日程かかる町まで売りにいくと。たしかにあの規模の町なら、各地方から物資や人が往来している。黒髪といっても目立たない。

「あの町までいくなんて大変でしょうに」

「ふん! お前には関係ない!」

 彼女は雪道を一人下っていった。

 

 この集落の仕組みがだんだんとわかってきた。

 まずここの住民を支える食料だが、やはり外から購入をしていた。この痩せた土地に、この大人数が養えるはずがないのだ。

 人別長を作成してみてわかったが、ここはかなり大きな規模の集落だとわかった。

王国の規定なら、村でも最上位のランクになるだろう。

 大洞窟の採掘で得た金属を、遠方の町で売り、必需品を買う。

 それなら行商に来てもらった方が手間がかからないだろうに。

 なぜそこまで隠れようとしているのか。

 この集落は。


 雪の中を歩くのに少しだが慣れてきた。

 今日は集落の家を一軒一軒確認していこうと思う。

 もう僕には見慣れたのか、そこまで住人も注目しない。

 ここに建っている家は屋根を急にすることで雪が積もらないようにしているらしい。王国内でも見たことがない建築法だ。

 子供たちが、歌いながら雪を投げ合っている。

 かわった節回しでなかなか聞き取れない。

 雪玉が飛び交う。

 子供たちの歌声が響きわたる。

 やっと僕は歌詞の意味を理解する。

「これって……」

 僕は踵を返すと長老の家に向かう。

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