第11話枢機卿

 僕がいた牢屋は王宮の西端、旧宮と呼称される場所にあった。

 王都の喧騒が僅かながらきこえてくる。

 僕の前後には正装した騎士団と、死刑を差配する男がいた。

 誰も口をひらくものはいない。

 彼らに囲まれて僕は円状に広場に。

 石畳から剥き出しの土にかわる。

 物見席には大臣と幾人かの取り巻きが座っていた。

「では刑を執行する」

 裁判すらもない。これでも僕は宮仕えの身、段取りというものがあるはずだ。闇に葬る気満々なのだ。

 この国の暗部に僕は消される。

 しかし異変が。先頭にいて死刑を差配する男が大臣の前に立つ。

「大臣、査察官を死刑にするには王か、司法大臣の認可が必要になります。このまま彼を殺めれば私刑となり、大臣が王法に裁かれることになります」

 あの男の言は正論だ。どうやら彼は正式な処刑官らしい。

 物見席が騒然となる。大臣は顔を真っ赤にし立ち上がる。そういえばあの大臣の担当は港湾だった。

「私に逆らうというのか下級官史が!今は魔王出現で非常時だ!裁判は省いてもかまわん!」

 男は何もいいかえさなかった。小さな希望はすぐに潰えた。

 覚悟ができているといえば様になるが、ようはもう諦めていた。

 処刑官が腰の長刀をを抜く。よく磨かれたその刀に一瞬目を奪われる。

 あれで殺されるのか。

 平民の場合なら絞首刑になる。大貴族や王族だと、毒薬を使用する。僕みたいな身分だと斬首になる。

 空の音が響く。

 街の喧騒がよくきこえる。

 子供の叫び声。母親の叱る声。商人のかけ声。馬の嘶き。笑い声。泣き声。日常。

 普通は膝をついて首を差し出すのが作法なのだけど、僕は立ったままだった。

 長刀が振り上げられる。

 ほんとに綺麗な刀だ。

 広場に金属が擦れる音が響きわたる。

 武装した兵士たちが広場に流れ込んできた。

「な、なんだきさまら!?」

 一番動揺していたのは大臣だった。僕は状況が理解できていない。

 広場は完全に兵士たち制圧された。

「いまは処刑中だぞ!だれの命令でこんなことをしている!」

 兵士が割れ、奥から男が進み出てくる。

「大臣、これは何かな」

「!? 枢機卿……」

 大臣の顔が蒼白に。

 僕は助かったことがようやく理解できた。

「誰の許可をとって死刑を行おうとしているのか?」

 鋭い声が大臣を貫く。場を完全に制してしまう。

「査察官の殺生与奪権は王にある。それを勝手に奪おうとするのは王に反逆することとわかっているな」

「いや……その男が勝手に国の金を」

「ほう、街道の件か。その件は後で審議しよう。ついでに査察官からの手紙を貴殿が握りつぶしていたこともな」

 大臣は僕を指先し、何かをいおうとしたが唇が震えるだけで何も吐き出せずにいた。

 処刑官の刀はいつのまにか鞘に納められていた。

 ようやく助かったと実感できた。瞬間、足に力が入らなくなり、立っているのせ精一杯の状態になる。

「間にあいましたね査察官殿」

 はじめて処刑官の顔に感情があらわれる。優し気な顔立ちの男性が僕に笑いかけていた。

「枢機卿、ありがとうございます」

 僕は上司に深く礼をする。

「お前は、まったく危ない橋をわたりおって。だが越権行為なのは確かだぞ」

 そういうと枢機卿は広場から姿を消した。

 とりあえず

 何をしよう。



 今回の件で大臣は罷免された。

 かなりの悶着があったが、これで貴族勢力の力が削がれることになった。

 新しい街道は開通し、王都に物資が届くようになった。物価は安定し、市民は飢えの心配をしなくてよくなった。

 僕は査問会でこってり絞られたが、罪に問われることはなかった。『王都から港町に繋がる街道の整備』という指示はあまりにも曖昧だったので、新しい街道も含まれると判断された。

 解放された僕は、久しぶりに王宮にいた。

 書類の提出や、関係部署との打ち合わせ。やることが溜まっていた。

 王宮といっても僕が走り回っている場所は行政などを司る部署がばかりので、王族が生活する場所からは離れている。

「お、命拾いしたな」

 報告書を出しにいくと同期の史僚と鉢合わせした。彼も査察官として飛び回っている。こうやって顔を会わすのもひさしぶりなので、お茶をすることにした。

「お前を助けたのは枢機卿の力だけじゃないらしぜ」

 王が生活する宮殿のそばの小さな庭で僕らはいた。

「あの大臣はまあ無能だが、後ろにゃ、貴族たちの後ろ盾があったからな。王の力が弱体化している今だと枢機卿も敵対するかは迷っていたらしいぜ」

 あの人らしい。僕は最近、港町から届くようになった緑色のお茶をすする。

「これは噂なんだけど、王族が動いたらしいぜ。お前が捕まった情報も、王のかなり近い場所から伝わって話だ」

 ? 王の近い場所とな。

 僕たちは上司の悪口や、地方の状況、魔王の動静の話題で盛り上がっていった。

 ふと気づくと、王宮のテラスから僕を見ている人影に気づく。

 姫君だった。

 遠くてよく見えないが、綺麗な人だとわかる。

 ただなぜかどこかで見た気がした。

   

 新しい街道をつかって港町に向かう。

 キャラバンの列とまたすれ違う。

 つい最近までこの街道は馬車一台分の幅しかなかった。それが今では、王都を支えるほど活躍している。

 僕は新しい命令を受けていた。休む暇を与えてくれないらしい。

「査察官殿」

 振り向けばそこには女騎士さんがいた。

「あ! お久しぶりです!」

 懐かしい感情が沸き上がってくる。

「うむ、私は信じていたのだよ」

 牢屋での一夜を思い出し僕は赤面する。あの時は人生最後だと思いついつい彼女に吐露してしまった。   

「騎士さんはどちらに?」

「それがな! とうとう勇者殿の行方がわかったのだ!」

「ほんとうですか!」

 女騎士さんは指さす。

「勇者殿はやはりこの街道をとおっていたのだ!そして東方の大洞窟に向かっているのだ!」

 勇者一行はこの山岳のとある村で一夜を過ごした。その時に泊めた村人が聞いた話では

「大洞窟にある宝が必要だと」

 だとすればこの街道をとおっていくしかない。しかし大洞窟とは。あの辺りは魔物の数も多く、ここらより強い個体ばかりだと報告されている。

「では女騎士さんも?」

「うむ!」

 彼女らしい地震に満ちた表情だった。

「お願いします。またこの国に平和を取り戻してください」

 僕の願いに彼女は大きく頷いてくれた。

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