第9話六人の商人

 宿の戻ったのは月が高くなってからだった。

 疲れと興奮が体の中を駆け巡っていた。

 あの商人の質問は鋭利なものばかりだった。それを全て答えなければ僕が提示した案は藻屑と消える。

 僕は査察官の経験と知識をもって答えた。

 商館から出た瞬間に頭が疲労で回転しなくなっていた。

「あれなら商人たちもお金を出してくれるぞ!」

 女騎士さん美味しそうに果実酒を飲んでいる。テーブルには香草といっしょに蒸した巨大な魚と、イモのスープが並んでいる。

 食欲がない僕は彼女が食べている姿をみるだけで満足だった。

「僕の試算なら、街道の整備は港町からあの宿場町まで二週間でおわります」

 ギリギリだ。それ以上かかれば王都は飢えてしまう。

「あの商人も乗り気だったじゃないか。すぐにとりかかるんじゃないのか」

 女騎士さんの食べ方はとても上品だ。やはりかなりの大貴族の出なんだろう。

「この話を今度は港町の商人たちが認めないといけませんからね。それに整備する人手を集めるのも時間がかかるでしょうし」

 時間が惜しい。だがもう僕は次の手が思いつかない。

 僕は自分のお皿にのっている柔らかいパンと塩漬けの野菜に手をつける。この港町は何でも手に入りそうだが、新鮮な野菜は難しかった。なので野菜は塩漬けにして保存している。

 濃厚な塩が口内に広がる。

 港町が関所の撤廃を求めている理由の一つがわかった。大農園地域からの物資が必要なのだ。この町で働く人間の食料を全て船で求めるのはコストが高すぎだ。港町も王都と同じく飢えている。

 果実酒で喉を潤す。思考が緩慢になっていく。

「騎士さんは、魔王についてどう思いますか?」

 僕の急な質問で彼女の手がとまる。

「魔王か……人類の敵。悪の化身だろ」

 教会がよく叫んでいるフレーズだ。

「そうですね。ですがそんな強大な敵に勇者たち少数しか差し向けないことをどう思います?」

 自分が酔っているのがわかる。箍がはずれている。

「勇者殿は天の導きによって選ばれた者だからな。魔王に対抗する力を唯一もった御方だ」

「そうですか。そうですよね彼によってしか魔王を倒せない。ですけど僕にいわせるとですね、一人の人間に多少の路銀をもたせて魔王に差し向けたほうが安上がりなんですよ。これがまったく普通の兵士500人動かせば、その経費はけっこうなもんなんですよ。だったら安上がりな方を選ぼうっていうね」

 女騎士さんの顔がみるみる怒気を含んでくる。だけど僕は止まらない。

「今回の勇者は成功しました。ほんと嬉しい限りです。ですけど今まで何人の勇者が出発したわかります?」

「?勇者殿が何人て、どういうことだ!?」

「僕は今まで何人もの勇者が王様の前で魔王討伐の宣誓をするのに立ち会っているんですよ。ようは数撃ちゃ当たるですよ」

 正義感と使命感に燃えた男の子や女の子に多くもない路銀を渡すのが僕の役目だった。彼らは僕にありがとうといって王都を出ていたった。そのうちの一人が今回は成功した。

「そんな!ありえない!天命によって選ばれた者がそんなにたくさんいるはずがないではないか!」

「一応は審査しますけど、みんな応募ですよ。自分で神に選ばれたっていう子もいますけどね」

 いつのまにか果実酒の瓶は空だった。

「そんな……勇者殿がそんな……」

 お酒によって箍が外れたのは僕だけじゃない。彼女も感情の振りが大きくなってる。

「そんなことが許されるか!なぜそんなことを査察官殿は止めないのか!そんなの自殺行為とかわらない!」

「それが彼ら自身が選んだことなんですよ」

 その後、いくつか言い合いになったらしいが僕は覚えていない。起きたら床で寝ていた。


 僕の前に六人の商人が座っていた。彼らがこの町の商人たちを代表する者たちだった。

 僕のとなりには女騎士さんはいない。

「お話はききました査察官殿。かなり規模の大きい案なので驚いてしまいました」

 中央に座る商人がさも驚いたように笑う。最初に案を提示した商人は一番端にいた。

「我々で思案したのですが、山岳部の街道を整備する案は妙案だとなりました」

 僕の背中に冷たい汗が流れる。

「我々も試算したのですが」

 彼らはあの後すぐに山岳部の街道に人を派遣し、確認したのだ。そして工事日程を独自に出していた。それは僕の考えよりも正確で、そしてはやい。

「これなら王都にすぐに物資が届きます!いけます!」

「ですが、査察官殿。金額なのです整備の」

 白髪の商人がさも困った顔でいう。

「我々でさえこの額をすぐには出すことが無理なのです。ここにいるものは確かに他のものよりは富んでいますが、それでも市井のものです。それに、街道とは王の権利の範疇です」

 僕はすっかり忘れていた。ここにいるものたちは国政すら動かせるほどの力があることを。

「では、何が必要なのですか」

「新しい街道に今後関所を設けないでもらいたい。そして街道の権利を一部我々港町に委託してもらえませんか」

 大きくでてきた。

「これは、さきほどそちらがいったように街道は王権の範囲。個人にはわたせません。関所に関しては設置はありません」

 彼らは互いに頷くこともしない。六人がすべて考えを共有している。まったくもって厄介だ。

「困りましたね。もし我々が整備した街道を勝手に廃止するものがいるかもしれません」

「王直轄領地は安心ですが、貴族の領地ですと私設の関所がまた立つかもしれませんが」

「山岳部の街道なので当地の材木商が何かいってくると思いますが」

 もうどの商人がいっているのかわからない。

 僕は必死に答えるしかなかった。

 ここで彼らを納得させなければ王都は飢える。

 

 整備案がまとまった。商人側が用意した書記が上質紙に箇条書きで書いている。

「査察官殿、なかなかやりますね」

 端にいた商人が僕の前にたつ。この中で彼が一番若い。

「あの商人たちとやりやったのですから、もう官職を辞めることがあったらうちにきませんか」

 僕は力なく笑顔で答える。

「これで明日から工事がはじまります」

「はやい!資材や人員は?」

「もう用意しています」

 さすがというか。彼らも新しい街道を求めていたのだ。それを決して悟られないよう僕と交渉していたんだ。

  

 

 山岳部の街道の整備が着工される。

 

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